Fate/strange fake Prototype 作:縦一乙
「英雄王と黄金王の対決、ですか」
車内から双眼鏡を取り出してうきうき眺めてはみるものの、戦況の把握にはほとんど意味がなかった。夜間に雨で視界が悪いのと、視界を遮るビルが多いのと、そもそもの距離がありすぎるのとで、はっきりいって市内で何かが起こっているという程度にしか分からない。
手にしたパサパサのサンドイッチを口に放り込みながら、インスタントのコーヒーを口の中へ流し込む。冷めたコーヒーはお世辞にも美味しいとは言えなかったが、何もないよりはマシだった。
スノーフィールド北東部丘陵地帯、街を俯瞰するのに丁度良い丘に偽装させたワゴン車を停めさせてファルデウスはこの戦いを他人事のように観戦していた。
本来であればもう数時間は早く
わざわざ南部の砂漠地帯から北部渓谷地帯へと街の外周を沿うように遠回りしながら移動したのは、現場から離れたところでスノーフィールドの地を改めて観察したかったからである。
この北部を根城とする原住民の様子も見ておきたかったし、東部湖沼地帯で行われた戦闘跡も先入観なしに確認しておきたかった。そして何より、署長という軸を失った
事情が事情なだけに即刻本部へ出向き辞令を受け取り、部下となる
こうした非常事態だからこそ、どの陣営にも属さぬ者として
「どうです? 繋がりましたか?」
「はい。侵入成功です」
ファルデウスの隣でノートパソコンをカタカタ弄っていた部下が、慎重な面持ちで何度もミスがないかを確認しながら返答してくる。
「そんなに緊張しなくても大丈夫ですよ」
「しかし、こんなところにバックドアが仕掛けられてるなんて――罠の可能性も排除できません」
部下にファルデウスがやらせているのは
組織の中枢ともいうべき場所とあって、その防壁は鉄壁を誇っていた。そこは魔術の及ばぬ電脳の世界である。
そこにあるのは現代技術のトップを行くウィザードと称されるプログラマーが叡智の限りを尽くして築き上げた難攻不落の要塞であった。これを突破するのは至難の業であり、少なくとも多少の腕があっても部下一人だけでは千年経っても不可能だったであろう。
だからこそ、多少ヒントを聞いただけで成功してしまったこの事実が信じられないらしい。むしろ罠であって欲しいとすら思っているのだろう。
「だから、大丈夫ですって」
そんな部下を尻目に門外漢のファルデウスは適当に相手をしながらハッキング行為を続けさせる。
実際、これが罠であるのは間違いではない。
システムの盲点を突いた一穴――に見せかけて、その奥にあるのは知られても良い程度の真実とある程度の難度で時間を稼ぐ防壁に過ぎない。聖杯戦争にあっては電脳戦などあまり考えられないが、万が一を想定しあえて作られた罠である。
だが今回に限ってはその罠は発動しない。何故なら、この罠の存在を教えてくれたのは“上”だからである。
どういう意図を持ってこうした複数の裏コードをファルデウスに渡したのかはさておき、仮に逆探知されたとしても
ばれたところで崩れる信頼関係など最初からないのだから、そこは思い切っていくべきであろう。そして今後構築するような信頼関係もないのだから。
程なくしてファルデウスの膝の上に置いたノートパソコンに多数のウィンドウが開かれる。いずれも戦闘状況のライブ映像ではあるが、ひとつだけは
「本部カメラと周辺で監視中の
「分かりました――っと、どうやらその本部から
「そうですか」
部下の報告に素っ気ない返事を返すが、ファルデウスは目を細めて
「愚かなことを」
やや困った顔をしながらも反面、愉しげにファルデウスはその様子を見続ける。
ファルデウスが嫌いなのは無能な人間で、もっと嫌いなのは無能な味方で、一番嫌いなのは無能で偉い味方である。その内どれか一つでもファルデウスの手にかからずいなくなってくれるのであれば歓迎すべきことだ。
各部隊のカメラは指示を受けたのか、やおらその包囲網を狭め始める。この様子だとあと数分もしない内に準備は整うことだろう。となれば、その数分後がターニングポイントとなる。
「君は、この状況をどう見ますか?」
「……寡聞にして、私は黄金王という英霊を知りません」
「相手を知らねば戦えませんか?」
ファルデウスはわざと誤った方向へと誘導してみせるが、そんな陳腐な言動に部下が乗ってくることはなかった。
「率直に申し上げて、その通りです。敵に対しての情報が少ない以上、このまま情報を収集するべく見届けるより他はないと考えます」
ファルデウスの気軽な問いに、今尚忙しくハッキングをし続ける部下は返答を遅らせながらも答えた。
目をモニターから離さず数字の羅列を注視し、タイプする指は一秒でも惜しいと急がしく動き回っている。申しわけないことをしたかな、と思いながらもファルデウスは尚も続ける。
「何故かな?」
「状況から推察するに、アーチャーが距離を取らないのは十中八九、警戒せざるを得ない切り札を黄金王が所持していると判断しているからです。そして、そこに
「君もそう思いますか……」
少なくとも自分の部下があの副官よりも聡明であったことは確認できた。様子からしてどうも副官はあの英霊の正体に気付いていない節があるが、それを差し置いても致命的な判断ミスといえよう。
あの
街の半分が吹き飛んだとしても、ファルデウスは不思議と思わない。もしくは街の半分を犠牲にしてもよいとあの副官は考えているのだろうか。だとしたらあの副官はなかなかに大物である。
まるで千日手のような状況をただ大人しく眺めていれば、想像以上に早く、問題の瞬間は訪れた。
ミダス王の接近戦にアーチャーが相対し、また多少の距離を取る。その瞬間は、敵が目前にいることもあってアーチャーの注意は前方に集中している。そこを狙わぬ
最初の一発は、アーチャーの右腕を掠めた。
これは意図してのことだろう。その気になればヘッドショットだって簡単な筈であるが、最大の敵であるとはいえここでアーチャーを仕留めてしまうと今度は黄金王の対処が難しくなる。なので、
運の悪いことにアーチャーの上半身に鎧はない。それでもアーチャーのクラススキル・対魔力はCであり、いかに対英霊仕様の銃弾であろうとそれ一発でのダメージは期待できるわけもない。
一発、だけでは。
「あれが、例の宝具ですか」
その様子をカメラ越しに見るファルデウスもこの光景にはさすがに圧倒された。撃ち続けられる銃弾はひょっとするとアーチャーに降り続ける雨よりも多い。マズルフラッシュで
現場の音声は切ってあるが、アーチャーの雄叫びがこちらにも届いてきそうな気迫である。
先ほど目を通した報告書によると、5秒もあれば英霊といえど原型を留めぬ程の威力であったとか。その前にアーチャーは自らの宝物蔵から盾を取りだし、あの集中砲火を切り抜けた。
ほんの一秒足らず。それが、
それだけあれば、ミダス王の準備は既に整っている。
この期に及んで、双方見ているのは互いの姿のみ。英雄王ですら横槍を入れた
ここに甘い見込みがあったとすれば、ミダス王が援護をしてくれた
銃撃は明らかにアーチャーだけを狙っていたし、その目的は明らか。大技を出すのではと予想していた者は現場部隊にだって何人もいたが、まさか命令を出した副官がそれを想定しておらず、ただ秘書官に唆されていただけなどとは夢にも思わない。
だから、最初の被害は
ミダス王の動きを追っていたカメラが次から次へとシグナルロストしていく。最もミダス王に近かった隊員のカメラは突如現れた巨大な影を前に何もできずに蹂躙され、それを最後に映像は途絶える。
至近距離であればそれが何なのかすらも分からずとも、遠目から見ればそれは一目瞭然だった。
神の呪いに苦しめられたミダス王はある方法により解呪することができた。川で身を清めることによって呪いを川へと移したのである。
故に、今ミダス王が解き放ったのは神の呪いそのもの。
ミダス王、最後にして最大の攻撃。
それは、黄金に輝く津波だった。