Fate/strange fake Prototype 作:縦一乙
「私が行くまでなんとかして保たせてくれ!」
徐々に雨が酷くなっていく中、スノーフィールド市の路地裏をバーサーカーは携帯端末に大声で怒鳴りながらひたすら走っていた。
路地裏の地図は必要ない。武蔵戦の折に実際に歩いているし、類い希なる方向感覚のおかげか建物の形を見ただけである程度道を把握することもできる。
しかし直線距離では大したことのない距離であっても、随分と遠回りを強制させられる。屋根の上を走れば誰かに目撃されかねないし、何よりアーチャーに発見されるとこの距離でも瞬殺されかねない。
「霊体化できないのがこんなに不便だとはっ!」
どんな状況でも対応できるよう、行動範囲を広げていたことが仇となった。
各所に散らせている保険を使えていれば簡単なのだが、今バーサーカーが使えるのはひとつだけだ。キャスターに露見する可能性を考慮し、同盟と同時に街中からほとんど撤去してしまっていた。
用意周到な自分が恨めしい。
各地に散らせた保険は、決定的な切り札を持っていないバーサーカーにとって、生命線と同義。露見すれば全てが御破算になるので、せっかくの同盟が破綻しようともおいそれと動かすわけにはいかないのだ。
そのためにマスターであるフラットからの連絡も無視し続けている。これまでの苦労を水の泡にするようなことはしたくない。
端末の向こうから悲痛な叫びがひっきりなしに聞こえてくる。同時に進行方向に立ち上る土煙。遅れて轟音。逃げ出す住民達の足音が邪魔で仕方ない。
当初の想定通りにアーチャーは手抜かりなく手加減しているようだが、当の本人が全力を出し切らねばいつ当たってもおかしくはない。アサシンを護衛に当たらせているが、そのアサシンも魔力的には余裕でも肉体的には限界に近付きつつある。
精緻な作戦ともなれば、作戦通りに上手くいくことの方が稀である。そのため随分と余裕と対応幅を持たせた作戦になっていたが、作戦の要ともなる時間稼ぎが失敗してしまっている。
当初の作戦では三段構えとなっていた。
第一フェイズでアサシンの奇襲が成功すれば良し。失敗した場合も東洋人と合流し罠を張った位置に誘導する。
第二フェイズは誘導が主目的だが、東洋人が召喚するサーヴァントとアサシンとの連携で撃破できるのなら、それはそれで構わない。
そして本命の第三フェイズで罠に落とせば、アーチャーといえどほぼ決着をつけることができる――と劇作家は豪語していたのだが。
「第二フェイズで転ければ罠どころの話じゃないぞ」
現在戦力となり得るのはアサシンだけだ。キャスターは第三フェイズの罠のため応援に駆けつけることはできず、バーサーカーもアーチャーを相手に戦うのは荷が重すぎる。
手をこまねいたままならば、第三フェイズを諦めなければならないだろう。そうでなければ最悪、このまま逃げることすらできなくなる。
今のバーサーカーにできること。それは一刻も早く現場に駆けつけ、変身能力を使って最大限アーチャーを攪乱し、時間を稼ぐこと。それでも高望みであるが、やるしかない。やらねば全てがご破算となる。
冷酷に考えれば、バーサーカーはアサシンと東洋人を切り捨てても構わないのだが、それでは今後が続かない。
ハッキリ言ってアーチャーとランサー以外の全員が結託してもアーチャー一人にすら勝てる見込みはないのだ。
署長からの情報によると、今ランサーは
だが、頼みの綱の東洋人がこれでは――
「――は?」
考え事をしながら移動していたからか、自然と警戒が疎かになっていた。油断といえばそこまでではあるが、逆に問いたい。一体誰がこのバーサーカーに仕掛けるというのだろうか。
アーチャー、アサシン、キャスターの居場所はハッキリしている。フラットからの一方的な連絡によれば、ライダーはフラットと共に街外れの廃工場。ランサーは動けない。
おまけにバーサーカーは変身能力を有するサーヴァント。そもそも聖杯戦争参加者と気付かれぬよう動いているし、殺人鬼の特性上人に気付かれず忍び寄ることは得意である。一般人は無論として、確信を持ってそうと睨まなければ同じサーヴァントといえど発見されない自信もある。
襲われる可能性は皆無に近い。それ故にスピードを優先した。その判断に間違いなどない筈だ。
ない筈だった。
「な、ぜ……?」
私は倒れている? と呟こうとしながら脳が混乱しているのが分かった。正確には、混乱というより衝撃に混濁している。
攻撃を受けたのは頭部。意識を一撃で刈り取られなかったのは幸いだったが、倒れ伏した身体が即座に動くことはない。
「……ふむ。単純な物理攻撃も通用するようだな」
からん、と落ちた無粋な鉄パイプが視界に入る。
肉体強度は人間以上という自信はあるが、こんなもので全力で頭を殴られれば、こうした状態に陥っても不思議ではない。
バーサーカーにかけられているイブン=ガズイの粉末は、元々見えぬ霊体に物理攻撃を与えるために作られたという経緯がある。
「ぐっ……」
「動けぬだろうが、せっかく用意したのだ。軽く封印させてもらおう」
四肢に力を入れてなんとかこの状況から脱しようと足掻くが、それよりも襲撃者の行動は迅速だった。
懐から取り出し四肢に突き刺さしたのは金属製の杭。大した威力でもない筈なのに、一気に身体が重くなる。
「以前に教会の連中とやりあった時に手に入れたものでな。重力系捕縛陣の一種で、突き刺せば著しく行動が制限される。いきなり身体が重くなっただろう?」
俯せに倒れていたのをなんとか身体を捻り、仰向けになる。雨を顔面に直接受けることになるが、これで襲撃者と顔を合わせることができた。当然のように、襲撃者はバーサーカーの知らない顔をしていた。
「……ジェスター・カルトゥーレか」
未だ治まらぬ鈍痛を堪えながら、バーサーカーは唯一の心当たりを襲撃者へとぶつけた。
消去法ではあるが、未だ正体の分からぬ者の中である程度の戦闘能力を持つ者をピックアップしていけば、答えは自ずと分かってくる。しかし、さすがにこれほどの能力を持っているとはバーサーカーも想定していなかった。
襲撃者はバーサーカーの答えに多少驚いた顔をするが、それ以上のリアクションはない。
「アサシンあたりから聞いていたかな。私も君と同じく変身能力みたいなものを持っていてね。同じ穴の狢だということだ」
クハハハハハッと嗤いながら、だからお前を見つけることができたとジェスターはバーサーカーに告げる。それを真に受けるバーサーカーではないが、吸血種たるジェスターにとってそれは決して嘘ではない。
武蔵によって邪魔はされたが、以前にジェスターはバーサーカーと対面もしている。一度でも対面した美味そうな獲物ならば、その匂いを忘れることはない。喩え変身能力や隠蔽能力があったとしても、見破れる自信がある。
そして何より、ジェスターの目からバーサーカーは目立つのだ。常に身に纏っている曖昧模糊とした雰囲気と殺人鬼という死を引き寄せる香り。常人であれば周囲に溶け込むのだろうが、同じ闇を背負う者として、どうにも目に付いてしまうのである。
「今まで散々探してきたというのに……こういう時に限って貴様は現れるのだな……」
「当然だろう。私と君は似た者同士であるが、同じ道を歩みそうにはないのでな。こんなことにならなければ、本来接触するつもりもなかった」
「こんなこと、だと?」
ジェスターの言にバーサーカーは聞かずにはいられない。
今回の作戦はバーサーカー達がアーチャーを嵌めるためのものだ。仕掛ける時と場所の選択権はこちらにある。ジェスターがこの状況に噛む余地はない。
ジェスターの背後を読もうとするが、バーサーカーは諦めた。そもそも何故ジェスターがアサシンを手放しているのかすらよく分からないのだ。見れば令呪も使用済みのようだし、ありきたりな推測で正解は辿り着けまい。
「……まるで全貌を知っているかのような言い草だな」
「全貌なぞ知らんしあまり興味もない。しかしアサシンと東洋人がアーチャーに襲われているだけで、貌の形くらい容易に想像がつく。得てして自分の貌は、自分では見られないものだ」
「なら、お前が教えてくれるとでも言うつもりか?」
「勿論だとも」
言って、
「ぐぶっ」
バーサーカーの腹を容赦なく踏みつけた。
「私がこの場に出張った理由は二つだ。ひとつは――」
「がっ!」
「君が弱い、ということだ」
まるでボールでも蹴るように、ジェスターはバーサーカーの頭部を蹴り上げる。クハクハと尖った犬歯が見えるのも構わず、ジェスターはバーサーカーを至近距離から嘲笑った。
「私一人でも十分に倒せる。霊体化もできず、ついでに宝具も出すことができない。そうだろう?」
「――」
図星を突かれ、バーサーカーは一瞬言葉を呑む。誤魔化せたかどうかは自信がなかった。
ジェスターの言うとおり、この状況でバーサーカーは宝具を展開することはできない。だからこそ以前は防げた武蔵の頭上からの奇襲も、数段格下であろうジェスターから無防備にバーサーカーは浴びてしまった。
「ご託はいい、本当の目的を話せ」
ジェスターが本気でバーサーカーを殺そうというのなら、もっとスマートに行えた筈だ。それをせずわざわざ拘束するような真似までしたということは、何か別の意図があるからだろう。
現場と通話中だというのに携帯端末から悲鳴は既になく、代わりに荒い呼吸音だけが聞こえてくる。もはや体力は限界に近い。一刻の猶予もない。
「そう怖い顔をするな。私のアサシンを世話して貰っている身だ。恩人を殺すような真似をするわけがないだろう?」
そう言いながらバーサーカーの手に持つ携帯端末をジェスターは無理矢理奪い取ってくる。それを器用にくるくると手の中で回しながら確認をするようにジェスターは問うてくる。
「どうせ、東洋人がサーヴァントを召喚できずに困っている――そんなところだろう」
「――っ」
今度こそ、バーサーカーは誤魔化せなかった。
バーサーカーのその顔にジェスターは満足そうに確認を済ませた。その様子に騙しきるのは不可能と判断し、バーサーカーは掴みかからんばかりに迫ってみせるが、顔面を踏みつけるジェスターの足はピクリとも動かない。
ここまでくると、バーサーカーもジェスターが並の魔術師でないことにも気付く。資料では確かに一級の魔術師とあったが、これは代行者クラスの実力がある。
必死になって現状打破の方策を探るが、資料と現実との格差に事前に練っていたジェスター対策など紙屑同然に値落ちしている。
時間稼ぎ、それぐらいのことしか思いつかないのが腹立たしい。
「何故、そのことを知っている?」
「君らは馬鹿かね。そもそも何故、あの東洋人が無条件にサーヴァントを召喚できると思ったのだ?」
それは――本人からそう聞いたからだ。そして東洋人本人はそれを白い髪に白い肌の女から聞いたと言っていた。
実際に宮本武蔵はその願いに応えて召喚されている。
「では、召喚システムが異なっていることには気付いているだろう?」
まるで幼子に教えるかのような物言いではあるが、バーサーカーはそれに逆らうことなかった。
時間稼ぎをすると決めた以上、今からバーサーカーがこの状況を打開して駆けつけたとしても間に合わない。ならば、ここでやるべきはジェスターから状況を打開を打破するための情報を得ることだ。
「あの令呪は召喚するだけのもの、ということは知っている」
これは分析をしたキャスターの見解だ。
本来マスターが持つべき絶対命令権とは似て非なるものであり、それでいて令呪の効果には時間制限があることも分かっている。
少ない知識ながらも時間を惜しんで披露してみるが、その内容にジェスターは落第生に対する教師のように嘆いてみせる。
「そこまで分かっているなら何故気づけない? 召喚システムが異なる。令呪の効果が異なる。そして何より召喚される英霊には時間以外の制約がない」
そうして並べて言われると、バーサーカーとしてもその違和感に気づく。
果たして、一体何故自分はフラットと契約したのだったか。
「――目的は、聖杯ではない」
「その通りだ。彼らが召喚に応じるのは己が願いを叶えるため。君達と違って時間制限のある彼らでは聖杯を手に入れることは不可能だからねぇ」
そう。宮本武蔵が召喚に応じたのは、ひとえにあの状況を武蔵が望んだものだからだ。己が求道を試したいと願い、召喚に応じた。
ヒュドラは自らを現界させたいという本能によって召喚に応じた。
となれば、今東洋人が英霊を召喚できない理由というのも推測ができる。
「あの英雄王を相手に戦いたいという英霊なぞ……いるわけがないっ」
唯一心当たりのある英霊は既にランサーとして召喚されてしまっている。
戦いたいという理由だけで召喚に応じる英霊はいるだろうが、相手が些か悪すぎた。遠方から一方的に嬲られるだけ、というのは戦いと呼べるものではない。
そして何より時間稼ぎという目的がある以上、盾として機能しそれを理解するだけの理性と実力を持った英霊が必要なのだ。
我知らず路地を拳で叩くバーサーカー。英霊を召喚できない理由が分かったが、肝心の喚べる英霊がいなければ結局どうにもならない。
「お手上げかな?」
「……何か良い策があるのなら聞きたいところだな」
先ほどから一向に笑い顔を止めないジェスターに、バーサーカーも苛立っていた。
ジェスターは確実にこの場を打開する策を持っている。先の召喚できぬ理由もそうだが、よくよく考えてみればすぐに分かるというのに、その解答にも辿り着けぬ自分に歯がゆくてならない。
「クハッ! 簡単なことさ。では、私が策を授けようじゃないか」
そうして、くるくると回し続けていた携帯端末をジェスターは初めて握り、耳へと当てる。
「聞こえているなら返事をして――おや、意外に早い反応だね。随分と切羽詰まっているとみえる。ああ、私が誰だなんてことはどうでもいいさ。機会があればまた会うのだしな。
――では、今から私が言う英霊を召喚してくれ。何、心配はいらない。彼なら絶対に召喚に応じる筈だ。絶対に、な」
ジェスターの目的は、恐らく特定の英霊を召喚すること。しかしそれに一体どういう意味があるのか皆目検討が付かなかった。
時間制限のある英霊の召喚は一局面に対応できても戦局そのものに影響を与えることは難しい。
果てしなく嫌な予感がする。殺人鬼としての直感がそう告げていた。
「耳を貸すんじゃ――」
「黙って聞いていろ」
咄嗟に声を振り絞って警告しようとするが、ジェスターはバーサーカーに馬乗りになってその口を塞いでしまう。
「では、――という名の英霊を召喚してくれ」
ジェスターが告げた英霊の名を、バーサーカーは聞いた。
耳慣れぬ英霊の名。その名だけではどんな英霊かも分からぬ者も多いだろうが、確かにその英霊ならば英雄王が相手でも召喚に応じることだろう。その呪いは強大過ぎることでも有名であり、大抵の宝具であろうとも対処することができる。
だが、問題はそこではない。その英霊の名は、真名とは別にその逸話の方が世界的にも圧倒的に有名である。
ジェスターの狙いが分かった。
本来ならば聖杯戦争で絶対に召喚されることのない英霊。バーサーカーはフラットに何故期待もできぬ英霊を召喚したのか疑問を呈したことがあったが、この英霊はその比ではない。召喚したが最後、本人を含めたその聖杯戦争全体を根本から揺るがしてしまう災凶最悪の英霊。
「これが、ふたつめの理由だ。バーサーカー」
「――! ――ッ!」
携帯端末に向かって叫ぼうとするが、ジェスターの手がバーサーカーの口から離れることはなかった。そしてそれ以上話すことなど何もないとばかりに端末の通話を切る。非難めいたバーサーカーの視線に肩を竦めるジェスター。
「そう責めないで欲しいな。あの英霊以外一体誰が望んであの英雄王を前にするというのだね? あのアーチャーを撤退させなければ互いに都合が悪いだろう?」
クハクハと嗤いながら、ジェスターはバーサーカーの口から手を離し、その拳を振り上げる。
用を済ませた以上、これ以上バーサーカーに構っている暇はない。
「違うだろう、お前が真にしたいのは、盤面をひっくり返すことだ!」
「クハハハハハッ」
バーサーカーの指摘に、ジェスターは否定しなかった。そのまま、拳を強く強く、握り締める。
「お前は一体、何をしようというんだ!?」
何とかしてバーサーカーはその拳から逃れようとするが、この体勢で躱すことなどできはしない。
「決まっている。“偽りの聖杯”を奪いにいくのだよ」
振り上げられた拳は、わずか一撃でバーサーカーの頭部を強かに揺すった。
ジェスターはあっさりとバーサーカーを無力化してみせた。英霊としての最後の抵抗すらする暇もなく、バーサーカーは立ち去っていくジェスターの後ろ姿を視界に写しながら、意識を途切れさせた。