Fate/strange fake Prototype   作:縦一乙

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day.07-03 遊び

 

 

 その午睡を邪魔したのは、例によってろくでもない喧嘩の仲裁のためだった。

 

 スノーフィールド南部砂漠地帯……というよりもはやラスベガス北部といった方が近い丘の上。スノーフィールドからラスベガス方面へ正規ルートから外れた場所である。歩くには難しくはないが、整備されていないので車だと難しい。うねって視界の利き辛い道と毒虫の巣が近くにあるのとで、利用者は限られている。結果として、ここにいるのは後ろめたいことのある人間ばかりだった。

 

 困り顔の女性副官に起こされたのは午後の二時。日陰は涼しいがこれから最も暑くなる時間帯である。だというのに喧嘩は日向で行われていた。まったくもって正気を疑いかねぬ馬鹿野郎共である。

 

「どうしました?」

 

 溢れる怒りを欠片も出すことなく近付いてきた上官に敬礼をしてくるも、訓練所上がりの新兵はそれでもなお互いに睨み合いを続けてみせる。

 顔立ちからして粗暴さが目立つ馬鹿面だ。何度も上申はしてはいるがここに連れてこられるのは決まって前科のある悪ガキや使いようのない馬鹿ばかりである。

 人殺しに抵抗が(あらゆる意味で)ないのは結構なことであるが、脳みそまで本気で筋肉が詰まっているのかという学習能力のなさと倫理観の欠如は本気でどうにかして欲しい。

 

「ふぁ、ファルデウスたっ」

「おおっと。私のことを階級で呼ぶのは禁止です。前にも言ったでしょ? ちゃんと覚えていますか?」

 

 黙ったことを確認してファルデウスは無礼な新兵の首筋からアーミーナイフを元の鞘へと戻す。

 一体いつの間に抜いたのか周りにいた全員が把握できていなかった。柔和なファルデウスがひとえにこの荒くれ者達の上に立てる理由は、こうした圧倒的戦闘力の差によるものだ。特に初日に反抗的だった一人を永遠に黙らせたのが良かったらしい。

 

「それで、これは一体何の騒ぎですか?」

 

 本来であれば現場の全権責任者たるファルデウスがこんな新兵の喧嘩ごときに出向く必要はない。が、無視を決め込むにはこのベースキャンプは狭すぎた。

 

「あー……なるほど、つまり死体の数が足りてないってことですか?」

 

 女性副官が耳打ちすれば納得である。一応確認しようと二人の新兵へ問い質してみると互いの罵倒が口に出た。聴かれたこと以外を喋るなと言う基本的なことも忘れているようである。

 

 いつまでもこの二人の言い分を聞いているわけにもいかないので、二人を無視してファルデウスは死体を安置しているテントを覗き見る。数えてみれば、確かに報告された数よりも一つ足りていない。

 

 一応射殺死体は一体ごとに記録を取っている。ここからいなくなった死体は昼間日陰で休んでいたところを狙撃され殺された男のもの。足跡からどうやらラスベガス方面からスノーフィールドへ行く途中だったようである。これがどこぞの陣営の援軍だとしたら減点は免れぬだろう。

 

「こういうことがあるから『当たり』は油断ならないんですよ。無理をしてでも二十八人の怪物(クラン・カラティン)から何人か引っ張ってきた方がよかったですかねぇ……」

 

 まったくもってつまらない任務だとファルデウスはぼやく。

 ファルデウス達が今受けている任務はこの付近を渡ろうとする人間の射殺である。射殺した人間の多くはただの一般人(臑に傷を持つ者が多いが)であるが、中にはこうした『当たり』もいる。

 

 つまり、魔術師だ。

 

 現在射殺したのは全部で八六名、その内魔術師らしき人間は九名である。そうした『当たり』かもしれぬ死体は他の死体と区別し保管場所を分けている筈なのだが、その死体袋はどう見ても八つしかない。

 死んだふりをしていたのか、それとも何かしらの魔術で蘇ったのか。判断は付かぬが今更どうしようもない。あの馬鹿者共のことだと念のため他の死体袋の数も確認したが、結果は変わらず。やはり一人分の死体がなくなっている。

 

 いつまで続くか分からぬこの作戦に兵士達が『遊び』を取り入れたのを黙認したのがまずかった。誰が何発で何人仕留めたのか賭けがあったらしい。中でも『当たり』と判定された者の射殺死体はポイントが高いのだそうだ。

 

「こいつらにも魔術師の怖さを教えなければなりませんかねぇ……」

 

 スノーフィールドでランガルの人形を壊した時、その光景を間近で見た兵士達の衝撃は生半可なものではなかった。

 ここでの仕事は簡単であるとはいえ、いつ逆襲されてくるかは分かったものではない。むしろこのルートは通れない、という認識を植え付けるための作戦なので、進退窮まれば一斉に襲いかかってくる可能性も低くない。

 射撃ポイントは常に変えさせてはいるが、もうそろそろそのパターンも限界である。ここいらで何か手を打つ必要はあるだろう。

 と、

 

「タイミングがいいですねぇ」

 

 ファルデウスが汚れを拭いながら事後処理をしようとパソコンの前に座ると同時に、囲うようにして設置されている三台のモニターに電源が点る。だというのに映されているのは『SOUND ONLY』の無機質なロゴのみ。もちろん相手からはモニター上部に設置されたカメラを通してファルデウスの顔は見えている。

 

「まったく便利なシステムですね。いつから御覧になられていたのですか?」

 

 今まさに魔術師に逃げられたばかりだ。それ以外のことについては特段処罰されるものではないが、このポジションは軍事裁判を彷彿とさせて嫌になる。

 

『たった今だよ、ファルデウス君』

『君がパソコンの前に座ったようなのでね』

『君の手を煩わせぬようこちらで操作しておいた』

「ありがたいかぎりです」

 

 それなら事前に心の準備くらいさせてくれた方がよっぽどマシなのだが。

 

「報告書をこれから書こうと思っておりましたが、ならこの場をお借りして口頭で済ませてしまって構わないでしょうか?」

 

 冗談ではあるが皮肉を込めたファルデウスに、しかしてカメラの向こうの御仁は信じられない言葉を口にしてみせる。

 

「――それは、本当ですか?」

 

 報告書を書く必要は本当になくなった。いやあ、冗談でも言ってみるものだと頭のどこかで混乱する誰かがいる。同時に、計算高い誰かもいる。

 

『ああ、本当だとも』

『署長は、MIAと認定されたよ』

『キャスターが手引きしていることから事実上POWということだが……』

『こうした事態になった以上、我々が成すべきことは』

『頭をすげ替えることだけだ』

「……それで、私に白羽の矢が立ったってことですか」

 

 あまりにも想定外の事態にファルデウスでさえ、そう返すことが精一杯であった。

 キャスターの裏切りによる署長の誘拐。それによって二十八人の怪物(クラン・カラティン)は事実上機能不全に陥り、早急な立て直しを要求されている。

 

 確か“上”の息のかかった副官が存在している筈だが、やはり“上”から見ても駄目であったらしい。一度会ったことがあるが、あの程度の男では二十八人の怪物(クラン・カラティン)は十全に機能しないだろう。

 いや、二十八人の怪物(クラン・カラティン)の選抜と育成は署長の専権事項である。鈴としての役割を果たせるのがあの男しかいなかった段階で、署長はこうした事態を読んでいたのかも知れない。

 もっとも、そのおかげで自分は戦争の裏方から一陣営のトップに抜擢されたのだから感謝するべきか。

 

『すでに作戦は署長の独断でフェイズ5まで進んでおる』

『そこに君の責任はない。好きなようにやりたまえ』

『君の部隊も二十八人の怪物(クラン・カラティン)とは別に使用しても構わんよ』

 

 次々とされるお膳立てに、断る理由などどこにもない。

 運が回ってきた、などとは思わない。最終的に残った陣営を鏖殺するのが彼らの役目であったのだ。介入するのが少しばかり早まっただけのこと。内心これを待っていなかったといえば嘘になる。

 

「身に余る光栄です」

 

 心にもない世辞ではあるが、ファルデウスの顔に張り付いた喜色に偽りはない。

 魔術教会のスパイを辞してまで宣戦布告の大役を務めたのだ。これで戦場を遠くにただ無防備な人間を撃つだけの裏方で終わるなど、これ以上つまらぬことはない。

 

 辞令を受け取り通信を終えた後、ファルデウスは念のためカメラの届かぬところへと身を置いた。五分ほど沈思した後、さてと立ち上がる。

 あと一〇分もすれば迎えが来る。その前に色々と準備しておくのも悪くあるまい。階級が上だからと全てを部下に任せるのは時間の無駄だ。まずは散々射殺してきた死体をトラックに詰め、テントを片付け撤収準備。

 全てが終了すれば、あとは最後の片付けだけである。

 丁度迎えが来た頃合いに大体の作業は終わらせることができた。

 

「ファルデウス殿、お迎えに上がりました」

 

 迎えにやって来たのはファルデウス本来の副官である口髭の似合わぬ軍人であった。

 軍靴を鳴らしながら背を伸ばす口髭から差し出されたタオルを受け取り、ファルデウスは額の汗と返り血をぬぐい取った。この気温でこの急な運動は鍛えた身体であっても堪える。空を見上げれば黒い雲の塊が遠くに見えた。湿度が高くなったのも少しは関係しているだろう。

 

「……今回は、全員不合格でしたか」

「ここで寝ている連中は最初から見込みもありませんでしたから、当然の結果ですね。私の部隊に必要有りません」

 

 笑いながらファルデウスは血塗れになったアーミーナイフをその場へ捨てた。あれだけの人数を殺したというのに、未だナイフの切れ味は損なわれていない。それは魔術などではなく、単純なファルデウスの卓越した技量によるものだ。

 

「お言葉ですが、短期教育の連中をいくら扱こうとも実戦に投入できるとも思えません」

 

 新兵の息絶えた姿を見ながら、口髭は苦言を呈す。殴り合いの大喧嘩をしていた二人も今では仲良く並んで眠っている。

 最初から分かりきった結果であっただけに、わざわざテストをする意味もない。つまりは最初から使わない方が無駄がないということか。それに関しては社会のゴミは排除すべきと考えるファルデウスは何も言わなかった。論議するだけ無駄である。

 

「ここで副官を務めていた女性士官はどうでしたか?」

 

 口髭が新兵八名分の死に顔を確認しても、ここに女性の死体はない。他の新兵はともかくとして、あの副官は正規訓練を経て配属された士官候補生だ。不合格だからと簡単に殺すには少々惜しいらしかった。あるいは死姦の趣味でもあったのだろう。

 

「ああ、あの娘に関しては見所がありましたね。私の一撃を何とか避けて他の新兵を盾に一目散に逃げていきましたよ」

 

 あの窮地にあって混乱もせずに的確に生きるための最善手を打てている。あれは訓練などで培えるようなものではない。希有な才能であったことは確かだ。あと数年も下積みをすれば、きっと化けることだろう。

 

「この近くにまだ潜んでいると思いますから、三〇分ほど遊んでください。一〇分以内に捕まるようなら殺してしまっても構いません」

「了解しました」

 

 いつものこと、と口髭は連れてきた部隊員にレクリエーションを説明する。

 これはファルデウスの入団テストである。

 追ってくる敵から一〇分以上逃げつつ、三〇分以内に何らかの交渉があれば合格だ。

 もとより、ここで行われた作戦は無差別殺傷の非合法かつ非公式な作戦。表沙汰にできぬ作戦である以上、口封じは最初から決められていたこと。だからこそ、逃げ切った場合にはファルデウスとは関係のない別の機関が追うことになる。

 ただ逃げるだけだと今後安穏とした日常生活に戻れることはない。それが分かっているのなら、この危機的状況であっても冷静に冷徹に正解を手繰り寄せる努力をすることが求められる。

 

 ファルデウスの部隊にいる全員はそうした洗礼を受けてきた者達だ。それだけに兵士としての個々人の技量は飛び抜けているし、メンタルコントロールも一流である。魔術師といった個を超越した魔道の相手であろうと、彼らは怯えることなく対応し犠牲を怖れることなく隊に寄与してみせることだろう。

 

 連れてきた部下は全部で八名。その内の三名を連携も考えずに適当に選ぶ。一〇分前に逃げた獲物だ。全員で捕まえにかかれば五分で彼女は連れ戻されてしまう。それに試験であることを彼女に悟らせるにはこれくらいが丁度いい。

 

「では、開始してください」

 

 こうして、試験を称した愉しい愉しい『遊び』にファルデウスは選抜した三人を解き放った。彼らにしてもこの遊びで上手く捕まえればご褒美がもらえる。失敗しても特に懲罰もなく、相手が女となればわざと失敗するのも手である。そういうこともあってファルデウスの部隊にいる女性隊員は他の部隊員より技量と駆け引きにおいて実力者揃いという事実がある。

 見込みはあるのだろうが、ファルデウスの予想では芳しい結果にはならないだろう。彼女は数ヶ月後に誰とも分からぬ白骨死体として発見されることになる。

 

「ご機嫌ですね」

「当然だろう? これでようやく私にも目がでたというものさ」

 

 これから本格参戦する『遊び』を思えば、どうにも顔が元に戻りそうになかった。

 

 


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