Fate/strange fake Prototype   作:縦一乙

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day.06-10 路上の残飯

 

 

「傾聴! 警戒直を発令する! 情報班は直ちに現作業を止めシステムチェックを開始! システムが汚れていることを前提に行動に移せ! その他の者はただちに隊伍を編制!」

 

 署長のいきなりの命令に動揺を示す者も多かったが、この場にいる誰もがそのことに意見するような愚は犯さなかった。

 軍隊において上官は絶対であり、それでいて署長は彼等の導師ですらある。そこに動揺はあっても疑問を問いかける余地はない。

 

「第二種警戒配置! 本部編成表に従って位置に付け! 戦闘第一守備班、第二守備班は、本部正面を定点防御。非戦闘員は情報資料を焼却! 第三守備班、遊撃隊として本部の警邏につけ! 以上、速やかに履行せよ!」

『おいおいおいおいおいぃぃっ! なんか物騒な命令がこっちにも聞こえているんだが、何をしてるんだマイマスターっ!?』

 

 本部の誰もが文句なく行動している最中、唯一受話器から放たれた文句は殊の外大きく聞こえた。

 

「現状が最悪であることを認識しただけだ。そして聞いておくが、今お前がいる場所はいつもの地下施設だな?」

『ああそうだよ! お前らが籠の鳥とか嫌な名前を付けてる施設にいるよ! だから脱出もできねぇんだよ!』

 

 キャスターは“昇華”という破格のスキルがあったために工房作成スキルを有していない。それ故に代替施設を用意したわけだが、人間が作る工房ではどうしても安全面と使用面で問題が出てくる。そのために出口は厳重に、そして中で何があっても外に被害は漏れぬよう細心の注意が払われている。

 もちろん『キャスター自身を閉じ込める』という意味も八割くらいないわけではない。

 

「それで、後何分持ちそうだ?」

『今すぐ二十八人の怪物(クラン・カラティン)を投入してなんとか間に合うレベルじゃねぇかな!?』

 

 キャスターのヒステリックな叫びの背後で再度響き渡る重低音。その中にミシリというかなり嫌な音も聞こえてくる。骨子となる柱にヒビが入る音だ。

 

 当然だが、今現在他の場所で待機している二十八人の怪物(クラン・カラティン)がキャスターのいる牢獄に急行しても到底間に合わない。キャスターが言う通りに今すぐ投入できたとしても、間に合うだけで対処などできないだろう。

 そうするとキャスターは殺されるか、もしくは連れ去られる。残念ながらキャスター本人が襲撃者を撃退するという可能性は皆無だ。

 

 となると、キャスターに対し取るべき方針は二種類。

 このまま座して経過を見守るか、それとも、

 

「令呪を使うか、か」

 

 署長の手にある令呪は三画全て残っている。必要性を感じなかったので使わなかっただけだが、ここでこれを使用するのも悪い選択肢ではない。

 

 キャスターの利用価値はほとんどない。見殺しにしても戦略上問題はないが、捕獲され情報が漏れることは何としても回避しなくてはならない。となれば当然口封じは必要である。

 この段階で令呪を使うのは確定的だったが、問題はその中身だ。

 

『ちょ、何悩んでるんですかね! こっちはもうギリギリなんですけど!』

「なるべくギリギリに令呪は使いたいからな。もう少し辛抱してくれ」

 

 適当なことを言って誤魔化してはいるが、署長は慎重に命令する内容を吟味する。

 

 令呪が絶対命令権とは言え、困ったことにキャスターは自害に失敗した逸話を持つ英霊である。

 機密保持のために死ねというのは簡単であるが、ここでこのキャスターの逸話がどう影響するかは未知数であり、絶対命令権でありながらたとえ二画分費やしたとしても不安は払拭しきれない。

 

 となれば、もはや選択肢は一つだけになってしまう。

 欲を言うなれば、マスターを失ったはぐれサーヴァントがいた時のためにあまり令呪を使いたくなかったが、キャスターに恩を売れるともなればそう悪いことばかりでもないだろう。

 

 様々な思惑はあったが、署長はタイミングを図るべく受話器を耳に当てる。実況はキャスターがしてくれるので何の問題もない。だが本部システムに不安要素がある以上、最低限キャスターには襲撃者の姿をちゃんと見てもらいたい。どうせ使うのなら最大限に利用するべきだろう。

 

「キャスター、敵サーヴァントの姿を確認したらすぐに言え。令呪で飛ばしてやる。嘘をついた場合は私が直々に殺してやる」

『もっと安全とかにも気を配ろうぜ兄弟! あの防護壁が吹っ飛んだら姿を見る以前に俺がぺちゃんこじゃねぇか!』

 

 それはそれで好都合だとは言わなかった。死ねば令呪は消えてなくなる。確認の手間も省けるというものだ。

 

「なるべく壁から離れて物陰に潜んでおけ。それでリスクはかなり減る」

『リスクのない行動をしろって言ってんだろうが! あとでぜってー殴るからなこんちくしょう!』

 

 その場合はクロスカウンターで逆に殴り返そうと思いながらも、署長はキャスターの背後の音へと集中する。

 二度、三度、四度。そして、五度目にようやく何度も聞こえていた打撃による重低音が、破壊音へと変化した。

 扉が貫通した。それ以上の音がしないことから、キャスターが危惧した防護壁が吹っ飛ぶほどの威力はなかったらしい。しかし同時に追撃音がしないところから、どうやら敵はキャスターを殺さず生け捕る可能性が高い。もしくはキャスターに警戒しているのか。

 

 猶予があることは嬉しい限りだが、件の襲撃者は情報皆無のサーヴァントと真っ向から対峙するだけの自信が相当あるらしい。

 キャスターの戦闘能力は極秘にしているので敵方に漏れている心配はないが、できれば実力を計られる前に全てを終わらせたい。

 

「キャスター、襲撃者を見たな?」

『あ、ああっ! 確かに、見たぜ!』

 

 そのキャスターの声と同時に署長は自らの令呪を行使する。

 

「キャスターよ! その場を離れここに来い! 今すぐに!」

 

 署長の言葉に反応し、手の内にあった一画の令呪が莫大な魔力を行使して消えていく。同時に目の前に出現する、空間のうねり。

 空間跳躍は令呪の命令と殆ど同時だ。例えそのことに気付いたとしても襲撃者が何かを仕掛ける隙はない。そして即座に署長の目の前に出現するキャスター。その姿はどう考えても無様といえたが、このキャスターに対し格好良さを求めるのは酷だろう。目を逸らしてやるのがせめてもの情けだ。

 

「はっ、はぁはぁ……た、助かったぜ、兄弟」

「無事で何よりだキャスター」

 

 召喚して以来数えるほどしか接触していなかったが、ここまで焦燥しているキャスターは初めてだった。

 命の危機を感じていたのだから当たり前ではあるが、もっと剛胆な性格ではないかと署長は勝手に判断していた。

 

「急かすようで申しわけないが、襲撃者の顔や体格を教えてくれ」

「そいつは了解したが、しかしなんだってこんなにスタッフが少ないんだ。あ、あと水を先にくれ」

「今は第二種警戒配置だ。念のため定点防御に徹している。水はくれてやるが、さっさと――」

 

 似顔絵なりなんなりで情報を寄越せ、と署長は言おうと思った。だがその前にキャスターの言葉に引っかかった。

 

 何故、キャスターは最初にここのスタッフの状態を確認した?

 

「署長! システムチェック終了、やはりシステムは汚れていました! 各通信網が意図的に切り替えられています! 現在サブシステムに切り替えて対応中!」

「今観測班が現場に到着! やはりランサーの姿は確認できません! モニターに流された画像は昨日のものです!」

捲き憑く緋弦(アリアドネ)、再アクセスしましたが、ランサーの反応ロスト! 宝具は既に自壊しています! データ改竄の痕跡も発見しました!」

 

 同時に次々と暴露される事実。

 そしてキャスターにはつい昨日システムの根幹である《スノーホワイト》の確認をしてもらったばかり。こうした仕掛けをしようと思えばできなくはないだろう。

 

 状況証拠からして怪しいのは間違いない。あの堅牢な地下にある籠の鳥からこうして今まで場所も明かしてもいなかった本部へも来られたわけだし、今キャスターの元へは新情報が次々と集まってきている。

 反面、キャスターがそんなことをする可能性は低いのも確か。手にある令呪はまだ二画あり、反旗を翻すにはあまりにリスクが高すぎる。

 

捲き憑く緋弦(アリアドネ)? もしかして位置情報を知らせるアレのことか?」

 

 コップの水を飲み干しながら、幾分の余裕を――いや、はっきりとした余裕を見せながらキャスターは署長の前へと歩み寄る。

 まるで、もう注意すべき山は越えたとばかりに。

 

「お前らそんな名前をあの宝具につけていたのか? 確かにそういう機能はあるが、その一面だけを見すぎじゃねえか。もっと側面もよく見ようぜ?」

 

 捲き憑く緋弦(アリアドネ)とは、ミノタウロス退治に出たテセウスをダイダロス迷宮から救い出すために用いられた麻糸から昇華された宝具――と聞いている。その糸の呪縛にかかった者の位置を常に把握するための宝具である。

 キャスターが宝具を命名する意志がなかったため二十八人の怪物(クラン・カラティン)で勝手につけられたモノも多い。

 

「――何を言っている?」

「俺の嘘を真に受けているとは思わなかったぜ。

 あの宝具の真名は路上の残飯(ブレッドクラム)って言うんだぜ?」

 

 路上の残飯(ブレッドクラム)――それは童話『ヘンゼルとグレーテル』にて森で迷子にならぬよう通り道にパンくずを置いていったというエピソード。位置を知るという意味では同じだが、捲き憑く緋弦(アリアドネ)と明確に違うことはただ一つ。

 

 路上の残飯(ブレッドクラム)は時間経過と共に位置情報機能を喪失する。

 

 呆然と、署長はコーヒーカップを片手にキャスターの告白を受け止めていた。

 間抜け面といわれても仕方がない。だが、署長が混乱するのも仕方がない。現場指揮官として数々の戦場を走り抜けたことのある署長であっても、敵本部のど真ん中で「裏切り」を宣言する者に出遭ったことはなかった。

 

 ここでの多くの者がする対応とは「疲れているんだろう。しっかり休め」という思いやり溢れた哀れみの視線を向けることであるのだろうが、あいにく署長は違った。

 キャスターは本気である、と署長は直感した。

 

 迷ったのは一瞬。なまじ選択肢があっただけに即決即断できなかったのが署長の敗因だった。その一瞬の間に、コーヒーカップを持っていたその手に衝撃が走った。

 その感触には覚えがある。と、いうよりもこの感触は、つい数十秒前に感じ取ったもの。

 

 令呪の、喪失。

 

「そんな、――馬鹿な!」

 

 署長の叫びも虚しく、令呪の一画は署長が命令をしたわけでもないのに先ほどと全く同じように莫大な魔力を行使して消えていく。

 そして同時に目の前に現れる空間のうねり。

 

【……追想偽典……】

 

 キャスターの時と全く同じような現象に署長は機敏に反応した。

 目前に顕現したのは黒いローブを纏った美しい女性。マスターである署長だからこそ、この女がサーヴァントであることは一目で分かった。

 

 対象が行使した魔術や奇跡を再度強制させる宝具――瞬間的に走馬灯めいた思考の加速が署長にもたらされる。

 コーヒーカップを投げつけるモーションをしながら、もう片手では引き出しから拳銃を取り出そうとしている。足は床を蹴りつけ、椅子に座ったまま後方45度へとジャンプして少しでも距離を取ろうとしていた。

 しかしながら、それがどれだけ高速で行われたとしても、既に遅い。

 

「お見せしよう。これが俺を襲った襲撃者の姿だ」

 

 あまりに突然のことに周囲のスタッフはこの事態に気付いていない者も多い。よしんば気付いていたとしても、あまりに堂々としているのでそこまでだ。まさかこの本部にいきなり敵が出現するなど想定できるわけもない。

 こんな近距離に頭目が居ては尚更迂闊に動けまい。

 

「総員て――」

 

 署長が叫べたのはそこまで。「残念、遅い」とキャスターは呟き、アサシンの肩を掴む。あとは、アサシンが力ある言葉を放つだけ。

 

【……回想回廊……】

 

 連続して行使される奇跡。

 派手さに欠ける微風だけが辺りに撒き散らされる。

 

 たった今目の前にいた筈の署長が突如現れた黒服の女性に触られたとたんにいなくなる。そんな光景を目にした秘書官は手にした資料を床に撒き散らし、抜けた腰を床に強かにぶつけながら何の声も発することができなかった。

 

 署長の最後の声を聞いたスタッフが現状を正しく理解する数分間、本部は上を下への大騒ぎの様相を呈することとなった。

 

 


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