Fate/strange fake Prototype   作:縦一乙

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day.06-07 家族

 

 

 椿とティーネは、その光景を瞬きもせずにずっと見続けていた。

 

 ライダーの飽和攻撃による衝撃から身を守るためティーネは椿の上に覆い被さり、腹ばいになりながら状況を確認する。

 ティーネがこれまで調べてきた聖杯戦争の記録においても、ここまで被害範囲の大きい戦闘はない。ここが夢の世界であることを幸いに思うが、もし現実世界であればこの時点で数万単位の死者が出たことに違いない。

 

「これが――サーヴァント同士の戦い」

 

 倒壊どころか吹き飛ばされるビルの轟音にかき消されるが、ティーネは我知らず呟くことをせずにはいられなかった。

 ティーネがこの聖杯戦争に参加した理由は、このスノーフィールドの地を我らが原住民の手に取り戻すこと。これ以上余所者にこの地を穢されないための聖戦であった筈。

 しかしそれは、もしかしたら早計であったのかも知れない。

 

 万軍に代わる一騎、という触れ込みのサーヴァントだが、それでもあくまで一騎である。

 その戦い方からして、本来であれば対人宝具が最も戦闘に適した宝具であろう。対軍や対城を想定する宝具など、真っ正面から向き合わなければ対処する手段などいくらでもある。

 要は、使い勝手の問題である。

 

 では、このライダーとランサーの戦いはどうかというと、これはもう互いに戦争としか言いようのない攻防である。

 ライダーについては言うまでもなく、ランサーにしてもその槍がどうしても対人を想定した宝具には見えない。あの一撃の威力と余波は中距離ながら明らかに対軍のカテゴリにある。

 

 限定的ながら不戦協定を結んだということだが、それを無視する状況になればスノーフィールドの地そのものが無事では済まない。

 それこそ今のうちに令呪を使い、同じく高位のサーヴァントであるアーチャーを縛っておいた方が安全かもしれない。だが安全な立ち位置で勝ち抜けるほど聖杯戦争は甘くない。

 

 この夢の世界にやってきて、ティーネは実に多くのことを学んできた。

 無力な自分でもできることを探し、協力関係を築き上げ、次へと繋げる行動を率先して行っている。それでいて、彼女は自らの無力さと傲慢さを噛みしめ、如何に自分が周囲を信頼しておらず、また信用されていなかったのか、今まで直視していなかった幾多の事実も突きつけられた。

 

 今なら英雄王がヒュドラを退治した時、何を言いたかったか分かる。英雄王を崇めながらも信じることをせず、それでいて表向きの忠誠を示したつもりになっていた。油断などしていない、と思いながらも油断しかせぬ愚か者だった。

 令呪のある手を握り締める。

 

「滑稽、ですね」

 

 この令呪はアーチャーを縛るために使わないと決意する。そしてスノーフィールドのために使おうと、ティーネは誰ともなく誓った。

 

 令呪が何故彼女に宿らなかったのか、そう思えば簡単であった。

 彼女が令呪を持つにふさわしくないと、最初から見抜かれていたのだ。資格がないと、お前では力不足だと、最初から言われていたのではないか。

 

「椿」

「あ、え、うん? 何?」

 

 ティーネの下で同じようにライダーとランサーの戦闘に見入っていた彼女に声を掛け、衝撃が収まったことを確認して立ち上がらせる。

 彼女の両親を差し置いて椿に令呪が宿った理由がよく分かる。ライダーは令呪に苦しみながらも最後まで椿を慮っていた。ライダーのあの成長は紛れもなく椿による教育の賜だ。

 

 ティーネはライダーに追い詰められ殺されかけてはいたが、だからといってそこに恨みはない。ティーネはライダーが負けることを望まない。そして椿が殺されることを許さない。

 ふっ、と自嘲気味にティーネは笑う。以前の彼女であれば、間違いなくすることのない笑い方だった。そして、ティーネはランサーとライダーの戦いをよそに椿に向き合い話しかけた。

 

 この状況でこんなことを言うのは間違っているのだろう。戦いの趨勢を見守り、状況が一段落するのを待つべきだ。冷静に考えれば誰にでも分かる理屈。それでも、ティーネは戦況から敢えて目を逸らし、椿の目を直視する。

 

 今この時、ここで言わねばティーネ・チェルクは必ず後悔する。

 だから、口にする。

 

「椿。あなた、私の妹になりなさい」

「え? え?」

 

 突然の提案に、椿は狼狽えた。

 言葉の意味が分からないのか、椿はティーネの顔をまじまじと見つめる。見つめることしか、今の彼女にできることはなかった。

 椿の行動に促されるように、ティーネは口を開く。

 

「今の私とあなたの関係は同盟よ。当然、状況が動けば最終的に破棄されるあやふやな関係。それこそ、ただの口約束である以上、今この場で椿が私を裏切ったとしても仕方がないことなの」

「そ、そんな……私は、お姉ちゃんを裏切らないよぅ」

「えぇ、あなたがそんな子でないのはよく分かっている。それはフラットも、そして銀狼も一緒。だけど、一番みんなを裏切りそうな人間は間違いなくこの私」

 

 何故、という椿の顔をティーネは優しく撫でる。

 

「私には目的がある。このスノーフィールドの地を取り返すという、原住民の長としての何事にも代え難い目的が。そのために障害となる者は全て排除しなければならない」

「私とライダーはそんな邪魔はしないよ!」

「ええ、分かってる。けれど、私はあなたと同じマスターである以上、直接手を下さずともあなたのご両親の死について責任の一端がある。それについて私はあなたに謝ることはできないし、別の理由であってもあなたが私の前に立ち塞がるのなら、私はあなたを殺さねばならない」

「む、難しすぎて……お姉ちゃんが言っていることがよく分からないよ」

 

 まだ幼く一切の勉強もできなかった椿からしてみると、ティーネの言い方は非常に難しかった。だが面と向かって、誰かがやらなければ私が直々に椿の両親を殺していた、とはさすがのティーネも言いづらかった。

 しかしもし、将来時間が経ってこの言葉を思い返すことがあったのなら、この時のティーネの気持ちは必ず椿に伝わる筈だ。

 

「理解しなくてもいいわ。今、私はあなたに求めることは、身内……つまり家族になりたいということ」

「それは……ドーメイとどう違うの?」

 

 同盟の意味をよく分かっていない椿にとって、家族と同盟は言葉こそ別物でありながら相違点を見いだしにくいものなのだろう。そして家族となる、という意味も椿には理解できていない。

 

「私は、スノーフィールドの族長……最終的には、必ず一族のためになる行動をしなければならないの。だから、椿。あなたが一族にとって障害になるなら、私はあなたを倒さねばならない」

「だから私はそんなことしないよ!」

「いいえ。違うのよ、椿。私は、一族の不利となるのなら、例えあなたが窮地となっていても助けることはできない。見捨てることしかできないの」

 

 ティーネの告白に、椿は次の言葉を紡ぎ出すことはできない。

 幼い彼女にそういった状況を想定するのは無理だし、そういった状況に陥らぬよう動くことも難しいだろう。だが困惑こそすれ、ティーネの指摘はこれから起こりうることである。そのことは椿でも理解できていた。

 だからこそ、椿は何も言えない。

 

 つい先ほども両親の死のショックでライダーを苦しませ、みんなが苦しむのがイヤで約束を破って二つ目の令呪を使ってしまった。それが幼さ故の仕方のないことだとしても、おいそれと許されるというものではない。

 責任を取ろうとして取れるものでも、ない。

 何を言っていいのか分からず俯く椿とは逆に、再び戦場を見据えるティーネの心は堅く決した。

 

 もう先ほどのような大技同士の戦いは一旦終了したのだろう。ライダーはどこかに消え、代わりにランサーを囲むようにして傀儡が五人、互いに連携しながら戦っている。

 ティーネが知るよしもないが、この時ランサーを相手にしていたのは二十八人の怪物(クラン・カラティン)の部隊員達である。対サーヴァント戦を想定して訓練していた者達を、ライダーは経験や判断能力をそのままに魔力で強化して戦わせていた。

 

 だがこれは事情を知っていたとしても彼らが時間稼ぎ以上の役割が果たせるとは思えない。消えたライダーがどこに行ったのか分からぬが、何らかの大技を仕掛けてくるであろうことは容易に予測がついた。

 

 ライダーは長期戦を選ばない。

 ただでさえライダーは椿の身体に無理を押し付けているのだ。進化を続け、心すら手に入れたライダーがそのことに気付かぬ訳がない。

 最後の賭に出ようとするライダーを思い、ティーネは口にする。

 

「見届けなさい、椿。今から見るものは、あなたとライダーの絆そのもの。脆く危うく儚い、有ること自体が尊い繋がりよ」

 

 尊い一瞬は、卑しい永遠に勝る。

 ライダーの敗北は、間近にあった。

 

 


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