Fate/strange fake Prototype   作:縦一乙

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day.06-05 感染接続

 

 

「……なんですか?」

 

 その光景に思わずランサーの口から疑問符が零れ出ていた。

 

 見間違い、であろう。ライダーは黒い布きれに目と口を開けただけの典型的なお化け衣装に身を包んでいるような適当な姿のサーヴァントである。目と口と称したものの、実際は頭部らしき場所に空いた三つの穴を顔と誤認してしまうシミュラクラ現象でしかない。

 

 そんなライダーが、ニヤリと笑ったように見えたのだ。

 不敵な笑み。そんな錯覚を戦闘の最中に認識してしまう自分に一抹の不安を覚える。再度一瞥してみるが、ライダーの顔に変化があるようには見えない。

 

 念のため攻撃に割いていた余力を緩めていた回避行動へ振り返る。

 ランダム機動は動きを読まれぬよう幾度となく仕掛けたが、今回のは特別だった。目眩ましの斬撃を念入りに行いつつ、ビルの死角に入り込んだ瞬間に人ならざる体を最大限駆使して無理矢理の方向転換。重力さえ無視する即席のスクリューコースターとなって常識に捕らわれては予想もしない場所から再出現。

 

 危ない橋を敢えて渡る必要はない。不確定要素はなるたけ潰し、潰せなければ大きく迂回するまで。

 決して侮れぬ相手なのだ。少しでも危機を感じたのなら、それに素直に従おう。

 

 信じられぬ速度でライダーの背後に回ったランサーはそのまま創生槍を構える。

 本当にシミュラクラ現象であるのならライダーに死角があるとも思えないが、正面からわざわざ叩く意味もない。多少意表を突ければ良いくらいか。この程度の奇策であれば幾ら見せたところで惜しいものでもない。

 

 ライダーとランサー、どちらも強力なサーヴァントであることには違いないが、その性質はまったく異なっている。堅く鈍重な重戦車と素早く脆い戦闘機。互いのパラメーターは明白で、それが故にこの戦場でどちらが優勢かも明白。

 

 ライダーが勝利するためには、その潤沢な魔力を効果的にランサーにたたき込む必要がある。だがそんな奇跡を成すにはランサーの技量は卓越しすぎている。安い奇跡に頼っていては何年経とうが打ち負かすことなどできやしない。

 

 逆に、ランサーは時間をかけて削り取るだけで労なく勝利をもぎ取れることだろう。あとはいかにダメージを抑え魔力消費を抑えるかが鍵となる。唯一気をつけるべきは銀狼の安否のみ。その銀狼の傍には別のマスターが介抱しているようなのでそこまでの心配も必要ない。

 

 ならば、とランサーは手堅く持久戦を選択する。

 疲労の心配をしなくても良いのが泥人形の利点だ。一撃離脱を延々と繰り返し、根負けするまで実行し続けよう。

 行動の選択肢はランサーの手にある。スピード勝負であればランサーがライダーに負けることはない、筈だった。

 

 すっかり持久戦を覚悟してしまったランサーにとって、油断すまいと思った瞬間にその言葉を思い返すことになる。

 

 ライダーの死角(と思われる場所)より最短最速で創生槍が存分に振るわれた。およそ生物が発揮できる瞬発力の限界を超えている。これでライダーを倒せるなどとは思わないが、並のサーヴァントであればあっさり葬れるだけの威力はあった。

 疾風としか形容できぬ姿を視認することは不可能であり、またそのようなモノが存在するはずないという常識がフィルターとなって、よりいっそうそれを不可視のモノへと変えていた。

 少なくとも、全体を見ていた筈のティーネと椿には、何が起こったのか分からなかった。

 

 一撃は寸分違わずライダーを抉ってみせる。やはり中距離よりも近距離の方が腰が入り業の冴えが違ってくる。一撃離脱のため速度を乗せていたのが悔やまれた。速度がなければその場に留まり次撃を打ち込むこともできたのだが、幸か不幸かその次撃を放つ意味はそこになかった。

 

 手応えが、なかった。

 

 薙ぎ払う一閃は確かにライダーを切り裂いてみせるが、その最高の一撃は実に空虚だった。

 これは、囮だ。

 

「馬鹿な――」

 

 ランサーの気配感知スキルはこの夢世界でも十分以上に機能している。如何にランサーがライダーから目を逸らそうと気配感知スキルからは逃れられないし、そんな様子もなかった。

 

 信じがたい事実であるが、どうやらライダーはその本体を希釈して周囲に紛れ込ませながら、表面のみをそのままに囮と入れ替わったらしい。

 そんな器用な真似ができるなら何故最初からしなかったのかと思ったが、それも当然だ。本命である精巧な囮を隠すため。ランサーはそれにまんまと嵌まってしまっただけだ。

 

 囮を切り裂いた衝撃で、中に封入されていた臨界状態の魔力が爆発する。起爆スイッチを図らずも押してしまったランサーは至近距離でその衝撃を受けるが、衝撃だけでダメージはない。

 

 爆風に乗ってその場から退散しながら威力を殺す。いやしかしこれは失策だった。ダメージがないならその場に無理にでも踏みとどまった方が良かった。爆発の衝撃によって見当識を喪失。気配感知スキルも一時的ながら役に立たない。

 

 この瞬間に、ライダーは全てを賭けていた。

 ランサーの隙を突くようにして、頭上に漆黒に彩られた魔力弾が生み出される。見た目は先ほどから何度となく作られていたものと変わらない。そして威力についても実は何も変わってはいない。

 唯一違うのは、その数だった。

 

 この夢世界、夜空に瞬く星々は存在しないが、今は漆黒の星々がその代わりを務めている。

 星と紛う数の魔力弾。それが今一斉に放たれた。

 

「これは一体!?」

 

 もはや豪雨を彷彿とさせるような弾幕に、さすがのランサーといえど出鼻を挫かれ、釘付けとなる。

 遮蔽物の少ないフィールドが災いした。上空でこれでは、格好の的でしかない。降りしきる雨の中でまったく濡れずにいられるわけがないのだ。せめて弾幕の薄い場所を探そうにも、気配感知スキルは一時的に役に立たない。

 回避仕切れず両翼に空けられた穴を見ながら、ランサーは素早く周囲の地形を確認する。この物量を正面から相手にするにはさすがのランサーも骨である。

 

 まずは垂直降下してライダーの魔力弾と併走するように逃れる。翼が傷ついたため先のような無理矢理な急反転はできないが、多少の軌道修正ならできる。乱立するビル群が邪魔をしてライダーの魔力弾は効果を発揮できない場所がある。

 

 ――いや、その程度で済むのか?

 

 ランサーの疑問は一瞬。そして最高クラスの気配感知スキルがようやく復活したことによって、これがまだ終わりでないことを悟った。

 

 濃密に、全身にベッタリと張り付くような不快感を感じ取る。辺りの空気が一気に重くなるような、重圧。

 魔力弾の絨毯爆撃に地上一帯は凄まじいことになっているが、暢気に下を見続けるわけにもいかない。見上げれば、落下していく魔力弾の中に不自然な動きをする球があった。それがただの変化球である筈がない。

 

 己の直感に素直に従い、ランサーは重力加速も付与して一気にスピードを上げて引き離す。地表スレスレで翼を仕舞い脚部での高速移動。みるみる魔力弾との距離は開いていくが、案の定魔力弾は地表にぶつかることなくこちらへとその進路を変更して見せた。近場の魔力源に反応するようプログラムされているのだろう。

 距離を離すことは簡単だが、いつまで追ってくるか分からない以上不安要素は排除しておかねばならない。

 

 ビルの影に入り、正面から来た変化球を創生槍で薙ぎ払う。

 追尾式とは中々にやっかいだ。これをそのまま放置してはあっという間に取り囲まれかねない。仕方なく移動に移動を重ねて順次漸減していくが、足を止めたわずかな隙ですら追尾魔力弾は徐々に増えていく。

 そして何より、完全にライダーを見失っていた。

 

 主導権を取っていたつもりであったが、それはランサーの勘違いであったらしい。それでも、ランサーに焦りはない。

 今までの戦法を抜本的に変えていく必要はあるが、だからどうしたというのか。ライダーが強大である事実と相性の関係に変化はないのだ。ライダーを見失いこそすれ、大量に魔力を消費させている事実がある以上、この場を凌ぐ以上にやるべきことはない。

 重要なのは、相手を消耗させ、こちらの消耗を抑えること――

 

「――!?」

 

 などと冷静に分析を続けるランサーに追い打ちがかかる。

 ビルの影に逃げ込むことで魔力弾を凌いだランサーであるが、逆に言えばビルの影へと誘導させられたともいえる。その自覚はランサーとてあったが、次の手が何かと問われれば閉口するしかあるまい。

 次の手が来るとさえ分かっていればランサーには十分なのだ。手の内が常識と異なる相手にこれ以上考えても仕方がない。これもまた、絶対的強者であるが故の奢りには違いない。

 

 だから、次の瞬間にランサーは十七個の肉片に『解体』された。

 

 切断面はとてもキレイで、中に一応作っておいた臓物はこぼれていない。誰が見ても致命傷であろうが、ただ切断されただけ。真祖の姫君だって復活したのだからランサーであれば尚更。一秒もかからず復活してみせる。

 

 種明かしは簡単だろう。

 凶器の正体は、わずか数ミリの魔力弾――否、魔力レーザーか。魔力を点ではなく線として収束させ、折り重ねることで実現したのだろう。

 ビルを貫通させてランサーを切り刻んだその威力は認めるが、飛距離に比例して減衰していく威力を考えれば、魔力弾の一〇〇倍以上の魔力と誘導弾以上の精密さが要求されることになる。

 

 再生するための一秒で周囲をさらなる誘導弾が埋めていく。ざわりと、うなじをなでていく冷たい感覚に従い、誘導弾の迎撃もそこそこに必ずあるであろう追撃を避けるべく前方へ跳ね飛んだ。

 一瞬前までいた場所が縦に割れた。残光を伴ってはいるが、これが終わりではない。光と見紛う速度で飛来するレーザーは、さすがのランサーもまともに相手ができるものではない。ダメージとしてはほとんどないが、悠長に再生していては誘導弾に囲まれて詰んでしまう。

 

 レーザーによって斜めに切断されたビルが上から降ってくる。ライダーは執拗にランサーの動きを束縛したいらしい。

 行動の制限を嫌ったランサーは仕方なく倒壊してくるビルから離れるが、その間にも執拗にライダーのレーザーはあらゆる障害物をまとめて切り刻んでいく。

 フェイントを連続でかけ続けることで、何とか回避し続けるが、その全てを完全に回避できるわけでもない。

 

 いや、それよりもライダーがランサーを完全に捕捉していることのほうが問題か。

 レーザーがランサーを的確に狙っている事実と、フェイントという人為的な回避運動から、ライダーはランサーの動きを完全に捕捉している。ランサーの気配感知スキルにも捕捉されずに、どうやってか。

 

「いや、違う――ここは既にライダーの腹の中か」

 

 ランサーの叫びに応じるかのように、すぐ傍らの空間に魔力弾が生成されランサーの動きを阻害する。創生槍で打ち払うが、レーザーがランサーの脇腹を灼いた。

 

 戦場を開けた上空から狭く入り組んだ地上に移したのは失敗だった。ビルの影へ誘導されたと勘違いしていたが、何のことはない、この地上に降ろさせた時点でライダーの罠は完了していたのだ。

 

 地上に降り立った時から感じた不快感。これは、ライダーそのものだ。

 

 不快感だけでサーヴァントの気配と気付かぬのもこれでは当然だ。盆地に流れ込む霧のように、ライダーはランサーに悟られぬよう周囲一帯と同化していたのだ。全体に広く薄く希釈して潜伏したライダーは、彼自身が危惧したとおり英霊とは呼べぬ悪霊にすら劣る雑霊と成り果てている。

 

 一体何をどうやって完全に雑霊に堕ちるのを防いでいるのか知らないが、ライダーはそれを克服しているらしい。こうも的確な攻撃を意識的に行っていることからもそれは明らかである。

 もしこれを意識的にいつでも行えるのだとしたら、それは無敵と同義だろう。

 

 ハイリスクハイリターン。ランサーはライダーの罠に見事に引っかかったわけだが、こんなリスクの高い綱渡りがそう長く続くわけもない。ライダーが賭けに出ていることは明白だった。

 

 どこかで天秤は傾く。

 案の定、その時は近かった。

 

 一気に深まる不快感に、自然と創生槍を握る手に力が籠もる。

 広く拡散していたライダーの姿が、一気に形を成そうとその密度を急激に増やしてくる。きっと、ライダーが元の姿で顕現するときには、その腹の中にランサーを捕えていることだろう。

 

 深海に潜り続けれているイメージ。水圧は徐々にその力を見せつけランサーの自由を奪っていく。心なし周囲を埋める魔力弾もライダーの圧に押し負けて徐々にその数も減っていく。

 周囲一帯を丸ごとライダーの内部へ取り込もうというのだ。手枷や足枷といった拘束具でランサーを抑えることなどできないが、空間ごと捕まえられてはどうしようもない。

 これが限界値に近づけば、さすがのランサーも切り札を使わなければならない。

 

 しかして、ランサーの期待を裏切ることに、ライダーの本命はこれではない。

 徐々に存在密度を高めると言うことは、それだけランサーの攻撃を受け易くなるということだ。いかに拘束しているとはいえ、この程度で安心できる筈もなかった。

 

 本命は、既に頭上に用意してある。

 

「――どれだけ出鱈目なんですか!」

 

 ランサーがそれを確認したのはビルとビルの隙間から移動したときだった。頭上に見えたそれは、一瞬黒い太陽かと勘違いするほど。しかし勘違いはしてもこれほどのものを見誤ることはない。

 これは、レーザーのような極小サイズとは対極の、極大サイズの魔力弾。それがランサーを囲むように三つ用意してあった。

 

 距離はある。速度も速くない。数も少ない。だがそれらが安心できる材料にはなり得ない。果てしなく嫌な予感だけがランサーの身を駆け巡る。

 そしてその予感は正しかった。

 

 瞬間。

 

 音よりも早く、眩いばかりの光の衝撃波が周囲一帯を粉砕し拡散していく。

 爆発は同時。そして三つの爆発点はランサーを中心にほぼ均等の位置で敢行された。

 

 局地的に見れば核ミサイルを上回るような出鱈目な威力。津波の如き破壊の渦にビル群が耐えきれる筈もない。倒壊すら許されずそのまま数百トンの瓦礫が冗談のように吹き飛ばされ、あるいは蒸発していく。

 そして一瞬遅れて起こる爆心地付近の急激な減圧によって、流れ込む空気の渦はそれ以上の衝撃をランサーへと叩き込んでいった。

 

 およそ常識外れの破壊力は火山の大噴火を連想させた。

 立ち上る馬鹿でかいキノコ雲内部に龍めいた紫電が幾筋も奔る。つい先ほどまでそこには平凡な街並があったというのに、もはや残骸すら残らぬクレーターしか残っていない。

 ただの一瞬で、スノーフィールドの街の半分が吹き飛んでいた。

 

 ――既定限界値に接触。

 ――宝具感染接続(オール・フォー・ワン)常駐解除。

 

「ワタシ、ハ、ココデマケルワケニ、イカナイ」

 

 蒸発した街の上空に何とか再集結を果たしたライダー。

 疲れを知らぬ筈のライダーではあるが、心なしかその声には疲れが見て取れた。

 

 


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