Fate/strange fake Prototype 作:縦一乙
そして爆心地に出現したライダーの体内から爆発が起こり――
「――そんなっ!」
少女の悲痛な声が次の事実を物語った。
この罠は非常に良くできていた。
術式ひとつとっても実に見事であり、流れる魔力も淀みなく、逆流を防ぐためにバイパスも作られ芸術品としての完成度も高い。そして連鎖術式というところからもこの術式は術者が複数必要であり、息の合ったタイミングがあってはじめて威力を相乗的に高めるものだ。
タイミングは絶妙であり、サーヴァントといえど決して無視できぬ威力。事実上この威力がこの世界における攻撃の上限だった。
唯一の難点を言わせれば、あまりに威力が高すぎることか。本来は遠隔操作で起爆させる威力である。至近距離で発動させれば、その余波から術者は逃げることができない。
だからこそ、ティーネとフラットはワザと操られている男達に捕まっていた。肉の壁を盾に余波から逃れ、この瞬間を待ち侘びた。
それでもリスクは高いが、それ以上のリターンは得られるとティーネは踏んでいた。これでライダーを倒せるなどとは思えないが、最低限時間稼ぎはできるし、魔力を消費させればその分勝率は高くなる。
少なくとも、そのつもりではあった。
想定よりも遙かに少ない砂埃の中から、ライダーは悠然と現れた。
以前の魔法陣では一部が吹き飛んだというのに、そうした気配もない。むしろライダーは椿が不用意に傷つかぬようにこの攻撃を最大限に受け止めてすらいる。その証拠に余波による衝撃がどこにも発生していない。予定では一掃される筈であった男達は誰一人として傷ついていない。
「あれで……無傷!」
呻くティーネに、ライダーは何の反応もしなかった。
ライダーの保有する魔力の密度は、過去に実験したときと比べ三〇〇〇倍近くに跳ね上がっている。ここまでくるとライダー相手に魔術で傷つけることは事実上不可能であり、物理攻撃が意味を成さぬライダーは無敵に近い防御力を有していることになる。
フラットとティーネがライダーの背後で視線を合わせる。そのことをライダーは知らないし、仮に目撃したとしてその意味を考えることもしないだろう。背後の二人の手に込められようとしている魔力の高まりにすら、ライダーは気づきながらも気にしない。
椿に触れるその一瞬前に、二人は己のサーヴァントを召喚する。
一瞬一秒でも長く、時間を稼ぐ。余波で覆い被さった人間を吹き飛ばせなかったのは誤算だったが、肝心要の令呪による召喚には何の不自由もない。
ライダーはゆっくりとその身体を動かした。パリパリと小さな紫電がライダーに起こる。椿を傷つけたくないというのは何もフラットとティーネに限った話ではない。ライダーもまた、少しでも令呪に抗い時間稼ぎをして己と戦っていた。
そんな時間にしてわずか数秒程度の小さな努力が、また一つの時間稼ぎを産み落とした。
椿が抱いていた銀狼、である。
元より椿に拘束されていたこともあり、銀狼そのものの拘束は緩い。椿の体を傷つけることを恐れ、拘束よりも逃がさぬことに重点を置いたのも裏目に出た。それに加えて銀狼の筋力はそこいらの人間の力を上回っている。
彼もまた、自らが飛び出す機を窺っていたのだ。
ライダーが椿へ触れようとする直前に、銀狼は椿の腕の中から飛び出していた。物理攻撃が効かぬライダーではあったが、魔力を身体に巡らせた銀狼の体当たりには多少ではあるが効果はあった。
ライダーが伸ばした腕は銀狼により宙へと霧散する。再度元に戻る腕にも返す身体で飛びかかり、またもライダーの身体は霧散し、再度復元するまでの数秒の時間を稼いでみせる。
その気になればライダーは一瞬で銀狼を退治することができる。それをしないのは、銀狼の攻撃がライダーにとってまったく効果がないことと、ライダー自身が時間稼ぎを是としていたに他ならない。
銀狼の体当たりは続く。
三度、四度と飛びかかり、二桁に達する頃には着地すらままならなくなっていた。それでも、壁に強かにぶつかりながら諦めることなく、銀狼はライダーへと飛びかかってゆく。
全力で動き続けていただけに魔力はあっさりと底を尽きかけ、ライダーに接触したことで病魔に蝕まれた身体から自由が徐々に奪われていく。それでなくとも全身の骨にはヒビが入り、牙の一本は折れてしまった。
「もう止めなさい!」
ティーネの悲痛な叫びが辺りに響くが、それでも銀狼は動きを止めようとはしない。
時間稼ぎは数分に及んでいる。ここにきて、ようやくライダーは――令呪は、銀狼を障害と判断する。
操っている人間の中からまだ動ける者を一人選び出す。そして銀狼が着地した瞬間を狙い、鉄パイプでその前足を容赦なく殴打した。
鈍い音のしたその一撃にも、銀狼は欠片も怯みはしなかった。
足は確実に折れ、飛びかかることはもうできない。だというのに椿の前で唸り、鬼気を撒き散らしてライダーの足を止めようとする。その様は義経を死守せんと仁王立ちする武蔵坊を彷彿とさせる荘厳さがあった。
フラットもティーネも、この瞬間まで銀狼の存在を誤解していた。
銀狼はただ流れで付いてきたわけでも、漫然とこの場にいたわけでもない。同盟を発案し組み入れたティーネですら、銀狼を対等な仲間としてちゃんと数えていたわけではない。同じマスターとはいえ銀狼は『獣』であり、『人』ではない。同盟でありながら、対等に見てなどいなかったのだ。
けれども、銀狼は違った。他の誰よりも、彼は同盟を正しく理解し、その義務を執行している。
銀狼は、ティーネを、フラットを、椿を、彼のサーヴァントであるランサーと同じく群れの仲間として扱っていた。ほんのわずかな時間を共にしただけではあるが、銀狼にとって彼らは間違いなく仲間だった。銀狼がその残り短い命を懸けて守るに値する存在だと、断言できていた。
限界を超えてなお動こうとする銀狼を止めたのは、その背後にいた椿だった。椿を捕まえていた人間は椿の胴を掴みはしていたものの、両手の自由は許していた。だからこその椿は銀狼を捕まえることができた。これ以上自分のために銀狼が傷つくことを防ぐことができた。
椿は既に両親の死のパニックから脱している。少なからず放心状態であることには違いなかったが、懸命に慰めようとする銀狼と自らを守ろうとするフラットとティーネによって、絶望に突き動かされることはなかった。
そして、銀狼の動きは椿の心を、そして身体を動かす力を与えた。戦闘に参加せず、ただ罠に対して怯え防御するだけの心の弱いだけの少女はここにはいなかった。
ここに、銀狼と椿の間に心が通った。
椿は銀狼を守りたいと思い、銀狼は椿を守りたいと思った。
ライダーはその様を見ながらも、黒い霧を網のように上部に発生させる。腕という線ではなく、網という面によって確実に椿を捉えるつもりである。
「――ツ、バ、キ」
「ライ、ダー?」
ライダーの網は完成していた。あとはそれを振り下ろすだけでことは終わる。だというのに、ライダーの身体は一向にそれ以上動こうとしない。それどころか、椿と会話を試みようとすらしている。
ライダーの身体にあちこち紫電が走り続ける。それは令呪の強制力にライダーが逆らっている証拠だった。
もう、時間はない。
「ワタシハ、ダレモ、キズツケタク、ナイ」
それはライダーが出した結論。
理屈などを超越し、計算では導き見つけ出すことのできない『心』そのもの。
「うん、わかったよ、ライダー」
大粒の涙をポロポロ零し、ライダーの『心』応える椿。その涙を受け止め、もはやあれほど強烈に放っていた鬼気をその身に収め、銀狼はライダーをただただ見据えていた。
その数秒が、ライダーには限界だった。
無慈悲に振り下ろされようとする黒い霧の網を、椿と銀狼は目を逸らすことなく見続けていた。