Fate/strange fake Prototype 作:縦一乙
「……その質問、ジャックから仕入れたものじゃねえな?」
思わず作業する手が止まった。
普通に考えれば、聖杯戦争の敵は己以外のサーヴァントとマスターである。
建前通りそう答えるのは簡単だが、そうもいくまい。なにせこの戦争は“聖杯戦争”ではなく、“偽りの聖杯戦争”なのだから。
「答えろ。何故その疑問に思い至った?」
やや詰問口調になりながらキャスターはアサシンを促した。
幾多の状況証拠による推理推測。これによりジャックがその質問に辿り着くのは時間の問題だと思っている。キャスターも別に隠すつもりもないし、むしろいくつかの事実に関しては暴露してさえいる。
だが、ジャックにしても現段階で確信は持てまい。
キャスターは自分で自分のことを嘘吐きと称するような大嘘吐きだ。怪しいとは思えても正解に辿り着き確信を得るには至らない筈。
そんな足元の定まらない戯言を、同盟の誘いかけもしなかったアサシンに伝えているとは思えなかった。
ならば、この暗殺者は一体どこからその事実に気がついたのか。
内心ドキドキしながら返答を待つ。
「……なんとなく?」
「なんとなくかよっ!」
ばーんと机に書類を叩きつけてアサシンの返答にツッコミを入れた。監視カメラの存在を思い出し、慌てて「あ~、なんかムシャクシャするな~」などと言い訳をして元の位置へ。
さっきまでノリノリで仕事をしてたのに突然奇声を上げるキャスター。端からは情緒不安定にしか見えないだろう。現在進行形で署長を裏切っているキャスターとしてはこれを理由に粛正されないか不安で仕方がない。
「……正確には」
そんなキャスターの動揺(自業自得ともいう)を知ってか知らずか、アサシンが補足するように口を開く。
「私の中にある聖杯戦争の知識と、この偽りの聖杯戦争の『雰囲気』に許容し難い誤差があるように思えてならない」
「……」
キャスターは黙る。
彼女の指摘は正しい。だが、これを正解とするには些か答案用紙に空白部分が多すぎるだろう。答えだけを書けば丸を付けて良いわけではないのだ。
事前調査とジャックからの伝聞によると、彼女は聖杯戦争そのものを滅ぼすことが望みらしい。
聖杯に因らない彼女の願いならば、なるほど、真理に気付くのも分からないでもない。
ある意味で、彼女はこの戦争の誰よりも真理にして真実に近いのかも知れない。それは近いだけで、決して正解ではないのだけれど。
「そうさな……」
長くもないが短くもない沈黙の後、キャスターは返答を濁した。
さて、ここはどう答えたものか。答えることは簡単だが、これは中々に入り組んでいる。
ふむ、とペンを走らせる手も再度止めて数秒考える。
「……お前さん、競馬ってわかるか?」
「知識としては」
「この聖杯戦争を競馬に例えるなら、俺達サーヴァントは馬だ。そしてマスターは騎手。そして馬券片手に応援してるのが協会や教会の連中だ。そこにコースを作り障害物を用意する運営ってのもあって当然だよな」
本来の冬木の聖杯戦争であれば審判が教会で、聖杯そのものが運営となる。
けれどこのスノーフィールドにおいては審判不在で運営は人間である。
そして運営はその存在をひた隠しにして見守るばかり。はっきりと審判として名乗り出てもよさそうだが、事後処理をキャスター陣営、というより
「その運営が敵ってことかしら?」
「いんや。残念ながら運営はアサシンの敵にはならんだろうさ。何故なら奴らはまだ何もしてないからな」
そうだろう、と促すキャスターの耳に拒絶の声はない。
何もしていないのであれば――明確に敵対しない限り、彼女はきっと彼らを裁くような真似はしないだろう。
少なくとも、現段階で彼らが動くような状況にもなっていない。
そもそも彼らはスノーフィールドの地にはいないのである。
「運営と称したが、正確には奴らは馬主ですらない株主に近い。口を出すことこそあるようだが、何か具体的な行動や支援があるわけでもない。基本的にマホガニーの机で葉巻を咥えてふんぞり返ってるだけなのさ」
確かに
キャスターとしても何度となく探りを入れているのだが、あらゆる手を尽くしても障害として立ち塞がっているのがマスターたる署長だ。
全容を把握したければ署長の口を割らせる必要がある。もちろんそんなことができれば苦労はしない。殺すだけなら割と簡単なのだけど。
「あなたの言うことを信じるとして、では一体誰が敵だというの?」
「俺は聖杯戦争を競馬に喩え、サーヴァントを馬に喩えた。この意味が分からないか?」
同じ競争相手を敵と称することもできようが、それは違うだろう。結局、勝者はただ一組だけなのだ。
ただ一組だけだと、思い込まされている。
「打ち克つべき敵は自分自身、とでも言うつもり?」
「それで納得できるならそれも良いさ。だが俺が具体的に誰それが敵だと言えば納得するのか?」
あいにくキャスターにとって自分自身は敵どころか味方なのである。これ以上敵を増やしてどうするというのか。
「今俺が教えられるのは、その許容し難い誤差とやらだけのようだな。
さっきの喩えで言うと、出場馬が六頭なのに、七頭目八頭目がレースに参加してる。それが原因だと思うぜ?」
「……あれが?」
顔こそ見えないが、恐らく怪訝な顔をしているのだろう。とてもそういう風には見えない、というところか。何せ今アサシンと組んでいる東洋人こそが、アサシンがいうところの許容し難い誤差の原因そのものなのだから。
「もっとも、本人は馬だから走ることに夢中でそれ以外のことは多分ほとんどわかってねえけどな。だからどのレースに出場するって主張したりもしねえのよ。
強いて敵とやらに一番近いのは、その後ろにいるオーナーだろうな。それについてもどれだけ知っているか怪しいもんだ」
事実、バーサーカーはそうしたことを分かっていながら、アサシンと行動を共にする東洋人と接触することをしなかった。会っても無駄。むしろ何か仕掛けられている可能性がある以上、迂闊な接近は禁物である。必要とする状況が生まれなければ今後もそのスタンスを貫くことだろう。
そういったところもバーサーカーがアサシンと同盟を結ばなかった理由であろう。
「今は別行動中だよな? ジャックには保護を頼んだと思うんだが」
「いざとなればどうにでもなるからこその別行動よ。それにすぐに戻れるわ」
こんな地下から一体どうやってすぐに戻れるのかは聞かないが、できる限り穏便に帰って欲しい。力任せに出て行くのだけは止めてもらいたい。切実に。
「じゃ、もう一つだけ聞くわ」
「もう時間がない。手短に願おうか」
時間を見ればもう余裕はない。モニターに第3層の比率を表示させれば、既に調整が終わりつつある。これが安定すれば技師も戻ってくることになる。
「聖杯は、どこにあるの?」
質問は、先よりも大きな爆弾だった。
真相なんて知るはずもないのに、この女は先の質問とほぼ同じことを口にしている。
「……俺は知らされてないな」
「そう、わかったわ」
そう言って、あっさりと背を向け立ち去る気配がする。含みを持たせて食いつくよう会話を誘導しようというのに、この女は実に駆け引きが分かっていない。
「いや、おいおいおいおい」
ついカメラを忘れ思わず振り向いてしまい、慌てて背伸びをしようと失敗して椅子から転げ落ちたような演技で誤魔化してみる。
大根役者だなと自分でも思うが、普段の行動を考えるとこれくらいのことでいちいち見咎められるとも思えない。普段の奇抜な行動も、こうしたときのための伏線なのである。
決して、本心からではない。
キャスターは保身に余念がないのである。
「これから何をするつもりだ?」
「あなたのマスターを捕獲、尋問する」
あなたより色々と知っているでしょ、とこともなげに言い放つアサシンの(見えないが)後ろ姿に慌てて待ったをかける。
「お前、俺ですらどこにいるのか分からない人間をどうやって浚うつもりだ?」
「……」
キャスターの一言に押し黙る気配が感じ取れた。内容を吟味し今後の策を考え思いを巡らせるくらいの時間があった。息を吸い何か言葉を発そうとする気配もあったが、結局漏れたのは吸ったばかりの空気だけ。
「一応言っておくが、警察署に突っ込むなよ。絶対いないし罠があるからな?」
「……なら、調べておいて」
出した結論は他人任せだった。暗殺者というのは身体を動かすのはともかく頭を動かすのは苦手なのだろうか。
しかし己のマスターといい、同盟相手といい、そしてこの考えなしの暗殺者といい、どうしてこうも自分で解決するという手段を使わないのだろうか。利用しているというよりされている感が半端ではない。
だがこれも全てを相手取るための布石だ! と自らを鼓舞して損な役回りを喜んで引き受けてみせる。
「顔面が引きつってるわね。何を企んでるの?」
「……もう分かったから、後は全て俺に任せて大人しくしとけ。ジャックから通信機はもらっているんだろう?」
「この宝具と一緒に受け取ったわ。使い方がよく分からないけど」
そこは自分で調べろ、と怒鳴りたかったが、立ち上がり口元がカメラに写るのでキャスターは何も言わなかった。だがこのキャスターの顔だけでアサシンは全てを判断してもらいたい。決して何か企んでいるわけではない。
「ひとまず、俺のマスターの令呪が邪魔だ。だからそれをどうにかできる算段がつくまで大人しくしておいてくれ。頼むから」
転げた椅子を直し、その上に座って作業の続きをする真似をしながら、頭をかきむしる。やるべきことが山積しているのに、どうしてこうも必要のない作業が降りかかってくるのだろうか。
「そう。なら一画分は何とかしてあげる」
「……あん?」
ここでようやく、一方的な情報提供からの変化があった。
令呪一画分を何とかするとアサシンは言った。奪う、消去するなどという意味だろうが、それにしては一画というのは随分と中途半端だ。
「そんなこと、どうやってするっていうんだ?」
「それは企業秘密。けれど難しいことではないわ」
けど二度は無理、と告げながらアサシンは今度こそ立ち去る気配を生じさせる。
「いや、ちょっと待て――」
もっと詳細が聞きたいとまたも大根役者で後ろを振り向くが、頬を風が撫でるだけでそこには何もない。
この閉鎖空間で風など起きるわけがない。おそらく宝具の使用による瞬間移動。これについてはジャックから聞き及んでいた能力だ。だがこの場所に来るために姿を隠して付いてきたところから、どこにでも移動することができるものでもないらしい。
おそらく、自ら足を運んだ場所限定で、その瞬間移動宝具は発動条件を満たすのだろう。
「……これはなかなかにやっかいな宝具じゃねえか」
目の前の馬鹿でっかい宝具を見上げながら、キャスターはアサシンの宝具を評価する。もし今後ここに瞬間移動できるのなら、いつでもこの宝具を破壊できることを意味している。
もしかしたら手を誤ったのかもしれない。
嘆息しながらキャスターは頭をかきむしる。
キャスターの目的は三つ。
ひとつは、この聖杯戦争の行く末を見届けること。
ふたつは、そのために何としてでも生き残ること。
最後は、舞台を面白可笑しくするために動くこと。
署長についていけば最後以外の目的はほぼ確実に達成できる。けれどそれでは駄目なのだ。署長についていけば、至極つまらない結果が目に見えている。最後の目的は確実に遂行できない。
なにせ彼は希代の浪費家としても有名なのだ。舞台に上がる全てのキャストにはそのあらん限りを出してもらわねばならない。
六騎のサーヴァントに六人の魔術師、暗躍する東洋人も、それを操ろうとする者も、まだ動き出そうとせぬ運営も!
そのためには、まず――
「作業終わりました。これでいいですか?」
「ご苦労さん、問題なしだ。それとさっき気付いたんだが、ここの200番台から500番台まで新たに作り直してもいいか? こう、もっとスマートにできそうなんだ」
「構いませんが、意外と凝り性なんですね」
「こういうのはほっとけない質なんでなぁ」
千里の道も一歩から。
ひとまず地道な作業からキャスターはその手腕を振るうことにした。