Fate/strange fake Prototype   作:縦一乙

39 / 164
day.04-04 身体検査

 

 

 ティーネ・チェルクは辱めを受けていた。

 その恥辱に、下着を身に着ける手がわずかに震えた。

 

 族長としてそう遠くない将来、夫を迎え子を孕むであろうとは予想していたし覚悟もしていた。が、こうも早く男の手によってこの肌を露わにされようなどとは思ってはいなかった。

 男に身体を見られるのは親族を始めとして決してなくはないが、その手で触られたことは紛れもなく初めてである。

 

 先の行為を思い返せば臓腑が熱くなり、不覚にも瞼の裏側も熱くなる。

 身体の中を隅々まで調べ尽くされるのは恥辱の限りであり、そしてその魔の手は次の少女へと手を伸ばしている。

 まだ年若い、聞くところによるとまだ十歳の少女。拘束から解放されたティーネであれば彼女をあの魔の手から助け出すことも可能なのだろうが、精神的に疲れ切ったその身体は鉛のように動かない。

 

 傍らにいた銀狼がティーネを慮ったのか、擦り寄ってきてその顔を舐めてくる。その行為に多少は癒やされるが、畜生とはいえ他の敵マスターに心配されたことに自己嫌悪すら覚える。

 

 しばらくして、元凶が扉を開けて中へと入ってきた。どうやら、椿ももう終りつつあるらしい。

 今ここで魔術を使えれば、と何度思ったことだろうか。そう思うたびに魔術を行使しこの男を消し炭へと変えようとしているのだが、既に何度となく繰り返し試してもその効果が顕現することはない。

 

 自分が殺されかけていることに気付いているのかいないのか、フラットはのんきな言葉でティーネに声を掛けてきた。

 

「あれ? まだここにいたの? 椿ちゃん終わりそうだよ?」

「屈辱です……」

 

 いろいろと言いたいことを全て呑み込んで出た言葉は、どちらかと言えば自分に向けてのものだった。

 のろのろとフラットの後について隣の薄暗い検査室の中へと入る。光を出しているのは壁にあるモニターとガラス越しに見える隣室の光だ。

 

「君の身体からは異常は見つからなかったよ。少し数値が高いようだけれど体内の毒素はほとんど中和されたようだね。あと、もう少し牛乳は飲んだ方がいいよ?」

「最後の一言は一体何に対する助言ですか?」

 

 笑うフラットにもはや嫌悪しか覚えぬティーネではあるが、現状この場で最も頼りになるのは残念ながらこの男なのも事実だった。

 

 二人がいるのはスノーフィールド中央病院、その集中検査室である。そんなところでフラットが何をしたかというと、各人の健康診断であった。

 

 ここが普段ティーネが見ているスノーフィールドでないことは明かである。それはフラットも同意見であり、ならばどうしてこの世界に入り込んだのかということをまずは解き明かす必要があった。

 そのトリガーの解明こそが、この健康診断の目的である。

 

 フラットは極度の魔力不足、ティーネはヒュドラの毒、銀狼には銃創が見つけられた。現在それらは全て回復状況にあるのを確認しているが、これらの衰弱状態が原因なのはもはや確定的だった。

 

 他に取り込まれた者達と違って自我を保っているのは魔術師としての防衛本能か、令呪の加護か、それとも他に何か条件があるのか。そうした謎を解き明かすにはもっと詳細なデータが必要である。

 

 診察室のモニターに映し出されたのは、そうした検査によって撮られた人体の断面図とそれらを繋ぎ合わせて3Dで再構成された臓器各種。MRIによるものとのことだが、MRIを根本的に知らぬティーネがフラットに聞けば「核磁気共鳴断層撮影装置だよ!」と感嘆符付きで言われ尚更分からなくなった。原理をなにやら言っていたような気もするが、それは最初から聞いていない。

 とはいえ、これによってティーネは言葉通り頭の先から足のつま先まで全てをフラットに覗き込まれたことになる。

 

 ちなみに、フラットは以前モーションを掛けてきた女性に「君が添い寝してくれたらぐっすり眠れそうだね」と答え、共にベッドに入りながら朝まで本気でぐっすり寝るような男である。

 ティーネには悪いが、その身体に性的な興味は欠片も抱いていない。

 

「しかし魔術師としてはなかなかに興味深いね。魔術回路が凄く特殊だ」

 

 この画像の一体どこから魔術回路を読み取ったのか、食い入るようにティーネの身体(正確には各種臓器)を隅々まで覗き込むフラットにティーネはどん引きである。これならモニターの隅で全体像として全裸を晒している3Dモデルに鼻息荒くして貰った方が健全であろう。そうして欲しいというわけではないが。

 

 それはともかく、フラットがティーネの身体に興味を抱くのも無理はない。

 ティーネの魔術回路は酷く極端で、馬鹿みたいに魔力を必要とするのに、燃料となる魔力の生成能力があまりに低すぎる。アメ車みたいだねと評されたが、それにどう答えろというのか。燃費が悪い自覚はあるが。

 

「私達一族はこの地に縛られた者です。魔力は自ら生み出すものではなく、スノーフィールドから得ていくもの。だからこそ、我々はこの……――この地の神を大切に敬っているのです」

「うん、まあバックアップが整えられていないと機能しないのは確かだね」

 

 ティーネは敢えて踏み込んだ発言をしてフラットの様子を伺うが、フラットは魔術回路の仕組みに納得するばかりでそれ以外に何かに気付いた様子はなかった。

 

 大源たるマナと小源たるオドによる魔術行使は質と量からもはや別種であるとも言える。ティーネはスノーフィールドのマナを扱い魔術を行使するが、自ら生成するオドによる魔術行使はほとんどできない――とフラットは簡単に解釈した。

 

 しかし、このティーネの発言は裏に隠された真実とは別に、重要な事実を示唆している。

 それはつまり、ここがスノーフィードであって、スノーフィールドでない、ということを意味している。

 

 場所的に言えば、確かにここはスノーフィールド中心部、スノーフィールド中央病院である。地図や標識はここがスノーフィールドであることを誇示しているし、地元民であるティーネは無論、旅行者であるフラットだって過つことはない。

 そこは疑いようのない事実だというのに、ティーネの魔術は作用していない。ここはスノーフィールドではない、とティーネの魔術回路は判断しているのだ。実にシンプルな判断方法である。

 

 もっとも、原因はハッキリしている。

 現在MRIで検査を受けている椿の周囲には、黒い影であるライダーが漂っている。原因はライダー――ではなく、椿も含めた両方にある。

 

 時系列を整理すれば推理は難しくない。

 1年ほど前に椿はこの空間に閉じ込められたらしい。カルテから椿が意識不明になった時期とも一致している。

 そして数週間前にライダーが召喚。聖杯戦争開始時期とも重なる。推測するに、最も初期に召喚されたのだろう。

 数日前から他人がこの地に呼び込まれ始め、一昨日にフラット、昨日はティーネと銀狼が呼び込まれた、ということになる。もちろんその間にもどんどん人は増えている。

 

「だとすると、この空間を作ったのは椿、他人を取り込んだのはライダーと考えるのが妥当ですね」

「攻略すべきはライダーってことかな?」

 

 その質問の答えは既に両者の内にある。結論は同じであることを二人は視線を交わして再確認した。

 

 マスターたる二人には、サーヴァントであるライダーのステータスを読み取ることができる。意識の有無に拘わらず眼に入ってくるのだから仕方がないが、そのステータスはハッキリ言って極めてバランスが悪く、大いに判断に困る内容となっている。

 

 魔力がA++。幸運がD。あとは宝具を含めて残らず測定不能というアンバランスさ。しかも狂化されているわけでもないのに、マスターである椿のごく単純かつ簡単な命令しか聞き入れようとしない。

 ついでにいうと、敵である筈のフラットやティーネ達マスターを脅威として認識すらしていない。

 

 試しに小石を投げても素通りするだけで無反応だし、フラットの血を媒介に極小規模の魔術的罠に椿の協力の下ライダーをひっかけても黒い影が多少分散するだけですぐに元通り。

 形も不定形なら大きさも不安定。先ほどの罠を参考にティーネが試算してみると、あの罠の約八〇倍の威力でようやく全体を吹き飛ばすことが可能と出た。仮にそれができたとしても、それによって消滅する可能性は皆無であろう。むしろ平然と元通りになるオチが簡単に予測できる。そしてそのまま何事もなく漂うことだろう。

 

 無論、元の世界に戻して欲しいとライダーにも願い出たし、椿に依頼して命令もしてもらったが、ライダーは理解できないかのように揺らめくだけ。もっとも、仮にそれで元の世界に帰ったとしても、ライダーに因らないこの世界の主たる椿はここに残されたままだろう。

 

 心配しているであろうバーサーカーには申し訳ないが、フラットとしてはそれは絶対に解決しておきたい問題である。一応バーサーカーには連絡しておいたので問題はきっとない筈である。

 

「まだ椿ちゃんの頭を切開した方が確率があるけどねぇ」

「それはさすがにライダーが黙ってはいないでしょう」

 

 検査結果を見る限り、椿の脳に何かがあるのは確かだ。カルテには新種の細菌の可能性とあると書かれているが、フラットの見立てではかなり緻密な魔術回路が形成されている可能性が高かった。

 今現在も活発に活動していることからもフラットの見立ては濃厚だろう。

 

「それで、どうします?」

「んー、どうするって言われてもなぁ……ティーネちゃんの意見は?」

「それを私に聞きますか」

 

 無神経とも言えるフラットの言葉に、ティーネは確かな嫌悪感を覚える。フラットがこういうキャラであることは出遭って数分で理解したが、なんとも魔術師らしからぬ現状認識能力である。

 

 今のティーネに魔術は使えない。そもそもティーネ達原住民はその由来から魔術を感覚的にしか扱っておらず、知識や成果を集積することはない。つまるところ、この魔術的現象に対して何の貢献もできないのである。

 

 ここにアーチャー・英雄王ギルガメッシュのマスターであり、強力な魔術を軽々と行使し、数千人の一族を率いる族長などどこにもいない。ここにいるのは、無力な十二歳の少女が一人いるだけだ。

 

 唯一の希望たる令呪は今も少女の手に存在するが、貴重な令呪をただの確認のために何が起こるか分からぬこの空間で安易に使うわけにもいくまい。

 

 手近な凶器で他の全マスターを殺すことも考えてもみたが、魔術師として圧倒的上位にいるフラット、ライダーという守り手のいる椿、そして純粋に生物として敵いそうもない銀狼、真っ当にぶつからなくても到底敵いそうもない。

 

 普段ぼけっとしているフラットでさえ、出会い頭に奇襲で襲いかかったというのに逆に気絶させられて捕まってしまう始末だ。「ごめん、確認もせず攻撃しちゃった!」とか英雄王と同じようなこと言って謝られた。誠に以て腹立たしい限りである。

 

「手がかりがあるとすれば、彼女の家でしょう」

「基本だね。けど、たしかジャックによればもう崩壊しちゃってなくなったって話じゃなかったかな?」

 

 フラットが語るジャックとは彼のサーヴァントのことだろうかと脳内にメモしながら、ティーネはフラットの話を否定する。

 

「ここは椿が作り出した空間です。となれば、この空間に形成されているのは一年前のスノーフィールド。現実世界では失われていても、この世界ではまだ手がかりは残っている筈です」

 

 すでにこの空間の異常性は十二分に理解しているが、真に恐るべきは作り出した本人でさえ理解・把握していない箇所すらもこの空間は現実に即して補っていることである。

 

 本人が普段使っていたとしても意識していない階段の数。本人の知らない部屋の中身。仕組みさえ理解していないのに実際に使える高度な医療器具。例を挙げて行けば枚挙に暇がないが、重要なのはその例の中には椿本人へ行われた処置に関する資料も含まれていることである。

 

「決まりだね。調べれば住所も分かるだろうし」

「その心配には及びません。この地の魔術師の居場所はすでに頭の中に入っています」

 

 外来の魔術師こそ全て把握はできないが、この地に長年留まるような魔術師については既に調査済みだ。特に霊脈を抑える程の家ともなれば、要注意人物としてティーネの耳には優先事項として入ってくる。

 

 と、結論が出てきたところで、検査室から検査着を脱ぎながら椿が診察室へと入ってくる。ショーツ一枚の実に開放的な姿である。長らく人と会っていなかったせいか、羞恥心などはないらしい。

 

「椿、男の人の前でそのような姿になってはいけません」

 

 将来に期待だねー、と娘を見守る父親のような笑顔から椿の姿をティーネは隠す。無力な少女と彼女は自虐的であったが、彼女の保護者としての役割はあるようである。

 

 まずは彼女にブラジャーを身につけさせようとティーネは思った。

 

 


▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。