Fate/strange fake Prototype   作:縦一乙

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day.04-03 合否

 

 

 誤魔化すのは、さすがに無理だろうとアサシンは判断した。

 恐らくアサシンが持つカードの殆どは露見している。わずかな会話で性格も見抜かれているのだ。舌戦が得意でないのも当然のように見抜かれている。

 

「君が浚った東洋人については、殺そうとしていないようだな」

「アレには利用価値があるわ」

「今、どこにいる?」

「別行動中。時間が来たら合流予定よ」

「なら結構」

 

 アサシンの答えに満足したように、バーサーカーは懐から黒いスカーフを取り出す。そこいらのフリーマーケットで手に入りそうなありきたりな品である。しかし手で触れて確かめればその異常性は明らかだ。

 

 長い年月を経たスカーフだというのに、触り心地は新品同然。織り込まれた黒色は臨月の女性の髪によるものだ。それに加えて染み込まれた血文字は聖人が直々に綴ったもの。こんなおどろおどろしいものを気軽に身につけることができるのなら、それは既に人の域の者ではない。

 

「中東の遺跡から発見された近年珍しい宝具級の魔術礼装らしい」

 

 元々は昇華のための材料として用意されていたものらしいが、あまりの禍々しさと使い勝手の悪さが乗じて放置してあったのをバーサーカーがもらい受けたのである。このままでは誰も使用できないが、バーサーカーにはこの宝具を使える者に心当たりがあった。

 つまり、このアサシンだ。

 

「何のつもり?」

「現状のままでは君は遠からず補足され消滅する。多少の重圧はあるだろうが、防御にも優れ、隠蔽効果もある。これがあれば、実体化していてもしばらくは安全だ」

 

 君に消滅されると困る、と笑うバーサーカーの手を払いのけられればどれだけ簡単だろうか。すでに二度殺されかけた身としてそれはできない。

 

 バーサーカーを睨みながらもアサシンはスカーフは丁重に受け取った。バーサーカーは気にくわないが、このスカーフに罪はない。

 更にスカーフの中に手を入れると、薄い板のようなものがある。

 

「通信機?」

 

 知識と照らし合わせればそれが一番近い表現だろう。しかし知識のある通信機とは何か違和感がある。試しに陽に透かして見てはしたものの、紙幣でもないそれにどれほどの意味があることか。

 結局アサシンが違和感の正体に気付くことはできなかった。

 

「……ふむ」

 

 この初めてスマートフォンを見た田舎者のようなアサシンの行動にバーサーカーは眼を細め、アサシンの評価を改めていた。

 

 下方ではなく、上方修正。

 

 知識や経験の裏打ちがあるスカーフなら、その正体や真価を推察することは可能だろう。だが、知識や経験ではどうにも気付くことができぬ仕掛けが施された通信機に、そうした推察は通用しない。

 

「私にも良く分からないが、それには電子的にも魔術的にも防諜できないようにしてあるらしい」

 

 つまりは魔術だけでなく電子工学にも精通していなければ、その通信機に施された仕掛けを見破ることはできない。この街でこれを見破れる者は、せいぜいフラットぐらいだろう。

 

「そうですか」

 

 色々と端折ったバーサーカーの説明にアサシンは興味もないように聞き流し、大胆にも胸元へ収めてみせる。男として(女にも変身できるが)手を出しづらいところに仕舞ったということは、返すつもりはないということか。

 

「意外だな。罠とかそういうのは想定していないのか」

「あるのかしら?」

「いや、確かにないんだが」

 

 アサシンの解答に、バーサーカーは苦笑いしかできない。

 確かに、この通信機には色々な仕掛けをしてはいても、アサシンに対して罠は仕掛けていない。ただ、その事実をアサシンは自らの直感だけで潜り抜けていた。

 

 狂戦士のクラスでありながら理性的なバーサーカーでは理解できぬ事だ。バーサーカーは理屈と理論を検証しながら罠がないことを証明する。そこには莫大な労力を必要とするが、アサシンは違う。自らの直感を信じ、罠がないと感じればそこで終了だ。そこの理屈と理論は存在せず、労力など毛ほどもない。

 

 バーサーカーは、そこにアサシンという女の一端を垣間見た。つくづく惜しいサーヴァントである。

 

「それで」

 

 と、アサシンは通信機のことなどまるでなかったかのように、バーサーカーに向き直る。

 

「私に、一体何をしろと?」

「現状で東洋人と君が同道していてくれたのなら、それでいい。願わくば、周囲の敵から守ってあげて欲しい」

「それに何の意味が?」

「まだ分からないが、いずれ鍵にはなるだろう」

 

 それだけ言って、カランと氷だけになったカップを置いてバーサーカーは席を立つ。

 

「ジャック。あなたは何をしに来たの?」

「当面の目的は恐らく君と一緒だ。最終目的こそ違うがね」

 

 そう言って立ち去ろうとするバーサーカーをアサシンは視線だけで追いかける。背を向けるバーサーカーはあからさまに隙だらけだが、かといってアサシンに殺せる自信はなかった。

 

「ああ、そういえば一つだけ」

 

 トレンチコートの刑事の如く、案の定バーサーカーは振り返り、懐から出した写真をアサシンに見せる。

 

「この男を知っているのなら、教えて欲しい」

 

 手にして見せたのは、バーサーカーがスカーフと共にキャスターから貰ってきた一枚の写真。

 あの武蔵の起こした戦場で、キャスターがバーサーカーと共にサーヴァントとかと睨んだもう一人の目つきの悪い男。

 バーサーカーに心当たりはない。キャスター曰く、この男は身体に《イブン=ガズイの粉末》を付着させているらしかった。と言うことは、あの場の近くに居た可能性が高い。あの場に潜んでいたアサシンなら、何か知っている可能性はあった。

 写真を受け取ったアサシンは眼を細めて男の容貌を眺め見る。

 

「……ジェスター・カルトゥーレ。私のマスターだった者よ」

「ほう?」

 

 九割方知らないだろうと踏んでいただけに、アサシンの解答はバーサーカーの予想外のものだった。駄目で元々。よしんば名前まで聞けるなど思いもしなかった。しかも、これは予想の斜め上の解答だ。

 

「敢えてマスターには触れなかったのだが、敵対でもしているのかね?」

「そんなところね。ちなみにあなたのマスターと契約もしたのだけど」

 

 そこまでは知らなかった? とアサシンの視線は語る。それは聞きたくなかったな、と苦い顔でバーサーカーは呻く。

 あのマスターの出鱈目具合はよく認識しているが、自分の知らない間に別のサーヴァントと契約するなど浮気どころの話ではない。そしてこのままだと三股くらい平然としてのける怖さがある。

 

 眉間に皺を寄せながらもバーサーカーは脳裏のマスターを必死に排除する。余計な情報は後で精査するとして、今やるべきことは他にあるのだ。

 

「……しかし聞き及んでいるジェスターはこんな顔や体格ではないぞ?」

 

 キャスターの元から抜き出した情報には一通り目を通している。

 マスターの可能性が高く、当然魔術師としても超一流、現在消息不明で危険度はレベル3。本来なら最高のレベル5でもおかしくない人物だが、事前調査で既に殺されている可能性が高いことから要注意の範囲に留まっていた男だ。

 

「殺したのは間違いないわ。あなたが注意した通り、心臓を握りつぶしてね」

 

 誇らしげに答えるアサシンではあるが、バーサーカーとしてはある意味で最悪の答えだ。この女は何故そう後先考えないことを平然と実行しているのだろうか。

 色々とこの女の正気について問い質したいことが次々出てくるが、それも置いておくことにする。できれば問い質す機会がないほうがありがたい。

 

 様々な思考を振り払うように咳を一つ。

 

「そこから復活した、とでも?」

「あなたと出会ったあの場で武蔵に倒された男から私に魔力が供給されていた。そして今現在もどこからか私に魔力の供給が成されている」

 

 コップの縁をなぞりながら、アサシンは周囲を軽く見渡してみる。

 契約が不完全だったせいで一体どこにマスターがいるのか、アサシンにはさっぱり分からない。しかし、例えわずかであろうと確かに流れ込んでくる魔力はジェスターが生存している証である。

 

「死ねば復活する能力や魔術は珍しくはあるが、不可能ではない。良い情報を得ることができた。礼を言おう」

「……ジャック、あなたは何をしに来たの?」

 

 再度、先ほどと同じ問いかけをアサシンは口にした。

 アサシンとしては、てっきり同盟か何かをもちかけられると睨んでいたが、結局そういう話にはなっていない。

 

 最後のジェスターに関しては別だが、それ以外は一方的な施しだ。忠告程度の意味合いであろうが、具体的にアサシンに何かをさせようということもない。それでいて、バーサーカーは目的を達成している。通信機を渡すだけが目的ではあるまい。

 

「……君の聖杯戦争の目的は?」

「この聖杯戦争を破壊することよ」

 

 即答するアサシンに、バーサーカーもニヤリと口元を歪ませて即答してみせた。

 

「私の今の目的は、この聖杯戦争を暴くことだよ」

 

 紙幣を二枚、テーブルの上に置いてバーサーカーはアサシンを振り返ることなく店を立ち去っていく。その姿は事件を追う刑事を連想させるが、狂気に溢れた復讐鬼にも見えなくもない。

 

 手にしたスカーフを眺め見る。長年使用してきたようなしっくりとした感触である。この魔術礼装がアサシンを主人に選んだことを痛感する。作りからして同郷のものであり、そういう意味でも使用に抵抗はない。

 

 バーサーカーはこれをアサシンに使って欲しがっている。効果からして正体の露見を恐れているのだろう。宮本武蔵がアサシンと誤認されていることからも、それはアサシンとしても望むべきことだ。

 しかし、それならバーサーカーはこの宝具を渡すよりもアサシンを殺すべきではなかったか。露見する心配もなく、勝利にまた一歩近付くことができる――

 

「……いや、違う。ジャックは『暴く』と言った」

 

 アサシンは安易に『破壊』と答えたが、その直接的な手段としてサーヴァントやマスターの排除を行っているわけではない。対峙するべきはシステムそのものであり、従来のルールと照らし合わせ、その全てを排除し整理していけばそれが間接的に破壊に繋がると漠然と考えていただけだ。

 

 アサシンは歯噛みをする。

 だとすると、バーサーカーの目的はそのことに気付かせること。

 取っかかりに気がつけば、あとは芋づる式に気付くことができる。

 そもそもバーサーカーはアサシンが手に持っているこのスカーフさえ、「らしい」という伝聞で伝えていた。

 あの顔写真だってあのアングルは明らかに監視カメラのものだ。バーサーカー個人で手に入れたものとは考えにくい。

 それに、バーサーカーはマスターであるフラットとはまだ合流できていない。

 

 バーサーカーは既に何者かと協力関係にある。それも恐らく警察内部にいるサーヴァントとだ。だというのにその協力関係をアサシンに広げないのは、それなりの事情があるか、そもそも眼鏡に適わなかったか。

 

 最初からバーサーカーは接触が目的だとも言っていた。とすれば、これはバーサーカーからのテストとみるのが妥当だろう。

 無闇に突進するなら討ち取るまで。あくまで己に固執し周囲を窺うなら利用するまで。狡猾に潜み機を窺うくらいでなければ、協力関係として成り立たない。

 

「舐められたものね」

 

 わずかな怒気は抑えられぬものの、こうも失態を演じ、去った後から事実に気がつけばそれはもう間抜けとしか言いいようがない。そこに言い訳をしていては恥の上塗りだ。狂信者といえどそうした分別はある。

 

「分かったわジャック。私も、あなたの手のひらで踊ってあげる」

 

 手にした宝具を首に巻き、特に急ぐでもなく、暇そうにレジの前に立つ店員の横をすり抜ける。直接会計を済ませることもなく店の外へと出たというのに、店員は机の上の紙幣すら確認もしない。

 これで最低限宝具が機能していることは実証された。魔術師相手にどれほど通じるかは疑問だが、街中から外に出るくらいなら何の問題もあるまい。

 

 しかし、アサシンは最後に犯した自らの失態に気付くことはなかった。

 客の不在に数分後に気付いた店員は慌てることになる。彼が気づかぬ間に客は金を置いてどこかに行っていたからだ。空になったコップは二つだが、机の上に置かれた紙幣は一つ分しかなかったのである。

 

 まさか提供したキャスター、受け渡したバーサーカーも、食い逃げなどに宝具が使われたなどとは思うまい。

 

 


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