Fate/strange fake Prototype   作:縦一乙

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day.04-01 変身

 

 

 スノーフィールドの街には不穏な空気が漂っていた。

 理由は簡単。ここ数日スノーフィールドで大事件が連続したからである。

 

 突然今まで市民の間で噂にすら上がっていなかった麻薬組織の大規模な抗争と鎮圧作戦があったかと思えば、西の空には馬鹿でかいキノコ雲が出現して西部一帯に非常線が張られ今も封鎖されたまま。ついでとばかりに突如として街の一区画が瓦礫の山と化す不自然なテロが敢行され、周辺住民からも体調不良者が続出し医療機関が繁盛した。

 

 これで警戒するな、と言う方が無理だろう。

 

 特に先日のテロが致命的であった。

 これまでスノーフィールドにおける『テロ』は人的被害を出さない誇示活動が主だ。市民に被害を出さなかったことで市議会の一部はテロリストと密接関係にあると噂の原住民と癒着――もとい協調する者さえいる。

 一般市民の中でも公然と彼等を支持する者も大勢いるのだ。このような無差別かつ適当とも言えるテロは彼らの主義でない。長年この地に暮らす者であれば容易に理解できるものだった。

 

 何かが起こっている――起こりつつあるのはもはや明白だ。

 深夜の事件だったにも関わらず翌朝の新聞の第一面を独占し、そして二日経ってもまだ一面を飾ってるのである。それだけスノーフィールド市民の関心が非常に高いことを如実に顕していた。

 

 無論、それらが単なる抗争や事故、テロでないことは魔術を囓ったことのある人間であれば分かることだろう。聖杯戦争のことを知っていれば尚のこと。だが事実を知ったところで市民の対応が変わるとも思えない。

 

 数日前と比べ、スノーフィールドの街を歩く人間は極端に少なくなっていた。

 大部分の店は開いているが、休日でもないのにシャッターを下ろしたままの店もちらほらと見かけている。アイスクリームやホットドッグの移動式屋台はそもそも見当たらない。ガソリンスタンドに列ができているのは一連の事件の影響だろうか。店頭からも消耗品の類がよく売れているように思える。

 

 そして、そうした光景の中で通りを歩く警察官は日常にある非日常として、非常に目立っていた。

 

「一区画一時間毎に二人一組での警邏……一体何人いる?」

 

 そう呟いたのは、アラブ系の女性である。

 スノーフィールド中心地の一角にある小さなカフェテラス。太陽の熱い日差しを遮る傘の下で、彼女――アサシンは注文したフルーツジュースを口に含みながら、スノーフィールドの町並みを眺め見ていた。

 

 既に彼女の格好は街中に溶け込むために現代風の女性と変わりはないものとなっている。

 暗い色のキャミソールに深いスリットの入ったロングスカート、あとは日差し避けの帽子と目線を隠すサングラスといった風体。あいにくとアサシンにオシャレという感覚もなければ概念もないので四肢を強調する大胆な格好とは裏腹に、意外と地味な印象である。

 

 素肌を晒すことに抵抗はあったが、背に腹は代えられまい。人里に紛れることができねば、優れた『暗殺者』にはなり得ない。実地訓練こそ受けていないが、その為の仮面を被る教育は幼少時に受けていた。

 

 結局、内部葛藤こそあったものの、アサシンはこうして街中に溶け込んでいる。

 この姿を見れば、彼女を知る者であれば驚くことだろう。自らの愚直なまでの信義を捨てることができず、街中どころか人の世そのものに溶け込めぬから狂信者なのだ。

 この事実に、アサシンは違和感すら抱いていない。全ては些事とこの聖杯戦争に全力で挑もうとしていた。

 

「……やはり、警察の中にマスターがいる可能性が高い……」

 

 サングラスの奥の眼は警邏する警官の一挙手一投足を捉えて離さない。

 彼女には低いながらも真名看破のスキルを持っている。信徒か否かが暗殺の基準となっていた狂信者だからこそのスキルであろう。さすがにサーヴァントの正体について看破しうる程ではないが、一般人に混じった魔術師を見つける程度なら、理屈はさておき『何となく』判別がつく。

 

 朝から何人も警察官を子細に観察しているが、少人数ながらも彼女の感覚に触れた魔術師らしき警察官が存在している。これが偶然であるわけがない。

 

 警察内にて魔術師が育成されているのは確定だ。

 

 この狭い区域で数人の魔術師が警察官の格好をし、警察官の仕事をしているのである。スノーフィールド全体にすれば、最低でも数十人となる。これほどの人数であれば魔術師が警察官に扮していると考えるより、警察官を魔術師として育成していると考えた方が自然だろう。

 

 特に優れた者が対サーヴァントの精鋭部隊として動き、そのレベルに達しない者はこうした哨戒任務についているというところか。

 となれば、これだけの魔術師を育成し指揮している者は当然魔術師であり、警察官としても相当上の立場の者でなければ実行できまい。一朝一夕に魔術師が育つ筈もなく、使えるレベルに達するには数年来の時間がかかる。

 

 彼らがこの偽りの聖杯戦争のために用意された存在であることに間違いない。

 つまり、この魔術師の大量生産を仕掛けた人間はこの偽りの聖杯戦争を予め知っていたこととなる。マスターの一人である可能性は非常に高い。少なくとも、関係者であることに間違いない。

 

 警察に対し調査する必要がある。

 

 彼女の目的はあくまで聖杯戦争を壊すこと。実際の駒をいくら倒したところで聖杯戦争そのものを壊したことにはなるまい。

 本来であれば、今すぐにでも乗り込んでいきたいところだが、霊体化ができない今の彼女でそれは許されない。

 

 異教である魔術の知識をアサシンはあまり持ち合わせていない。状況から推測するにあの侍サーヴァント宮本武蔵が仕留められた際の爆風が怪しい――のだが、原因が分かったところで彼女に練られる対処策はこうした変装程度でしかないのだ。

 

 無論、十八の秘技を持つ彼女であれば自ら侵入せずとも調査する方法がないこともない。

 例えば、暗殺教団を組織した初代『山の翁』の業に《狂想楽園》というものがある。《狂想楽園》は対象を自らの忠実な信徒へと変える洗脳の業だ。これを魔術師の警察官に使用すれば、後は勝手にその警察官が調べて報告してくれることだろう。事によっては自白させるだけで済む可能性もある。

 しかし魔術師相手に安易な洗脳手段は褒められたものではない。相手もそれなりの洗脳対策はしているだろうし、そもそも末端には情報を与えないのがこの手の組織の鉄則である。下手に洗脳が発覚して警戒されてしまっては元も子もない。逆にこちらが危うくなる可能性もある。

 

 事を上手く運ぶためには戦略が必要となるが、あいにくとアサシンにそうした心得はない。しかもこうした時に必要となってくるラック判定ですら生前の彼女の不遇からEランク判定という事実がある。

 彼女が二十八人の怪物(クラン・カラティン)の存在に気付けたのも、偶然などではなくスペックの高さ故の必然である。

 

 今後のことを考えながら、彼女はフルーツジュースを口に含んだ。彼女が生前に味わったことのない味であるが、元から質素な食べ物を好いていた彼女にとってファッションと同様、これもポーズの意味合いでしかない。必要以上に摂取すれば身体も重くなってしまう。

 

 だから、ウェイターが彼女のテーブルに新たなジュースを置いたことに嬉しいとも思わなかった。

 

 店の中で働いている給仕姿の数は三。客の数も店内に散らばりながらもそれほど多くなく、アサシンは店内に入った段階でそれら全ての顔を記憶していたし、その中に魔術師らしき姿はなかった。新たに入店してきた客に関しては多少注意するものの、最初から店に入っていた者に関しては怪しい行動をしない限り放置している。

 ウェイターの顔は最初から店内に居た者の中に含まれている。彼の行動に多少の疑問はあるが、現段階に於いて危険度は低い。

 

「……頼んでいないわよ?」

「あちらのお客様からです」

 

 アサシンの不機嫌な言葉にひるむことなく、そのウェイターはテーブルを一つ挟んだ男性客を指してみる。ちらりと視線だけでその男性客を見てみるも、当然見知らぬ男性である。照れているのか、新聞紙で顔を隠しこちらと視線を合わせようともしない。

 

 アサシンより後に入店したので多少注意していたが、こちらを殊更注視するようなことはしていなかったと記憶している。いや、そういえば「すかんぴん空回りかっぽれ団十郎」と謎の呪文を唱えていたような気もするが、もしやするとあれがウェイターへの合図だったのかもしれない。

 一体いつこちらを見初めたのか、それともそうした癖なのか、ナンパという知識は知っていたが、こうしたものなのだろうかとアサシンは嘆息してみるが――

 

 息を吐いた瞬間、空間に鋭い軌跡が描かれた。

 

「――っ!」

 

 その事実に最初に気付いたのはアサシンの脳ではなく肉体だった。

 視界の外から喉元に迫る銀閃をアサシンの右手は咄嗟に掴み取った。掴んだ瞬間にそれが銀ナイフであるとよく解る。対魔仕様の呪詛が描かれているのか、触れると同時に手のひらが焼け付いた。

 

 手のひらの熱に反比例するように、ヒヤリとした感触がアサシンの全身を駆け巡る。当然、それで終わりというわけもない。

 

 個体同士の闘争においては、先制こそが最大の武器となる。それが凌がれた今、セオリーに則れば次なる有効手はそのまま畳みかけるか、撤退するかの二択となる。

 そしてまずいことに、アサシンはナイフをつかみ取る際完全に腰を落としてしまっている。これでは咄嗟に動くことができず、二の手三の手に対処はできても畳み込まれてしまえば遠くない将来王手をかけられることになる。

 撤退でなければ、選択肢は事実上一つだ。

 

 脳内に響き渡る警鐘。早急な判断が必要なのが分かっているというのに、アサシンの身体は動こうとしない。咄嗟の攻撃に反応できても、咄嗟の選択を判断することができていない。

 覚悟すらもできないままに、アサシンはそのまま状況に流され――

 

「……何の真似?」

 

 座したそのままに、襲撃者へ問いかけた。

 

 生前の彼女は業こそ体得したものの、上から危険視されたために暗殺者らしい仕事をした経験がない。咄嗟に対応できたのは彼女自身の天才性によるものであり、こうしたリアルな命の危機を感じたことは実のところ初めてである。

 

 その気があれば、アサシンなどとっくの昔に殺されている。こうして生きているということは、最初から襲撃者はアサシンを殺す気などなかったのだ。

 サーヴァント相手に随分と舐めたことをする。

 

「実戦経験に乏しいようだな、お嬢さん?」

 

 襲撃者から返された言葉にアサシンは何も言い返すことができない。

 それは事実であり、そんな基本的なことを隠すことすらできなかったアサシンに一体何が言えようか。

 

 ギシっと音を立てて襲撃者はアサシンの対面へと無造作に腰を下ろした。

 アサシンに握られた銀ナイフからアッサリと手を離し、武器の類を持っていないことをアピールしながら自然な動作で自ら持ってきたジュースを口にしてみせる。

 

 視線飛び交う店内でありながら、周囲からこれら一連の攻防は全く見られていない。逆光とはいえ店外からだって見られる可能性もある。こうした無音瞬殺の真似事ならアサシンも習得してはいるが、これほどスマートに実行できる自信はさすがにない。

 

 アサシンの目の前には見知らぬ顔の見知らぬ男がいる。

 一瞬前まで確かに彼は店のウェイターであった筈なのに、今はもうそんな人間はどこにもいない。顔も違えば、体格も違う。利き手も違えば纏う気配いも全く異なる。それに何より、個々人がもつ筈の魔力の質すら別人だ。

 

 ――変身。

 

 それは言葉で聞くよりも簡単なものではない。

 顔面整形、声帯手術、体格改造、骨格矯正――変身と呼ばれる技術は古今東西様々あるが、その程度ではまだ『変装』程度の技術でしかない。

 外見だけでなく、内面すらも偽り周囲に溶け込む能力。アサシンと同時代に生きたハサンも似たような業を持っていたが、これはそれを超えている。

 

 そんな人物が、ただの人間である筈がなかった。

 

「サーヴァント――」

「いかにも」

 

 そんなわけがない、と苦々しく呟くアサシンに対し、男は紳士然とした態度で肯定してみせる。

 確認しなければ、アサシンはこの襲撃者をサーヴァントと認識することができないのだ。

 サーヴァントは互いにサーヴァントであることを認識できるのが聖杯戦争の常識であった筈。そしてそんな隠蔽能力を持つサーヴァントが何人も居るわけがない。

 

 アサシンは確信する。

 この襲撃者は、宮本武蔵が戦ったあのサーヴァンに違いなかった。

 

 


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