Fate/strange fake Prototype   作:縦一乙

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day.03-08 裏の裏の裏

 

 

「これはこれは。なかなか面白い事実ではないか」

 

 クハクハと笑いながら、その吸血鬼は薄暗いオフィスの中で愉しげに笑っていた。

 あまりに愉快なので拍手喝采したいところであるが、それはさすがに自重しておく。

 

 ジェスターが部屋に無理矢理引きずり込んだ男は、今はもう力なく椅子に座り項垂れていた。

 男の目は虚ろで焦点を失い、弛緩しきった唇から涎が垂れ、そして時折ひくひくと身体を痙攣させている。普段であれば暗示を施すのにもう少し手加減をするのだが、色々と喋ってもらうのに強く効かせすぎていた。

 

 男は、この会社の経理をしている者――と言えばこの聖杯戦争には一見無関係のように思えるが、実体はそうではない。

 

 この会社はスノーフィールド原住民、しかも武器弾薬を専門に調達するための会社であり、男はその部門の経理主査である。つまりはトップが組織の全体像を見るための資料を作る者だ。ある意味で、原住民の情報は全て彼に集約されているのである。

 もっとも、情報はあってもそれを判断するモノサシを経理主査は持っていない筈だった。

 

 スノーフィールドの原住民とはいえ、その全員が聖杯戦争のことを周知しているわけではない。むしろ人数が多い分だけ混乱が起こる可能性が高く、大半は何も知らずに上の命令に従っていることが殆どだ。

 

 経理主査も他の原住民と同じく情報を与えられていない立場に違いはない。

 そもそも魔術を解する素養がないからこそ、この役職に抜擢された、という理由もある。本来であれば、経理主査は一般人に限りなく近い、どこにでもいるような男なのである。

 

「こんなどこにでもいるような男が、まさかこの戦争の裏を知っているなどと、一体誰が信じる?」

 

 再度クハクハと笑い、ジェスターは手にしたファイルをパラパラと捲ってみせる。

 ジェスターが捲っているのはこの会社の帳簿である。それが、ジェスターの手には三冊ある。

 一冊は表向き提出するためのもの。もう一冊は表に出せぬ裏帳簿。ならば、最後の一冊は何なのか。ご丁寧に各帳簿には付箋が貼られており、その差違は一目で分かるようになっている。

 

「さあ答えろ、この裏帳簿は、誰に見せるためのものだ?」

「はい……族長に見せるためのものです……」

 

 二冊目の裏帳簿を見せるジェスターの問に、男は緩慢に答える。

 この会社はいわゆる死の商人である。後ろめたい者が顧客なのは至極当然の流れ。表に出せない情報がふんだんにある以上、裏帳簿くらい作られていてもおかしくはないだろう。

 テロ紛いのことをしている組織が正しく税金を払うのもおかしな話でもある。

 

 問題は、表に出せない帳簿が何故複数あるのか、だ。

 

「なら、この三冊目の帳簿は、一体誰に見せるものだ?」

「それは、――」

 

 男の答えた名前は、原住民の幹部の一人の名前だった。

 役職としてはただの相談役であるが、その発言力は他の相談役よりはるかに大きい。武器弾薬の調達などしていればそれも当たり前か。

 詳しく聞けば、好戦的な連中を集めた急進派、そのまとめ役をしているという話。族長を中心とした組織でこうも露骨に台頭する者が現れれば、一枚岩になれぬのも無理からぬことだ。

 

 その相談役がトップである族長に対し、偽らねばならぬことが書いてある裏の裏帳簿。

 裏の裏は表と決まっているのだが、裏の裏はやはり裏なのである。もっとも、やっていることは至極ありきたりな内容だった。

 多めに発注して中身をちょろまかす。業務の流れで減耗損が出たり不良在庫があったりして棚卸に誤差が出るのもよくあること。昔からよくある着服の常套手段である。

 

 しかし、これはいささか着服するにしても限度があるように思える。

 実際の数と額を比べてみれば、反乱を疑われてもおかしくないレベルにまで横領が横行していた。なまじ格安で仕入れている分だけ不正の余地が生まれてしまっている。

 人間武器や大金を手にしていると気が大きくなってしまうのだろう。さすがにこれだけの誤差があるものを族長に見せるわけにはいくまい。

 

「いや……注目するべきは、そこではない、な」

「……はい」

 

 ジェスターの独り言に経理主査も同意する。偽っているのは、そこだけではない。

 

 着服している相談役ならば、武器の数や金の額に着目するかもしれない。自分の手にどれほどの武器がどれくらいあり、金が幾らくらいあるのか。それにより行動指針を立てようとする。それは別段おかしな事ではない。

 注目すべきは、数などではなく、供給源だ。

 

「この会社とこの会社とこの会社、実体は全部同じ会社だな?」

「……はい」

 

 帳簿に書かれている会社名を指摘すれば、経理主査はあっさりと首肯した。

 

 搬入経路こそ色々と誤魔化されてはいるが、少し調べれば武器の供給源は実質一つだけとすぐ分かる。武器の市場価格に比べ、原住民に卸されている価格はかなり安すぎる。普通に考えれば、この取引先の会社はアホなのかと思われても仕方あるまい。これで儲けなど出る筈がない。

 

 しかし儲けだけが利益でもない。

 

 この取引先会社の目的は、供給源の独占にある。これがいかに危険なことであるのか経営者ならずとも察しはつくだろう。

 供給元に何かあった場合、その影響は露骨に波及する。連鎖倒産する可能性は一気に高くなるし、いざという時には見捨てられる上に足元を見るような交渉が行われかねない。

 

 これを容認するには相当な信頼関係が必要である。件の相談役と取引先との間にどんな蜜月があったのか、容易に想像が付く。そして、その思惑も。

 

 裏の裏には、更に裏がある。

 

「裏で糸を引いてる者がいるな?」

「……はい」

「お前はそこの、スパイだな?」

「……はい」

「組織の名は?」

「……二十八人の怪物(クラン・カラティン)

「……クハハ」

 

 いともあっさりと、欲しかった情報にジェスターは辿り着いた。

 

 この偽りの聖杯戦争、その真実の一端が、これだ。

 族長を裏切る相談役。その相談役の駒として動く経理主査。その経理主査の背後にいる別の組織。一陣営が一陣営を影で操り誘導する仕組みが、既にできあがっていたのだ。

 

 おそらく、この事実を知っているのはこの男と、二十八人の怪物(クラン・カラティン)の一握りの人間だけだ。つまりは頭と手足である。

 この手の悪巧みは露見しないよう少数精鋭がセオリーであるし、こうもピンポイントの役職にスパイを送り込めたのなら、余計な人員を増やす必要はない。

 

 では何故ジェスターがそれに気付けたかというと、昨夜ティーネが警察の動向を気にしていたからである。

 

 冷静に考えてみて欲しい。ティーネは長年に亘ってスノーフィールドを奪い返そうという組織の長なのである。それが何故、警察などを今更警戒しなくてはならないのか。

 魔術などに頼らずとも、札束で顔を叩けばそれで済む話だ。短期的には無理でも、長期的に接触を図れば綻びなど簡単に見つけられるというのに。

 この地の警察が職務に忠実で聖人君子であるならば、それも納得できるだろう。でなければ、原住民を意図的にそうした状況に陥らせようとする何者かがいるだけだ。

 

 ジェスターがどちらを睨んで動き裏を取ったのかは、言うまでもない。この調子なら警察内部にも二十八人の怪物(クラン・カラティン)とやらの手が伸びているのだろう。もしくは、警察そのものが二十八人の怪物(クラン・カラティン)であるのかもしれない。

 

「さて……しかしこれは一体どうしたものか。これではやることが多すぎるな。なぁ、これから私はどうすればいいと思う?」

「………」

 

 その問に答える舌を経理主査が持つわけもない。別にそれに腹を立てたわけではないが、ジェスターが頭を軽く小突けば経理主査はあっさりと椅子から転げ床に崩れ落ちる。殺したわけではない。必要がなくなったので眠って貰っただけだ。

 

 二十八人の怪物(クラン・カラティン)という組織について、ジェスターは尋ねる真似はしない。

 この経理主査は二十八人の怪物(クラン・カラティン)の末端の更に末端である。戦争の最中だというのに緊張感を欠いていたのがその証左であろう。

 

 おそらく原住民の情報を一方的に渡していただけで、二十八人の怪物(クラン・カラティン)からの情報は皆無に近かったに違いない。

 ディスインフォメーションの可能性が高い以上、下手に探りを入れるのは危険すぎる。はっきり言って、二十八人の怪物(クラン・カラティン)という名前もジェスターはあまり信じていない。

 

 原住民が何者かに操られている、という事実だけで収穫は十分だった。他にも調べる方法はたくさんあるし、調べることもたくさんある。多すぎて目移りするくらいだ。

 

「手が足りないな。弟子を失ったのは失敗だったかもしれん」

 

 アサシンの素晴らしさの前には小事と割り切っていたが、時間が経つにつれ手足の欠落を痛感させられる。

 誰かと組むことも考えるが、令呪を使い切りサーヴァントとも別行動のジェスターではいくらマスターであろうと組もうとする者もいまい。原住民に情報をリークすればあるいは手を組めるかもしれないが、情報が筒抜けの組織と組むのはいかにも拙い。

 

 せめてあのアサシンをどうにかしてくれないかとジェスターは頭を悩ませる。

 できれば一日中アサシンを眺めて過ごしたいところだが、死徒であるジェスターは昼間は動けないし、当初の目的を考えればそれだけで良いというわけにもいくまい。

 

 後先を考えぬアサシンは、ある意味で最も脱落しやすいサーヴァントである。今はまだ片手間の調査であるが、調査に本腰を入れるなら遠目で見守ることも難しくなる。ジェスターの見えぬところで退場されては、いくらなんでも本末転倒だ。

 今は東洋人がその役を担っているが、あの体たらくで御せるわけがない。

 

 では一体誰なら御せるのか。

 

 アサシンは忠犬にして、猟犬にして、狂犬だ。神という飼い主がいる限り、手懐けることなど不可能で、手綱を握ることすら一苦労だ。

 

 彼女の根底をよく理解し、敵対行動をとらず、アサシンからも非攻撃対象の認識を受け、適切な距離で彼女を見守り、その上で彼女の行動をフォローしてくれる人物でなければならない。

 

 そんな都合の良い人物が一体どこにいるというのか。

 

「……意外と近くにいるものだな」

 

 思考の迷宮、その入り口でジェスターは立ち入ることなく立ち止まる。

 何気なく見やったビルの外に、闇夜に紛れて侵入しようとする者がいた。

 

 クハハと小さく笑ってジェスターは給湯室の換気扇を付ける。そしてその人物と鉢合わせにならぬよう、手早く証拠を隠滅させ、ジェスターは静かにその場を立ち去った。

 

 


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