Fate/strange fake Prototype   作:縦一乙

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day.03-06 王の裁定

 

 

 スノーフィールドの夜は思いの外冷える。

 

 渓谷地帯ともなればそれは顕著で、吹き上げる風の中小一時間も外にいれば身体の芯まで凍えることとなる。高所であるが故に周辺警戒の重要性は増すが、この厳しい環境に好きこのんで見張りを行う者などいるわけがない。

 

 そういった理由もあって、原住民の中で高所での見張りは賭け事の代価として数ヶ月前からローテーションが組まれていることが多々あった。

 そして残念ながら、そのローテーションがそのまま実行されることはない。予定表に書かれた名前は先の戦闘で行方不明となり、その名は赤く二重線で消され、そしてそのままとなってしまっている。

 

 管理者の融通が利かなかったのだろう。空いてしまった穴を直前の担当者の時間延長で穴埋めをした結果、かなり無茶なスケジュールとなってしまっている。

 それを見かねた老人が仕方なく、空いた代理として見張りに志願したのがおよそ十分前。何やら後ろで悶着があったようだが、思った以上にあっさりと老人の希望は聞き届けられた。

 

 担当となっている見張り台は要塞上部の一番見晴らしの良い場所だった。

 最も寒い場所であることには違いないが、老人にとってそこまで苦痛ではない。こうして見張りに立つ機会など数十年ぶりだ。当時を思い返せば懐かしさすらある。

 

 そんなことを思いながら老人が見張り台へと上がってみれば、連絡を受けていたのか、挨拶どころか礼もそこそこに、まだ若い戦士が逃げるようにして老人の傍らを抜けて去って行く。

 

 先達への敬意と謝意を表さないことを咎めはしないものの、多少の疑問を覚えながら老人は見張り台へと立ってみる。そうすればなるほど、急ぎこの場を去った理由に合点がいった。

 

「これは英雄王。このような場所で何をなさっておられるのですか?」

 

 老人の目線の先には一体いつから居たのか、豪奢なコートを纏ったアーチャーの姿がある。

 悶着がありながらやけにあっさりと受理されたと思ったら、こういうことかと老人は得心した。場慣れした老人ならいざ知らず、青二才の若造にこの空気は耐えられまい。

 

 決して広いとは言えぬ見張り台は、岩場の出っ張りに作られている。地盤の安定しているところまでは簡易の柵が設けられているが、安全の確保できぬ部分には何も作られず剥き出しのままである。

 アーチャーが腕を組みスノーフィールドの街を睥睨しているのは、触れれば今にも崩れそうな先端部分である。

 

「……何者だ貴様は」

 

 本来の見張り位置よりわずかに離れて立ち止まった老人を、目線だけでアーチャーは射貫いた。ただの誰何、というわけではない。明らかな威圧に老人は怯えた様子もなく礼をしてその場に胡座をかいて座った。

 

「ただの老いぼれにございます。が、族長の相談役の末席を汚しておりますので、見覚えがあってもおかしくはないかと存じます」

「フン。ただの老いぼれにしてはできるようだな」

 

 名乗りもしない老人に機嫌を損ねることなく、それでもアーチャーの視線は睥睨していた市街から離れ、老人から離れない。

 老人の形はそこいらの見張りと何ら変わることはない筈だが、唯一手にした武装だけが他と違って英雄王に注視させる。その視線に気付き、老人は己が獲物を前に差し出してみせた。

 

「昔取った杵柄でございますが、今はもう腐りかけの技にございます」

 

 笑う老人が手に取った棍棒はどこにでもあるごく普通のもので、別段珍しいものではない。だが年季の入ったそれは、いくつもの傷が刻み込まれている。長年通じた武器は使用者の手足となるという話があるが、この老人の棍棒はまさにそれだった。

 

 魔術のなんたるかを理解せずとも、老人が手に取り軽く気を通すだけで、霊体にも効果のある魔具へと棍棒は瞬時に昇華されていくことだろう。老人が丹念に練り込んだ気を以て全力で放てばサーヴァントを一撃で仕留めることだってかなうかもしれない。

 

 だがそれだけならアーチャーは何の反応も示すことはない。アーチャーの興味を引いたのはその距離だ。

 いざ戦闘になっても邪魔にはならず、背中を守れる位置にいる。それでいて一挙動で襲えるほどに近い距離ではない。

 

 この聖杯戦争に召喚されてから数々の原住民戦士を見てきたが、礼節と武芸、共に優れた者はまだ見てはいなかった。これで相談役だというのだから、知略においても優れているのだろう。

 

「ティーネはどうした。まだ寝ているか」

「英雄王より頂戴した秘薬が効いているようであります」

 

 アーチャーによるヒュドラ退治から丸一日が経過していた。

 ほとんど瞬殺であったとはいえ、一瞬だけでも現界したヒュドラはただそれだけで猛毒の塊だ。

 ティーネがいかに強力な魔力を身に帯びていようとも、そんなヒュドラに一片とはいえ触れてしまえば身体が毒に蝕まれるのも当然であった。要塞に戻った時には既に意識は朦朧とし、高熱に魘されながら今も意識が戻らない。

 

 幸いにも英雄王の蔵にはヒュドラの毒に効く薬がある。しかし強い薬は量を誤れば毒にもなるので現在は薬を希釈し、慎重に効果を見定めながら経過観察をしているところである。

 毒が微量だったこともあってティーネの体調は快方に向かいつつあり、この調子であるならば数日中に回復する見込みである。

 

 逆に言えば、この数日は動くことができない。

 それはアーチャーとて承知の事柄。

 

「……このスノーフィールドを見ていた」

「スノーフィールドを、ですか」

 

 長い沈黙の後、急に口を開いた英雄王に思わず鸚鵡返しをするが、そういえばこの場に来た早々に老人はアーチャーに何をしているのか問うていたのを思い出した。

 あれはただの挨拶のようなものであったが、何が気に入ったのか英雄王はこの老体と話す気になったらしい。

 

「この景観、英雄王の眼鏡にかないましたかな?」

 

 確かにここからの眺めはスノーフィールド全体を一望できる。左に湖沼地帯、右に森林地帯、そして中央にバベルの塔が如く立ち並ぶビル群はそのアンバランスさをもって絶景となっている。

 

「どこにでもある風景だ。この我にとっては何の価値もない」

「そうでしょうな」

 

 さも面白くなさげに応える英雄王に老人も素直に同意した。

 老人自体、この風景は見慣れたものであり、そして見飽きたものでもある。スノーフィールドの名所となりうる場所ではあるが、絶景と言うなればもっと良いところはいくらでもある。

 

「では、何故ご覧になられているのでしょう?」

「……あそこには我の朋友がいる」

 

 若干の沈黙にそれは嘘だと老人は確信する。

 ランサー・エルキドゥの話はティーネから聞かされてはいるが、あの英雄王の性格からしてここで思索にふけるわけもない。少なくとも街中にあのサーヴァントが軽々に現れることはあるまい。

 

「では、我が族長に成り代わりまして、私めを供に散策でもいたしますか?」

「……必要ない」

 

 老人の稚気に溢れた提案に、今度の沈黙には多少の怒気が込められていた。答えの分かりきった質問をしたことには気付かれたらしい。

 

「これは失礼を。

 ……しかし、英雄王も我らが族長をあまりからかわないで頂きたく存じます。此度の毒はあの娘の不用心なれど、あなた様ならばあの場で制することもできたのではありませぬか?」

 

 余りに直截な老人の不服申し立てに、さすがの英雄王も先に流した怒気を呼気一つで露と消す。

 

 ティーネの毒はその量もあって、確かに大したものではない。だが一歩間違えれば死にかねない危険極まりないヒュドラの猛毒である。

 アーチャーにとっては大したことのないマスターであっても、老人にとって掛け替えのない一族の長。相手が相手だけにアーチャーに意見する者はいなかったが、老人は機会があれば話すつもりではあった。

 その機会が思いの外早かったのは想定外だが、やるべきことに違いはない。

 

「なかなか言うではないか」

 

 今すぐ首を刎ねられてもおかしくない状況で、老人は黙って首を垂れる。老人にとっては攻撃しにくい距離であるが、アーチャーにとっては攻撃しやすい距離である。

 その首を刎ねるのに、苦労はない。

 

「あれは必要不可欠な試練だ。如何に優秀なマスターであろうと、我が朋友と決着をつけるまではどうあっても生きていてもらわねばならん」

「そのための、我々でもあります」

 

 族長が犯すべきリスクは我らが負う、と老人は語る。

 王として、こうして直訴してきた者の言葉を軽く見るつもりはない。老人は本気であり、そのためなら何だってするだろう。

 

「信じられんな」

 

 だがそんな老人の言葉をアーチャーは一蹴した。

 

「我ら、と言ったな。それは一体、誰のことだ?」

「それは……」

 

 言葉に詰まる老人に全ての答えは集約していた。

 この見張りひとつ満足にこなすことのできぬ組織で、一体どれほどのことができるというのか。どれほどの者が、ティーネのために死ぬことを選ぶのか。

 甚だ、疑問でしかない。

 

 ティーネが倒れたことで水面下で蠢く不平不満が、鎌首をもたげている。

 組織は大きくなればなるほどその地盤が問われるものであるが、思った以上に弱かったようである。敵対工作が行われたのは確かであろうが、綻びをこの聖杯戦争までに排除しきれなかったのはティーネの落ち度だ。

 

 アーチャーは為政者である。その組織の有り様を見抜けぬわけもなかった。

 

「何故、あの娘が族長なのだ?」

「……あの娘が、最も強くこの地と結びついているからに御座います」

 

 質問を変えて老人に聞いてみれば、苦渋に満ちた答えが返ってくる。

 スノーフィールドの原住民は、スノーフィールドによって力を与えられた者達である。必然的に族長ともなれば、その中で最も力を与えられた者でなくてはならない。確かにその意味ではティーネは適合しているのだろうが、それ以外について適合しているかといえば首をひねらざるを得ないだろう。

 

 王制にあっては幼い子供を神輿にするのは理解できるが、この地の奪還を目指す原住民に必要なのは強力な指導者だ。血筋や能力に申し分なく最も強力な魔力を秘めるティーネであっても、実績が伴わなければ下の者はその指示に従うまい。命を懸けるのであれば、尚更だ。

 

 まがりなりにも原住民がティーネを中心にして組織としてまとまっていられる理由は、彼女を支える周囲の者にある。その周囲の者に認められているからこそ、彼女は族長であり続けることができる。

 

 有り体に言えば、彼女は指導者として相応しくなかった。

 

「成る程。貴様のような側近であればある程、忠誠心が高いというわけか」

「否定は、致しません」

 

 それは組織の末端にいる者程ティーネへの忠誠心は薄い、と言ってるのと同義だ。

 彼らが忠誠を誓っているのが一体何であるのか。族長たるティーネに忠誠を誓っているのか、原住民の血に誓っているのか、あるいは巨大なコミュニティとしての組織に誓っているのか、それは全く分からないのである。

 

 フン、と英雄王は鼻で笑う。その顔は老人からは決して見えないが、その顔は、確かに笑みといえるものだった。

 

「貴様、この景色の有り様に気付いているか?」

 

 英雄王の質問に老人は沈黙した。

 急な質問ではあるが、話が変わったというわけではない。

 それにこれはただの質問でもない。老人に対するテストである。真に族長たるティーネに忠誠を誓う者として、英雄王の期待に耐えられるかのテストだ。

 

 外せば英雄王からの信はなくなり、ティーネはただの道具として英雄王に使い潰される。反面、正解すれば英雄王のパートナーとしてわずかではあるが、対等な関係へと近付くことができる。

 ハイリスクローリターン。だが、こうしたチャンスは英雄王との信頼関係の構築には必要不可欠な通過儀礼だ。

 

 深い呼吸を五回、老人は行った。

 薄い暗闇が広がる中、見渡す景色は先とは何も変わりない。当然だ。ほんの数分で変化するわけもない。

 

「……明かりが、減っておるように見えます」

 

 実を言えば既に出ていた答えを、老人は時間を掛けてひねり出すように答えた。

 

「此度の戦争、今日で初戦から三日が経とうとしています。その間市街や西部で大きな動きはありましたが、それにしても明かりの数が減りすぎたように見受けられます」

 

 実に愉しげに、英雄王は老人の言葉を聞いた。

 

 アーチャーは召喚された当初からこの北部の要塞部とスノーフィールド都市部を歩き回っている。今日この場にアーチャーがいたのも何も今回が初めてというわけではない。

 確かに伊達や酔狂で動くのがこの英雄王ではあるが、市井を見て回ることは決して無駄なことなどではない。

 

「なかなかの慧眼ではないか」

「恐れ入ります」

 

 満点、とは言いがたいが、おおよそアーチャーの答えと同じ解答である。

 

 アーチャーが召喚当初に見た街の明かりを100とすれば、現在は95といったところ。誤差の範囲と言ってみれば済むところだが、ここ数日暗くなることはあっても明るくなることがない。

 恐らく明日には94か93になり、90を割り込めばそこからは一気にスノーフィールドの崩壊が進むことだろう。

 

 都市部で何が起こっているのか、歩き回っていたアーチャーにも分からない。だが何かが蠢く気配は遠く離れたここまではっきりと伝わってくる。それは何もサーヴァントだからという理由だけでもなさそうである。

 

「貴様、相談役、と言ったな?」

「はい」

「では、ここの備蓄はいかほどある?」

 

 アーチャーの言葉に老人は記憶の底から必要な知識を引っ張り出す。具体的な資料は見ていないが、倉庫の様子や搬入頻度から計算することは可能だ。

 

「ここにいる者だけならば何もせずとも一月は保ちましょう。ここの内部でもある程度食料生産もできますので、節約をすれば更に耐えることができます」

「足らんな」

 

 本来であれば十分すぎるほどの備えだというのに、アーチャーの感想は真逆のものだった。

 

「水、食料、資材、燃料、上限を設けずありったけを集めよ。それから内と外との区別を分けるように指示しておけ。この渓谷の入り口を監視し、中の者を外に出さず、外の者を中に入れるな」

 

 恐らく初めてとも言うべきアーチャーの具体的な指示に、老人はその言葉の意味を量りかねていた。

 

「……それは、一体何に対する備えでありましょうか?」

 

 籠城の指示、という様相にも思えたが、それにしては内と外を区別するのは異常である。これはまるで疫病に対する免疫措置にしか思えない。

 わざわざそれを指示するまで事態が進行しているとでも言うのか。

 しかし英雄王はその言葉に応えない。

 

「数日以内。事態に何の変化もなければ、街を灼くことにする」

 

 軽く、ではあるが。

 英雄王は、スノーフィールドを、壊滅させると宣言した。

 否――これは英雄王の『決定』である。

 何人たりとも覆せぬ、王の裁き。

 

「なっ」

「ようやく驚く顔が見られたな。したり顔の老いぼれを驚かすのも中々に一興だ」

 

 老人が驚くのと同時に、アーチャーは霊体化してどこへなりとも姿を消した。

 

 あれが冗談――というわけではあるまい。

 あの英雄王がやるといったら、本当に目の前の都市は壊滅することとなる。

 

 アーチャーの話しぶりから灼く範囲の線引きにこの砦は含まれていないが、だからといって奪い返す地が焦土と化すのを良しとするわけにはいかない。座して待つのは簡単だが、先ほど族長への忠誠が試されたばかりである。動いて状況を変えるのが誰か、言うまでもない。

 

 見張り台には緊急警報を鳴らす装置が付けられている。猶予こそ明確にしていないが、数日あるからと言って、悠長に一分一秒を無駄にして良い場合ではなかった。

 

 しばらくして、要塞内部で緊急警報が鳴り響いたが、その後誤報であるとアナウンスが流された。

 ただし、その後の要塞深部で行われた原住民相談役の極秘会議は長く続くこととなる。

 


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