Fate/strange fake Prototype   作:縦一乙

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day.03-04 安堵

 

 

 長く、銀狼はその場に伏せていた。

 

 野生の獣というのは自らの怪我に対して自覚的だ。痛みに呻くことはあっても傷口を労わらない動きを絶対にしない。

 安易に薬に頼ろうとする人間よりも彼等は自らに備わった治癒能力を最大限に活かすことを考える。そういった本能は例え合成獣であろうとも変わらないものであるらしい。

 

 枯れた木の洞でじっと動くことなく療養すること数日、結果として銀狼の傷は無理をすれば動けるまでに回復していた。

 銃弾で風穴を空けられながら数日で回復するとは脅威の一言に尽きるが、これが無茶でないわけもない。

 

 ランサーによる治癒も多少後押ししているが、持ち前の異常な数の魔術回路を治癒のために全力活動させたことが最大要因である。代償として短くない寿命を更に消費しているが、死ぬこととの天秤を考えれば安い買い物には違いない。

 

 この数日飲まず食わずで体力は限界に近付きつつあるが、これもまた野生の獣と同様に空腹に対する忍耐も銀狼は持ち合わせている。限界に近付いても限界値を超えてはいないのだ。

 

 しかし、銀狼もまた狼の血をひいており、狼とは群れる獣でもある。

 一匹狼とさも孤高の存在の如く扱われることもあるが、犬科の動物は一匹だけで生きてはいけない。それは狩りの成功確率にも影響する故の、これも本能だ。

 

 現在、銀狼が群れとして認識しているのは一人の――否、一体の人形。ランサーのサーヴァントたるエルキドゥただ一体。そして彼は、この場にはいない。

 

 出逢って少しした後にこの洞を出て行ったきり、銀狼は彼の姿を見ていない。何やら色々と語りかけられたような気もするが、怪我による発熱で朦朧とする意識と元より言語を解せぬ脳構造では如何ともし難い。

 

 つまるところ、銀狼は何の理解もしていなかった。

 

 銀狼にとってランサーは己の従僕どころか、己の主人なのである。そして偽りの聖杯戦争を始めとする諸々の事情と自らの置かれた位置についても、何の疑問も持ち合わせているわけもなかった。

 

 故に、ではあるが。

 

(主、身体は大丈夫ですか?)

 

 脳裏に響くランサーの言葉にすら、銀狼は軽く反応はしつつもあまり興味を示さなかった。

 

 最初こそ周囲を見渡しランサーの姿を探し求めていたりもしたのだが、何度となく響く言葉と経過する時間、そして変わらず不在である事実にすっかり慣れてしまっていた。

 生まれて間もない銀狼でも夢を見ることもあるのである。

 なまじ知能が高かっただけに、現実の不在と脳内の呼びかけを同一のものとして取り扱うことがなかったのである。

 

 ただ、今回のそれは銀狼の身体を労るだけのものではなかった。

 パスを通して治癒の進み具合を確認しようとする感覚は同一のものであるが、なにやらもっと込み入った複雑な感情も同時に受け取っていた。

 

(申し訳ありません。情報を仕入れた以上すぐにでも側に戻りたいところなのですが、そうもいかぬ事情ができてしまいました)

 

 マスターとサーヴァントの間にあるパスは、ただ魔力だけを通すパスではない。生存の有無や記憶の共有、互いの位置といったものもパスを通せば分かるのだ。特に銀狼とランサーは互いに『人』という括りではないためか、かなり詳細な意思疎通までも可能としていた。

 

 パスを通して密度の高い情報をやりとりしている銀狼とランサーであるが、残念ながら高度な情報処理能力のない銀狼の脳構造で明確に分かるのはランサーが気遣う感情のみ。それを承知の上で、ランサーは話しかけることをやめようとはしない。

 銀狼としての認識は全くの逆ではあるが、ランサーは銀狼のサーヴァントなのである。無駄と知りつつも気遣わないことなどできないのである。

 

(敵との交戦により、僕には二種類の呪いがかけられてしまいました。強制的な実体化、そしてマーキング……特に後者はやっかいです。

 僕とマスターが接触すれば、奴らにマスターの位置が露見してしまう。それは絶対に避けなければなりません)

 

 憤りと焦り、そして自らの不甲斐なさが伝わるが、銀狼は何の反応も返さなかった。

 ただランサーの感情からこの場に帰ることができないとだけ理解する。それすらも、現実と夢との境界の曖昧模糊とした記憶として処理されてしまう。

 そうした銀狼の反応をランサーも当然承知している。それを踏まえつつも、ランサーは続ける。

 

(僕はマスターから数キロほど離れた森林地帯で奴らを待ち構えています。いまだ仕掛けてくる様子はありませんが、複数の視線が絶えず感じられるので何らかのアクションがあるのは時間の問題でしょう)

 

 共有されるランサーの焦りが具体的なものになってくる。

 全身を舐め回されるような不快感。時折刺すような痛みは殺気によるものか。いずれも意識せねばそうと分からぬ程に些細なものであるが、その些細なものが尋常でない程あれば受ける感覚も違うだろう。

 

 つい先日創造主より殺されかけた身として、こうした殺気に過敏に反応してしまう銀狼である。我が事のように思わず身を捩ってしまうが、傷の痛みに呻くだけに終わった。

 

 焦れるようなランサーのストレスを受け取りつつも、銀狼に共有された情報はそれだけではなかった。

 感覚的にしか受け取ってはいないが、ランサーが銀狼からほんの数キロしか離れていない場所にいることは理解した。理屈のわからぬ理解であろうと、確認をするだけなら今の銀狼だって難しくはない。

 

 ひくり、と銀狼は鼻をあげる。

 微かではあるがランサーの匂いが遠方からの風に交じって届いている。雨と霧に洗われた樹々の香り、森の中にあって尚自己主張する原初の森――ランサーのこの匂いをマスターである銀狼が過つことはない。匂いの薄れ具合から一足で駆け抜けることのできぬ距離である。

 

 それでも不確かな脳裏の言葉よりも、その匂いは銀狼の心に刻み込まれた。

 主人の身体は遠くにあるが、その意志は近くに居る。ただそれだけで、傷の回復を促進させるべく、自らの魔術回路を無意識のうちに全力稼働させる。その行為自体は体力を過剰に消耗するだけのものであまり意味はない。だが効率を優先しうる気力の充実がそこにはある。

 

(今しばらくお休みください。時が来れば、お迎えに上がります)

 

 限界に近付きながら、銀狼の身体は更なる酷使を開始する。欠損した傷跡をピンクの肉が覆い、肉体を駆け巡る血の量が明らかに増えつつある。肉体にかかる負荷は苦痛となって全身を襲っている筈だが、それに耐えるだけの精神力を、銀狼は遠くに感じる微かなランサーの気配で補っていた。

 

 銀狼がその場で抱いた感情は『安堵』。その感情は、例えその意志がなく言語としても成り立っていなくとも、確かにランサーの元へと伝わっていた。

 

(わかりました。安心してお休みください)

 

 脳裏のメッセージに銀狼は満足し、再度深い眠りの途についた。

 

 そうして促された眠りが、長く銀狼を縛ることになろうとは、ランサーが気付くわけもなかった。

 

 

 


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