Fate/strange fake Prototype   作:縦一乙

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day.03-01 要塞戦

 

 

 作戦開始より七一〇二秒。

 原住民要塞内の中心部付近。中枢より直線距離にしてわずか一〇〇メートルの場所に、その一団はいた。

 二十八人の怪物(クラン・カラティン)精鋭十二名からなる対アーチャー戦闘部隊である。

 

 現在、最大目標であるアーチャーを打倒するためだけに、二十八人の怪物(クラン・カラティン)はその全戦力を傾け、作戦を遂行中であった。頭目である署長がこの部隊を直接率いていることからも、その意気込みが分かるというもの。失敗すれば後がないという意味では背水の陣とも言えよう。

 それだけに、事前準備に抜かりはないし、出し惜しみもない。

 

 つい数時間前、この要塞内では原住民同士の諍いが勃発していた。

 スノーフィールド最大の組織力を持つ原住民である。これだけの人数がいれば派閥が生まれるのも当然。この地を取り戻すという目的こそ同じであるが、そのための手段が一つというわけではない。

 

 聖杯戦争が開始したことで状況は動き出した。一枚岩にならねばならぬ最中に反乱とは正気の沙汰とも思えないが、もちろんこれが偶然というわけもない。裏で糸を引いていたのは署長である。

 

 実を言えばこの反乱をしかけた派閥を作り上げていたのは署長――より正確には署長を裏で操る“上”である。

 彼等には聖杯戦争勃発よりかなり前から金と武器と情報を巧妙に流している。そうすることによって他所からの流通を閉め出し、その内部構造を赤裸々にすることができるのである。

 武器の動きはもちろん、金の流れから横流しの額まで推測できるし、その着服具合から派閥勢力も推察できる。ここまでの情報と長年の事前準備があれば反乱を『自発的に』起こさせるのも簡単である。

 

 本当は戦争も終盤に差し掛かったところで仕掛ける予定であったのだが、ランサーという予想外に強大な敵の出現によりそのタイムスケジュールの前倒しが決定したわけである。

 

 そしてそのタイムスケジュール通りに反乱は発生した。

 そしてそのタイムスケジュール通りに反乱は鎮圧されつつある。

 

 反乱に最中に反乱分子と共闘してアーチャーを討つ、という案は最初からない。

 いくら武器や情報で後押ししようと反乱分子にそこまでの戦力はないし、ティーネは彼等の想定以上に強い。だというのにわざわざ反乱を起こさせたのはアーチャーとティーネを分断し、注意を分散させるためである。

 

 族長という立場は、メリットにもなればデメリットにもなる。

 反乱が勃発すれば集団の長として集団をまとめる義務が発生する。族長としての威厳を周囲に直接見せつけねば、組織の弱体化は避けられないのである。

 

 ポイントはティーネの陣頭指揮の必要性がありつつも、サーヴァントの力を必要としない程度の反乱に抑えること。このさじ加減が、本作戦の成否を握っている。そして“上”のバックアップもあってこれ以上ないほどに成功していた。

 

 予定通りティーネは陣頭指揮に当たり、面倒事を嫌うアーチャーの動きは自然と制限され、要塞の深部にて待機を選択した模様。なまじ能力に秀で性格が分かり易いからこそ、両者の動きは読みやすい。

 

 狙うべきは、反乱鎮圧直後にある息切れのような瞬間。

 要塞内部に剣戟や銃声が響かなくなり、代わりに周囲を警戒する余裕もない慌ただしい足音が増え始める。

 

 敵本陣にこれだけ近付きながら、未だに原住民は署長達対アーチャー戦闘部隊の存在には気付いていなかった。それを可能にしたのはこの要塞の特徴である蟻の巣の如く張り巡らされた穴である。

 大きさも様々で迷宮同然の複雑さも相まって、要塞内の通路として使用されないものも数多くある。当然管理もされていないので穴は埃と蜘蛛の巣だらけであるが、それだけにこの侵入通路は確実に原住民の裏をかいていた。

 

 そうした要塞内部への侵入するために彼等が装備しているのは、ペルセウスの《空を駆ける羽のサンダル》やナタク太子の《風火輪》といった飛翔宝具である。

 宙を自在に飛べる機動性は戦闘においても遺憾なく発揮できるだろうし、接地しないことで足音を立てることなく無音で高速移動できる利点もある。

 

『――モスキート1よりアント0、前方二〇〇にクランクです』

「アント0より各員、手前三〇で反転全力噴射、壁面を蹴って強制姿勢制御二回――音を消すのを忘れるなよ」

 

 先頭を任された部下からの報告に署長は常軌を逸した指示をこともなげに告げた。

 この速度でクランクに突入するのも無茶であり、それに加えて進入路はただでさえ狭い。先頭がしくじれば後続は玉突き事故の如く確実に巻き込まれ全滅しかねないが、そのことに異論を挟む半端者がここにいるわけもない。

 

 こうした時のために部隊には宝具と併せて小型のロケットエンジンを改良した立体起動装置を装備させている。

 個人装備としては非常識この上ないが、対アーチャー部隊としてはこの程度の非常識では驚くに値しない。これでまだ常識的な範疇だと言えば、初期計画がどれほど無茶で無謀であったかは推して知るべし、である。

 

 危うげなく全員が最大速度でクランクを突破した直後に、ヘッドセットのスピーカーから署長の耳に吉報がもたらされた。

 クランクのリスクを許容してまでスピードを優先した甲斐がある。タイムスケジュールはコンマ5パーセントの狂いもない。不確定要素が多分にある作戦なだけに、この状況は理想的とも言えた。

 

「アント0よりモスキート1、十二時方向へ指向索敵一回」

 

 半ば願うように署長は命令した。索敵に長じた装備を持っているモスキート1は即座にセンサーを前方に集中させる。

 

『こちらモスキート1。十二時方向、距離八〇〇に感あり! 数は三、ライヴラリデータの照合を確認! 当該目標、アーチャーを確認しました!』

 

 署長の願いに応えたかのように、理想的な解答をモスキート1が告げる。

 タイムスケジュールを確認、誤差はコンマ3パーセントに修正。最大加速をすることでさらに改善することができる。タイムスケジュールのズレはそのまま勝率へと影響する。つまりは、タイミングが命。そのタイミングはすぐに訪れる。

 

 緊張が伝わってくるのが分かる。

 アーチャーは多対一に秀でた英霊である。無限の財を持つが故に――と聞けば納得しそうだが、二十八人の怪物(クラン・カラティン)が真に脅威としていたのはその砲門の数である。どんなに強力な弾があろうと銃が無ければ無力でしかない。

 

 ヒュドラとの戦闘で、アーチャーが同時展開できる砲門数は一〇〇以上と判明している。となれば、二十八人の怪物(クラン・カラティン)といえど真っ正面から相手取れる存在ではない。喩え英霊級の猛者が軍勢を以てアーチャーに挑もうとも、英雄王はあっさりとその難事を切り抜けることだろう。

 

 アーチャーに挑むためには、まずはその砲門の数をなんとかせねばならない。

 だから、この作戦では敢えて狭い場所を戦場としていた。

 

 戦場となるのは直径二メートル足らずの通路である。

 

 通路の狭さはそのまま射出できる宝具の数に直結する。手数を頼みにするのなら、それ相応の広さが必要なのだ。

 仮にアーチャーの宝具が一辺25センチ四方の面積が必要だとしても、これなら一面に展開できる宝具の数は最大でも十六でしかない。対して二十八人の怪物(クラン・カラティン)十二名の両手は二十四。手数ではアーチャーの上を行く。

 

 それにここは要塞の深部付近、つまりは地下だ。宝具で戦闘に適した空間を確保しようにも、頭上にある数百万トンの土砂がそれを阻んでくる。よしんば無理矢理実行したとして、生き埋めは確実だ。

 アーチャーがこちらを迎撃するには、この狭い空間を上手に使うしかないのだ。

 

「総員、兵装自由! 目標以外に構うなッ!」

『了解!』

 

 接敵まで数秒に満たない状況。署長の号令に全員が頼もしげに唱和し、彼等はアーチャーの御前に直径5センチ程度の『空気孔』から躍り出た。

 

 宝具、大黒天。

 

 大黒天と言えば、ヒンドゥー教から密教・仏教・神道と多くの流れを汲む神である。この宝具はそんな神の由来の逸品――俗に『打ち出の小槌』と呼ばれる富をもたらす象徴である。

 富、という曖昧な定義ではあるがキャスターはこれを『大きさ』にのみに限定し、特化させている。即ち、ここでいう打ち出の小槌はかの一寸法師を大きくした代物と同一である。さすがに対象の大きさを問答無用に変える力はないが、本人の承諾さえ得ればその大きさは自由自在である。

 大きくすることもあれば――小さくすることも、できる。

 これにより対アーチャー部隊はアーチャーと手数で上回るために、その身体を2センチ足らずにまで縮小させている。

 

 さすがの署長も巨人との戦闘経験があるわけもないが、そこは昨今のゲームを参考にシミュレーションを重ねている。まさかこの年でテレビゲームをするハメになるとは思いもしなかった署長であるが、それだけの価値はあった。

 

 アーチャーにとってこの通路は狭い棺桶だろうが、小さな二十八人の怪物(クラン・カラティン)には広いグラウンドも同然である。

 攻撃力が低くなるデメリットはあるが、こちらの攻撃の命中率とアーチャーが放つ宝具の回避率は通常時とは比べものにならない。同時に、その身体は例え目撃されようとも無視される可能性が高く、脅威度認定の錯誤と視認の難しさを期待できた。

 その期待通り、最大戦速で突入する彼等の存在にアーチャーが気付いた様子はない。アーチャーの背後に追従する原住民戦士らしき男達もまるで気付いてはいない。

 

 奇襲は成功だ。

 初手は確実に署長の手の中に――

 

「――■■■■?」

 

 そう思った瞬間、アーチャーが何かを呟いた。大きさが異なるため耳が捉える音は間延びしており、何を言っているのか理解できない。ただ、アーチャーの視線が、僅かに動いたのを署長は見逃さなかった。

 

 その視線の先には、二十八人の怪物(クラン・カラティン)がいる。

 

 何かを考える暇もなく、署長の目の前で、先陣を切って突撃したモスキート1の身体が左右に分かたれた。突如として目の前に現れた剣を避けることができず、加速のついた身体は壁を赤く汚すことになる。

 

 続いて突撃した残りの二十八人の怪物(クラン・カラティン)は何とかその剣を避けるが、突撃の速度もあって陣形の乱れは即座に戻らない。そして何より、出鼻を挫かれたという衝撃が各員の心に吹き荒れている。

 

 戦闘が、開始される。

 

 


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