Fate/strange fake Prototype 作:縦一乙
それは。
キャスターからすれば、出し惜しみしても意味のない情報の筈だった。
キャスターの誤算は、バーサーカーが知り得ていた情報をキャスターが知り得ていなかったこと。圧倒的とも言える情報差が裏目に出た瞬間だった。
これがバーサーカーからの質問であれば、キャスターはそこに違和感を持てたかもしれない。誤解を咀嚼し、逆手にとって、翻弄したことに疑いはない。嘘と真実を揃えて並べ売り飛ばすのが劇作家の真骨頂であり、そこにつけ込ませる隙などありはしない。あったとしても、それは罠だ。
バーサーカーの驚愕はキャスターにも通じている。いかに偽ろうともキャスターの目を誤魔化すことはできはしない。しかし何に驚愕しているのかについては、キャスターの目は節穴でしかなかった。
「なんだ、知らなかったのか? この偽りの聖杯戦争にセイバーのクラスは存在しないし、エクストラクラスも有り得ないらしいぜ」
わざと少しばかり論点をずらしたキャスターではあるが、当然バーサーカーはそんなことに驚いているわけではない。
最初に遭遇したサムライサーヴァント、宮本武蔵。
同じ場所で遭遇した気配遮断スキルを持ったアサシンとおぼしきサーヴァント。
この二人の英霊と遭遇した段階でバーサーカーは気付いてしかるべきだったのかもしれない。違和感を押さえ込み、偶然や勘違いと思い込んでバーサーカーは闇雲に……定石通りの行動をとってしまった。
定石通り――自らの間抜けに自殺したくなってくる。
これが『聖杯戦争』ではなく、『偽りの聖杯戦争』であることをようやく自覚する。
「キャスター」
「あん?」
少しばかり遠回りに
「なぜ私をライダーだと思った?」
「そりゃ……」
バーサーカーの言葉にキャスターは思考を巡らせる風を装うが、現段階で困るようなことがキャスターにあるわけもない。なにも全てについて赤裸々に話す必要はないが、キャスターの目的は外部協力者の確保にある。聖杯戦争の定石など彼にとっては保身くらいにしか意味はないのだ。
バーサーカーがキャスターの思考を読んだ通りに、キャスターの舌は滑らかだった。
「アサシンの消滅は知ってるよな。あの場にいたんだからよ」
「ああ。宮本武蔵は消滅した」
確認するように、バーサーカーはあえてアサシンとは言わず武蔵の名を強調する。既に多くの勢力が知っている事実だ。別段不自然なことではない。
「次にランサー、真名はギルガメッシュ叙事詩のエルキドゥ。これはつい先日うちの連中とやり合ってな。現在は西の森林地帯に居座っている」
手元のリモコンを操作して、モニターの一部をクローズアップすれば、確かに森林地帯の中にやたら人形めいた影が静かに立っている。カメラのアングルと木々の大きさから数キロ以上離れた場所からの撮影だと分かる。
「そんでアーチャー、第四次聖杯戦争最強を謳った英雄王ギルガメッシュだ。北を根城とする原住民をマスターとしている。そしてこれが、」
ピッ、と更にキャスターがリモコンを操作すれば、ビルが瓦解していく様子がモニターに映し出された。
「これが、少し前に繰り広げられたその英雄王とバーサーカーの映像だ」
巻き戻し、再生された映像は、一瞬にして実体化された巨大な多頭の怪物と、それを瞬殺する英雄王の姿が映し出されていた。
「この化け物が英霊――バーサーカーだと?」
「幼体ならともかく、こいつは誕生から長い年月が経過している成体のヒュドラだ。英霊の定義はともかく、聖杯クラスのシステムでもなけりゃそうそう簡単に召喚できるものでもないしな」
ふと、キャスターの言い方にバーサーカーは違和感を覚える。
この偽りの聖杯戦争に参加しながら、召喚方法を『聖杯』ではなく、『聖杯クラス』とキャスターは語る。
些細な違いだ。言葉の綾だと気にするほどのものではないが、今のバーサーカーにはそれだけで十分だった。
キャスターが同盟を結ぼうとしている裏の理由にも納得するというもの――なるほど、キャスターはこの『偽りの聖杯戦争』の真の姿を知っている。
そして――それだけなのだ。
他には何も知らない。
キャスターは盤上の駒でありながらプレイヤーを気取り、ゲームを眺めているつもりだろう。確かにここは安全な場所だ。盤上にありながら、盤上の駒に注意する必要はない。それだけに、プレイヤーの背後に忍び寄る者を予想だにしていない。
既にバーサーカーはキャスターの言葉を聞いていない。消去法だの、状況証拠だの、スキルだの、そんな的外れな推測など聞くに値しないし、時間の無駄だ。真実が中に混じっているかも知れないが、そんなことを一々確認するのも馬鹿らしい。
はあ、とため息をつきたくなる。
バーサーカーの予想によれば、彼の悲願たる己の正体を知るには想像以上に障害は多く、難度も高く、それでいて正解への道のりがあるのかすら分からない。
それでも、とバーサーカーはため息を吐いたその口で、笑みを浮かべ、むしろ高らかに宣言する。
「――いいだろう、キャスター!」
先とは一転して明るい表情のバーサーカーに、さすがのキャスターも怪訝な表情を浮かべる。
その豹変に多少眼を細めるが、劇作家たる彼の驚きはその程度だ。内心の動きを身体で表現することに長けていても、ただそれだけ。それが一体何を意味ししているのか、彼の目からは分からない。分かる筈もない。
故にキャスターのスタイルは変わらない。情報をバラ撒き、上手く誘導し、同盟を組み、動きを扇動し、傀儡に仕立て上げ、舞台の総仕上げに使い潰す。唯一の誤算というならば、キャスターはバーサーカーを見誤っていた。
元より彼は殺人鬼。自らの嗜好を優先し、損得を考えるような存在などではあり得ない。悪魔とでも契約した方がよっぽど御しやすいというのに、このキャスターはそんなことも知らずに同盟を申し出ている。
これは罠などではない。ミスなのだ。
「俺が言うのもなんだが、情報を引き出すだけ引き出して、反故にする選択肢もあるんだぜ?」
そんなバーサーカーの思惑を知ることなく、キャスターは白々しくも再度選択肢を与えてくれる。嬉しくて涙が出そうである。
「必要はない。私の目的にはかなりの修正が必要とわかったからな。キャスター、君と私は一心同体だ。君が持ちかけた同盟だ。今更異存などないだろう?」
脂塗れのキャスターの右手を先とは打って変わって積極的且つ無理矢理にバーサーカーは握り込む。握手と呼ぶにはいささか粗暴にすぎるが、それでもシェイクハンドに違いはない。
急なバーサーカーの変化にここにきてようやくキャスターの顔に露骨な疑問符が浮かぶ。その顔だけでもバーサーカーは十二分に満足である。そしてこの調子なら、もっとこの顔を拝めることになるだろう。
と、ここでタイミングよくバーサーカーの懐で短く振動が起こった。てっきり電波遮断施設かと思いきや、そうした対策まではしていなかったらしい。必要性がなかったということか。これも嬉しい収穫だ。
「なんだ、悪い知らせか?」
キャスターは他人ごとのように……それでいてバーサーカーの反応に興味津々といった様子で問うてくる。ポーカーフェイスを気取りたいところだが、それは少々難しかった。この携帯電話にかけてくる人間に心当たりは一人しかいないのだから。
「……便りがないのが良い知らせだったのだがね」
中身を確認してみると、案の定返答に困る内容だった。
一難去ってまた一難。これは一体どうしろというのだろうか。さすがは我がマスターである。魔力の供給がないので死んでいる可能性も高かったのだが、そうは問屋が卸さないらしい。どこかで仮死状態になってでもいたのだろうか。
「さてキャスター。同盟を組むにあたって要望と依頼がある」
「おいおい、次は俺の要求を聞いておく番じゃないのか?」
そこは笑って無視しておく。
何はともあれ、この二点を通しておかねば話が進むことはない。これ以上口を挟んでこないようにバーサーカーはさっさと要望を口にする。
「まず要望だが……私のことはジャック、と呼んでくれ。私のマスターもそう呼んでいる」
「ジャック?」
「ジョン・ドゥでも構わない。私をライダーと呼ばなければ」
元々切り裂きジャックという通り名にしても有り触れた名前というだけで付けられたものだ。真名には違いないが、マスターたるフラットがキャスターと後々遭遇したことを考えると非常に拙いことになるし、どちらかというと自分の正体がバーサーカーとばれることの方が問題である。
ライダーである誤解を解いてはいないが、誠意の証として真名を明かしたのだ。同盟関係としてはここが境界線だろう。
ちなみに
「いいぜ。これからはジャックと呼ぶことにする。それで、依頼とは?」
「ああ、それは簡単だ」
大きく頷いて依頼内容を切り出す。
古今東西、足元を見るのは交渉術の大原則だ。その大原則に則り、バーサーカーはキャスターに宝具と情報と金と時間、ついでにバックアップを依頼した。
おかげでバーサーカーは疑問符を浮かべるキャスターよりももっと珍しい、引きつった笑顔のキャスターを拝めることになる。
一抹の後悔を覚えた株主のようなキャスター、そして大海原に旅立つ船長のようなバーサーカーの顔はさながら大航海時代を彷彿とさせた。そしてリスクとリターンを考えればその関係は決して間違ってはいない。
キャスター&バーサーカー同盟が、ここに結成された瞬間である。