Fate/strange fake Prototype   作:縦一乙

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day.02-12 誘導

 

 

 キャスターの大言にバーサーカーは一抹の不安と念のための警戒をしつつ、言葉を探す。

 こうした展開は望む所であるが、当初の予定では顎剃りと呼ばれるウルグアイ軍式の非公式自白強要マニュアルを実行するつもりだったのである。

 理性的な殺人鬼は現代知識に基づく新たな手法を身につけるべく日夜努力するのである。

 

「……ではまず聞こうか。何故、私がこの場に来ることを知っていた?」

「そいつぁ違うな。逆だぜ。俺が、お前を呼んだんだ」

 

 ひとまずジャブとして問いかけたバーサーカーに、キャスターはストレートでカウンターを仕掛けてきた。そのもの言いにバーサーカーは不信感を露わにする。

 

「と言っても、俺が実際にやったのはあの宮本武蔵の退治にマスターが直接乗り込んでいこうとするのを止めただけだ。有象無象の魔術師を間引くのに丁度いい――と吹き込んでおいたが、俺の真意は別だ。あの場にいた他のサーヴァントを特定し、そしてこの場に――この俺の元へと呼び寄せたかった」

 

 その結果が今ここにある。

 

「貴様は予言者か何か?」

「その通りだ。俺は劇作家だからな」

 

 まるで劇作家が予言者のカテゴリに入るかの言い方だが、そうしたことに一々茶々を入れることはない。

 バーサーカーは時計を視界の隅で確認する。キャスターが時間稼ぎをしている可能性を考慮したが、事前に確認したタイムスケジュールではあと十五分は大丈夫である。それだけあるなら、バーサーカーの『保険』は十分に作用するだろう。

 

二十八人の怪物(クラン・カラティン)を投入しないと分かれば、マスターの選択肢はほとんど一つに限られてくる。この弾丸の魔力に覚えがあるだろう?」

 

 そういって床下に無造作に置かれたケースを机の上で開いてみせる。中にあったのはビニールで梱包された弾丸が一発。

 見覚えはないが、身に覚えはある。

 

「俺の能力は知っているな?」

「キャスター陣営について表面的なことについては概ね調べている。宝具を生み出す能力、と聞いているが、合っているか?」

「それはそれで違うんだがな。そいつは機会があればおいおい話してやるさ」

 

 バーサーカーの認識に少し不満げなキャスターであるが、今はこっちが重要と話を戻す。

 

「俺が昇華した宝具、その名も忠実なる七発の悪魔(ザミエル)。これはその試作品の一つだ」

「ザミエルと言えば……これはドイツ民話の?」

「話が早くて結構だ。こいつはドイツオペラの傑作『魔弾の射手』で作られた魔弾だ。もっとも、発見された当時は錆だらけで使い物にはならなかったがな」

 

 込められた魔力と呪いはそのままだが、中身はともかく外側はそうもいかなかったらしい。

 キャスターが手を掛けたのは中の魔力と呪いだけで、外側はその手の職人にそのまま任せている。ビニールで梱包されているということは中には酸化防止のための不活性ガスでも入っているのだろう。

 

 狙った獲物は例え物陰に隠れようとも外さない必中伝説。

 ただし、伝説の魔弾には七発中一発は射手ではなく悪魔の狙う場所に当たる致命的な呪いがあった。いかに強力であろうと、その呪いは聖杯戦争においても致命的になりかねぬ危ういものだ。

 

「もちろんそのままじゃ使えねぇ。だから弾丸にはサーヴァントや宝具といった高い魔力を持ったものだけに当たるよう目隠しを施しておいた」

 

 射手が狙いを付けなければ、標的があるわけもない。必然的に忠実なる七発の悪魔(ザミエル)は射程内にあるターゲットをランダムで狙撃するロシアンルーレットのような宝具へと昇華してしまった。

 使用前に射程内から友軍を追い出せば、必然的に敵の誰かに当たるという寸法である。二十八人の怪物(クラン・カラティン)という数の利と連携があるからこそ使える宝具だ。

 

 そこまでであれば、武蔵の助言を得てバーサーカーも辿り着くことができていた。

 いつどこから狙われるか分からぬ必中の宝具。事前に知り得ていても心休まることもないだろうし、知らねば武蔵のように不意を突かれて消滅するのみ。

 

 よく考えられている――と言いたいところだが、この宝具の真の意図は全く別のところにある。ただ必中というだけの宝具であれば、バーサーカーのような宝具を持っていれば何の脅威にもなりはしない。

 バーサーカーがマスターたるフラットの行方を差し置いても優先してキャスターを捜さねばならなくなった理由は必中の呪いとは別にある。

 

 ことり、とキャスターは次なる品を机の上に出す。

 水筒サイズのボトルではあるが、中に入っているのは何らかの粉末のようである。

 

「二〇〇年に渡って遺体が埋葬された墳墓の塵や不凋花、木蔦の葉を用いて製作した粉でな。そこに俺がちょこちょこっとブーストをかけたものだ」

 

 ハハハハとアメリカ人のように笑うキャスターを思わず殴りたくなる。

 俗に、このアイテムの名を《イブン=ガズイの粉末》という。かの有名なネクロノミコン断章にも伝えられる、霊を物質化させる霊薬だ。珍しくはあるが、現在でも入手可能なありきたりな呪具である。当然、サーヴァントにかければ霊体化は拒絶され、実体化を強制されることになる。

 

「俺達についてについて少し調べたんなら分かるだろうが、戦争初期段階での二十八人の怪物(クラン・カラティン)の活動はこの粉末をサーヴァントに振りかけ、実体化させることにある。霊体化してカメラに映らないままだと、いかに警察の監視網があるとはいえ無意味だからな」

 

 そのために忠実なる七発の悪魔(ザミエル)は着弾と同時に周囲に四散するよう調整されている。バーサーカーは見事にそれに引っかかった形である。保険を用意していなければ詰んでいてもおかしくなかった。

 

 霊体化できないということは、ただそれだけで圧倒的に不利となる。

 特にバーサーカーは奇策を用いた搦め手こそ真価を発揮する英霊である。サーヴァントにとって当然である霊体化も彼にとっては切り札にも等しい。そのアドバンテージを失ったとなると早急にその対処策を練らねばならなかった。

 

「それで、こいつの解除方法は?」

 

 あらゆる可能性の写し身として、バーサーカーにも魔術師の知識はある。だが、彼の知っているこの霊薬の効果は短時間だった筈。にも拘わらず、すでに丸二日以上経過した今もって彼の実体化は解除されていない。

 

「無理無理。サーヴァントの霊体と上手く交じるように特別に調合してるからな。魔力を持っていればいるほど長時間実体化するぜ。サーヴァントくらいになるとたぶん消滅ぎりぎりまで実体化する感じだな。下級霊に実験したら二日間は怨霊からゾンビにジョブチェンジしてた」

 

 そしてサーヴァントに対する実験はキャスター本人に行われている。マスターとの信頼関係がどうなっているのかよくわかる実験である。

 

 聞くだけ聞いてみたが、やはり無駄であった。

 苦虫を噛み潰したような顔をしてみるが、その実この情報はバーサーカーには吉報ともいえた。この状況はバーサーカーにとって決して悪いだけの話ではないのだが、そんなことをわざわざキャスターにばらす必要もあるまい。

 

「あとは……そうだな、この資料を見てくれ」

 

 もう予め用意していたとしか思えぬ手際の良さを鑑みるに、キャスターは本気でここにサーヴァントが来ることを確信していたのだろう。

 

「魔術師百五十六名に対して確認できた死者は四名、逮捕者四十二名、逃亡者三〇名、そして行方不明者七十八名……これが一体何を意味しているか分かるか?」

「あの市街地戦への参加者、か?」

「まあその通りだ。警察ってのは探偵と違って地道な捜査が基本でね。街中のカメラから画像データを引っ張り出して一人一人丹念に検証してたわけだ」

 

 キャスターの言葉にバーサーカーは嘘だと断じた。

 いかに警察機構の捜査能力が凄いとはいっても、仕事がいささか早すぎる。情報量が莫大なのだ。現代社会にあってもその解析には不眠不休でも数日はかかる。

 資料に目を通してみれば、内の何名かはあの現場で見かけた記憶もある。偽情報と疑うのは簡単だが、この精度の情報を人数分用意するだけでも相当な労力を必要とするだろう。

 

 それでも、バーサーカーは、この資料が本物であると判じた。

 本物であれば作る必要性はあるが、偽物を作る必要性は低い。「地道な調査」には懐疑的であるが、「地道でない調査」ができる何か裏技めいた監視網でも別途構築されている可能性が高い。

 バーサーカーの行動が読まれていたのも、そうしたところが関係しているのだろうか。

 

 そんなバーサーカーの思惑に気付く様子もなく、キャスターは二枚の写真を更に差し出してくる。一人は見覚えのない目つきの悪い男。そしてもう一人は見覚えはない……が、これもまた身に覚えはある。

 

「戦場に入った人間の顔は過去一ヶ月に遡って全てチェックされている。だというのに、出てきた者の中に二人ほどチェックされていない者がいた」

「………」

「この内どちらか、もしくは両方がサーヴァントの可能性が高いと睨んだわけだ。現場検証の結果両者とも《イブン=ガズイの粉末》を浴びており、写真の骨格鑑定から変身もしくはそれに類する能力を持っていることも判明」

「そこまで言うのなら、私がここに来るまでのヒントは全てお前の差し金というわけか?」

「いいや? 先も言ったが、俺がしたのは忠実なる七発の悪魔(ザミエル)を使わせるようマスターを誘導しただけだ。必要ならヒントも出しただろうが、その必要もなかったみたいだしな」

 

 ここまで来られたのはお前が優秀だからだ、と賞賛し喝采までするキャスターではあるが、気分は釈迦の手のひらで小便をする小猿と大差ない。

 

 事実、バーサーカーはあの戦場での違和感から調査を開始し、その後の魔術師の大量確保という普通ではあり得ない事態から警察組織が怪しいと睨んでここに辿り着いた。だが忠実なる七発の悪魔(ザミエル)という特殊な宝具を使われていなければ早期の段階で下手をうち逆に二十八人の怪物(クラン・カラティン)側に補足されていたに違いない。

 

 実体化の不便を感じつつも変身能力を駆使して警察内部へと侵入し、資料を漁り、不自然な改竄から内部情報を掴む。なまじ不正行為をしている「お巡りさん」が多いだけに二十八人の怪物(クラン・カラティン)に辿り着くまで無駄な時間を浪費してしまった。

 

「あとお前さん、二課のパソコンをいじっていただろう? あれがあったからそろそろ来るだろうと思ってたんだ」

「……」

 

 資料を漁った結果、どうみても非合法くさい情報が本文から抜け落ちていた。リムーバブルメディアか何かに入れて作業していたのだろうが、専用ユーティリティを使ってゴミ箱のファイルを全修復してまで情報を漁ったが、あいにくと不正の証拠は見つかれど二十八人の怪物(クラン・カラティン)への手がかりはそこにはなかった。

 

「少しばかり騒ぎにはなりかけたが、そこはフォローしといたぜ。たぶんマスターにも気付かれてねえよ」

「幻滅したかね?」

 

 いかに優れたスキルをもったサーヴァントといえど、過去の人間であることには違いない。最新技術をいじれるほうが異常なのだ。ミスがない方がおかしい。

 

「いや、ますます気に入ったぜ」

 

 キャスターの言葉は嘘っぽくとも、その語気は本気だった。

 控え目に言ってもこの同盟は魅力的であろう。バーサーカー単騎でこの聖杯戦争を勝ち残るのは至難であり、根本の戦力からいって戦術以上の戦略が求められる。

 だがこの同盟は明らかに一方的だ。いかに下手に出ようとも情報を制するキャスターの上位は揺るがない。キャスターはバーサーカーのちょっとしたミスをいつの間にか処理してみせる手段を持っているのだ。

 

 キャスターは手足がないからバーサーカーを欲したのではない。思い通りに動く手足を今以上に増やしたいだけなのである。

 今この場でキャスターを殺すのは簡単でも、同盟後にキャスターを殺せる可能性はゼロに等しいだろう。それだけの情報力の差が両者にはある。

 

 半ば諦めにも似た気持ちでバーサーカーは次の手を考えようと――した。

 何かもっと別の優位となり得る情報を知りたい、がそんなことは不可能だろうと、バーサーカーは諦めかけていた。そんな想いが天に通じたのか、はたまた無駄に高いバーサーカーのラック判定によるものか。次のキャスターの言葉にバーサーカーは我が耳を疑った。

 

「いやいや、俺は本気でお前さんでよかったと思ってるんだぜ? 傲慢なアーチャー、交渉余地なしのランサー、引っかき回して消滅したアサシン、瞬殺されたバーサーカー。組みするなら、もう一人しかいないだろう――」

 

「なぁ、『ライダー』?」

 

 


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