Fate/strange fake Prototype 作:縦一乙
この聖杯戦争に於いてアーチャーが本気であることを、ティーネ・チェルクは正直あまり信じてはいなかった。
こと準備にかけてティーネ率いる原住民達は万難を排していた。
何せ故郷を取り戻すためであるなら
調査期間だけでも十余年。その間に時計塔をはじめとする各魔術機関には間者を放ち暗躍し、
令呪が真に戦争を望むティーネ達原住民の者に宿らなかったのは誤算ではあったが、他のマスターから早々に奪い取ることに成功したのも、かつての聖杯戦争から情報を仕入れていたおかげである。
故に、英雄王ギルガメッシュについても、ティーネはかなり詳細に知っていた。
第四次、そして第五次聖杯戦争における圧倒的強さと――その慢心と傲慢さも。結局最終局面まで勝ち残りながら聖杯を手に入れられなかった理由は、その欠点のせいであることは間違いない。
だからであろうか。ティーネは今この瞬間まで、この黄金のサーヴァントを正しく誤解していた。彼は気の向くままに戦い、飽きればやめるし、面白ければ放り捨てることも厭わない。そんなサーヴァントのやる気とやらが一体どれほどのものか、ティーネが見誤るのも無理はなかろう。
――スノーフィールドの夜に、その一撃は突然に放たれた。
一撃、というのは語弊があるだろうか。蔵が開け放たれた回数から言えば確かにそれは一撃だ。だがそこから飛び出してきた宝具の数は尋常ではなかった。
普段であれば必要に応じてせいぜい二〇も解き放てば多い方。それがこの場にあっては一〇〇を軽く超えていた。これだけの数の宝具が雨霰と一瞬のうちに蔵から放たれ消費し尽くされた。
効率、などという殊勝なものはそこにはない。
単純に数を足し算しただけの威力を追い求めた絨毯爆撃。互いに威力を相殺してしまったせいで、放った宝具の半数は壊れてもう使用することはできないだろう。
普段であれば英雄王とてこのような浪費をするわけもない。放てば回収するし、無闇に壊すような真似もしない。かつて海魔相手に宝剣宝槍四挺を消費したことはあるが、今日の相手は海魔などとはっきりしたモノではない。
何せ、隣にいるティーネ自身も何が出てきたのか分からないのだから。
「――あの、王?」
「なんだ?」
おずおずと口を開くティーネに、アーチャーは特に厭う様子もなく気軽に応じてみせる。どことなく機嫌が良いようにも思える。
この英雄王がティーネが思っているよりも本気であることは理解した。油断もしない、慢心もしない、惜しむべき財はここにはなく、手加減などもっての外。
しかし、だからと言って……
「せめて、相手を確認をしてから攻撃しても良かったのではないでしょうか?」
ティーネがそう口にするのももっともな話だった。
アーチャーとティーネは夜の散策に出向いている。主に裏町などの人通りが少なく死角が多い場所をあえて選び、人通りが少しでもある場所は最初から除外してある。
何せ英雄王の目的は魔術師らを影で捕食するような外道のサーヴァント(仮)である。少なくとも正々堂々と正面切って戦うタイプでない以上、圧倒的能力を持つアーチャーでは餌としてはかなり危険すぎる。敵にとって有利な地形で英雄王の弱点である無防備なマスターを同伴させねば、出てくる者も出てくるまい。
こんなあからさまな罠に果たして引っかかるのだろうか、と危惧していたティーネであるが、それは杞憂であった。
暗い薄闇の中で二人を待ち受けていたのは背後からの奇襲。その圧倒的な気配は生粋の戦士でもないティーネであっても、はっきりと認識させられるものだった。
いくら奇襲を用心していたとしても、相手に先制のアドバンテージがあることに変わりはない。気配がしたと言うことは既に相手は攻撃態勢にあるということであり、悠長に振り返っている余裕すらない。
だから、アーチャーは振り返ることなく
襲撃者にとって不幸だったのは、アーチャーは点と線による攻撃よりも面による制圧攻撃が得意なサーヴァントだったことである。一振りの剣や槍を得物とするサーヴァントであればここは防御か回避を取ることだろうが、無限に近い財を持つ英雄王にその選択肢はあり得ない。
まさか避ける隙間もない物量攻撃が奇襲に先んじて来ようとは思うまい。おかげで面制圧された一帯は完全に瓦礫の山と化し、遠くにあるビルですら余波を受けて今にも崩れそうである。
例え襲撃者がサーヴァントであろうとも、これで生き残れと言うのは少々酷であろう。これではあまりに英霊という存在に対して申しわけなさ過ぎる。
「王の謁見には然るべき手順というものがある」
「直訴しに来た、という風には見えませんが」
「尚のことだ。我の後ろに無断で立てばどうなるか、思い知らせてやる必要がある」
フハハハハ、とスナイパーならぬアーチャーは笑い声を上げるが、庶民の娯楽を嗜まないティーネには何が可笑しいのか分からない。
機嫌の良いアーチャーに代わってティーネは周囲に目を凝らした。電灯もアーチャーによって壊されていたが、幸いにして夜目は利くので周囲を軽く窺う分には差し障りはない。
周囲一帯が壊滅したような一撃である。これでまだ敵が潜んでいるなどとは思わない。あると思うのは、まだ残っているかも知れないサーヴァントの残滓である。せめてクラスを特定できれば今後の戦略も変わってくる。
あまり期待することなく、ティーネは周囲を見回し、ある一点でその視線が止まる。
「……これは?」
そう言ってティーネが近づき手にとったモノは、今まさに砂と化して消え逝こうとしている魔力の欠片であった。
手に取った瞬間に半分以上は即座に光となって消え去ったが、残りの半分は数秒であっても今しばらく世界に留まっていた。死した後、矛盾を嫌う世界から粛正を受けて尚この圧倒的な存在感。触れた瞬間に何か得体のしれぬ寒気が身体を突き抜けるほど。
これで襲撃者がサーヴァントであったことは確定したわけだが……。
「何を見つけた?」
ティーネの声に、アーチャーが問いかける。
この距離なのだから近くによって一目見れば済むというのに、アーチャーはその場を動かない。そのことを軽く疑問に思いながら、ティーネは言葉を探す。
「いえ、それが……」
ティーネが答えを濁すのも当然。世の人々はそれを指して何と答えるのか、専門家でなくとも答えは出る。実際に手にとった感触からも、ティーネは同様の解答を得ている。
「おそらく……爬虫類の尾かと」
人はそれをトカゲの尻尾と呼ぶ。
だがこの場合、比喩としてのトカゲの尻尾とは無縁だろう。恐らく無事であったのは尻尾だけで、本体が助かっているなど有り得ない。
「わずかではありますが、確かに少し動いておりました」
件の襲撃者がサーヴァントであることは確定である。そして、尻尾が動いていたということは尻尾は飾りなどではなく、サーヴァントの一部であるということだ。蛇の尾を持つ英霊は世界中に見られるので、そう珍しいものではないかもしれない。
「なるほど。俄然、面白くなってきたではないか」
ティーネの言葉にアーチャーは思い当たる節があるのか、その顔には子供のような笑みがある。思い当たる節がないティーネとしては、一体何が面白くなってきたのかさっぱり分からない。
面倒事が増えたことだけは、確かである。
「良いことを教えてやろう」
と、アーチャーはティーネの疑問に気付きながらも答えることもなく、自らが作り出した瓦礫の山を指し示した。
「今宵の我は油断なぞしてはおらんぞ?」
言って、先にも増して笑いながら英雄王の姿は消えてなくなった。それ以上の言葉は不要ということなのだろう。となると、答え合わせをするつもりもないらしい。
指し示された瓦礫の山を見るも、ティーネでなくとも何が言いたかったのか咄嗟に分かるわけもない。圧倒的な物量を持って行われた、圧倒的な破壊がそこにある。他のサーヴァントであっても、これほどの破壊を行える者はそうそういるわけがない。
「……どういう意味でしょうか?」
アーチャーに問いに首を傾げるティーネではあったが、肝心のアーチャーは霊体化してさっさとどこかへ行ってしまった。恐らくは悩むティーネを遠巻きに眺め見ながら愉しむつもりなのだろう。
王の機嫌が取れるのならそれもまた構わないのだが、あいにくといい加減この場に留まるわけにもいかないのである。餌となるサーヴァントが消えてしまった以上、今夜の散策はこれで終了だ。
「王には申しわけありませんが、その問いに悩む姿は後ほどたっぷり見せますので」
今夜はこれで失礼します、と誰ともなく断りを入れてから、ティーネは振り返ることなく足早に現場を後にする。
この場を入念に調査すれば何か出るかも知れないが、ここまで大事になった以上それは望めまい。
「官憲が立ち入る前にさっさと帰ることにしましょう」
そう誰ともなしに呟く。
できれば戦争開始前に行政内に影響力を持たせておきたかったのだが、それはやはり難しかった。
原住民はテロリスト、という認識が彼らの中にあったのか、上手く取り入ることができなかったのである。おかげでこんな夜間に一人でいるところを警察官に見つかれば、ティーネの補導は確実である。そんな恥ずかしい真似だけはさすがに回避したい。
サーヴァントが一人減った。その事実に少しばかり気を楽にしながら、少女は警察官相手の隠れんぼに身を投じることになった。