Fate/strange fake Prototype   作:縦一乙

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day.final-20 人の手

 

 

 頭上に突如として現れた脅威に、さしもの最終英雄も平時ではいられないとみた。

 

 通常であれば、何の脅威にもなりはしない。如何に巨大なバオバブの木とはいえ、枝葉の隙間はいくらでもある。直撃さえせねば――直撃したところでどうということでもない。カルキにしてみれば少し大きめのアスレチック程度に過ぎない。しかも力任せに打ち砕くことだって可能なのだ。

 

 だが、その枝葉が自在に動きカルキを狙うとすれば、これは無視できぬ脅威と化す。

 巨大な幹が地面に落ちるより先に、鋭い枝葉が突如と伸びて四方八方から最終英雄を捕食しようとする。一本の巨大な枝から分裂して襲いかかる小枝は、軽く数十本。しかもその小枝はさらに分裂を繰り返し槍衾と化してくる。

 

「■■■」

 

 上方から360度狙われる攻撃に最終英雄はまずは救世剣を解き放ち窮地を脱するが、それで屠ることができたのは枝葉のたった二割程度。本気を出して救世剣を横薙ぎにすれば半分以上消滅できた計算だが、そうもいかない。蛇のようにしなって救世剣の光条を妖枝が避けたのも仕留めきれなかった理由であるが、それより何より、敵は上方だけにはいなかった。

 

 地面が震動し暴れのたうつ。繰丘椿に癒やされた筈の大地には無数の罅が縦横無尽に誕生し、溝となってその原因を露呈させた。

 噴火の如き爆発。地の底から現れ出でたのは、最強最悪を謳うバオバブの木の根。スノーフィールド全域に生やした星をも砕き割る根が蛸の足のように蠕動し猛威を振るった。その巨大さ故に枝葉より幾分鈍重とはいえ、その危険度は比べものにならない。

 

 さしもの最終英雄も救世剣を満足に振り回すだけの足場がなければ照準もままならなかったらしい。その足場が触手のように襲いかかってくるとすれば、尚更。中途半端に放射した救世剣を一度は収め、まずは回避に専念する。

 

 巨大な幹を四方に伸ばし檻のように地面に突き刺すことで落下はひとまず停止し、上下から一斉に襲いかかるバオバブの木。

 幾多の攻撃によってカルキから剥離した魔群も枝葉が即座に捕食してみせる。二十八人の怪物(クラン・カラティン)王の軍勢(アイオニオン・ヘタイロイ)の手からも逃げ切った魔群すらも、複雑にねじ曲がった根が大地を割って現れ容赦なく絡め取っていく。それこそ、短時間で怪獣と見紛うまでに成長した個体から、羽虫サイズで増殖分裂を繰り返す群体まで、全て、悉く、容赦なく。

 

 このバオバブの木はかつて南部砂漠地帯で展開された茨姫(スリーピングビューティー)の上位互換として設計されてある。

 木を切断することで発動から展開までの時間を極力減らし、莫大な魔力を背景に活動を活発化。漠然と血を欲する群体ではなく、最終英雄個人を意識的に狙う個体によって形成。

 花咲爺さん(シロ)により銀狼とバオバブの木を融合させたことで、木の隅々にまで意思を連続させている。これなら多少切断されたところでその活動に影響はない。弱点となる霊核がないため木全体をまるごと一気に消失させない限り、活動は永遠に続くことになる。

 

 同じく量を頼みとするライダーは無差別広範囲攻撃で何とかなったが、バオバブの木は小枝でさえ濃厚な魔力の流れを感じられるほど力強く、生半な攻撃は通じない。自爆覚悟の同じ手は通じないのである。

 

 ここは既にバオバブの木の結界だ。これに捕らわれている限りバオバブの木は永遠に目標を追いかけるだろうし、一帯の空間そのものを枝葉で覆い尽くすのも時間の問題だろう。

 およそ、最終英雄には最悪の相手だろう。

 だからこそ、最善の一手は逃げるのみ。

 相手がバオバブの木単体なら即座に逃げられる可能性はあった。だが彼が戦っていたのは、バオバブの木というぱっと出の怪物なのではない。

 

「逃がさないっ!!!」

 

 アサシンの猛攻がカルキに逃げる暇を与えない。

 根が大きく蠢いたことで両者の間は大きく開いたが、それも一時のこと。アサシンはアーチャーが投射した糸の宝具を器用に枝葉に絡ませ、重力を無視するかのように自在に動き回りカルキを翻弄する。正体に気付けば救世剣で糸は両断するが、カルキが一手対処する間にアサシンは二手先を行く。

 

 伸びた枝葉の影に隠れ、宝具を回収しつつ反撃する。

 アーチャーからの援護はもう期待できない。伸びた枝葉はカルキの逃げ道を確かに塞ぐが、同時に宝具の射線も隠してしまった。となれば、幹や枝に突き刺さったまま残された宝具を頼るしかない。

 

 隠れた葉越しに右手の細剣が光の速度で腿を貫き縫い付ける。左手の曲刀が死角より胸を穿つ。挙動が遅れたところで背後から再接近、口に含んだ笛に息を吹き込めれば音の渦が生まれて石化の呪いが発現する。

 

「■■■■ッ!」

 

 アサシンの度重なる攻撃に苛立ったのか、振り返ると同時に救世剣が唸りを上げて横に凪ぐ。

 アサシンは怯まない。腰を屈め上体を低くすると同時に、疾走を開始。

 カルキの技量とほんの五メートル程度の距離なら、アサシンの身体は次の瞬間には二つに分かれているところ。しかしアサシンと救世剣の間に妖枝が割って入る。救世剣の前では紙切れ同然であろうが、その紙切れも瞬時に数十も寄り集まれば時間も稼げる。

 

 先端に宝具らしき短剣が刺さったままの妖枝がアサシンの傍らへと伸びていた。躊躇なく短剣を引き抜つと同時に足元の枝が急成長してアサシンをカタパルトのように射出する。

 彼我の距離を一瞬にしてゼロになる。カルキから見れば、一瞬でアサシンが消えたように見えたことだろう。

 頭部と肩が一体となったようなカルキの首に容赦なく突き立てた。

 が、

 

「……浅いっ!」

 

 宝具の発動が一瞬間に合わなかった。血を欲する吸血の短剣はその効力を発揮する前にカルキの硬質な肌に阻まれる。動きを阻害するなら手足の方が良かったか。後悔してももう遅い。

 皮一枚を傷つけただけで短剣は己が魔力を失い砂となって消え、同時に救世剣が寄り集まった妖枝を切り裂いてアサシンを追う。転げて回避するが、一拍タイミングを遅らせてやって来たカルキの蹴りがアサシンの腹を強かに突いた。

 

 ぐぎん、と異様な音が体内から響き渡った。

 臓腑が鉄と化しているイメージ。精神の変質は身体にも影響を与える。実際に鉄になっているわけではないだろうが、強度は多少上がっていたらしい。蹴りで身体が千切れることもなければ、動けぬこともない。

 

 椿による瞬間回復がない。彼女の限界に多少心配もするが、アサシンは自分の心配はしなかった。

 痛覚なんて当たり前の感覚は精神変容の過程でとっくに見失っている。今までだって散々無茶な機動をしてきたが、千切れてさえいなければなんとなかなる。そしてまだ五体満足である。

 

 まだ、戦える。

 柔らかな葉が瞬時に生い茂りアサシンの身体を受け止めてくれたおかげで、無様ながらに着地には成功。都合の良いことに着地点には泥に汚れた槍の宝具が用意されてあった。アーチャー以上に繊細な援護に喜んで手を伸ばすが――いや、これは駄目だ。自分の手に余ってしまう。扱いきれない。

 この一瞬一秒を争う時に選り好みする余裕はないが、できないものはできない。

 

 ならば、と次を探して視線を走らせるが――すぐさま茂みの中へ飛び込み全力で転がった。距離を取りカルキに一瞬とはいえ時間を与えたのが悪かったか。カルキが救世剣を構えて何をするのか、言われずとも分かるだろう。

 

 ざわりと、うなじを撫でていく冷たい感覚。頭上を救世剣の光条が通過する気配を感じる。

 熱くもなく、冷たくもない。気流さえも乱さぬ消滅の光条は、周辺環境の間接変化だけで気付けるものではない。とはいえ、絶対的な死の感覚は分かり難いがために分かり易い。特に今はバオバブの木で周囲が満たされた状態だ。濃密な生の気配の中でぽっかりと虚無の空間が拡がれば、嫌が応にも理解できる。

 

 背筋の凍る一撃をなんとかやり過ごすことには成功した。先んじて発射体制を確認できたのが幸運だった。生い茂った葉で身体が隠されていなければ、確実に救世剣の餌食になっていただろう。

 

 光条はアサシンの頭上をギリギリ通り過ぎていた。言葉通り間一髪助かったというところか。後を振り返れば、壊滅しながらもスノーフィールドの街並みが見てとれた。すぐに再構築するだろうが、その射線上は明らかに防御が薄い。

 脱出路が形成されていた。

 

「マズいぜ! 逃げられちまう!」

 

 どこからか高みの見物を気取っていた劇作家の声が聞こえたような気もするが、そんなことは分かりきっている。そんなことで注意喚起でもしているつもりなら囮の一つにでもなって欲しい。

 

 東洋人の令呪による召喚は自由度が高い代わりに召喚時間が短いと聞く。せっかくの短い命を有効利用したと思えば安いものだろう。救世剣に二度も殺されたと聞けばきっと『座』でも自慢できるだろう。

 などと益体もないことを考え立ち上がろうとするが、

 

「……こんな時に」

 

 幸運はそこまで続かない。

 光条を放ち終えた最終英雄が悠然と歩みを開始する。アサシンは丁度進行方向の途上に倒れている形だ。先と似たような状況に陥っているが、あの時はアーチャーの援護があり、そして今はバオバブの木の援護がある。

 

 決定的な違いは、あの時にあった足が今はないということだろう。

 

 足元を目視で確認してみれば、救世剣の一撃に巻き込まれたのか右足がそっくりそのまま消失し、左足も膝から下がない。右手も見れば、薬指と小指が失われ骨が露出し血が滴り落ちていた。サーヴァントにとって必ずしも致命傷ではないが、マスターもいなければ魔力もない状態で回復する術をアサシンは知らない。

 

 千切れぬ限り無理も無茶もするが、千切れてしまってはそれもできない。

 脱出せんと足掻くカルキに容赦なく妖枝が伸びて巻き付くが、やはり動きを止めるには一手足らない。最終英雄は苦もなく妖枝を引きちぎり、太い根を撫で斬りにし、悠然と出口へと向かい――アサシンの元へとあっさり辿り着いてしまう。

 

 迫る重戦車を前にした気分であるが、その逆境がアサシンの腹を決めさせた。

 逃げるどころか碌にこの場を動くことも不可能。自身の魔力もなければ有効な宝具も近くには見当たらない。もちろん、カルキが無視して素通りする可能性もあるが、ここまで散々邪魔してきたアサシンをこのまま放置することはあるまい。よしんば無視をしたとしても、進路上にいれば踏みつぶされるのがオチだ。ここでアサシンが生き延びるという選択肢はどう考えてもないのである。

 

 悪足掻きを選択したというのに、今ある選択肢には碌なモノがなかった。

 だから、アサシンは無駄と承知で左手を前に出した。

 本来であれば、これは選択肢にすらならない選択肢。早々に投棄して身軽になるべきだったのだろうが、何故かこの手に掴んだまま離していなかった。捨てようと捨てまいと同じ結果になっていたことを考えれば、まだマシな選択肢であったのかもしれない。弾が入っていない銃であっても牽制くらいできるのだ。最終英雄だってもしかしたら、もしかするかもしれない。

 

 アサシンの左手には、泥に汚れた長槍の宝具がある。

 あまりに長大で、明らかにアサシンの体格と合っていない。仮に万全の状態であったとしても扱いにくいこと間違いない。

 いや、そうでなくともこの宝具はアサシンという器で発揮することはできないように鋳造されている。選定の剣と同様に、選ばれた者でなければ扱えない――もっと簡単に言えば、この宝具は人という枠組みにあっては扱えないのだ。

 

 かの宝具を扱う為だけに、キャスターは偽神認証宝具《フリズスキャルヴ》を造ったのである。

 この宝具を扱うのに求められるのは、ただ一つ。

 強大な神性のみ。

 

 対神宝具、大神宣言(グングニル)

 

 神ならざる人の手により、神槍が最終英雄に突きつけられる。

 

 


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