Fate/strange fake Prototype 作:縦一乙
そこは地獄の釜の底だった。
右も地獄、左も地獄。それも灼熱の類。
丁寧に計算され激しく形成された地上の煉獄。逆巻く嵐は破滅の調べを大気に穿ち、闇色に蠢く炎は盤石な大地すら紫電へと変換する。天魔波旬の悉くを焼夷せしめ、藍碧の空は凍り堕ちたる。
これは
そんな遠くスノーフィールドの光景を、大統領は執務室で寛ぎながら眺め見る。自らの手によって顕現させたものであるが、モニターひとつ挟むだけでこうも現実性が失われていくのは何故だろう。
「――よくもまあ、こんな代物を投入できましたね」
どう頑張っても大統領のモニターを覗き込める位置にいないというのに、アインツベルンのホムンクルスは呆れたように感心する。もしくは、混乱を隠そうと努力していた。
こんな切り札を準備したことでさえ信じられない。まして、大統領という責任ある立場の人間がこの意味を理解していないとは思えなかった。
「驚いたかね?」
大統領の声にアインツベルンは応えない。手にしたカップも、宙に固定したかのように動くことはない。
その様子に大統領は一人満足する。
現在、大統領は繰丘椿(偽)と最終英雄との戦いに割って入り、自らの持てる力をフルに使って最終英雄に攻撃を仕掛けていた。
スノーフィールド外からの極超長距離精密飽和攻撃。
スノーフィールドより300キロの彼方より最終英雄を狙うのは、偽りの聖杯戦争ではついに日の目を見ることのなかった
地平線の盾を利用した徹底的なアウトレンジ戦法をほぼ360度全方位から展開。初速2500メートル毎秒で15キロの砲弾を絶え間なく撃ち続けている。
投入されている砲弾も特別製。星からのバックアップをもつカルキは、この星にて産み落とされた存在に対して強い耐性を保持している。この星で育まれた英雄も、この星に鍛えられた宝具も、最終英雄を前にはその力を十分に生かせない。
真祖を始めとした他の『星の触覚』のデータはファルデウスら諜報機関によって集積済みである。つまりは、メイドイン地球でなければ多少なりとも有効打となりうるわけである。
「
残念、と同情を求める大統領であるが、そんなもので誤魔化せるほどアインツベルンは甘くない。
宇宙産の材料を使っただけではない。
宇宙産の恐怖を使ってもいるのだ。
しかも、かの力は聖杯戦争において
現地で戦う繰丘椿(偽)ならば、ナパームの炎に混じり漏れ出た水妖の神気に肌を粟立たせているに違いない。
「――おいそれと手を出して良い物でなければ、おいそれと使っていいものですらありませんよ」
「邪教の知識も持ち合わせているとは、さすがはアインツベルン。
そうとも。あれこそが、第四次聖杯戦争最悪の出し物、
人知の及ばぬ魔導書を大量生産したと、大統領はさらりと言ってのけた。
武具に呪を刻むのは魔術を解する者であれは基本とすることである。魔力を上乗せし、属性を付与し、威力を底上げしてみせる。ルーン文字が何故あれだけ発展したのか今更語るまでもないだろう。
しかして、ここでネックとなるのは武具の面積の問題でもあった。限られた面積に刻める量には限界がある。刻む内容も多ければ良いという単純なものでもない。それが故に魔術師はより効率よく内容を吟味して呪を刻んでいくのである。
そうした魔術師のたゆまぬ研鑽を、大統領は踏みにじる。
魔導書の中身は二進法表記で全て余さず砲弾に刻み込まれている。
それでも魔導書として情報密度がこれほど濃ければ、砲弾着弾による壊れた
如何に最終英雄といえども、これを喰らって無事で済む筈がない。
「読者の理解、いや、読者そのものを必要とすることなく、魔導書は魔導書として機能する。形はなんであれ魔導書として機能するのであれば、こうした使い方だってありではないかね?」
「正気の沙汰とは思えぬ所業ですね」
「世界の危機に何を悠長なことを。非常の手段を非常時に用いずしていつ使う?」
アインツベルンの指摘に大統領は不敵に笑ってみせる。
極論、この魔導書砲弾の大量生産は世界を危険に陥れかねない『猛毒』である。特に星辰の彼方に魔術基盤があるこれらの魔導書は、地球という狭い範囲で知識が広まった所で効果が減衰しにくい。むしろ乱用することで汚染範囲が広がれば、威力が上がることすら考えられるだろう。
今後のことを一切考えねば、これは良い手であろう。
今後のことを少しでも考えれば、これほどの悪手もない。
「安心したまえよ。すでにあれの生産工場は抑止力の出現によって地上から姿を消している。この星はあれらの危険性を十分に認識しているさ」
「抑止力コントロール実験とかいう名目で行ったあれですか。これで抑止力を呼び込む算段でも――」
心配しているようなことにはならない、という大統領の言葉にひとまずアインツベルンは安堵していた。計画はこれで終わりではないし、これだけでもない。“偽りの聖杯戦争”も数多あるサブプランのひとつに過ぎないのだから、これで他の計画が共倒れになってしまっては元も子もない。
既に十分以上に大事となっているが、区切りが見えているのだ。これ以上の大事へと発展しその尻ぬぐいに奔走するような真似は御免被る。アインツベルンの目的はやはり第三魔法の成就なのであり、リターンが明確となれば不必要なリスクを背負う必要は有るまい。
それが故に、目前にぶら下げられた重大過ぎるリスクへわずかなりとも目を取られてしまった。世界の危機など、アインツベルンがお節介にも気にするべきものではない。
気付くのが、遅れる。
「……何故、今更米国が攻撃に参加するのですか?」
ふとした疑問が、整った口から零れ出た。
あまりに最終英雄が圧倒的であったが故に、切り札の大盤振る舞いを当然のように考えてしまった。
最終英雄との戦いは既に決している。繰丘椿(偽)単体でもカルキと決することは十分に可能。おまけに後衛にアーチャーもいるのだ。ここにわざわざ米国が介入する必要などない。
それどころか、周囲一帯の汚染によって繰丘椿(偽)とエインヘリヤルはともかく、他の機械兵団は全滅してしまっている。周囲に撒き散らされた『猛毒』によって非常に戦いにくい状況にすらなっている。
「なに、既に戦略上重要この上ないフリズスキャルヴとスノーホワイトを失ってしまったからな。ここいらで他にも切り札があることをアピールしておかねば舐められかねん」
大統領の返答にも一理ある。
生産工場が潰れたことから砲弾の数はそう多くないだろうが、霊地を遠距離から汚染できる手段を見せつけることには意味がある。多少弱ったところで虎は虎。そこのところを弁えぬバカが尾を踏んでこぬよう牽制は必要なのである。
おまけに最終英雄を相手に実戦投入できるレベルの精密射撃である。いかに巨体で傷つき機敏に動けぬ状況とはいえ、発射から着弾までのタイムラグを考えると、これに直撃させるのはほぼ不可能である。だというのに少ないながらも直撃弾があるということは、スノーホワイトに匹敵するだけの演算能力を持ったユニットがどこかにあることを意味していた。
どこか別の場所に第二のスノーホワイトがあってもおかしくはあるまい。プロトタイプがこれほどの性能を発揮したのだから、むしろ作らない方が不自然であろう。
ただ、あれほど手の込んだ代物を稼動状態にまで仕上げるには少々早すぎる。そこまで考えて、アインツベルンはふと、ある宝具を思い出す。
「
「答えが早いな」
アインツベルンの問いに大統領は鷹揚に頷いて見せた。
事象演算の手段は古来より幾つもある。アンティキティラ島の機械といったオーパーツから始まり、極端なことをいえばソロバンだって計算機には違いない。スノーホワイトの名付けとなった魔法の鏡だってこの類。魔術師の魔術回路だって演算はできるし、アインツベルンのアハト翁など存在そのものである。
ただし、それらは人が扱うという前提でもって運用されている。
件の宝具は、そもそも
「ホムンクルスの使用による
「完成していたとは聞いていません」
「完成にはほど遠いのは間違いない。ホムンクルスを大量に消費するシステムだ。人権が五月蠅いこの国であまり大っぴらに使えるものではないのだよ」
極秘とは言え研究施設は国の管轄下にある。そんなところから脳が灼き切れた
分解処理で言葉通り跡形も残らぬとはいえ、あれだけの死体を処理するのは手間なのである。
「なれば国外に拠点を設ければ良いではないですか」
国内で問題になるのなら国外で運用すれば良いだけの話。人権を重んじない国でそこそこの偽装工作をすればそれらの問題は簡単にクリアできる。
だがそんなアインツベルンの言葉に大統領は軽く笑うだけで応じることはない。
「
地球物理学に則った近未来予想ではなく、未来視の魔眼という魔術理論に乗っ取った近未来予想。およそ一介の魔術師には経済的観点から実行できぬ実験であろうと、国という盤石な基盤があればこそ実現可能なアプローチである。もっとも、ゴーレム・ユーブスタクハイトを生み出したアインツベルンにはさほど興味の湧かない分野であろうが。
「……最終英雄の攻撃目標に優先順位があるようだが、アインツベルンは気付いていたかな?」
じっと、何かを待つように大統領は話題を変える。
訝しむアインツベルンであるが、紅茶のカップをソーサーに戻したことから傾聴に値する話であると考えたらしい。
「脅威度設定、というより非攻撃推奨対象といった方が正しいか。最終英雄はどうやら直接的に星と人類とを明確に攻撃することはできぬようだ」
単に粛清するだけなら粛清剣を全開にさせるだけで事足りる。それをわざわざ魔群の蹂躙という形を取った上で、攻撃対象を魔群に限定するマッチポンプを披露している。データが潤沢とはいえないが、そうした行動を見る限り、排除対象に対してかなり厳格な判断基準があるのだろう。
だからこそ、大統領は極超長距離からの攻撃を選択した。
その気になれば救世剣は地球の外殻を抉り取ることすらできる。地平線の盾を無視して三〇〇キロ彼方の
すでに砲撃開始から数分が経過している。その間、繰丘椿(偽)とエインヘリヤルが牽制してくれているとはいえ、最終英雄が砲撃に対して迎撃以上のことができていないのがその証左だ。
自然、大統領の口角が上がる。
「人と星とを傷つけることなく、この砲撃を止めるためには、この方法しかあるまい」
キャスターに嵌められ絶体絶命にありながら的確に脅威を排除していった最終英雄である。それだけに、大統領は最終英雄に絶大なる信頼を寄せることができた。
だから、その言葉はどちらかといえばアインツベルンより、最終英雄に語られたものだった。
須臾の間、世界が白一色に犯される。
網膜が光を感じた感覚もない。眩しいと思うことすら許されず、稲光だってもう少し分かり易く存在を主張するだろう。気のせいだと言われればその通り。一切の記録に残らぬ以上、後々検証することはできまい。
ただ、大統領には確信があった。この光がワシントンに満ちることを、この男は予想していたし、目の前にはその結果もあったのだから。
「敵を倒すために頭を叩くのは定石だ。そしてその頭を維持するのに『今』使用しているものは何か、気付くのが遅かったな」
問うてみる声に応える声はない。
手元の端末で確認してみれば、
カルキは四面楚歌の状況で周囲の敵ではなく、それらを操るスノーホワイトを先に叩き潰した。一体どういう理屈でどうやって割り出したのかは不明だが、これはカルキの分析能力が著しく高く、正確であることを意味している。
この砲撃を操る宝具がワシントンにあり、その宝具を操る中核が何であるのか。遠く離れた地にありながら、最終英雄は正確に答えを導き出していた。
大統領がわざわざ最終英雄相手にちょっかいを出したのは、何も奥の手が他にあることを世界に仄めかす為だけではない。
邪魔者を、排除するためだ。
「聖杯戦争の後始末にアインツベルン、君達は邪魔なんだ」
悪く思わないでくれ、と大統領は誰もいなくなった大統領執務室で謝罪をした。
人型であろうと、ホムンクルスは人ではない。故に最終英雄の非攻撃推奨対象の範囲外。ワシントンに潜伏しているホムンクルスは、この砲撃中枢システムとして、最終英雄の優先排除対象と認識されていた。