Fate/strange fake Prototype   作:縦一乙

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day.final-12 失策

 

 

 天秤は再び傾く。

 

 最終英雄が完全状態で世に解き放たれていたのなら、その結末は確定である。万が一、億が一にも終末の回避は有り得ない。

 不確定要素が星の数ほどあったとして、所詮は手の届かぬ天の上。目映い光こそ放たれるだろうが、綺羅星となったところでその悉くは無意味かつ無価値へと落つる運命。もはや可能性を語ることすら烏滸がましい限り。

 

 しかして、最終英雄は不完全どころか満身創痍の状態で世に解き放たれた。

 四十万年分の魔力などどこにもなく、初手から乖離剣の洗礼を浴び、更には魔群の退治という最終英雄固有の制約によって自縄自縛状態。

 ここまでお膳立てが整っていれば、万が一どころか百が一という程度にまで可能性は語れよう。神槍が直撃した段階で十が一というところまで跳ね上がり、途中ランサーの吸収というアクシデントこそありはしたものの、ライダーの時間稼ぎとアサシンのカウンターによって、最終英雄打倒の可能性は二つに一つ程度に奇跡的に盛り返していた。

 

 ここに至れば、その打倒は十分過ぎる程に現実的。

 倒したと同時にカルキの自爆によってアメリカ大陸は海に沈むだろうが、それでも戦果としてはお釣りが来るのである。もっとも、その事実に気がついているのは臆病風に吹かれたライダーくらい。本来であれば彼とて勇敢に戦い主の勇姿を見せつけたい所なのである。

 

 故に、ライダーは慌てる。

 危機的状況に合って、状況はやはり改善していない。前門の虎後門の狼、しかも時間制限がここにはある。

 考えた挙げ句、ライダーは時間稼ぎを選択する。

 選択してしまった。

 

 浅薄と言うなかれ。限られたこの状況に合って、その選択は決して悪い考えなどではない。

 このままであればカルキは討ち取られてしまうだろう。満身創痍ながらもまだアサシンは顕在であり、後詰めには無傷のアーチャーがいるのだ。下半身を失い動けぬカルキ相手ならば、アーチャーの火砲はこれ以上にない程効果的に発揮されることだろう。

 

 これをどうにかするには、カルキに魔力を供給するしかない。

 幸いにして、ライダーの魔力は未だ他を圧倒するほどに潤沢である。まるごと喰われてしまうことはさすがにアウトだろうが、一部だけならばさほど問題はない。

 

 後方を確認すれば、ようやっと二十八人の怪物(クラン・カラティン)が飛翔宝具によって空を駆けてやってくるところ。戦場のセオリーに乗っ取り、数を押して英雄を討ち取ろうというのだろう。決定打に欠けるものの、吸収される恐れがあるライダーやアサシンが直接戦闘するよりも上策だ。

 

 更に上空を見やれば、夥しい数の宝具の煌めきがその獰猛な牙を研ぎ澄ましていた。そうこうしている間にもその数はどんどん増えている。アーチャーもタイミングを見計らい仕掛ける算段らしい。怒りで我を忘れていないのは僥倖。直接姿を見せないのはランサーみたく吸収されるリスクを抑えるためか。英雄王らしからぬ姑息さであるが、安全策を考えれば当然ともいえよう。

 

 急がなければならない。

 そう思い、安易な方策をとってしまったライダーのミスだった。

 

 ライダーは、ひたすらに殺しにくいサーヴァントである。

 今でこそ繰丘椿というマスターに寄生しているが、その気になればライダーは誰彼構わず寄生し生き延びることができる。極端な話、他のマスターに寄生することができれば、ライダーの存命は可能なのである。それをしないのは、単にライダーが椿に拘っているだけに過ぎない。

 だがそれを知らぬカルキから見れば、ライダーの行動は脅威であった。

 

 繰丘椿の身体から、湯気のようにライダーが拡散され、カルキの周囲に浮遊する。

 粒子の一粒一粒が高密度の魔力――否、英霊そのものと過言ではない。一見すれば先と同じ目眩ましにも思えるが、これは並の英霊であっても浸蝕されかねぬ死の腕である。やはり最終英雄であるカルキにはどれほどの意味もないが、それでも規格外の英霊たるライダーの一部であることに違いはない。

 

 これを喰らえば多少なりともカルキは魔力を補充できるのだろう。ライダーにとってこれほどの魔力を喰らわれるのは痛手であるが、背に腹は代えられない。

 このライダーの思いをカルキが斟酌したのなら、今後の話は大きく変わってきたに違いない。

 

 ここに両者の認識に差があった。

 最低限の供給ができれば大丈夫だろうというライダーとは裏腹に、カルキからすればこの程度の魔力は仮に喰ったとしても全く足りぬもの。

 むしろこれは蜥蜴の尻尾に過ぎぬとカルキは判断する。

 わずかな魔力を餌にライダーはここから逃げることになる。

 

 そんなカルキの認識に間違いはないが、解釈には間違いがある。

 逃走とはライダーにとって戦線離脱だが、カルキからすれば一時離脱なのである。戦力を整え戦線復帰されれば、今以上に困難が待ち受けることだろう。目の前にぶら下げられた餌に飛びつくにはリスクが高く、そしてリターンが少ない。

 それに、ライダーは採取対象ではなく、獲物なのである。

 

 ライダー以上に切羽詰まっているカルキは、決断をする。

 最善を取り捨て、最悪を回避するために、行動した。

 

 光が、周囲に満ちた。

 

 カルキが救世剣を使わなかった理由は、吸収対象であるサーヴァントを消滅させては元も子もないからだ。魔力補給は最重要課題であり、可能な限り多くのサーヴァントを傷つけることなく吸収することが求められる。

 供給源が少ない以上、無闇に救世剣を使い消滅させることは推奨されることではない。

 推奨されることではないが、条件次第では使うことも止むを得ない。

 

 ライダーを含め、この場の多くの者が誤解していたことであるが、救世剣ミスラは剣としてその刀身を伸ばすだけが取り柄なのではない。そして、特定対象を無条件に消滅させるだけの特性でもないのである。

 つまりは、剣のように指向性を持たせて威力を高めることもできれば、指向性を持たせないことで全方位に最小出力でダメージを与えることも可能である。

 

 カルキの周囲数キロメートルに、回避不能の全体攻撃が行われた。

 目標設定は霊体。ただの人であれば多少ふらつくという程度の威力に過ぎない。遠方にいたアーチャーやヘタイロイは宝具の守りもあって十分に対処できたが、中距離にあった二十八人の怪物(クラン・カラティン)は戦闘不能には陥らないまでも、衝撃でその大半が墜落させられる。周囲に湧き出てきた魔群も大半が動きを止める程にダメージを受ける。

 

 だが、近距離で救世剣の光を浴びた者はまた別である。

 カルキ自身も、実体を持ちながらも霊体密度の濃い存在だ。ダメージは計り知れず、絶対防御を誇る頑強な身体に数えようもない罅が入り、もはや期待通りの防御力を発揮できるようには思えない。

 

 もちろん、同じく近距離で防御の時間もなかったアサシン(とジェスター)は完全に戦闘不能となった。消滅していないことは奇跡だが、ただそれだけ。むしろ消滅していないことでカルキにあっさりと捕食される運命が待ち受けている。ここまでくるとカルキはアサシンを殺さぬ程度の威力に絞ったのではないかと邪推すらできるだろう。

 そして、近距離にはもう一組直撃を受けた者がいる。

 

「ライダー! 逃げて!」

 

 ほんの数歩とはいえ、咄嗟に後ろに下がれたのは奇跡ともいえよう。実体を持つ椿ならば、この程度でも十分な威力減衰が期待できた。実際、椿が受けたダメージは中距離で撃墜された二十八人の怪物(クラン・カラティン)よりも小さいくらいである。場合によっては即時戦闘も可能な状態。直撃を受けた直後に叫び命令を下すことができたのが何よりの証拠であろう。

 ただ。

 

 繰丘椿の命令に応える者はいない。

 

「ライダー!?」

 

 声が聞こえなかったのかと椿は訝しむが、いや、ちゃんと反応はあった。

 アサシンのカウンターにより椿の肉体を回復をし終えるだけの時間は稼がれている。魔力の消耗はあっても肉体は万全のまま。だというのに、全身を強い倦怠感が襲いかかり、四肢に力が入らない。たまらず膝を付き倒れ込む。両手を前に受け身を取ろうとするが、それも許されなかった。

 

 これは異常であろうか。

 否、これが正常である。

 

 一年も寝たきりであった繰丘椿がこの聖杯戦争で生き抜くことができたのは何故か。それはライダーの補助があったればこそ。ライダーが椿の意志を令呪の効力によって十分以上に伝達し、その肉体を操っていたからに他ならない。

 

 だから、これが普通なのである。

 ライダーが消滅した以上、繰丘椿の身体は寝たきり患者のものへ成り下がる。

 

 ライダーの敗因は、薄く広く拡散してしまったことだ。質としては他のサーヴァントに劣れども、量が桁外れであるが故に、ライダーは並外れた強さと殺しにくさを両立させている。

 そんなライダーにとって、カルキが行った全体攻撃は致命的であった。何が起こったのか悟ることすらできずに、末期の言葉すら残す暇もなく、ペイルライダーは一瞬にして消滅した。

 

「ライダー! ライダーっ! ライダーーーーーっ!!!」

 

 少女の悲痛な叫びが辺りに響く。

 その後の運命は誰の目にも明らかだった。

 カルキはその下半身が失われているが、その両腕は顕在。そして腕さえあれば移動は可能。器用に両腕を使って椿の前へやって来ると、徐に救世剣を振り上げた。

 

「椿、逃げなさい」

 

 警告を発したのは僅かに蠢くだけで立ち上がることもできぬアサシン。

 ここでアサシンが率先してその身を捧げればまだ時間も稼げるかも知れないが、最終英雄は優先順位を間違わない。ある意味で一番元気に声を張り上げる繰丘椿を、最終英雄は念入りに殺すことにしたようだった。

 

 無慈悲な轟音が、響き渡った。

 

 


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