Fate/strange fake Prototype   作:縦一乙

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day.final-11 令呪の命令

 

 

 アサシンは令呪の制約に縛られている。

 

 これが他のサーヴァントであれば気付いた瞬間に真摯に受け止め対策に奔走するのだろうが、残念ながら当の本人はまったく気にしていなかった。意にも介していなかった。

 その証拠にアサシンは序盤からその事実に気がついていたのである。

 

 行動の制約を自覚した、というわけではない。単に武蔵戦で遭遇したジェスターの手に令呪がなかったのを確認しただけ。そしてジェスターに捕まり自殺できない事実に出くわすまですっかり忘れ去っていた次第。

 署長からそれらのことを指摘されもしたのだが、実に潔く彼女は思考を放棄してみせた。自分の頭では気にするだけ時間の無駄、とさっさと忘れてみせたのである。

 

 普段の言動を考えればさもありなん。

 指摘した署長が溜息をついたのも無理はない。およそ癖のない英雄など皆無に等しいが、アサシンはキャスター以上に癖のあるサーヴァントだった。

 署長は「キャスターだから」の一言でありとあらゆる胃痛に苛まされた経験を持つ希有なマスターである。これに「アサシンだから」の一言が付け加わわれば、もうお手上げである。これ以上は手に余ると彼もまた思考を放棄していたのである。普段の様子を知っていれば、その愚行を一体誰が責められようか。

 

 土台、まともな思考能力を持っていれば初手から何の確認も取らずにマスターを殺害する馬鹿はするまい。これは常識であり、定石だ。奇策としては有効だろうが、策としてなりたっていなければただの愚でしかない。

 つまり、アサシンは単に愚かなのである――

 

「そんなわけないじゃないですか」

 

 と、その女はアサシンに告げた。

 ばっさりと、そんな浅はかな考えを切り捨てる。

 

「確かにあなたの行動は無茶苦茶です。けれども、場面場面であなたの行動は筋が通ったもの。何の準備もなく自分のマスターを殺すのはどうかと思いますが、それは戦術や戦略といった概念をあなたの信念がただ超えただけ。英霊であるならば、譲れぬ一線のひとつやふたつはあって然るべきでしょう」

 

 この世の全てには普遍に広がる理屈がある。因果という逃れ得ぬ鎖がある。混沌の中にさえ不明瞭という法がある。そしてアサシンにだってアサシンなりの筋があるのだ。人知を超えた英雄英傑そろい踏みの聖杯戦争だ。人間(ヒトノアイダ)のモノサシでは計りかねるのも当然であろう。

 合理不合理など、そも議論にすら値しない。

 

「もっとも、余裕がなかったとはいえあの署長がそう見誤るのも無理はないわ。もしくはそれがジェスターの目論見だったのかしら?」

「さあ」

 

 長口上になりそうな言い草に当のアサシンはやはり投げやりに答える。そうだと言えばそうだし、ただの愉快犯という線もある。確認が取れないのだからここでどうこう言おうと意味はなかろう。

 端的に言えば、興味がない。

 

「そう、それ」

 

 そしてそんなアサシンの態度こそ、女が指摘するべきところだった。

 

「?」

「その無関心さ。何故です?」

「何故、と言われても」

 

 困る、とアサシンは口ごもる。

 理由などない。あるわけがない。ならば最初から署長の指摘に真摯に応えていただろうし、そもそも発覚した段階でジェスターを全力で追いかけていただろう。

 

 ただ、そんな不明瞭こそが、女の欲しがっていた事実だった。

 

 狂信者というのは、有能無能に関係なく皆勤勉なのである。実に礼賛すべき美徳を備え持っていることが前提なのだ。ここに至って、この狂信者が無能というわけがないのである。

 有能にして勤勉たる彼女が、無関心でいるのは不自然だ。

 

「それが、令呪の強制力なのですよ。おそらく、無関心を持つよう命じられている」

 

 令呪の命令に気付かない、としていたならその不自然さは周囲から殊更目立ってしまう。けれど、本人が無関心であれば不自然さは当人に起因する性質である、と周囲は勝手に勘違いするだろう。

 胡乱な目つきで虚空を眺めるアサシンの瞳の中で、暗く輝く狂気が生まれ、その度に握りつぶされようとしていた。

 女の瞳はそれを見逃さない。

 少し揺さぶっただけでも令呪はその効果を発揮している。十日以上もこれほどの強制力を与えるとは、さすがにジェスターだけのことはある。

 

「アサシン。あなたは、何故召喚時にジェスターを殺したの?」

「……聖杯を求めていたから」

 

 正確には、歴代の頭首たちを惑わした異教の儀式である聖杯戦争に参加し聖杯を求めていたから。聖杯戦争そのものの破壊を、彼女は望んでいる。

 言葉数少ない彼女の意志を、女はちゃんと汲んでいる。

 

 アサシンの目的は『聖杯戦争の破壊』。他の全サーヴァントの悉くが“偽りの聖杯戦争”のルールに惑わされている中、アサシンだけは唯一抑止力として正しく機能していた。狂信者こそが、最も正しい道を歩んでいた。

 だからこそ、ジェスターの令呪によって事態は混沌具合を増していった。

 

「なら、聖杯を求める他の魔術師達を殺さなかったのは、何故?」

「………」

 

 女の問いにアサシンは答えない。

 聖杯を求める魔術師を過剰敵視しているアサシンならば、彼らを殺さないのはおかしいのだ。聖杯戦争の崩壊そのものを狙っているティーネ・チェルク、生存本能から無意識にランサーを呼び出した銀狼、参加している自覚すらない繰丘椿、この三者以外は悉くアサシンの敵である。

 

 だというのに、アサシンは街中に潜む魔術師を殺しもせず、効率の悪いことにわざわざ宝具を使って片っ端から捕まえている。ジェスターから署長を守らなければ多分逃げるくらいのことはできていた。ライダーだって長距離狙撃からアサシンがわざわざ助ける義理もなかっただろう。

 

「結論。あなたは、令呪によってその行動信念をねじ曲げられている」

「……それは、」

 

 反論しようと口を開いてみるが、それより先に言葉は出ない。

 己を振り返ってみれば、その不自然さは彼女が一番良く分かっている。基本、目的のために手段を選ぶ善属性のアサシンであるが、それでも彼女の行動は度が過ぎている。必要のないことまで自ら背負い込み、自身の重荷となって縛り上げられている。

 

 ジェスターの望みはアサシンを凌辱し尽くし奪い尽くすこと。

 そこから逆算すれば、ジェスターが何を令呪で命じたのかおおよそ想像することはできる。

 

「第一の令呪は『この聖杯戦争関係者を守護すること』。

 第二の令呪は『第一の令呪に邪魔となる志はこれを忘却・改変すること』。

 第三の令呪は『令呪の効力に無関心であること』。

 細かいニュアンスはわからないけど、こんなところかな?」

 

 私ならこうする、と女は断定する。

 第一の令呪でアサシンに試練を与える。第二の令呪はそのために邪魔なアサシン本来の制約を取っ払う。だからアサシンは自らの重みに耐えうるために奔走し、ついには禁忌である異教の業を習得するに至った。

 これもジェスターの狙い通りか。

 

 結局、ジェスターがやったことはアサシンに世界の広さを見せつけることに終始する。狭い世界の神ではなく、広い世界の事実をその身に刻みつけ、己が役割の矛盾に気がつかせる。

 召喚されたばかりのアサシンは、赤子のように無垢だった。何も知らず、何も知ろうとしない。放置された赤子が辿る道は、獣でしかないという良い例であった。

 

 ジェスターはそんな彼女を一から教育を施そうとしたのだ。そのために、行動理念はそのままに初志を忘れさせた。

 果たして他者を知り、異教を知り、世界を知った彼女は、今でも獣であるのだろうか。狂信者であり続けることができるのだろうか。

 その答えが出る瞬間が、ジェスターは愉しみで仕方がないだろう。ジェスターの望みは、既に叶っているのである。

 

「……ひとつ、質問です」

 

 そんなジェスターの思惑を咀嚼しながら、それでもアサシンは膝を付かない。胸を張るまでもなく、背筋を伸ばすまでもなく、俯くことすら考慮にない。

 だから、質問ばかりしてくる女に対し、アサシンはたったひとつの質問で全てを語ってみせる。

 

「結局、やるべきことに違いはあるのですか?」

 

 簡単に否定することなく、難解な肯定をすることもない。

 彼女は常に真摯で、苛烈で、容赦がない。

 他人に対しても、自分に対しても。

 そんなことは些事であると。

 

「フッ……フフフッ、あは、あははははっ!」

 

 そんなアサシンの言動に、女は腹を抱えて笑い転げる。

 アサシンは今、死の危機に瀕している。

 正面から何の考えもなく立ち向かっていった結果、アサシンは最終英雄に立ち会うことなく、魔群の蹂躙にあっさり巻き込まれていた。即死こそ免れたのはさすが英霊なのだろうが、それを褒めるわけにはいくまい。

 

 この期に及んでキャスター以上に何の見せ場もなく地味に退場しようとしたアサシンが、これ以上何をするというのか。

 何ができるというのか。

 できることが、あるというのか。

 

「いいわ。アサシン。あなたにやる気があるなら、策を授けましょう」

 

 女は長い月日を感じさせる裏のある笑みで、狂信者の背中を押してみせた。

 

 

 

 

 

 全身ボロボロの姿になりながら、アサシンはライダーとカルキの間に入り込む。

 魔群に蹂躙され死にかけていたのは事実だった。五体が満足なだけで無事な部分などどこにもない。首に巻き付けてあるスカーフまで朱く血塗られ、常人ならこれだけで失血死してもおかしくはあるまい。

 それでも、アサシンは死ぬより先に、動いていた。

 

【……無想涅槃……】

【……幻想御手……】

【……伝想逆鎖……】

【……仮想盤儀……】

【……連想刻限……】

 

 正気の沙汰とも思えぬ宝具の五重掛け。

 宝具の多重起動など、アサシンの才覚を以てしてもせいぜい二つまでだ。それ以上は身体が保てないし、魔力も圧倒的に足りない。サーヴァントという器にあっては限界もある。

 奇跡の一つや二つを扱うならともかく、それがいきなり五つともなると行使して良い次元ではない。いかに人の域にあらねども、確率がゼロではないというだけに過ぎない。

 

 それだけあれば――お釣りがくる。

 

 繰丘椿が後ろにいることで、皆を守れという令呪の強制力はアサシンに更なる力を与えてくれる。

 常人なら絶望にしか見えぬ無明の闇を、彼女は躊躇いなく踏み込んだ。

 

 忘れてはならない。

 彼女こそは、歴史に名を残すことのなかった救世主の可能性。

 不可能を可能にしてこその英雄だ。

 絶対不可能を可能にせずして、救世主とはなり得ない。

 生前についに誕生することのなかった雛鳥は、ここに来て世界をその嘴で貫いてみせた。

 

 世界を、アサシンは書き換える。

 ほんの一瞬だけ、アサシンの望む通りの世界へと改変させる。失敗し続けても、成功するまで繰り返す。何千何万何億何兆もの繰り返しの中で、たった一つの成功を得るまで世界をやり直す。ようやく引き摺り出した未来も、元の場所へと戻ろうと身を捩りアサシンの手から零れ落ちようとする。

 

 この一瞬のためだけに、アサシンの魔力は底が抜けたかのように枯渇していく。到底、自前の魔力だけで追いつくわけもない。マスターからの供給という間接的な手段でどうにか賄える量ではない。もっと直接的に、効率良く、質と量を重視する魔力補給が必要だった。

 だからこそ、

 

【……理想略取……】

 

 アサシンは宝具を六重に起動してみせた。

 

 『同食同位』という言葉がある。

 自分の肝臓が悪いなら、他の生き物の肝臓を食せば良い。血が足りなければ血を飲み、性欲がなければ睾丸を食す。つまりは、自らに足りないものを他者より補う東洋医学の考えである。

 アサシンが生きた時代であっても別段珍しい考え方ではない。むしろ人体改造を行っていた暗殺教団では積極的に取り入れられていた考えだ。

 

 アサシンが行使した理想略取は、そのハイエンド。

 予め用意しておいた血肉をその場で文字通り己の血肉と化す。補うよりも足すことを重視した移植の技術にして増設の技術。

 シャイターンの腕すら移植してみせるこの御業は、拒絶反応の危険と隣り合わせである。喩え上首尾に運んでも自己崩壊を起こしかねぬ危険性を秘めているが、そんなことを一々気にしていては暗殺業は成り立たない。

 

 女の策により血肉の準備は簡単にできた。

 女の指示により移動する座標やタイミングも絶妙。

 あとはアサシンが自らの真価を発揮するのみ。

 

「―――ッ!」

 

 歯が割れ砕けるまで強く噛みしめる。同時に口の中に広がる鉄臭さ。それを無理矢理嚥下してみれば、臓腑の淵より満たされる高純度の魔力。喉を通れば痛みを忘れ、胃に落ちた瞬間に魔力は全快し傷ついた身体は完治する。そして消化を始めた瞬間には身体中が破裂し再度血塗れとなった。

 

 薬も過ぎれば毒になる。

 それでも今のアサシンは過去最高の魔力の獲得に成功し、同時に有り余る魔力を余さずカルキへと叩き込む。

 

 世界が、屈服した。

 

「■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■――――――!!!!!!!!!」

 

 最終英雄が、雄叫びを上げながら吹き飛んでいく。

 カルキの下半身が容易く吹き飛び、上半身が反動で上空へと舞い上がり、わずかに滞空した後、何の不自然もなく地に叩きつけられた。

 

 下半身がないため着地はできなかった。着地というより落下。落下というより墜落、か。カルキの頑丈さなら墜落によるダメージなどないに等しい筈だが、倒れ伏したまますぐに体勢を整えないところを見ると、大ダメージなのは間違いない。

 だがそんなカルキの様子をアサシンは確認すらせずに、

 

「不味い」

 

 口の中に残った血を吐き捨て、首に巻き付けてあった血塗れのスカーフをその場に捨て去った。

 スカーフに染みこんでいた血はアサシンのものなどではない。

 アサシンが必要としたのは高純度の魔力補給源である。そしてマスターによる間接的魔力補給でこんな無茶ができるわけもない。

 ならば、答えは簡単だ。間接的でなければ直接的に、少量ではなく大量に供給できれば事足りる。

 折良く、アサシンのマスターはそんな無茶な要求に適した体を持っていた。

 

 体を血液のみで構成された吸血鬼は、おそらくこの戦場の誰よりも死にかけていた。

 

 


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