Fate/strange fake Prototype   作:縦一乙

148 / 164
day.final-10 悪足掻き

 

 

 神槍の余波でビルなどはまとめて倒壊しているが、スノーフィールド市街にあって遮蔽物に苦労することはない。

 東洋人同士の戦いで使用された特殊宝具皇帝勅令(パルプンテ)によって奇っ怪なオブジェが大量に生み出されている。米国という土地柄のおかげか、このオブジェを創り出したアメリカ合衆国皇帝(・・)ノートン一世の宝具は殊の外強度に優れているらしい。

 

 不確かな足場、乱立するオブジェ。小柄な少女の体躯であり軽業師が如き微細なコントロールの利くライダーにとって逃走経路に不自由はない。そして追いかける異形の巨人にとってこれらの障害物は邪魔以外の何物でもない。

 いかに強大な熊であっても、森の中で一匹の鼠を仕留めるには難しかろう。最終英雄にだって向き不向きがある。

 

 もっとも。

 不向きであろうと力技で何とかなることも、ある。

 

「■■■■」

 

 宝具であるオブジェの森をまるで意に介すことなく、カルキは全てを破壊してライダーへと追い縋っていた。

 無茶苦茶過ぎる。これらのオブジェは壁でも柵でも境界線ですらないが、まがりなりにも宝具の一種。これを無視して突破できるとは一体どれ程の強度をカルキは持っているというのか。

 

 地形効果の恩恵を多少期待していたが、結局は無意味であった。

 直接戦闘能力に乏しいライダーでカルキの突進は防げない。

 

 それでも、ライダーは諦めない。

 二度あることは三度あったが、四度目こそが正解やもしれぬ。

 

 絶望と言う断崖での綱渡り。ライダーは背後の恐怖に抗いながら周囲を目線だけで見渡してみる。

 視界にはスノーホワイトより開放された対サーヴァント仕様の近代兵器群が無造作に横たわっていた。落下の衝撃で壊れているものが多いが、無事なものも少しはある。かといってそれら機械兵団の武器を椿の矮躯で使用したところで武器に振り回されるのがオチ。デメリットがメリットを上回るのが容易に想像できる。

 

 だから、それらの兵器をライダーは使わない。

 繰丘椿の身体では、使わない。

 

 瞬間、死んだ魚の目をしていた機械兵団に命の火が点り、その銃口を一糸乱れることなく一斉にカルキへと向けられた。

 

 病気を現象として眺めるならば、それは歪みあるいは働きのずれである。

 歪みやずれとは正常な形態ないし状態を予想しての結果であり、その正常からの乖離を病気という。数多くある病気という定義の一説に過ぎないが、これは別段間違いではあるまい。ライダーが病気の権化だとするならば、これもまたライダーの力の一端であろう。

 

 

 世の中には、コンピューターウイルスというものもある。

 

 

 進化の系統樹から枝葉ではなく、種が生み出された。

 死に体と判断されていた機械兵団が動いたことでカルキの動きが変わる――ことはなかった。いかに生命史にとって偉大なる一歩を刻もうと、関係はない。新たにどのような脅威が誕生しようと、するべきことに変わりはないのだ。

 

 今更豆鉄砲を何丁用意しようと脅威にはなり得ない。これもまたカルキの高すぎる防御力がもたらす自信によるものだろう。

 そんなことは百も承知。

 それでも、ライダーが打てる手はこれしかない。

 

「ファイヤ!」

 

 ライダーの号令によって機械兵団に装備された対霊狙撃砲(アンリ・スピリチュアル・ライフル)が火を吹いた。

 スノーホワイトの制御から開放された機械兵団は、ライダーにとって新たに手に入れた手足に他ならない。複雑かつ繊細でひ弱、そして制限の多い人間よりも、規格統一をされて無茶もできる機械の方が、ライダーにとっては動かしやすいものだ。

 感染接続(オール・フォー・ワン)を初めて起動した時には人という柔な体で相当苦労したものだが、機械の手足は最初から最大効率最大出力で遠慮なく挑むことができる。

 

 正常に稼働したのは機械兵団全体の四割にも満たないが、数としては十分すぎた。しかも今回の銃は通常兵器を流用した即席の試作機ではなく、対英霊に設計された特別仕様の実戦機。砲身を幾重にも取り囲む魔砲陣が視認できない速度で唸りを上げ、魔弾の嵐をカルキへと降り注いでみせる。

 

 並の英霊ならミンチになるのにそう時間はかからないが、乱立するオブジェをこともなげに蹴散らした最終英雄にはやはり豆鉄砲ほどの意味もなかった。魔弾のひとつひとつを水滴だとするならば、この弾幕はシャワー程度の扱いだろう。人間であれば顔に水をかければ怯むだろうが、この最終英雄がそんな可愛い所作をするわけもない。

 

 これくらいで振り上げた救世剣が止まるわけがなかった。

 止まらない、だけだった。

 

「■■■■ッッ!?」

 

 驚愕という概念がカルキにあるのかは不明であるが、機械的に動き判断する最終英雄は、自らの剣先が逸れた事実をすぐには受け入れられなかった。

 ライダーが躱した、というわけではない。

 信じがたいことではあるが、カルキが外したのだ。

 

 外した理由は明確だった。

 大上段に構えられた救世剣を振り下ろすためには、力を支えるために安定した下半身が必要である。馬のような下半身を持つカルキは、そういった意味では人間以上に安定しているのだが。

 

 その後ろ足が消失していた。

 

 一本は完全に消失。もう一本も半ばまで抉れている。これではカルキの巨体を支えられるわけがない。バランスは完全に失われていた。

 原因を探れば、そこにはカルキと同じく異形の巨人がいる。

 

 それは鋼鉄でできていた。

 蜂の複眼めいたセンサー類に覆われた頭部。

 かろうじて人型を連想させる無骨な機械の四肢。

 火花を散らしながら心臓を稼働させるクロームの胴部。

 

 都市戦闘用自動機械人形。

 現代技術にあってあと数十年の研究と研鑽が必要な机上の架空兵器。現代技術でクリアできぬ部位を魔術で補い、スノーホワイトの制御によって無理矢理産み落とされた、都市殲滅型軽車輌。

 

 フリズスキャルヴのオプション兵装、ヴァルキリー構想試作一号機。

 無人機《エインヘリヤル》、キャスター命名機体名称アトス。

 

 アトスは落下の衝撃で半壊しており、上半身の一部しか原形を保てていない。完全な形であれば多少とも注意したであろうが、そうした事情もあってカルキは特に注意することなく不用意に近付いてしまった。

 大抵の宝具を無力化する九界聖体(ダシャーヴァターラ)にあってはそれも仕方ないだろう。まさかここに神槍グングニル、創生槍ティアマト、乖離剣エアに匹敵する脅威があろうとは思うまい。

 

「■■■■■■――――ッ!!!」

 

 空振りした救世剣はライダーのすぐ横の大地を抉る。抉りながら、そのまま一回転させ、背後から襲いかかったアトスをあっさりと冗談のような膂力をもって両断してみせた。

 もはや奥の手を使い切ったアトスには何の価値もないが、カルキにとって不可解な手段を内包したアトスをこのまま無視することはできない。

 

 カルキの後ろ足は漆黒の球体に奪い取られていた。

 カルキが知るべくもないことだが、これは“偽りの聖杯”を封印し、そして開放した宝具の断片。

 

 エインヘリヤル搭載宝具、方舟断片(フラグメント・ノア)

 時間停止の拒絶結界。

 

 本来は機体の運動負荷限界値を解決するために『鎧』のように装備された宝具であるが、使い方はひとつではない。

 時間流の断絶により空間断層を限定的に発生させれば、三次元空間に存在するいかなるものも決して逃れられない『剣』となる。

 さすがに世界そのものを切り裂く乖離剣に及ぶものではないが、九界聖体(ダシャーヴァターラ)には通用したようである。

 

 無闇に機械兵団の銃口を向けていたわけではないのだ。本命である方舟断片(フラグメント・ノア)の存在を隠すためには、気配を分散させ不意を作る必要がある。

 

 策は成就する。

 回避不可能な一撃を避け、その首を取ることこそできなかったものの、一太刀浴びせることにも成功した。アトスを容赦なく破壊されたものの、失って惜しむようなものでもない。これで無傷で逃走が再開できれば文句はないのだが、さすがにそれは虫のいい話だった。

 

 繰丘椿の身体は、宙に投げ出されていた。

 紙一重で避けることには成功したものの、救世剣はその余波だけでも十二分な威力があった。

 

 運動エネルギーのほとんどは救世剣の延長線上に散らされている。だからといってそれが全てではない。ただの風圧ですら人を百度殺してあり余る。それが鼻先で放たれれば英霊といえど辿る運命は変わるまい。

 

 全身を巡らせる魔力によって繰丘椿の防御力は恐ろしく高い状態が維持されている。

 これは以前に狙撃されたことを教訓にしたものであり、こうした事態に備えてライダーは四重に威力漸減のための特殊結界を常時張り巡らせていたりもする。

 

 そうした小さな積み重ねもあって、繰丘椿は五体満足であった。

 全身至る所で骨折し、内臓も損傷。それでも欠損箇所はないし、重傷であってもライダーの能力であれば即時回復は可能。数秒後には何事もなかったかのように起き上がることだろう。

 ただし、さすがのライダーも回復の数秒間は、動けない。

 

 当然のように、カルキは再度ライダーを喰わんと救世剣を振り上げていた。アトスを両断した回転を利用し、次撃は先よりも遙かに威力が増している。いや、それどころか残り少ないであろう魔力をスラスターのようにあちこち放出し体勢をより強固に、救世剣の一撃を最高のものへと仕立てている。

 五体満足であっても身体能力だけで避けることが敵わなかった一撃だ。この状態で避けられるわけがない。

 

「ああ――」

 

 肺から漏れ出た空気に混じり、声が漏れる。

 最期の時を想い、ライダーは瞬間的に内にある椿の意思に思いを馳せた。

 英霊あるまじき行為と失態に、己が主が何も言わないことに気がついた。

 

 ライダーと同期しているため椿の思考速度は一般人とは比べものにならぬ程に早い。認識力及び処理速度の超強化によって白いハトが羽ばたきそうなくらいスローモーション。こんなコンマの世界の攻防であっても体感としては数十秒。

 

 何か考えを巡らしている気配はある。あるいは単にライダーの邪魔をせぬよう黙っているだけか。以前は悲鳴を上げるなり幼子らしいことをしていたが、それがすっかり鳴りを潜めてしまった。

 批難の声が欲しいわけではないが、この局面でこの状況。最後に――最期にマスターより何か一言欲しいとライダーは思ってしまった。

 

 一体誰のせいでこんなことになっているのか。そんなことを棚に上げ、ライダーは生き残る為の努力を全て投げ捨て、諦めの境地で迫り来る救世剣を眺め見る。

 やはり、悪足掻きは悪足掻きでしかなかった。

 自分勝手な思考の迷路に足掻いた結果が、これだった。

 

「――申し訳ありません――」

 

 自然に出てきた言葉は謝罪だった。

 命運は、尽きようとしていた。

 

「ライダー、諦めるくらいなら祈りを捧げてはどうですか?」

 

 尽きようとしていたが、尽きてはいなかった。

 それはいつかの再現。絶体絶命の窮地に彼女はまたもライダーを助けてみせる。

 

 美しき暗殺者は、ライダーを庇うように救世剣の軌道上に顕現する。ここでアサシンが何もしなければ、そのままライダー共々真っ二つに引き裂かれ、死骸はカルキに貪られることになる。

 

 幸いにして、そんなことは起こらなかった。

 その瞬間、アサシンは己の身体を通して世界と繋がっていた。

 

【……無想涅槃……】

【……幻想御手……】

【……伝想逆鎖……】

【……仮想盤儀……】

【……連想刻限……】

 

 アサシンが、世界に挑戦する。

 

 


▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。