Fate/strange fake Prototype   作:縦一乙

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day.final-08 復活

 

 

 ――火花が散った。

 火花がもたらすのは複雑なパターンだ。それは天文学的な種類に及んだが、所詮は有限の組み合わせである。1も1億も同じ事だった。

 

 火花は絶え間なく降る。

 夜の底に積もる淡い雪のように、咲いては散って消える。

 観測者でないファルデウスがその火花を見ることは叶わないが、しかして全ての事象が仮説通りに働き、可能な限りあらゆる条件が理想的だとした場合、それが起こる可能性はゼロが延々と続くような馬鹿げた数字だとは聞き及んでいた。

 それは、無とほとんど同じだ。

 ほとんど同じ――ということは、ゼロではないという意味で、いずれ実現するという意味でもある。

 

 無限小の確率であっても、無限に試行すればいつかは辿り着く。

 1と1億の差は、ゴールまでの距離の大小でしかない。

 故に、ここに至る事象は必然であったが偶然でもあった。

 そうなるべき理由はなく、何故今このときなのかという問いを突き詰めたなら、石に躓いたような偶然と言うことに、やはりなるのだろう。

 

 偶然――意味のない無意味の連なり。

 そんなもので、ひとつの世界が終焉の危機を迎えようとしている。

 

「――気が遠くなるような作業だな」

 

 ファルデウスの言葉に、署長は嘆息しつつ素直な感想を述べてみる。はた迷惑だとも思ったが、その感想は口に出さなかった。

 

「繰り返し実現させるのは平行世界の自分なのですから、時間の感覚はここでは問題ではありません。問題は、例え成功したとしても恩恵を受けるのが現在のアインツベルンではなく、過去の、しかも平行世界のアインツベルンだという点ですか」

 

 普通であれば、それは許容できることではない。いかに無意味を知る魔術師といえど、このやり方では無意味すぎる。どんなにリスクを取ろうともノーリターンが確定してしまっているのだ。

 実行する価値を見いだす方が難しい。

 

「けれど、アインツベルンはそれを許容したんです。

 最初こそ気まぐれだったのかも知れませんが、いつの日か確実に蓄積されていくメッセージにアインツベルンは確固とした意志と目的を持って取り組み始めました。そしてより効率よく、過去にメッセージを送る手段を確立させました」

「それがあの東洋人というわけ、か」

 

 選んだ手段は『参加』ではなく『介入』。

 マスターとして直接参戦するよりも、はるかに安価かつ安全。数を揃えて投入することで勝率も上がる。与えられた五つの令呪も、そう考えると同士討ちを狙っていたとも考えられる。

 

 その通り、とファルデウスは頷きながら、苦しげに息を吸った。

 小口径ではあるが、横腹に撃ち込まれ、右手の指を吹き飛ばされている。止血もしていないのだから、そろそろ目が霞んできているに違いない。

 それでも、恐らく死ぬことはない。

 

「――ですが、もはやその東洋人もあなた方が保護しているのが最後の一人。

 ……これは奇跡なんですよ、署長。恐らく今まで一度として最終局面まで脱落者のいなかった戦争はありません。召喚された六騎のサーヴァントが揃い、しかもカルキという本来の目的に向かって最低限の戦線を構築できている。

 あの最終英雄を倒せる千載一遇のチャンスが、来たんですよ」

 

 先の話で、小聖杯に注ぐことができるサーヴァントは一体か二体と言う話だった。元凶であるカルキであっても、倒すことができれば小聖杯にその魂は注がれるのだろう。一瞬で壊れることだろうが、その一瞬には十二分な価値がある。

 

「英雄としての最高純度を誇るカルキです。その量からすると確実に器から溢れるでしょうが、それ以上にその純度は他を圧倒します。カルキ一体で英霊数万、あるいは数百万人分が賄えるとなれば、これを試さないわけにはいかないでしょう」

 

 それが世界を終わらせる可能性が高くとも、アインツベルンはそれを試さずにはいられない。

 巫山戯たことにこの男は、六柱の英霊が最終英雄を倒すプランを模索していた。

 

「正気か」

「正気のままで、根源へ辿り着くことはできないでしょう」

 

 そして別段、珍しいことでもない。

 正気であっても狂気の選択をする者もいるくらいなのだから。

 

「署長、既にサーヴァントが一騎失われているのではないですか?」

「……キャスターだ。最後の最後まで生き残りそうな奴だったんだがな。真っ先に脱落していったな」

 

 少しばかり忌々しそうに署長が吐き捨てる。キャスターへの魔力供給が完全に止まったために何とか署長は行動できていた。そうでなければ十本刀(ベンケイ)の消耗によってすぐに死んでもおかしくはなかったのだ。

 召喚してから散々振り回されてきたわけだが、こうもあっさり逝かれると気勢が削がれてならない。

 

「だが何故それを知っている?」

 

 この事実を知っているのは契約で繋がっているマスターである署長だけだ。まだ戦況は混乱しているし、スノーホワイトが失われたことには気がつこうとも、キャスターが消滅したと確定できるものではない。

 第一、ファルデウスはずっとこの場で意識を失っていたのだ。それはこの場にずっといた署長が一番良く知っている。

 

「単純なことです。私に莫大な魔力が流れ込んできましたから」

 

 ファルデウスは何とでもないというように、自らがアインツベルンの手の者だと明かしてみせた。

 東洋人と同じく、ファルデウスにも小聖杯としての機能がある。

 

「意外性のない答えだな」

「驚愕の事実を提示できなくて申しわけない限りです」

 

 それがどこまで本当なのか確認する術を署長は持たない。

 だが、戦後処理部隊の隊長という立場は間諜としては最適だ。情報も集めやすく、意図して操作するのも容易い。それにアインツベルンが関与した形跡を消すのも難しくはないだろう。

 

 この戦争にあたって入念な身元調査が行われた筈だが、いくらでも抜け道はあったということだ。もしくは、それを突破できる程にアインツベルンはこの国に浸透している、ということか。

 大統領の側にもアインツベルンが居ると告げられても、署長が驚くことはない。こうなってくるとむしろいない方が驚きである。

 

「もっとも、誤算もありました。死ぬことがこんなに困難だとは予想もしていませんでしたらね」

 

 へらりと笑ってみてみるが、しかしして事態は深刻である。

 ファルデウス自身、自らが間諜であるという自覚はあったが、東洋人と同じような機能があるなどとは知らなかった。おそらくは生命の危機に陥った時のみ緊急で作用するよう仕組まれていたのだろう。宿主を生かすために魔術刻印はありとあらゆることをするというのが、それと同種のものか。

 まさか銃弾を弾くために自動で頭蓋を強化するとは思わなかった。

 この調子なら魔力切れや失血で死ぬのにも相当時間がかかることだろう。

 

「誤算か。しかし貴様が生きていた方が都合が良いのだがな」

「ランサーのことを指して言っているのなら、それは大いなる誤解ですよ」

「誤解だと?」

 

 狂化したランサーへの魔力供給は、従来の比ではないほどに燃費が悪い。

 ファルデウスが死ねば、数秒も経たずにランサーは魔力不足で消滅することだろう。ランサーが今も活動できているのは、キャスターが消滅したことでファルデウスに魔力が補充され、それを糧にランサーが動いているからである。

 前衛戦力であるランサーとキャスターとでは、どうしても前者の優先度が高くなってしまう。不幸中の幸いと署長が思うのも無理からぬ話である。

 それが本当に、幸いであるのならば。

 

「今のランサーが強大な戦力だというのは誤解ですよ。あれがいる限り、我々に勝利はない。だからこそ、私は“偽りの聖杯”を壊すことだけにランサーを使う予定だったのです」

 

 ランサーをカルキにぶつけるつもりはなかった、とファルデウスは嘆くように語ってみせる。

 狂化ランサーを止めるには、魔力供給源であるマスターを潰すより他はない。

 

「令呪が二画あれば自害を命じたのですがね。ないものねだりをしても仕方ありませんから」

 

 自害を命じられないから、自害する。

 ファルデウスは自殺することでランサーを消滅させようとしたのである。

 合理的であろうがそれを躊躇わず実行する自信は、署長だってありはしない。

 いや、そんなことより。

 

「――そういう、ことか」

 

 署長らしからぬことに、今の今まで署長はその可能性を考慮することがなかった。

 ファルデウスが自殺を図った理由。てっきり自分で自分の口を封じるためかと思いきや、そんな浅薄なものではなかった。

 

 この“偽りの聖杯戦争”で喚ばれる英霊は、結局のところカルキという存在に対抗する為の存在だ。その過程において異なれど、敵対することになるのは違いない。逆に、カルキの肩を持つ者ならそもそも喚ばれる筈がない。

 そうした大前提はあるが、しかし敵対的存在だからといって相手に利すらないという保証もない。実際、署長の与り知らぬところでキャスターはカルキに利するようその開放を敢えて見逃している。

 

「そうです。カルキは神が末世(カリ・ユガ)において用意しておいた神の宝具そのもの。在り方としてはランサーと違いはありません。むしろ、カルキがランサーの後継機であることを踏まえればどちらがより完成された宝具であるか、言うまでもありませんね」

 

 ランサーが試作機であるなら、カルキは完成機である。

 ならば、ランサーにあった弱点は改善しているだろうし、その機能はより強化している筈だ。

 ランサーの身体を構成している天の創造(ガイア・オブ・アルル)はその質量に比例するかのようにその強さが変わってくる。例え分離しようとも再度肉体を集結させれば元の強さを取り戻せる。

 同じようなことが、カルキにもできるとすれば。

 

「ランサーを目の前にして、カルキが取る行動は一つだけです」

 

 どれほどランサーが強くとも。

 どれほどランサーがカルキを倒そうと思っても。

 結局カルキにとってランサーはただの燃料補給タンクに過ぎない。

 それも、霊体で構成された同系機であるなら、これ以上のご馳走はあるまい。

 

 ファルデウスも知らぬことであるが、カルキの身体を構成する九界聖体(ダシャーヴァターラ)は魔群として分離はすれどもそれを集結させ再度取り込む機能は封印されている。人類への試練としての魔群を優先させているという理由もあるが、何より潤沢な魔力を持って放たれる予定のカルキが魔力不足による危機を迎えることなど想定していないからである。

 故に、カルキが魔力補給できる手段は、再吸収機能を封印されていない天の創造(ガイア・オブ・アルル)を取り込むことだけとなる。

 

 真実を推察した署長が時間を無駄にすることはなかった。

 ファルデウスは青ざめた顔で笑い、目を閉じる。

 銃口を署長はファルデウスの頭部へと向けた。

 引き金を三回引く。ハンマーが三回撃鉄され、三発の弾丸を吐き出した。

 

 

 

 

 

 クリオネのように頭部が分かれてランサーを捕食していたカルキは、突如その身体が光となって消えて逝くのを確認する。

 暴れ牛が如く暴れるランサーに手こずったのが拙かったのか。急ぎ食して取り込もうとするが、もう遅い。まだ全体の三割も吸収していないのだ。当然これでカルキが満足するわけもない。

 補填された魔力は、最低限の活動をするにもまだ足りない。

 しかして、同時に得られたモノもある。

 

 カルキは足を止めて周囲を見やる。今から近隣の霊脈まで全力で走ったとしても、この身体が保つことはない。延命はできたが、できただけ。このままではやはり今後の運命は変わらない。

 ランサーは、最初から神の宝具として認識されていた。だからこそカルキはランサーを吸収したのであり、そうでなければ見向きもしなかったことだろう。そこに利用価値を見いだせば、やるべきことは決まってくる。

 

 下位互換素体より変換コードを抽出、共通規格を認識、検証。

 周辺区域を集中捜査。

 該当存在を複数確認。

 九界聖体(ダシャーヴァターラ)粛清群の優先順位を一時凍結。

 現地呼称『サーヴァント』を最優先順位に設定。

 該当存在の魔力変換効率はE+からC-。最低一体の吸収が必要不可欠。

 

「■■■……」

 

 ランサーを綺麗に胃の腑に落とし、口元を拭うかのように頭部を元のスライム状へと戻す。

 虚ろな窪みにモノが映るとは思えないが、その視線の先にはもう新たなサーヴァントがいた。

 

 ライダーが、カルキの前に立ちはだかる。

 

 


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