Fate/strange fake Prototype   作:縦一乙

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day.final-07 無駄遣い

 

 

 振り返れば、あれだけの激突が嘘のようにその場は静まりかえっていた。

 

 広すぎる第九層。ファルデウスはアーチャーに吹き飛ばされた魔群の死骸に混ざるかのように、仰向けに横たわったまま取り残されていた。

 自らの中に入ってくる存在に吐き気を覚えるが、目が覚めたのも同じ理由らしい。

 頭部から血を流しながら目を開けてみれば、天まで見通せる大穴がある。

 血の凝固具合から意識を失ったのはほんの数分か。周囲には誰もいないが、地上部から轟音が聞こえる。どうやら戦場は地上へと移っていったらしい。

 

 あれだけの人数のヘタイロイの足音も聞こえないということは、アーチャーの宝具に連れられて消えていったか。バーサーカーとフラットもいなくなっているので、味方と判断された連中も一緒に連れて行って貰ったらしい。

 まあ、一分一秒を争うこの状況で死にかけの(ファルデウス)にまで構っている余裕があるわけもない。

 

 中央にあった聖櫃も四十万年もの月日の経過にその残骸が周囲に散らばっているだけで、もはや神秘どころか魔力の欠片すら感じ取ることはできない。霊脈こそダイレクトに繋がってはいるが、ここまで枯れ果ててしまっては向こう数十年は使い物になるまい。

 

 ここは終わった場所だ。二度とこの場所が必要とされることはあるまい。

 一人朽ち果てるには、これ以上に相応しい場所はない。

 思い、起き上がってポケットをまさぐれば弾丸が奇跡的に一発だけ残っていた。

 

「こんな最期を迎えるとは思ってもみませんでしたね……」

 

 一人、ファルデウスは自嘲気味に呟く。

 身体は動いていた。意識も寝起きのように明瞭。撃った頭部は痛むが、ただそれだけ。これはなるほど、然るべき手順を踏まねば簡単に死ぬことも許されないらしい。

 散々人を殺してきた殺人のプロフェッショナルであるファルデウスであるが、どうやら最後の最後で詰めを誤った。

 自殺するのにミスをするとは思っていなかったし、爆薬を使わねばならないとも思わなかったので持ってきていないのだ。この一発の弾丸でちゃんと死ねるのかは疑問だが、手持ちの装備では他に選択肢がない。

 

 状況を冷静に確認すれば、あまり時間もないことは確かだった。

 急ぎ命を絶つ必要がある。

 嘆息し、まずはできるところからやろうと拳銃に弾丸を込める。

 脳を確実に破壊するべく、拳銃の筒先を咥えて口内へ。

 右手全体を握り込むようにして絞った引き金により、吐き出された弾丸は違うことなく標的へと吸い込まれていった。

 

 ファルデウスの、背から横腹へと、弾丸は貫いた。

 

 背後からの銃撃に、ファルデウスの身体はダンスのようにクルリと回る。引き金に指をかけていたことも災いして、口内から銃口が抜け出た瞬間に最後の弾丸は明後日の方向へと射出されていった。

 かつて祭壇であった場所にファルデウスは倒れた。

 

「せっかく生きているのだから、勝手に死んで貰っては困るな。悪党ってのは死ぬ間際に全てを吐露して死んでいくモンだ」

「……――それはどこのドラマの話ですか?」

 

 横腹の痛みを耐えながらファルデウスはなんとか仰向けになる。撃たれた方向に目をやれば、頭上からの光を避けるように暗闇に佇む男の姿がある。

 急いでいるんですがね、とファルデウスは動かぬ身体に代わって苦言を呈しながら笑顔で彼を出迎えた。

 

「ご無沙汰しています、署長」

「ファルデウス。こうして面と向かって話をするのは初めてだな」

 

 銃を構えながら署長はファルデウスへと油断なく身を低くしながら、ゆっくりと近付いてきた。

 

「息災なようで何よりです」

 

 片足を引きずり、おそらく片目も見えていない署長に笑顔で応じる。十本刀(ベンケイ)使用による脳への負荷と魔力の消耗、全身打撲と負傷した身体を考えれば、下手をすれば署長の方が重体であろう。意識があるのが不思議なくらいである。

 

「お陰様でな。部下をあれだけ殺しておきながら、無様に生き残ってしまった」

 

 言いながら、署長は銃口をファルデウスの右手に向け、容赦なく撃った。指が吹き飛んだだけであるが、これでファルデウスは得意のナイフも持てなくなる。

 ファルデウスは呻き声すら上げなかった。

 

「……それで、お前は一体何がしたかったんだ?」

「それを聞くために、わざわざここへ?」

「当然だ。生き残った者の義務として、それを聞いておく必要がある――もはや、それしかできることがもうないからな」

「ハハッ……――この期に及んで生き残った者、ですか」

 

 小馬鹿にしたようなファルデウスの言葉に、署長は今度は左手に狙いを定める。

 耳を澄ませば、上方から鳴り響く金属音がある。どんな状況なのかは分からないが、戦闘は未だに続いている。その一方がカルキであるのは間違いない。

 世界は終わっていないだけで、終わりつつある。ここで生き残りを語るには少々早過ぎだろうか。

 

「いいや。私は生き残った。

 ――お前が、生き残らさせた。違うか?」

「それは過大評価ですよ……」

 

 困ったように笑いながらも、ファルデウスはそれを否定しない。

 ファルデウスの目的は世界を終わらせることであるのならば、それにしては計画の詰めが甘過ぎる。

 カルキ解放のタイミングは、カルキにとって狙い澄ましたかのように最悪だった。こちらの戦力は分かり易いくらいに整えられ、対してカルキの消耗は甚大。ファルデウスがその気になれば、アーチャーやバーサーカー到着前にカルキを解放することも不可能ではなかった筈なのだ。

 単に世界を終わらせるだけなら、もっと冴えたやり方は他に幾らでもある。

 

「……署長。あなたは、あの東洋人が何者か御存知ですか?」

 

 唐突な質問。だが、話は変わってはいないと署長は感じた。

 

「アインツベルンが鋳造したホムンクルス――そう、私は睨んでいる」

 

 しらばっくれても無駄と思い、正直なところを署長は話す。

 東洋人曰く、自分は冬木から来た旅行者であり、途中でアインツベルンと思しき者に出逢い、令呪を授かりこの地に来たと言う。

 だが、話をすればするほど東洋人の言葉は曖昧となる。聖杯戦争を調べるために元となった冬木の地を調べたこともある署長である。その記憶と照らし合わせても東洋人の言葉は一致しない。

 

 ジェスターの強襲によって時間は足りなかったが署長がスノーホワイトのログを辿っても、東洋人が冬木に住んでいた記録はない。かつて犯した罪を悔いているようなことを言っていたが、それらしき事件の記録も見当たらない。

 ただ唯一、そんな根拠のない噂が冬木で流れていたということだけは確認している。「玄木坂のレッドスネークカモン事件」だとか、「玄木坂の赤ヘル軍団事件」なんてものもあったが、これを本気で受け取る者もいまい。マンションなのにサメが出てくるなんてものもあったくらいだ。

 確証こそ持てなかったが、アインツベルンらしき存在がちらついたことでむしろこのスノーフィールドの状況に納得すらしていた。

 

「ああ、そこまで推察はできていましたか。ですが、それだけでは半分だけです」

「半分だと?」

「彼等の正体は、確かにホムンクルスです。正確にはアインツベルンの小聖杯を兼ねたホムンクルスです」

「――あれが、小聖杯だと?」

「大量生産の粗悪品って奴ですかね。アインツベルンが造る小聖杯はその完成品を鋳造する間に幾千もの失敗作を生み出します。それら大量の失敗作の中で比較的まともなものを再利用したという話です」

 

 ファルデウスの注釈にはおそらく、様々な意味が込められている。あのアインツベルン造るホムンクルスが凡百のものである筈がない。適当に造ったものでさえ、一級品の格を備えている。

 

「彼等に託された目的はスノーフィールドに召喚されたサーヴァントを倒し、自らに蓄えることです。仕組みは単純で、大聖杯を用いないだけで冬木のシステムをそのまま踏襲しているとか」

 

 仕組みは単純であろうが、英霊という破格の存在を内部に蓄えるには当然上限がある。失敗作の小聖杯が蓄えられるのは、サーヴァントの格にもよるが、せいぜい一体か二体が限度。それでも大した量ではあるが、音に聞くアインツベルンの聖杯に対して到底足りる量とは思えない。何より大聖杯もないスノーフィールドで願望機と呼べる程の機能を実現させることは不可能だ。

 いや、その前に一体や二体程度のサーヴァントを倒し蓄えてどうしようというのか。

 

「……それに何の意味があるというのだ」

「彼等には、ある過去をやり直したいという共通した願いがあるのは御存知ですよね。彼等は小聖杯として器が満ちた時、自然とその願いを叶えるようセットされています」

 

 サーヴァントを二体も倒せば死んでしまうなど、彼等は知らないでしょうね、と嘯くファルデウス。

 ついでに言えば、機密保持のために令呪を五回使いきると彼等は死ぬようにプログラムされている。何のダメージも受けていないというのに、エレベーターの上で東洋人が事切れている理由がそこにある。

 

「過去改変……そんなことが可能だというつもりか?」

 

 正気を問う署長の言葉にファルデウスも同意した。

 

「まず無理でしょう。ですが、万能を求めずとも、可能な範囲で似たようなことは行えます。アインツベルンは小聖杯を用いて過去へメッセージを伝えるためだけに、彼等を送り込んでいるんです」

「――俄には信じられんな」

 

 ファルデウスの告白を、署長は嘘だと判じた。

 過去改変など、どんなに小さくとも早々簡単にできるものではない。確かに倒したサーヴァントを触媒にして言葉通りにメッセージを送り届けることは可能かも知れないが、それで一体どれ程のメッセージを過去に送れるというのか。

 送ったところで、時間遡航による抵抗でデータが欠損してしまう可能性も遙かに高い。成功率を考えれば、到底許容できるリターンではない。

 そんな署長の考えを見透かしたように、ファルデウスは薄く笑う。

 

「およそ――八億回、だそうですよ」

「……何の数字だ?」

「この“偽りの聖杯戦争”が繰り返された回数です。最低でもそれくらいは行われた形跡があるんです。失敗した回数も含んでいることを考えれば、位がもうひとつ上がっても不思議ではありません。途方もない数字ですね」

「何を言っている?」

 

 確かにこの“偽りの聖杯戦争”は理論上冬木よりも遙かに短期スパンで何度だって繰り返すことが可能だ。だが、システムが確立したのは今回が初めてであり、そして“偽りの聖杯”を失ったことで二度目は有り得ない。

 それが――八億回?

 

「平行世界というやつですよ。

 どこか別の世界のアインツベルンもこの“偽りの聖杯戦争”に参戦していたのでしょう。しかし聖杯もないこの戦争で願いが叶う筈もない。アインツベルンにできることは、せめて『何度でも繰り返せる』という特性を持つこの戦争を利用し、聖杯が確実に降臨する冬木の聖杯戦争をやり直させることだったのですよ」

 

 この“偽りの聖杯戦争”で実現可能な範囲の奇跡を、アインツベルンは時間遡航によるメッセージ伝達にあると結論づけた。

 一度メッセージの伝達に成功すれば、それだけでも世界は改変される。

 二度メッセージの伝達に成功すれば、更に少しだけ世界は改変される。

 これを、八億回、アインツベルンは繰り返したという。

 そして、まだこれでは足りないのだろう。

 

 冬木の聖杯であれば一度に七騎のサーヴァントを倒すことであっさりと叶う願いを、偽りの聖杯戦争は八億回繰り返してまだ足りぬほどやらねばならないようである。

 偽りの聖杯戦争は、壮大な無駄遣いのために成り立っていた。

 

 


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