Fate/strange fake Prototype   作:縦一乙

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day.final-06 脱落

 

 

 およそ想定外な事態に陥り、カルキは、己が置かれた状況を再確認することになっていた。度重なるイレギュラー要因を前にして、カルキは己の限界を痛感した。痛感せざるを得ないほどに、弱っていた。

 

 これは由々しき事態だ。

 あってはならぬことだ。

 動揺ともとれるカルキの内部葛藤に、予め施された自己診断スキル――システムが自動起動する。

 

 目的。

 世界の終焉と救済。但し本機の内部時間と外部時間に著しい誤差を確認。終末聖約第■■条における英雄神話のための免責条項該当。……最終英雄内部規定3042条附則第3項にも該当項目を発見。内部規定の優先処理により内部時間を採用。今期を末世(カリ・ユガ)と認定。世界終焉プロセスに変更なし。

 

 手段。

 対世界宝具九界聖体(ダシャーヴァターラ)の段階的開放と逐次駆除。但しタイムスケジュールに齟齬が発生。段階的開放順序に許容範囲外の誤差を確認。補助兵装・救世剣ミスラ敵味方識別機能の解除を要請。メイン頭脳条件付許可。条件付帯により審議をサブへと移行。審議継続、サブ頭脳1タイムアウト、サブ頭脳2タイムアウト、サブ頭脳3不許可。結論、不許可。現有装備にて対応せよ。

 

 肉体機能。

 機能低下は平常時の7パーセントにまで低下。エラー検出12189件、内10109件の修復は不可能と判断。既定出力が期待できない部位は厳重封印にて排除。現有封印処理にて九界聖体(ダシャーヴァターラ)の活動を72パーセント阻害。その他バイパスやエミュレートを施し機能回復に努めよ。連続戦闘機動時間は4秒を上限とする。

 

 スキル。

 最終英雄固有スキル『粛正権限』及び『恐怖(ザ・ホラー)』の発動を確認。同固有スキル『全能(ジ・オール)』『世界支配』『物理無視』『魔力否定』発動不可。神性の獲得に失敗。同じく基本情報の取得にも失敗。条件付き解放スキル108種確認。『技能置換』スキルにより高ランクスキル『無我』『精神遮断』を低ランクスキル『物理保護』『戦闘続行』に緊急置換。

 

 魔力量。

 魔力枯渇は甚大。理想値のコンマ1パーセント以下。二等級龍脈以上での魔力補填の必要有り。魔力放出をはじめ各種魔力消費スキルの使用を控えることを推奨。可及的速やかに解決策を模索せよ。

 

 稼働可能時間。

 最大502秒。状況により早まる可能性が示唆される。可能な限り節約を心掛けよ。

 

 排除対象勢力を確認。

 最終英雄緊急警戒網内危険度戦力分布確認。八種機械兵団6パーセント、下位互換素体15パーセント、九界聖体(ダシャーヴァターラ)粛清群3パーセント、高高度飛翔体44パーセント、第零滅神兵装27パーセント、英雄神話誕生素体5パーセント。スキル『未来予報』より誤差を修正。最優先殲滅対象を認定。優先順位を確定。

 

 周辺状況の捜索(サーチ)をキャンセル。

 

「――――」

 

 自己診断が中断される。

 カルキが大人しくしていた時間は、ほんの数瞬。だが、それ以上の時間の浪費はできないと判断した。必要最低限の情報は集めた、とも。

 

 カルキの視線の先には、秒速三〇キロメートルで近付く四つの質量兵器がある。

 突入コースを逆算すれば、発射元は神槍と同じ。弧を描く軌道を確認する限りでは、神槍のように物理法則を無視するような機能はないと判断する。ただし、あの質量の物体があの速度でぶつかればカルキはともかく地球がただではすまない。

 終焉をもたらすカルキではあるが、絶滅させては元も子もない。

 

 救世剣が、再度の唸りを上げた。

 射線上にあったバオバブの木の枝葉が光の柱の中へと消失し、高度約二〇〇〇メートルで四つの質量兵器も運命を同じくする。

 

 地球の危機を救ったカルキは英雄としての所業を成し遂げていた。英雄としてこの程度の危機を乗り越えるのは当然であろう。そして最終英雄ならば、それだけで終わらわけもない。

 

「■■■■■■――」

 

 光の柱は目標を完全に消し去ったというのに消えずにいた。

 これは大いなる誤解を周囲に与えるが、救世剣ミスラは決して無限の射程を持つ遠距離宝具などではない。これはあくまで救世剣ミスラの一部であり、ただ刀身が伸びているだけなのである。冗談のような長さに飛び道具と錯覚しているに過ぎないのだ。

 

 光の柱は、カルキが最初に救世剣を開放した時より明らかに長かった。具体的には、大気圏外にまで伸びている。より正確には、衛星軌道上のフリズスキャルヴへとその切っ先が届いてしまうほどに。

 

 偽りとはいえ主の消失を感知してか、カルキの体内からフリズスキャルヴへ帰還しようと暴れる神槍が大人しくなった。これでカルキが神性の獲得に成功していれば、もしかすると神槍と救世剣の二刀流も有り得たかも知れない。

 

 もちろん、神槍を扱えぬ以上、そんな未来はない。

 だからこそ、カルキは惜しげもなく神槍を投げ捨てる。

 隼――というより戦闘機という様相で迫り来るランサーへ。

 

 運動エネルギーは質量×速度の二乗によって求められるのである。神の宝具へ敬意の欠片もない乱暴な行為ではあるが、これ以上に神槍を有効活用する方法などあるわけもない。

 泥であるランサーがこれくらいのことでダメージを受けるわけもないが、半身を吹き飛ばされては戦闘機も戦車ほどに鈍重にもなる。ランサーが近・中距離に特化していたことがカルキには幸いした。ランサーが遠距離を得意としていたのなら、おそらく会敵するのに一秒は違ったであろう。

 

 一秒の差で、カルキは第三目標へと、救世剣を解き放つ。

 第一目標が、地球をも破壊しかねない高高度の質量兵器。

 第二目標が、神槍を繰り返し操るフリズスキャルヴ。

 ならば第三目標がランサーかと言えば、しかして違った。

 

『――あ?』

 

 その様子を周囲のドローンカメラで覗き見たキャスターが、その一言だけを残す。

 武闘派の英霊でさえ目で追いかけるのがやっとだというのに、ただの劇作家にカルキの行動はあまりに早すぎた。ただ、違和感だけを感じ取れたのは流石は英霊と言って良いだろう。

 

 末期の言葉としては英霊あるまじきことかもしれないが。

 

 救世剣は、スノーホワイトを第三目標として据えていた。

 スノーホワイトはその特殊性から“偽りの聖杯”と同じく大深度地下に設置されていたわけだが、万が一のことを考え厳重に区分けされている。そして最先端テクノロジーを介してその存在感を示しながら熱反応、音波、電波、赤外線、重力反応すら巧妙に緩和、隠蔽されている。

 予め情報を入手していたがためにスノーホワイトを占拠するのに成功したキャスター達であるが、本来であればスノーホワイトの居場所を特定するのは困難極まることだ。諸条件から実現はしなかったが、スノーフィールドの外に設置・建設されていればどんな英雄英霊であろうと何の手も打てなかったかもしれない。

 

 そんな反省などする暇もなく、光の柱はスノーホワイトとそれを操るキャスターをピンポイントで蒸発させてみせた。

 その証拠にスノーホワイトの制御がなくなった周囲の機動兵器群は、あっけなくその機能を停止した。パラシュートこそ開いたものの、大型輸送機から投下されている最中に機能停止したのだ。当然無事に着地できるわけもなかった。

 

 周囲に鉄塊が降り注がれる。

 中には単騎で戦域を支配するフリズスキャルヴのオプション兵装、無人機《エインヘリヤル》の試作機だってあるのだが、スノーホワイトが失われてしまっては役に立つまい。むしろ墜落の衝撃で燃料満タンの火器満載のフル装備が派手な爆発を誘発して逆効果でさえある。

 

 切り札が、悉く無効化されていく。

 質量兵器、フリズスキャルヴ、神槍、スノーホワイト、キャスター、無人兵器群――何とも実感の湧かないことであるが、あのアトラス院の『七大世界兵器』と同等以上に危険な神話級戦力である。

 しかもこれでできたことといえば、救世剣ミスラを乱発させ、カルキを四秒間足止めしただけだ。費用対効果としては最悪だろう。

 だが、当のカルキは、確実に限界が来ていた。

 

 端から見ていれば、最終英雄がその圧倒的性能を周囲に見せつけたと思えるだろう。

 英雄英傑は自らの限界を周囲に悟らせず最後まで立ったまま息絶える者も多いが、カルキだってその口である。というより、そのスライムみたいな表情筋のない顔で疲労の蓄積を推し量るのはさすがに無理であろう。

 

 実は、既に詰んでいる。

 

 カルキが己に課した戦闘時間は四秒だけ。それ以上はカルキの身体を形作り、かつ、魔群の素体となる九界聖体(ダシャーヴァターラ)が暴走する危険がある。救済があってこその終焉だ。九界聖体(ダシャーヴァターラ)はカルキが生きていなければ無制限に増え続け世界を浸蝕し終わらせることだろう。それだけは、世界を終わらせる権利を有していても、決して選んではならぬ結末だ。

 

 カルキが活動を停止すれば、自爆システムが作動し数万年前のムー大陸のようにアメリカ大陸を海に沈ませることになる。人類の大多数は死に絶え、文明が滅びることになるだろうが、絶滅させるまでには至らないと判断する。

 カルキは残り時間を使い切ってしまった。このままなら何もせずとも数秒後には息絶える。

 

 ここでカルキが助かるためには、三つの手がある。

 

 ひとつ目は、二等級以上の龍脈でのその身を早急に休ませ回復させること。

 簡単に言えば、温泉につかってリラックスすることであるが、残念ながらカルキがリラックスできるような温泉――質の高い霊脈がここにはない。過度に搾取されすぎたスノーフィールドの霊脈では、カルキを養い復活させるだけの魔力が圧倒的に足りないのである。

 よって、不可能。

 

 ふたつ目は、即座に休眠モードに入り長い眠りにつくこと。

 生き残ることだけなら現実的であるが、それを選択することはできない。以前は“偽りの聖杯”に守られその身は守られてきたが、今はいつ暴走するやもしれぬ九界聖体(ダシャーヴァターラ)が剥き出しのまま。神話級戦力を初手から投入してきた人類に対し、悪用される可能性は魔群以上に忌避すべきものである。

 よって、却下。

 

 そして、最後の方法は。

 

「■■■■■■――!!」

 

 半身を壊しながらも目前で咆哮し迫るランサーに、最終英雄は脱力し、手にしていた救世剣を持つことすらままならず地へと落とす。

 もはや戦闘に割けるだけの魔力は底を尽いている。試算してみるが、ここで全魔力を逃走に費やしたところでせいぜい一〇秒足らずで完全に力尽きる。

 根本的な解決にならなければ実行しても意味があるまい。

 だから。

 

「■」

 

 ランサーの魔群を容易く蹴散らして見せた爪が、同じようにカルキの頭部へ吸い込まれていった。左右に別たれた頭部は何を思ったのか。怨嗟。憎悪。無念。嫉妬。慟哭。憤怒――いや、そんなものなどカルキには最初から存在しない。

 だが強いて言うなれば、カルキはこの時こう思ったに違いない。

 

 いただきます、と。

 

 


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