Fate/strange fake Prototype   作:縦一乙

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day.final-04 神槍(真相)

 

 

 その聖櫃が発見されたのは、西部開拓時代にまで遡る。

 

 ゴールドラッシュに沸いていた当時、スノーフィールド北部丘陵地帯の岩場はすでに穴だらけであったこともあって、幸いにも好きこのんで手出しする者は少なかった。しかし道が開拓されたことでスノーフィールドに金以外を狙う者が現れる。それは魔術師などではなく、この地を欲したただの政府の役人であった。

 閉鎖的な環境の未開文明。圧倒的知識格差と、まとまった労働力、そして広大な土地。狙いどころとしては格好の獲物であろう。

 

 当時のスノーフィールド原住民にとって不幸だったのは、彼等を明確な敵と認識していなかったことにある。彼等によってもたらされた現代文明の一端はかつての暮らしを忘れさせるほどに魅力的であり、その瞬間が訪れるまでスノーフィールド原住民は友誼を結ぶべく努力すらしていた。

 それが間違いだった。

 

 米国政府との仲をより深めようと、原住民のとある一派が秘中の秘である聖櫃の元へとあろうことか招いてしまった。

 スノーフィールド奥深くに封印され祀られている巨大な聖櫃を見て彼らは何を思ったのか。他人の家に土足で入り込むことに躊躇がなかった彼らは、聖櫃を開けて中を確かめることにも躊躇はしなかった。

 

 世界各地の神話や民話にモチーフのひとつに「見るなのタブー」というものがある。「見てはいけない」とタブーが課せられたにも拘わらず、それを見てしまえばどうなるか。その結果は言うまでもあるまい。

 その後に起こった悲劇は凄惨なものだったと記録されているが、その詳細は不明のままである。

 

 ただ、原住民が総出で封印に当たり、その大半が死亡した。

 抑止力とみられる存在が出現し、中にあった存在を『どうにか』した。

 これほどの事態を引き起こしながら生き残った恥知らずが、政府へと報告した。

 

 その後、大幅に弱体化してしまった原住民を踏みにじるように裏切り騙し欺いて、米国政府はこの聖櫃を手中へと収めることに成功する。聖櫃のための研究機関を秘密裏に設立し、方々手を尽くしてそのために調査と封印を専門とする魔術師を世界各地から見つけ出し、引き抜いてきた。

 

 計画は一〇〇年以上前からスタートしていた。

 それでありながら、彼等は結局何の理解もしていない。

 封じられた英雄が本当にカルキであるのか、確証すら得ることができていない。

 彼等が必要としていたのはこの聖櫃を利用することで英霊が呼べるという一点だけ。

 その中身の興味など、最初からなかったのかもしれない。

 だから、その英雄が聖櫃から解放された時、何が起こるのか米国政府は真に理解していなかった。

 

 

 

 

 

「――これは全て、君達の仕業かね?」

 

 砂嵐となったモニターを変わらず見つめながら、大統領は静かに言葉を紡いだ。

 つい先ほどまで、彼はキャスターと直接連絡を取っていた。

 

 署長は一応の議論の末に裏切り者と認定されたわけだが、キャスターは議論の余地もなく裏切り者と認定されている。そんな信用のおけぬ危険人物との直接交渉。本来ならしかるべき順番で報告は伝わってくる筈だが、事前に送られたデータとスノーホワイトの強制介入によりその手間は省かれている。

 青ざめた顔で報告してきた計画遂行の幹部連中は、場合によっては比喩としではなく物理的に首を斬る必要も出てきていた。可能ならば直々に手を下したいくらいだ。

 

「あら、何のことかしら?」

 

 やはり優雅に紅茶の香りを楽しみながら、白い女は気付かぬ間にそこにいる。

 キャスターとの通信も聞いていた筈だというのに、その表情には何の変化もない。しかし、心なしか紅茶に映る彼女の瞳は揺れていた。

 

「惚けないで欲しい。聖櫃の破壊を仕組んだのは君達アインツベルンだろう」

 

 大統領の静かな糾弾に平然と白い女は紅茶を一啜りする。

 キャスターのかいつまんだ説明とキャスト紹介により詳細は把握済みだ。

 それによれば、本計画はもっとも危惧すべき状況に陥りつつあるらしい。即ち、“偽りの聖杯”の崩壊と、その内部に封印されていた最終英雄の完全開放。

 

 犯人はファルデウスなる現場司令官。

 彼はその権限から米国が後から施した封印である方舟(オリジナル・ノア)を悪用。四〇万年にも及ぶ時間加速により、発見当時から英雄を封印し続けていた聖櫃を破壊し、中の英雄を解き放ったらしい。

 

 幸いにして事前に召喚された英霊は六柱全騎顕在。そして最終英雄と直接対決ができる状況(キャスターを除く)にはなっている。

 それ以上の詳細は通信途絶により不明。

 ヒューストンから光の柱が現れたとの報告もある。件の英雄が何かをしたのは明白だった。

 

「濡れ衣だわ。そのファルデウスとかいう者が暴走した。ただそれだけのことでしょう?」

「いかに強大な権限を与えられようと、現場の創意工夫だけでどうにかなるのなら苦労はしないだろう。事前の準備がなければできるわけがない」

 

 実のところ、この百年間米国がどのようなことをしようとも、聖櫃の機能に何の影響も与えることはできていないのだ。

 聖櫃はあらゆる干渉を拒絶する。銃火器だろうと魔術だろうと、傷つけることは敵わず、蓋の開閉以上のことを許さない。試してはいないが、核の炎や魔法であっても結果は変わるまい。結局聖櫃がどのような原理によって機能しているものかさえ、科学でも魔術でもこれを解き明かすことはできなかった。

 

 莫大な人とモノと金と時間をかけて何の干渉もできなかったというのに、それを当代の担当者(しかも臨時代行かつ就任直後)があっさり成し遂げてみせれば疑って当然であろう。

 おまけに方舟(オリジナル・ノア)はその断片を解析したキャスターでさえ詳細を解明できず匙を投げた宝具だ。そんな詳細不明であやふやなものを数十年も前から保険と称して使用していたとなれば、これは余りに不可解。

 この状況にあって聖櫃破壊に使われたと聞けば、最初から仕組まれていたと考えた方が余程しっくりと来る。

 

「このカラクリを仕掛けるには相応の協力者は必要だ。なら、その容疑者の筆頭が誰か、語るまでもないだろう」

 

 大統領はこの計画の後任に過ぎない。

 政府主導の秘密計画と言えば聞こえはいいが、実体は詮無いものだ。魔術を解さずその時々の情勢に動かされる歴代大統領がこれに何か意見することができよう筈もない。蚊帳の外に置かれた神輿という立場は、歴代大統領全員に当てはまる。

 

 その全員に、アインツベルンは秘密裏に接触してきたのだろう。

 自分と同じように。

 

「……仮に、ですが」

 

 カップをソーサーの上に静かに置き、白い女が冷たい――というより温度を感じられぬ視線を大統領へと移す。

 

「我々が犯人であったとして、何か問題でも? 契約違反だと騒ぎ立て裁判所にでも訴えますか? 我々をテロリストにしたてあげ、特殊部隊を送り込みその実況を見ながら世界に喧伝しますか? かつてアボッターバードで行ったように」

 

 アインツベルンの茶化したような言い方に、まさか、と大統領は大仰に首を振って否定する。

 既に抜き差しならぬ間柄。どちらが利用し利用されようとも、それは自己責任というものだ。ここを御せぬようなら大統領どころか政治家を辞めてしまった方が良い。それは覚悟するまでもないことだ。

 

「我々は一蓮托生だ。私は君達アインツベルンを擁することで周囲に惑わされることなく動くことができる。君達は、私という駒を利用して大手を振って聖杯戦争の黒幕を演じれば良い」

 

 大統領の発言に白い女が反応することはない。しかしその視線は相変わらず大統領の顔に張り付いたままにある。

 

「意外ですね。我々があなたを惑わしている可能性を考えないのですか?」

「君達は私の期待に応えてくれた。成果について騙しているのなら考えもするが、それ以外について何か制約を設け制限をかけたつもりもない」

 

 大統領の言葉を最後に、互いに見つめ合う。

 探りを入れているというよりは、互いを確認し合う風でもあった。

 互いが裏切ることなど両者が考えていよう筈もない。

 最初から信用していないのだ。裏切りなど起こる筈もない。

 

「なら、大統領。これから如何するおつもりですか? 古今東西、禁じられた中身を暴けば後に残るのは破滅と相場が決まっておりますが」

 

 試すようなアインツベルンの口ぶりに、大統領は何食わぬ顔で窓の外を眺め見た。青い空が広がり、今日は良い天気である。肉眼で確認することは敵わぬだろうが、もしかしたら大気圏突入の光くらいは見えるかもしれない。

 

 米国政府は英雄が聖櫃から解放された時、何が起こるのか理解していない。

 だが、理解していないことは、よく理解していた。

 だから、そのための手段は講じていた。

 

「では、アインツベルン。君はスターウォーズ計画というものを知っているかね?」

 

 

 

 

 

 一九八三年、時のレーガン政権より打ち出されスタートした米国の戦略防衛構想――通称、スターウォーズ計画。

 大陸間弾道弾を軍事衛星で打ち落とし、核の無力化を図ったこの大胆な計画は、冷戦終結と共にその意義を失い、技術的問題をクリアできずに自然消滅していった。

 ――と、言われている。

 そのこと事態は嘘ではない。確かに計画そのものは終結したが、そこで培われた基礎技術は後世へと形を変えて受け継がれ、生き残っている。これは公然の事実であり、となればこの“偽りの聖杯戦争”にだって当然その技術は流用されている。

 その兵器は、衛星軌道上に存在している。

 

 宝具開発コード《フリズスキャルヴ》。

 

 キャスターが作った三つの最高傑作の最後の一つであり、その名は主神オーディンが座す高座から取られている。

 だが、神話に描かれる「全世界を見渡すことのできる」という当たり前のような機能をキャスターは付与してはいない。高座である以上、そこに攻撃能力などあるわけもなく、衛星としての機能は全て現代技術によるものである。

 

 キャスターがフリズスキャルヴに与えた機能は、持ち主を錯誤させる偽造認証の一点のみ。

 宝具というのは使用者やその状態によってその威力や性能が少なからず変動するものだ。キャスターはその性質を逆手に取り、所有者を偽りながら高度に比例して神性が増すという認識をその宝具に与えている。

 

 フリズスキャルヴには、ある宝具が搭載されている。発掘されはしたものの、この世の誰にも扱うことのできぬ宝具を使用するためだけに、この宝具は特化させられている。

 

 搭載されている宝具の名は、大神宣言(グングニル)

 主神オーディンが持つ、必中の呪いを持つ神槍である。

 

 神槍は、フリズスキャルヴを主と誤認し、目標を見定め、その威力を発揮した。

 

 


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