Fate/strange fake Prototype   作:縦一乙

14 / 164
day.02-04 繰丘邸

 

 

 スノーフィールドには二つの市がある。

 ひとつはスノーフィールドの中心であり元からあったスノーフィールド市。そしてもうひとつがスノーフィールド市のベッドタウンとして近年西部森林地帯を切り開いて作られたスノーヴェルク市である。

 昨今は広大な土地とスノーフィールド市へのアクセスのしやすさからスノーヴェルグ市は工場や研究所の誘致が推し進められ、登録上では三桁に迫る企業や大学が開発に乗り出している。

 

 そんなスノーヴェルク市の中でも森林地帯の最奥、各企業の工場や研究所からも離れたところに繰丘邸は存在する。

 

 繰丘一家はあくまで一般人としてこの地に居を構えたわけではあるが、周囲にある他の企業や研究機関と同様に広大な敷地を保有していた。

 建造物にしても細菌を取り扱っているためか、他企業の施設と遜色ない規模の研究所が複数棟建てられている。もちろん魔術師らしく地下の霊脈はちゃんと抑えているし、重層の幻覚と魔術結界によって中は立派に魔術城砦と化している。

 

 署長率いる二十八人の怪物(クラン・カラティン)が連絡が取れないのにも関わらず放置している理由は、迂闊にこの繰丘邸に入れば全滅するのが明白だからだ。

 

 だというのに、その繰丘邸を訪問し、あまつさえ家の中にまで無許可で侵入してきた愚か者がいる。

 

 工房の迎撃術式はこうした事態に備え、主不在であっても自動で起動するように設定してある。一般道から敷地内に侵入するだけでも突破は容易でなく、敷地内に至っては対サーヴァントを想定したトラップがごまんと用意されている。

 だがそんなことはお構いなく、侵入者は実にあっさりと繰丘邸のリビングで倒れている夫妻の元へと辿り着いていた。

 

「つ……ばき……」

「だ……じょ……ぶ……?」

「いえ、あなた方のほうが大丈夫ですか?」

 

 床の上で蠢動し壊れたレコードのような夫妻に対し、侵入者はそう言わずにはいられなかった。だがそれもおかしな話である。何せ、侵入者は繰丘邸に仕掛けられたトラップを全て解除もせず、その身に受けながら辿り着いていた。

 

 左手はぐちゃぐちゃに潰れているし、右手は氷付け、左足には大きな穴が空いているし、右足は炭化、おまけにその背中から胸に鉄杭が何本も突き刺さったままである。夫妻よりもまず自分の心配をするべきであろう。

 

「これは困った……話ができる状態でないとは」

 

 身体はともかく頭だけは無傷のまま、ランサーのサーヴァント、エルキドゥは涼しい顔をしながら困った困ったと呟いた。

 

 ランサーがこの繰丘邸へ訪れたのは、この場所にサーヴァントの気配をわずかに感じ取ったからだ。

 最高クラスの気配感知スキルを持つランサーにとって、たとえ数日前であっても形跡が残っていればその気配を追うことができる。マスターである合成獣の容体が安定するまであまり移動したくないため、このスノーフィールド西部にある繰丘邸は情報収集に丁度良い位置だったのである。

 

 とはいえ、繰丘邸に残されていたのはサーヴァントによって倒されたであろう魔術師が二人いるだけ。何とか生きてはいるものの意志の疎通はできず、情報を仕入れようにも仕入れ先が倒産状態である。

 

 気配感知によってこの二人がサーヴァントによって倒されたことは分かるのだが、どうやって侵入し、そして立ち去っていったのか、ランサーの鋭敏な感覚をもってしてもまるで分からない。

 

 トラップの中には一度きりの使い捨てのものもあったが、それらが解除されている様子もなかった。でなければ、ランサーがここまでトラップに引っかかりまくることはなかったであろう。

 

 だとすればサーヴァントはトラップを解除するスキルを持たず、かつ回避するスキルか能力を持ち合わせる者か、そもそもこの魔術師からトラップが機能しないよう許可された者かの二択となる。

 現実的に考えれば後者だが、それにしても状況が不可解だ。

 

「この人達のサーヴァントが裏切った……いや、マスターではないのだから三人目の魔術師が……けどこの部屋に残されている気配は最初から二つだけ……」

 

 頭の中であらゆる状況をシミュレートしてみるが、そのいずれもこの状況に合致しない。なまじ手がかりがあるだけに解答を得るのは難しい。

 ここでライダーという正解に近づくためには、まずサーヴァントとしての定義を取り外してみるところから始める必要がある。

 

 と、二人の魔術師の検分も終わり、繰丘邸内を物色するべくうろつき始めたランサーであるが、隣の部屋で硬く魔力の籠もった何かが突然砕け散った。

 

 ランサーの知る由もないが、それは祭壇に祭られた中国は始皇帝由来の一降り。繰丘夫妻がサーヴァント召喚のために大枚を叩いて手に入れた魔術礼装である。

 もし、ここに聖杯戦争とは別の英霊召喚システムがあれば、この触媒を用いて始皇帝を召喚できる可能性もあった。

 

 その可能性が、突然に失われた。

 

 何が起こったのか、ランサーがその目で確かめることはない。ランサーの気配感知スキルは、その必要性を認めないのだ。

 

 隣室にあったのは恐らくは宝具の類。

 神の宝具であるランサーにしてみれば人の手由来の宝具は遙かに劣る格であるが、現代においては破格といえるものだろう。だが、その身に帯びる魔力はともかく、使い手がいなければ発動できぬただの骨董品に過ぎない。

 

 自律起動する様子もなかったため、ランサーの優先順位としては二人の魔術師よりも低かったのである。そして調べるべきは砕け散った宝具ではなく、この状況そのものへと移っていく。

 

「……攻撃?」

 

 呟きは疑問系ではあったものの、確信に満ちたものだった。

 ランサーの気配感知スキルは、単に生体反応に限ったありきたりなスキルではない。生命を宿す動植物は無論のこと、水や空気の流れ、砂や岩といったものにまでそのスキルは網羅することができる。

 霊体だってその例外ではないのだから、森羅万象を網羅していると言っても過言ではない。

 

 現在その気配感知範囲は何故か建物内に限られているが、逆に言えば建物内であれば虫の一匹が飛んでいたとしてもそれを認識することが可能だ。

 

 けれど、建物内にそれらしき気配は皆無。まるで宝具がひとりでに壊れたような印象すら受けるが、破片が一方向へ放射状に散らばっている等、壊れ方があまりに不自然だ。

 信じがたいことだが、その攻撃はランサーが気付けぬほどに超高速で建物外から撃ち込まれたものであるらしい。

 

 一体どうやって、などとランサーは思考しない。より精密に気配を手繰っていけば、外から隣室までの順路にわずかな空気の乱れがある。単に直線や曲線を描いていれば気付かなかっただろうが、ほぼ直角に曲がった軌跡が複数あれば、これはもう確定的だろう。

 同時に脅威度としてはかなり低い筈の宝具が先に壊されたところから、目標の選別ができていないことも看破する。

 

 おそらくは強力で独特な魔力源のみを識別するよう設定してあるのだろう。他に魔力源となるようなものがないので、必然的に次に狙われるのがランサーとなる。

 

 建物の外から感知不可能な速度で迫る、必中の一撃――

 

「困ったな。これは僕と相性が悪い」

 

 呟いたランサーの脳裏に親友の顔が思い浮かぶ。

 ランサーというクラスからも分かるとおり、エルキドゥの戦闘スタイルは中・近距離戦を主としている。遠距離戦もこなせなくはないが、苦手な部類である。

 だからこそ、アーチャーたる親友が遠距離という穴を埋めることで、互いを補い合っていたのである。

 

 けれど、その親友も今は陣営を異にしている。

 それにいない者を頼っても仕方がない。

 

「――ああ。本当に困った」

 

 再度呟いたランサーの脳裏に親友の顔はすでにない。

 何故なら、呟いた直後にランサーの頭部は物理的に吹き飛ばされていたからである。

 

 


▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。