Fate/strange fake Prototype   作:縦一乙

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day.11-20 狂戦士

 

 

 深い後悔が、そこにあった。

 

 ランサーはその身体の五割を吹き飛ばされ、黄金の呪いに三割以上も浸食されている。そして後に残ったのは後悔の塊だった。

 唯一無事である頭部は、ただそれだけでも他のサーヴァントを圧倒する能力を秘めながら、していることはそんな益体もないことばかりだった。

 今もまたそんな自分を守るべく動いてくれたアーチャーを、十本刀(ベンケイ)の魔の手からランサーは助けようとしなかった。

 

 ランサーの気配感知スキルの前には十本刀(ベンケイ)など、小細工を働かせたところで丸分かりなのである。アーチャーに一声かけるだけで署長の目論見はあっけなく御破算となる。署長は窮地に立たされ、幼き朋友はより優位に物事を運ぶことができただろう。

 けれど、ランサーはそうしたことをしない。

 目を閉じて、英雄王の姿すら一顧だにすることなく、己の中に閉じ籠もり続ける。

 

 端的にいえば、ランサーは疲れていた。

 追い詰められたとき、人は強くはいられない。葛藤の狭間に立って、解決不能と思える様々な揉んだに直面すると、人は脆い。本来であるならそんな逆境あって強くなれる存在だからこそ、英霊は英霊たり得るのだが。

 

「僕は、強くなんてないんだよ……」

 

 そんなランサーの独白は、誰の耳にも届かない。

 もともとランサーが聖杯戦争に参加した理由は、過去の改変にある。

 

 かつて世界の終わりまで英雄王の傍らにいると誓いながら、ランサーはそれを破ってしまった。最期に見た英雄王が流した涙を、ランサーが忘れることはないだろう。友であったが故に、英雄王の矜持を傷つけてしまった。

 そのことを、聖杯の力でなかったことにしたかった。

 

 結局その願いはアーチャーと同時に召喚されたことで有耶無耶になってしまったが、決してなくなってしまったわけではない。むしろその思いは強くなってさえいた。

 それがまた、ランサーを強く縛り付ける。

 

 消滅したと思われていたアーチャーが助けに入ったことに、ランサーは衝撃を受けた。アーチャーが生きていたから、ではない。自らの裡から最初に出てきたのが、自らの恥部を晒したような「気まずさ」だったからだ。

 

 アーチャーの生存をランサーは信じていなかった。それくらい自身の気配感知スキルに自信があったのだが、裏返せばアーチャーの実力を信じていなかったともいえる。信じていないどころか、口車に乗って扱き使われ、こうして余計な手間を彼にかけてしまっている。

 

 エルキドゥという英霊は、いつからそんな下らぬモノに成り下がってしまったのか。

 友を信じる。そんな尊くも簡単で当たり前なことを、ランサーは貫けなかった。

 同じような失敗を、また繰り返す。

 

 アーチャーもそうしたことを理解しているからか、ランサーをアサシンから助けながら一度として視線を向けることをしていない。

 彼は彼で葛藤があり、その鬱憤をアサシンへ晴らすことで誤魔化しているが、本当に晴らしたいのはアーチャー自身に他ならない。そうした気遣いをさせてしまったことが、またランサーを苦しめる。

 

 いっそのことアーチャーが苦戦してくれればまだ良かった。しかし、いかに署長の十本刀(ベンケイ)が数に勝ろうとも、英雄王は互角以上の戦いを繰り広げてみせるだろう。

 追い詰められながらも、彼は不敵に微笑んでみせる。そこにランサーの助けが入る余地などある筈もない。

 

 ランサーの苦悩は、もはや消滅することでしか叶わない。

 今なら分かる。この偽りの聖杯戦争でバーサーカーが狂化していない、その理由。それはただの偶然でもなければ、マイナスとマイナスが合わさってプラスになる、という馬鹿げた理論でもない。

 本来の目的である抑止力としての機能を、『理性』という枷で抑え欺くためのものだ。

 

 狂化すれば、召喚された英霊は抑止力としてただ偽りの聖杯に刃向かうだけの暴力装置と化すだろう。それは“偽りの聖杯戦争”のシステムとしてははたはた拙い。だからこそこの戦争でサーヴァントは理性をなくすことを許されていない。

 理性をなくせないよう、召喚されるサーヴァントにはひっそりと制約を設けられている。

 

 思い返せば、ファルデウスやジェスターがランサーを挑発したのも、こうした制約の存在を確認するためだったのかも知れない。意図して狂うことは“偽りの聖杯戦争”では、できないように仕向けられている。

 

 期せずしてそんな戦争の裏事情に辿り着いたランサーであるが、この事実がどんな意味を持っているのか、そこまで気付くことはなかった。

 その瞬間までは。

 

「―――、」

 

 ドクン、と心臓が高鳴ったような気がした。

 いかに傷つき落ち込み気力を失せようとも、サーヴァントという器はマスターという楔の存在なくして成り立ちはしない。故にマスターの異常はすぐさまサーヴァントの知るところとなる。

 

 目の前で署長の十本刀(ベンケイ)と英雄王のヘタイロイがぶつかり合おうとしている。そしてすぐ下の第九層では時を同じくしてティーネ率いる二十八人の怪物(クラン・カラティン)が戦闘を開始していた。

 

 いや、より正確には、ティーネ達の攻撃の方がわずかに早い。

 ランサーはファルデウスの身に起こった事態を、その瞬間強制的に認識させられていた。

 それが、トリガーだった。

 

「―――、」

 

 気のせい、などではない。

 呼吸が定まらない。

 動悸が激しくなる。

 身体は燃えるように熱く、震えは止まらない。

 

 まるで人間らしい状態異常を、泥人形であるランサーは体験する。それは単なる勘違いであるが、異常であることに違いはない。この八層に撒き散らされたランサーの肉片も、同じように何らかの異常を発していた。

 

(令呪をもって、命じる――)

 

 幻聴が、聞こえる。

 ここにいる筈のない、ファルデウスの声。

 令呪の事前命令入力。

 条件が揃った時のみ、その令呪は効力を発揮する。

 

(我が身が危機に陥った時――)

 

 ファルデウスにとって、エルキドゥがランサーで召喚されたのは嬉しい誤算だった。偽りの聖杯戦争のシステムを知り尽くしていた彼は、システムの抜け道を把握していたからだ。

 神と呼ばれる類の存在を偽りの聖杯戦争では呼び出すことはできないが、ランクの落ちた欠陥品なら召喚できる。

 

 令呪を初めとして外部からの干渉によって英霊は強くもなれば弱くもなる。例えばアサシンは令呪で拘束されることでより強大な力を認識するに至った。例えばバーサーカーは正体を告げられることで強大な力を失った。

 前例があるのだ。ならばランサーとて同じようなことはできるだろう。

 欠陥さえ直してしまえば、英霊は神と同格の存在となる。

 

(ランサーよ――)

 

 次なる言葉を想像して、ランサーは真に叫びを上げた。

 かつて彼が喉から奏でた唄声は大地を鳴動させスノーフィールド全土に広まった。しかして、同じ喉から漏れ出る音は、決して同じようなものではない。唯一の救いはそれが局地的なもので終わったことか。互いに激突寸前でありながら、ヘタイロイはもちろん、署長やアサシンまでもがそんなことを忘れたかのようにランサーへ視線を向けてくる。

 

 ただ一人、アーチャーだけはその手を止めても、決してランサーを見ようとはしなかった。

 それだけが、ランサーにとって唯一の救いだった。

 幻聴が、最後の命令を告げる。

 

(獣へ戻れ――!!)

 

 瞬間、ランサーは自らの身体が溶けたように感じた。

 それは決して錯覚などではない。身体の奥底から力が無限に溢れ出ようとしている。天の創造(ガイア・オブ・アルル)はその無限の力に対応するべく、その形を適切なものへと変えようとしているのだ。

 

 ランサーは聖娼と六日七晩共に過ごしたことで、多くの力を代償に人としての理性と知恵を手に入れた。それを、ランサーは返上する。

 理性と知恵と人の姿を返すことで、失われた力を取り戻す。

 

 急速に拡大する意識のうねりに抗おうとするが、身体は暴れ馬の如くいうことを聞いてくれない。それでも意識がまだなくならないのは、それだけ取り戻す力が大きく、理性と知恵が莫大だったから。

 

 溢れ出てくる力に圧迫され、外へと逃げ出す先を求める。自然と、その方向だけは理解できた。

 視線を向ければ、そこには床がある。否、床の向こうには第九層があった。第九層には、偽りの聖杯が鎮座している。

 

 ありとあらゆる思考が軒並み書き換えられ、それ以外考えられない。

 現マスター、ファルデウスの恨みがなくなった。

 元マスター、銀狼の存在を忘れ去った。

 抑止力としての機能が、その姿を浮き彫りにしていた。

 過去を忘れ、未来を見ない。

 現在だけのために、ランサーは行動を開始する。

 

 八層と九層の間の岩盤は確かに分厚く、そして重厚な結界に覆われていたが、それだけだった。

 もはや誰のモノとも分からぬ異形の指先が軽く触れただけで、あっけなく亀裂が生まれる。そして、第九層へと続く闇が血栓の如く噴出する。

 

 闇の道を、ランサーは脇目もふらずそうあれかしと下へ下へと駆け抜ける。その間にも力は更なる力を呼び戻し、純白に磨かれていた筈の意識は拭いがたい穢れた汚泥へと変じていく。

 第九層に辿り着いた時には、もはや元が誰であるのか分からぬ程にランサーは変わっていた。

 

 変『神』していた。

 

 ランサーの視界に、暗黒球体が現れる。

 時間制御宝具、方舟(オリジナル・ノア)

 何人たりとも寄せ付けぬ拒絶の檻であるが、それの対処策をランサーは最初から持っていた。

 

 創生槍ティアマト。

 穂先が触れただけで方舟断片(フラグメント・ノア)を容易く崩壊へと導いたのだ。いかに原典といえども、ティアマトの前には相性が悪すぎる。

 

 構える必要はない。急ぐ必要もない。

 触れるだけでいいというのに、ランサーは重力をも従えその数瞬を惜しむかのように加速。仮に妨害する者がいたとして、天井が崩落する最中にあのランサーを捉えられる者などいるものか。

 

 なんの不思議もなく、かくしてランサーは方舟(オリジナル・ノア)へと辿り着いた。

 

(止めろ止めろ止めろ止めろ止めろ止めろやめろやめろやめろやめろやめろやめろやえろやめおめろやろやめややめろろめやMろややめYaめろやめRやMろYMRYMYYYYY―――!)

 

 創生槍ティアマトが、方舟(オリジナル・ノア)へと突き刺さる。

 最後に残った理性と知性が叫びを上げたが、そんなもの何の役にも立たなかった。

 最後に残ったランサーの記憶から、英雄王の存在すらも消えて無くなった。

 

 方舟(オリジナル・ノア)が砕け散る。

 同時に、ランサーは全てを失い、かつてを取り戻した。

 

「■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■―――――!!!!」

 

 鬼哭のような咆哮と共に、世界が変わった。

 

 偽りの聖杯が、開放された。

 

 

 


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