Fate/strange fake Prototype   作:縦一乙

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day.11-18 北風と太陽

 

 

 ジェスター・カルトゥーレは驚愕していた。

 長年生き続けているだけに、彼もとい彼女の経験は凡百のものではない。どんな状況だって予想の範疇であるし、よしんば予想外だとしても衝撃を与えるようなモノなどここ数十年記憶にはない。先日のアサシン召喚だって喜び打ち震えはしたが(物理的に殺害もされたが)、殊更驚くべきことではないのである。

 

 そんな彼女が、驚愕する。

 驚き、愕いた。

 

 この“偽りの聖杯戦争”において、ジェスターは常に優位な立場を作り続けている。刻一刻と変化し続ける状況に対応するのではなく、優位な立場となる状況を作り出し、立ち続ける。

 

 令呪を早々に使い切ることで敵の目を欺きやすくし、

 アサシンをバーサーカーに託し重しをつけながら自らを身軽にし、

 二十八人の怪物(クラン・カラティン)に情報戦を仕掛け揺さぶり、

 ロバの竪琴聴き(オノスリューリラ)で戦場を混沌に突き落とし、

 レギヲンの情報を流すことでティーネ達に署長とアサシンを開放させている。

 今もまた、ランサーを嗾けることでアサシンを成長させようともしていた。

 

 最小の労力で彼女は最大の功績を得ているのだ。

 署長とアサシンペアを圧倒した単身での強さは元より、彼女の最大の強みは長年培われ続けたその経験値に他ならない。彼女の先読みと状況対応能力を裏切るには相当なイレギュラーと偶然、あるいは幸運(もしくは不幸)が必要となってくる。

 

 だが残念かな。

 この“偽りの聖杯戦争”には、彼女を圧倒する幸運の持ち主が存在する。

 圧倒的実力差をものともしない圧倒的幸運差が、ここにある。

 

「あ。ジェスターさん、またお会いしましたね」

「何故貴様がここにいる!」

 

 叫ぶジェスターにフラットは何故怒鳴られているのか理解できない。

 

 ここは、彼らが通るルートとは明らかに離れたところにある。だからこそジェスターはこの付近を通ることもないように近道を教え誘導したのだ。万が一にも起こりうる偶然を予め殺そうとしていたのである。

 ここは、かつてジェスターがランサーと話した通路である。しかしあの時と違い、通路に嵌め込まれた分厚いガラスの向こう側に鎖と生命維持装置に繋がれた銀狼の姿はない。

 当然だ。生命維持装置はつい先程ジェスターが手ずから外したのだから。

 ここにあるのは、ただの物。

 ――だった筈なのに。

 

「何故だ!? 何故貴様がまだ生きている!?」

 

 ふたつ目の何故は、フラットの傍らで中の部屋から通路に出ようとする銀狼に向けられていた。

 肉体は限界に近付いていた筈だ。単純に傷つけられているだけでなく欠損もしているため、物理的な限界が通常よりも遙かに低い。神経が過剰に反応しやすくなって、風が吹くだけで激痛が全身を打ちのめす。五感の入力も出鱈目で、そもそもまとも機能しているかどうかすら怪しい。

 銀狼の肉体は疲れているというよりも削られている。消耗仕切った身体はもはや魂すら縛り付けておく余力がない。

 

 銀狼が立ち上がることはない。

 そう、ランサーに断言までしたというのに!

 

「え? そりゃ、生きてますよ。死んでないですから」

 

 ジェスターの恫喝ともとれる問いにフラットはさも不思議そうに答える。あるいはこの男、ジェスターの問いの主語を銀狼ではなく自分だと思っているのではあるまいか。

 

 ここでジェスターは初めて状況に焦りを感じた。

 ジェスターはティーネ達と別れた後、銀狼の生命維持装置を外しその証拠写真を撮り、スノーホワイトを奪取して電子欺瞞(ジャミング)装置を破壊。ランサーに写真を添付して送り、押っ取り刀でこの場に返ってきたのである。

 

 アサシンが開放された後に地下の“偽りの聖杯”に向かうことはほぼ確定事項。そしてランサーの性格と思考からファルデウスの指示に背いて第八層で待機するであろうと予想。二人が相対する可能性は八割強と手堅いものだった。あとはその背中を軽く押すために状況を整えれば、結果は自ずとついてくる。

 

 全てジェスターの思惑通りに事態は進行しているわけだが、当然二人が激突した後のことも考えなくてはならない。

 つまりジェスターは、アサシンがランサーに負けると思っていた。

 

 アサシンは非常に優秀であるが、それでもその在り方は『人』というカテゴリに収まるものだ。『神の宝具』であるランサーを相手に勝てる道理などありはしない。善戦はするだろうが、善戦止まりだろう。

 黄金呪詛(ミダス・タッチ)という伏線は張っておいたが、まさかそれだけでランサーが止まるとは思えない。

 ……実際にはそれだけで止まってたりするわけだが、そこまで完璧に予測できるのであればジェスターも苦労はするまい。

 

 故に、ジェスターはランサーを止めるための手札をここで用意しておいた。

 生命維持装置を外す。これだけでランサーを一度は動かすことができるだろうが、二度目は作りにくい。すぐにでも死にかねない銀狼はカードとして弱いのだ。もっとも、すぐにでも死にかねないのだから、その状況を改善すればいい。

 

 そのための手段を、ジェスターは持っていた。

 以前、ランサーにも伝えたことだ。

 吸血鬼らしい方法であれば可能性はある、と。

 

「この私の血を直々に送り込んだのだぞ! 何故食屍鬼(グール)にすらなっていないのだ!?」

 

 ジェスターの血は死徒の中でも特別であり、特殊である。何せ本体が血液なのである。その血を送り込むことは単純に眷属を増やすというより、自身の分身を作ることにも等しい。

 送り込まれた血はすぐさま銀狼の体内を駆け巡り、身体を作り替え幽体の脳を構成する。一時間もあれば生前以上の万全な肉体を持った銀狼が誕生する筈だった。

 まだ一時間も経っていないとはいえ、食屍鬼(グール)化すらせず逆に健康状態になっているのはおかしすぎる。

 

 この事件の最有力容疑者を、ジェスターは睨み付けた。

 フラットの経歴を思い出す。実際に会ってみたことであらゆる疑いは払拭されたと思っていたが、それは早計であった。やはりあのロード・エルメロイⅡ世の秘蔵っ子だけのことはある。まさかジェスターが数百年かけて築いてきた秘奥を別の形で再構築するなどと、想定すらしていなかった。

 事実と偶然と誤解と曲解が化学反応を起こしていた。

 

「クハッ……、クハッ、クハハハハハハッ……」

 

 人間、あまりに信じがたい事態に遭遇すると笑いが出てきてしまうものである。それは死徒にだって当て嵌まるものらしい。

 驚愕は焦りとなり、怒りとなり、そして殺意へと相転移する。

 

 完璧に統制されている筈のジェスターの血の肉体が、踊り出そうとしていた。血が沸騰し破裂するのではないかと思った程。佇まいこそ静かで冷めているように見えるが、それは爆発する前兆でしかない。

 しかして、嵐の前の静けさを勘違いする者もいる。

 

「ああ、よかった! 俺だと手に負えないと思ってたんですよ!」

「………あ?」

 

 そして、火に油を注いでいることに気付かない者でもある。

 

 そもそも、何故この場に銀狼が捕まっているのか。

 銀狼とアーチャーの接触はファルデウスも掴んでいる。だからこそ、アーチャーが消耗仕切っている隙を突いて銀狼を拉致したという経緯があるのだ。

 レギヲンの犠牲を最小限にアーチャーの力量を把握するため行った作戦だが、結局想定されていた対決がなかったのでその目論見は御破算となっていた。

 

 労なく銀狼を確保できた作戦。

 しかし、その真実はそれだけではない。

 

「英雄王が頑なに協力して貰えなくて。守るならともかく助けるのはプライド的に駄目だったみたいです。仕方ないから延命できそうな組織に銀狼を保護して貰うことにしてたんですよ」

 

 フラットは『拉致』という事実を『保護』と言った。

 

 何を言っているのだとジェスターは思う。

 ジェスターならずとも、思うだろう。

 

 自分ではできないから他人に任せる。口で言うのは簡単だが、他人が自分の望み通りに動くとは限らない。ましてやフラットにとって大事な戦友の命であり、アーチャーにとっての朋友の命綱。簡単に手放す方がどうにかしている。

 だが手元に置いておいたとしても、何の手助けもしないのならそれは真綿で首を絞めているのと同義でもある。

 フラットとしても別に楽観視しているわけでは決してなかった。むしろ銀狼を助けるために決断したのである。

 

 あの時スノーフィールドで銀狼を拉致できる組織は二十八人の怪物(クラン・カラティン)(正確にはレギヲン)か原住民の二択しかなかった。二十八人の怪物(クラン・カラティン)ほどの組織が治療施設を有していないのはおかしいし、原住民にしても要塞内に治療施設があるとティーネから聞き及んでいた。

 

 原住民には若返りの秘薬が下賜されている。結局これを使ったのは贈り主であるアーチャー本人であったが、銀狼がこれを使えば寿命をリセットもできる。対処策が用意されているので原住民に関しては何の不安もなかったのである。

 どちらかといえば、問題は実際に銀狼を『保護』したレギヲンの方。

 

「ジェスターさんならレギヲンに組みするだろうと思ってました。銀狼を癒やせるのはこのスノーフィールドだとジェスターさんくらいでしょうから」

 

 だから、利用させて貰った。

 ――などとフラットが思うわけもないが、実際はその通りであるし、ジェスターもそう解釈した。

 

 一体フラットがどうやってジェスターにそうした手段があることに気付いたのかは知らないが、事実として知識と技術と能力があるのは確かである。

 今まで散々盤上を引っかき回してきた彼女である。他人が自らの思い通りに動くことは当然であるが、その逆はあってはならぬこと。常日頃から他人を踏みつけ続けてきた彼女は、自らが他者の土台となることを受け入れることができぬのである。

 

「これは一本取られた……しかし勝手に人の血を利用するのは感心しないな」

 

 静かに口にされた軽口は、吹けば飛ぶような軽さと心臓を掴み取られるような寒さがあった。しかして、そうしたジェスターの殺気に当のフラットは欠片も気付いていなかった。

 空気を読むのが極端に苦手なフラットである。これがもっと表情豊かに分かり易く怒っていれば気付くことも(おそらく)できたのだろうが、傍目からは少しブルブル震えている程度にしか見えないのである。

 魔術師の殺意とはかくも恐ろしく容赦のないものだが、死徒の殺意はそれを上回る。そして過ぎたる殺意は逆に分かりづらく、誤った理解へと導いてしまうものである。

 

 北風と太陽。

 今のジェスターにこのイソップ童話を贈りたい。

 

「すみません。えっと、俺が支払えるものなんてあまりないんですが、」

 

 と、あろうことかフラットはジェスターから視線を外して懐を探り始める。自らの長年研鑽してきた秘技をそのまま盗み取られ利用された魔術師が求める対価など、古今東西盗人の命と相場が決まっている。

 そしてそれが分からぬフラットである。

 

 舐められた、とジェスターは思わない。思えない。

 とっくの昔にジェスターの怒りは限界を振り切っていた。もはや殺意だけで重力を操れそうな重さを持っている程に。最後の軽口だけでも奇跡である。

 

 大型の獣を相手に視線を逸らしてはならない。

 それは死徒にだって通用するモノらしい。

 フラットが目線を上げて『対価』を懐から出した時には、ジェスターの姿は既に目の前にあった。

 

 

 

 

 

「――フラット・エスカルドス。どうかしたのですか?」

 

 ジェスターがこの場にやって来てわずか数分足らず。銀狼の後から出てきた繰丘椿の身体を借りたライダーは、首を傾げるフラットに声をかけた。

 

 このライダーをして全神経を集中させた手術を行った直後である。何せ銀狼の体内に入った死徒の血を解析し分解し再利用するという神業的な手術だったのだ。元々かなりの消耗があったこともあり、術後の数分はライダーであっても身動きもできぬ状態にあった。

 

 まさかその数分の間にジェスターがやって来て銀狼の生存に驚き、ライダーのやったことをフラットが行ったと勝手に誤解し、あまつさえフラットを殺そうとしたなどと、思いもすまい。

 フラット自身にだって分かっていないのだから。

 

「ああ、うん。ちょっとね」

 

 ライダーの質問に曖昧に応えながら、フラットはジェスターが消えていった空間を眺め見る。

 

「意外とせっかちなんだなぁ、と思って」

「?」

 

 フラットの呟きをライダーは理解しない。

 まだ『対価』の説明もしていないのに、ジェスターはそれを聞くことなくさっさとこの場を去ってしまった。フラットからしてみればそれが事実なのだが、その誤解が解かれることはおそらく永遠にないだろう。

 

「ま、いっか。もう大丈夫?」

「お構いなく。早くアーチャーと合流しましょう。あの御大には一言言ってやらねばなりません」

「了解。じゃあ俺に付いて来て」

 

 言って、フラットはジェスターが消えた空間へ手を伸ばした。

 触れれば水面のような波紋が生じ、その存在を顕わにする。

 これは桃源郷や竜宮城、鼠の御殿に雀のお宿といった異界への扉。ただし、黄金王との戦場跡地に設置していたものとは異なり、これは固定されていない入り口である。主たるアーチャーの許可を得て、フラットはこの扉を自由自在に設置し開けることのできる権能を受け取っていた。

 

 扉を設置するのがあとコンマ数秒でも遅かったら、あるいは早かったら、今頃フラットはジェスターに言葉通りの八つ裂きになっていただろう。

 期せずして絶妙なタイミングでカウンターを放ってしまったわけだが、その幸運にフラットが気付くことなど、永遠にあるわけがなかった。

 

「それじゃみんな行こうか。英雄王――いや、“偽りの聖杯”の元へ」

 

 


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