Fate/strange fake Prototype 作:縦一乙
「ジェスターの時とは逆の立場だな」
「感謝はしませんよ」
「結構だ。私も感謝などしていなかった」
アサシンに肩を貸して支えるが、自力では立ち上がれぬほどダメージは大きかった。周囲をヘタイロイに完全に囲まれたこの状況である。脱出するにはアサシンの宝具に頼るしかないが、この状態で宝具の使用は無理だろう。
そうこうしている間に背にしていた車両のタイヤが破壊される。これで脱出手段はいよいよアサシンの宝具だけとなる。
誤算というほどではないが、希望を確実に潰されていく。
「それで、これからどうするつもりですか?」
「……どうするべきかな」
状況が全く好転していない。
何とかヘタイロイの攻勢を凌いだものの、ただそれだけ。
むしろ相手に危機感を植え付けてしまっただけに、悪化したともいえる。
ヘタイロイを押さえつけるのに、はっきりいってこの十本では数が足りない。一瞬でケリが付くことはないだろうが、数分だって保たないだろう。
「……投降を呼びかけてはくれないのか?」
「その必要性はないでしょう。インテリジェンスソードはオートで動く代わりに消耗が激しい宝具です。こうして対峙するだけで署長の精神を削り取れます。あまり時間のない身ではありますが、それでも数分を割くだけの時間はあります」
署長の切り札に唯一混乱もせず冷静で居続けたアーチャーは、爽やかな笑顔で冷静に署長の宝具は分析しヘタイロイに指示を出す。
アーチャーの言っていることは事実である。
確かにこの宝具は大概の局面に対応できる反面、数があるために酷くコントロールが難しい宝具である。アーチャーだって蔵の中にそうした剣の一つや二つは持っているだろう。それを使わないのは単純に使い勝手が悪いからである。
捕捉して追跡可能な標的の数や、敵味方識別、驚異度設定――オートで動くといっても人間同様の高度な判断能力を有するわけではないし、仮に有したとしても意図せぬ動きをされてはそれはそれで困る。
これが一本ならまだともかく、二本三本と増やせばそのコントロールの難易度は幾何級数的に跳ね上がる。そんなものが十本ともなれば人間の限界を超えている。むしろ邪魔でしかない。
そのためにバックアップ演算としてスノーホワイトの補助がかかせないし、補助があってもフィルターとなる使用者自身がその負荷に耐えられる保証はない。シミュレーションで英雄王すらも圧倒した宝具であるが、二分以内に例外なく暴走し自滅に陥いってもいる。
夢の中で署長は幾度となく特訓をしたものの、戦闘に耐えれる精度を維持するには最長でも一分が限界だった。継戦能力を考えれば、三〇秒以内に敵を殲滅しなければ必敗確実である。
署長の鼻から血か流れ出る。ヘタイロイを一蹴しアーチャーを強襲しアサシンを救出する。わずか一〇秒足らずの出来事に、もう署長の限界が来ようとしていた。
複雑で精緻な動きを要求すればするほど、この宝具の負担は果てしなくなるのである。当然、三〇秒というタイムリミットも早まることになる。
ひとまずヘタイロイを一定範囲に退けた段階で、その機能を部分停止させる。取り返しの付かないほどの疲労感に全身が襲われるが、ここで膝を付くわけにはいかない。幸い、体は重いが意識はクリアである。
「……この
いよいよもって限界を感じた署長は、最後の交渉に打って出る。アーチャーに語るのではなく、周囲のヘタイロイに警告をするためわざと大声で喧伝する。犠牲が確実となれば、士気に悪影響を与えるのは常道だ。
「加速機能を付加するためにこいつらには少量ながらジェット燃料を封入してある。大した威力ではないが、それでもここにいる全員を吹き飛ばす威力はある!」
なまじ人類最大のカリスマがあるだけに、兵はその判断を英雄王に仰がなければ動けない。英雄王の言葉を待つのは署長だけではない。
言葉巧みに英雄王へプレッシャーを与えようとするが、良くも悪くも相手は英雄王だった。
そんなことでどうにかなる相手ではない。
「……それで、ボクにどうしろっていうんですか?」
「見逃せ」
呆れながらも英雄王は署長の話に耳を傾けるが、その答えを聞いても態度が変わることはなかった。
署長の言葉が嘘である可能性は非常に高い。何故なら、それが本当だとすればもっと効果的な使用方法が幾らでもある。何せ決して多くはないとはいえ十本も目の前にあるのだ。どのタイミングであれ、内の一本だけでも実際に自爆させれば済む話である。
最初の一撃でアーチャーを仕留められなかった段階で、署長の進退は極まった。あとはもう、こうしたブラフでしかこの窮地を脱することはできない。幼い英雄王が睨むに、九分九厘署長の言葉は嘘である。
しかも署長の要求は、単純に『この場』だけのものでもない。業腹なことに、署長はこの一連の“偽りの聖杯戦争”全てにおいて静観するよう言っている。
「よしんば、ここであなたを見逃したとしましょう。それでどうするというんです?」
「平和裏に解決する道を探す。“偽りの聖杯”を厳重に封印し、その管理監督に協会に委託する。米国政府に再発防止を約束させ、関係者の処罰を求める」
「それでボクが納得するとでも?」
「納得してくれ。この私の命が欲しいなら、後でいくらでもくれてやる。だが“偽りの聖杯”を封印するには全サーヴァントの力が必要となってくる。このアサシンだけでなく、私はアーチャー、お前にも生きて貰いたい……!」
署長の懇願に、アーチャーは、
「ハァ」
と分かり易く溜息をついた。肩を竦めて困った困ったと呟くけれど、その所作は少しも困っていなかった。
元々関係者全員を一掃するのがアーチャーの目的である。ティーネとランサー以外、見逃すつもりはない。協力してくれたフラットや、このヘタイロイだって最後には根絶やしにするつもりですらあった。
交渉は、決裂する。
いや、最初から交渉などなかったのだ。
「命乞いの方がまだマシだったよ」
「私はお前を殺したくないのだ」
「残念だよ、署長」
署長の言葉をアーチャーはこれ以上聞き入れない。
土台、説得や交渉というのは互いの存在を認め合うところから始めなければならない。その点アーチャーは最初から平和裏に済ませようという署長達を認めてなどいない。
署長は署長で自らの目的を阻むアーチャーを排除せざるを得ない。交渉のようにみせておきながら、互いに主張しあっただけでしかないのだ。
噛み合わぬ間であれば、どちらかが消え去るより他はない。これは戦争なのだから、こうしたことが起こることこそが普通なのである。
瞬間、アーチャーは
一瞬で戦力が半減したことに、署長よりもヘタイロイが反応した。
残り五本で、ヘタイロイの猛攻を耐えきれるわけがない。我先にと署長とアサシンの元へ殺到するヘタイロイだが、
「宝具
またも、彼らは呪文のように唱える署長の声を聞きそびれる。
だが聞きそびれなかったところで、彼らの動きは変わるまい。
今署長が起動した宝具は、古代日本の政治家が複数人の話を同時に聞いてその場で返答したという逸話を元にしたもの。つまりは高速思考と分割思考であるが、これを鼻で笑う魔術師も少なくはないだろう。凡人からすればそれはそれで凄いことであるが、わざわざ宝具としなくとも人体を演算装置とする術に特化したアトラス院の錬金術師であれば日常的に行っていることである。
宝具の行使により署長の負荷は通常値の一割近くにまで減らされる。それは戦闘時間の延長と精度向上に直結しているわけだが、もはや宙に残った
それでも、署長は不敵に笑う。
そして徐に左手を挙げ、指を鳴らした。
意味のあることではない。ただの演出だ。こうまで想定通りの動きをされると格好を付けたくなるものだ。キャスターの気分が良く分かる。
「愛してるぜ、兄弟」
この宝具を急ぎ用意してくれたキャスターに、署長は心から感謝する。兄弟と呼ぶなと何度も言ったが、今この時ばかりは逆だ。
当初の署長の目的は人間による英霊の打倒である。その最たる目標がアーチャーであり、署長個人としてもシミュレーターではなく現実としてアーチャーと戦いたいと思っていた。
その目的がここに実現する。
キャスターが急ぎ用意したこの宝具をもって、署長は英雄王を打倒する。
「宝具
署長の背後、車両の荷台で何かが飛び出てくる。
そもそも、何故『十本刀』で『ベンケイ』などと呼ばれているのか。その理由はただの言葉遊びである。
日本において『白』とは『百』から『一』を引いたが故に『九十九』の意味を時に内包する。そして宝具の名となった『ベンケイ』とは、かつて京の都で太刀を集めていた怪僧の名である。
署長の背後に展開される宝具に、さしものヘタイロイもその熱を一気に冷やされた。
「英雄王、さっき言ったな。私達は数が好きだと。ああ、それについては同意しよう。数こそ、我々の強みだ」
十本刀とは、ベンケイが集めた太刀の数を表したものだ。
ベンケイが集めたのは目標としていた『千』本に『一』本足りぬ数。
故に、その数は『十』となる。
「
署長を中心に、世界が爆裂した。
床を、天井を、空気を、全てを切り裂き、音速を超えて九九九の剣が疾走する。