Fate/strange fake Prototype 作:縦一乙
アイオニオン・ヘタイロイ。
それはかつて、英雄王に挑んだ征服王が持つ宝具の名である。
彼と彼の臣下の英傑達、その絆の象徴を指して、
しかしこの名にそんな意味があるなどと、名付け親たるフラットが知る由もなかった。
彼はただ、教授がよくゲームで使用していたチーム名を借りただけ。そこにさほど深い意味があるわけもなく、これを使えば教授が気付いてくれると思ったからだ。更に気付き易いようにオンラインカードゲームで教授が普段使っている「London☆STAR」ではなく、自分が名付けさせて貰った(という認識の)二つ名を選んだのだが、教授は気付いてくれたであろうか。
遠い空の向こうでこの選択がどういう結果を招くことになったのか、フラットが知るのはまだ先の話である。
最初に、英雄王の周囲で空間が揺れた。
それは空間と空間が繋げられた証拠でもある。
だからこれは
そこから出てくるのは、英雄王の意志を必要とする宝具の原典ではない。
そこから出てくるのは、英雄王の命令を必要とする現代の英雄である。
小石を投げた水面のような波紋を生じさせながら、彼らは現れる。
一人、二人、三人、四人――……数えようとするのを止めたのは、虚空にうねる波紋が辺り一帯を包み込む程拡がったからだ。それは正解だ。人の目で数えるにはその数は多すぎる。
その数、実に163名。
その全員が、即戦力となり得る一線級の魔術師だった。
その全員が、溢れんばかりの魔力を秘めた宝具を持っていた。
アイオニオン・ヘタイロイ。
その真の正体は宝具を装備した魔術師軍団である。
これに比べれば今現在基地上層を侵攻している連中なぞ末端も末端。同じヘタイロイであろうとそのレベルには雲泥の差がある。例えオリジナルに劣ろうとも、宝具の輝きは現代の魔術師を古代の英傑に肩を並べさせることができるのだ。
人の手により、彼らは英霊を打倒しうる力を手に入れている。
そしてそんなヘタイロイ精鋭を相手にするのは、
「お前馬鹿か!? 丸腰の人間相手に大人げなさ過ぎだろ!?」
公務員一人(しかも怪我人)だけだった。
「ボク、子供ですので」
「てめぇ補導してお父さんお母さん泣かせてやるからなっ!」
などと怒鳴ってはみたものの、この状況はさすがに署長の予想の斜め上。思わず我を忘れてキャスターのようなことしてみるが、それは外面だけである。内面ではやはりキャスターと同じく冷静に周囲を分析している。
何者かが魔術師を手当たり次第に狩っている、という情報は開戦当初より入ってきていた。宮本武蔵が市街地で暴れた時にだってアサシンの宝具によって78名の行方不明者も出ているし、スノーフィールドを離れようとする人間と実際に出て行った人間との数も、確認できるだけでかなりの差があった。
知ってはいたのだ。だから基地を襲撃した部隊があったと聞いても驚きはしなかった。むしろフラットがこの部隊創設に関わったと聞いた時点で納得すらした。だが、行方不明となった人数のほとんどが生き残り、あまつさえ事前にあの英雄王が宝具を下賜して部隊を温存していたなどと、さすがの署長も予想できる筈もなかった。
もっとも、ピンチに陥ることは想像していた。
「では署長、さようなら」
アーチャーの号令に、ヘタイロイは忠実に従った。
兎は獅子に全力を尽くさせる。
過大評価ではあるが、それだけ署長はアーチャーに危険視されていた。
奥の手のひとつやふたつあると思われても、おかしくない。
だからこそアーチャーは奥の手を出す間もなく、丸腰であることを確認した今この瞬間、一気呵成に確実に、念入りに全力を以て潰しておこうとした。
卑怯というなかれ。王の裁定に抗うことなどもとよりあってはならぬこと。本来であるなら署長は疾く自死するべきところ。王の手を煩わせたことの方が不敬である。
(――なんて、思っているのかね)
幼くなったことで多少丸みを帯びたような気もしたが、その本質は全く変わっていなかった。むしろ傲慢の温床となるべき実力が劣ったことで、油断もなければ情け容赦もなくなっている。
交渉アプローチを間違えたような気もしたが、大人相手であろうと結果が変わることはあるまい。交渉が決裂するのは大前提。もとよりまとまる話でもない。そんな状況で何の準備もなしにあの署長があの英雄王を前に動くわけがなかった。
奥の手は、既に出している。
「
呪文のように唱える署長であるが、残念ながらその声はヘタイロイの喧噪と熱い空気に攪拌される。
この状況で一体何をどうしたら助かるというのか。丸腰の男が一体如何にして無敵の楯と無敵の矛を手にしたヘタイロイを止めるというのか。よしんば止めることができたとしても、津波の如き突撃は開始され――
「――は?」
この場で一番混乱したのは、そんな津波の先頭であった。
一番槍を仰せつかった彼らはもちろん一流の魔術師であり、一流の戦士でもあった。英雄王より下賜された宝剣は自らの手足と同じく自在に動く。纏った白銀の鎧に感覚は極限まで研ぎ澄まされる。そして英雄王の号令は己の内に更なる力を与えてくれる。
一呼吸の内に署長の眼前に肉迫した彼らであるが、意識が署長に集中しすぎていた。
故に、彼らは自らの足元を留守にしていた。
剣道であれば反則負けだが、戦争に反則はあるまい。
突如として出現した『段差』に一番槍の全員が揃って躓き、後ろに控えた第二陣が転けた第一陣と激突する。そうしてできた即席の壁は署長を守る楯となり、更なる追撃を阻んでみせる。中には転けた第一陣の背中を踏みつけ上空より襲いかかろうとする猛者もいたが、対空迎撃こそこの宝具の真価を発揮する戦場であった。
銀閃が飛び交い、襲いかかった者の数だけ煌めく。状況が分からずとも異変に気付いた第三陣が足を止め様子を伺い警戒するが、それも悪手だった。
「へえ?」
この状況で最も落ち着いていたのは、やはり英雄王。
ヘタイロイの人影が邪魔となり、視線だけで状況を把握することは無理だ。混乱が伝播し怒声が飛び交おうとする中、英雄王は背後から忍び寄る微かな異音をいち早く察知していた。
間髪入れず
英雄王を襲った一撃の正体は、近代的なフォルムの日本刀。
空気抵抗を考えられた刃は薄く鋭く、その刀身はミラーコーティングされ視認しにくくなっている。鍔はなく、柄は太く長い。人がその手で使うには少々不便そうな得物。
攻撃された方向からして署長のいる位置とは真逆。ならば署長とは別に敵がいるということになるが、その考えは些か早計だった。
ヘタイロイの足の間を器用に駆け抜け斬りつけていく様は鎌鼬と同じであるが、刀の目的はいたぶられ崩れ落ちているアサシンにあった。
刃の先端を器用にアサシンの服にひっかけ、そのまま急速離脱。
「狼狽えず距離を取って! 全周警戒!」
なまじ人数がいたことで対応が遅れていた。
幼くなったとはいえ、呪いの如き人類最高のカリスマは健在だった。たったそれだけの命令で瞬く間に隊列が整えられていく。
混乱した時間はわずかに一〇秒。これを短いとみるか長いとみるか、意見が分かれるところかもしれないが、少なくとも署長の目論見は半分失敗である。
署長は英雄王暗殺に失敗していた。
「ほとほと、君達は数が好きなようだね」
既に英雄王はこの宝具に当たりを付けている。
古今東西、宙を飛び交い勝手に動き回る武具の逸話は数多い。鞘から離れ勝手に動く。主人の危機に駆けつける。血を求め彷徨うモノもあれば、刀身に触れた者を乗っ取るモノもいる。中には人格を得て喋り出すモノもいたという。
そうした剣を署長は車両の下や第九層の天井に浮かせて接近し、奇襲を仕掛けたのである。
「無限の蔵を持っている英雄王には負けるさ」
宙に刀を九本浮かし、周囲のヘタイロイを威嚇する署長。最後の一本がアサシンを隣に連れてやって来る。
合計で十本、自律起動した刀が署長を守るように浮いている。
レベル3の規制宝具、インテリジェンスソード
宙を自由自在に飛び回り三次元照準を可能とする自動機動兵器群。事前に封入された魔力とジェット燃料により人間の知覚を遙かに超えた機動性と攻撃性を有している。
剣林弾雨の戦場にあって怯むこともなく、その身を砕けど戸惑わず、地に落ちてさえ敵兵から疑念を抱かせる。その大きさ故にどんな場所にも効率よく対応し、人体に制限された剣術に束縛されることもない。
一騎当千を言葉通りに可能とする宝具であり、レベル3のリミッターを解除されれば他を圧倒する制圧能力を使用者に与える。
実際、シミュレーションでは英雄王の宝物蔵を相手に手数で圧倒したこともある。
これこそ、署長が単身で英雄王と相対できる、唯一の奥の手だった。