Fate/strange fake Prototype   作:縦一乙

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day.11-15 勝利条件

 

 

 ギリギリ間に合ったのは、偶然の積み重ねによるモノだった。

 

 第八層の空間は高く、そしてひたすらに広い。

 第九層への緩衝材としての役割を担っているので、現時点で第八層には何の設備も設置されてはいない。とはいえ、この広大な面積を遊ばせておくのはもったいないのも事実。いずれはなんらかの実験施設が作られる予定であり、天井のライトもその時を想定して設置されたものだ。だから、点検用に車両も常備されている。

 アサシンとランサーの激突の余波に晒されてはいたものの、ドイツ製の大型車両は無駄に丈夫にできていた。

 

 現場となっている外殻まで約一キロの距離がある。こうも極端にアサシンがランサーを引き離したのは、ティーネが安全に充填剤が封入された床に穴を空けられるよう、安全マージンを作ったからである。

 走ってもそれほど時間はかからないが、それではせっかく用意した宝具は十全に扱えない。おまけに傷は癒えていても拷問直後の体力では不安がある。それになにより、今は一分一秒が惜しかった。

 

 車両がなければ署長がその場に間に合う可能性は低かったに違いない。

 署長の目の前には満身創痍のアサシンと黄金に冒されたランサーがいる。しかし、署長が大型車両から降りながら声をかけるのは、そのどちらでもない。

 

「そこいらで止めていただこうか」

 

 署長が声をかけたのは、目前でアサシンを追い詰めようとしている二十八人の怪物(クラン・カラティン)の男。署長にとって当然知った部下の顔であるが、向こうはこちらの顔を知らなかった。

 当然だ。この男は先にライダーと戦った二十八人の怪物(クラン・カラティン)の偽物。署長の部下などではない。

 

「――へぇ。君が噂に聞く署長さんかな。初めましてだね」

 

 軽薄な笑みを顔に貼り付けたまま、偽物は署長を出迎える。

 最低限の礼儀を重んじたのか、それとも署長の部下という仮面が気に入らなかったのか。出迎えるべく歩んだだけで、偽物の姿形は一変する。陽炎の如き歪みを脱ぎ去り、偽物はその正体をあっさりと明かしてみせた。

 豪華な金髪に、血のような赤い瞳。そして幼い体躯。

 一見すれば、この偽りの聖杯戦争初登場の『少年』。

 しかして、この程度の変化で敵と定めた英霊を署長が見誤ることはない。

 

「話はティーネ・チェルクから聞いている。お目にかかれて光栄だ、英雄王」

 

 歩み寄る英雄王に対し、署長は大型車両を背に動かない。王に対して不敬の誹りを受けかねないが、幼いとはいえ英雄王を相手においそれと動くことなどできはしない。

 なるたけ抑えてはいるが、全周に漏れ出た殺気は――恐怖は隠しようもない。初陣したばかりの頃を思い出すが、その時だってこうまで露骨ではなかった。

 それだけ、綱渡りをしている感覚があった。

 

「そんなに怯えないでくださいよ。ほら、ティーネさんから事情は聞いているんでしょう? 今のボクが闇雲に動くわけないじゃないですか」

 

 邪気のない、天使のような笑顔のまま、英雄王は闇雲でなければ動くと言ってみせた。

 

 南部砂漠地帯での一件の詳細を、署長はスノーホワイトに侵入していたためにその詳細を把握していない。

 

 茨姫(スリーピングビューティー)による地形補正。

 二十八人の怪物(クラン・カラティン)による弱体化。

 キャスターによる王の財宝(ゲート・オブ・バビロン)の奪取。

 強化型地表殲滅爆弾(デイジーカッター)の殲滅爆撃。

 

 そのいずれも又聞きであるが、これで消滅していないというのは異常である。

 それでも、ティーネの生存を聞いた段階で署長は英雄王の生存を確信していた。

 

 ファルデウス・ランサー・キャスター、それぞれがそろって存在が確認できないと言ったとしても、それは必ずしも消滅とイコールではない。そして案の定、英雄王は生きてこの場に現れている。

 ファルデウスの失敗は、ティーネをあの茨姫(スリーピングビューティー)の中に連れて行ったことか。ティーネが自らの命を大事にすれば、アーチャーの足枷となるのは間違いない。

 だが自らの命を大事にしなければ、その限りではない。

 

 令呪による時間跳躍。

 そして跳躍後にティーネに下賜した若返りの霊薬も強制して飲まされている。魔力は大幅に弱体化するが、その波長はほとんど別人といっていいほど変化することだろう。ファルデウスの眼から逃れるにはこれくらいしなければならない。

 

「まったく彼女にも困ったものだよね。普通に考えれば生身の人間があの威力に耐えられるわけがないってのに」

 

 もしティーネが自らを最優先とするのであれば、令呪で自らの守護をアーチャーに命令するべきであった。令呪で強化し、自らも全力で防御すればあの場で助かる可能性はずっと高くなる。

 それをしなかったのは、ティーネがこの聖杯戦争終結に最も必要な存在は巫女である自分などではなく、英雄王だと判断していたからだ。アーチャーなら自分以上にこの戦争を上手く終結させられると信じ、託したのである。

 かつて単独行動スキルによってマスターを苦悩の渦へと導いてきたアーチャーであるが、事この事態に限っては恨めしく思ったことだろう。

 

「恩着せがましい限りだよ。民が王に奉仕するのは当然の義務だけど、だからといって彼女のことを無碍にするわけにはいかないからね」

 

 だから、幼い英雄王はこの最終戦に参加した。

 ティーネ・チェルクが死ぬ必要がないように、動いている。

 

 現在“偽りの聖杯”は方舟(オリジナル・ノア)によって守られている。あれがある限りティーネ・チェルクがその命を“偽りの聖杯”に捧げることはできない。英雄王が危惧するティーネの犠牲は、必要がない。

 

「アーチャー、こちら側に付け。全員が一丸となれば全てが丸く収まる。ティーネ・チェルクは死なない。ランサーも生き残る。だから――」

「だから? だから、こうしてしたくもない寄り道をしてるんじゃないか」

 

 説得しようとする署長に対し、幼い英雄王は聞く耳を持たなかった。そしてそのまま、足元に転がるアサシンの腹を蹴りつける。

 呻くアサシン。子供の力では大した威力ではないが、それでも今のアサシンには無視できぬダメージになる。

 

 アーチャーの目的は三つある。

 一つ目はマスターであるティーネ・チェルクへの義理を果たすこと。

 二つ目は親友たるランサーとの決着を付けること。

 

 この二つを達成するためならアーチャーはあらゆることを許容し、障害とみれば排除することを躊躇わない。だから義理を返すためにティーネの思いを踏みにじりもするし、銀狼をあえて敵に浚わせるのも黙認する。そして、ランサーを痛めつけたアサシンを無視することもない。

 

「まったく腹立たしい限りだよね。けど黄金王と戦っていた頃から『怒りで我を忘れるな』って令呪で縛られていたようでね。おかげで本調子が出せなくて、随分と廻り道をしちゃったよ」

 

 冷静に、冷徹に。

 子供のままの無邪気さで、ゆっくりと確実に。

 計算高く、英雄王はアサシンをいたぶり続ける。

 

 無理に割って入ることも考えるが、その場合署長もろとも行動不能にされる可能性が非常に高かった。迂闊に動けば、その瞬間躊躇なく殺されるだろう。

 そうした署長の考えも踏まえた上で、挑発されていることも理解できる。万死に値するとはいえ、無意味に罪人をいたぶるのは英雄王の趣味ではない。戯れにいたぶることはあるかもしれないが。

 

「ところでさ。さっきからボクに対してなんか勘違いしてないかな。ボクの目的は君達と同じだよ。偽りの聖杯戦争を終わらせようとしている。本来の目的を、ボクは違えてなどいないさ」

 

 アーチャーの言葉に、嘘偽りはない。

 全サーヴァントが召喚された唯一にして本当の理由。

 “偽りの聖杯”を人の手から取り上げ、世界の危機を回避させること。

 それが、アーチャーの三つ目の目的。

 

「ハハッ。……何を戯れたことを言ってるんだ、英雄王。この状況のどこか、同じ目的だというんだ?」

 

 無理に笑おうとする署長の頬を、汗が伝い落ちる。背中に伝う汗より、その温度は低い。

 “偽りの聖杯”をどうにかするには、召喚された六柱の英霊の力が必要だ。誰か一人でも欠ければその力が足りなくなる。それを理解しながら、アーチャーはアサシンを排除しようとしている。

 

 最悪だ、と署長は思う。

 世によくあることだ。同じ目的であっても、アプローチが違えば人は争うしかない。互いに平和を求めながらも、片や対話を選び、片や戦争を仕掛ける。

 本来の抑止力という形であれば対話など選びようもないが、互いに争い合うこともなかっただろう。

 

「同じことさ。結果は変わらない。むしろ、どうして君達がそこまで不合理に動いているのか理解できないよ」

 

 余裕を滲ませて、英雄王はアサシンの頭を踏みつける。

 

 勝負に勝つ方法は幾つかある。

 代表的なものが「勝利条件を獲得」であるのだが、それが唯一の道ではない。勝利条件があれば敗北条件もあり、それは勝敗を決する相手にも言えることなのである。「敗北条件を排除」「勝利条件を奪う」「敵に敗北条件を与える」その何れであっても結果としては自らの勝利に繋がる。

 

 この一連の戦いを例に挙げるなら、署長やキャスター達がしようとするのが、“偽りの聖杯”をどうにかしようとする「勝利条件の獲得」である。もちろんこれには幾つものハードルがあり、達成条件に差違があるのは認めなければなるまい。最終目的は一緒でも、「破壊」と「封印」ではその意味はまるで違うのである。

 キャスターが立てた作戦でさえ、状況次第で選択を変更せざるを得ないのだ。独自路線を行くアーチャーなら、もっと根本的なところで選択を違えているのも当然だ。融通が利くものでもないだろう。

 

 本来なら、アーチャーはこの場に来る必要はない。ここに来たのは、単純にティーネとランサーを確保しにきただけ。市民を解放しようとするのも、フラットに懇願されたからに過ぎない。

 

「英雄王、臆したか」

「大人のボクならその挑発に激昂したんだろうけど、そんな言葉は幼くなったボクには通じないよ。

 そう、署長の言うとおり、ボクは臆したんだ。英雄王は臆した。“偽りの聖杯”、あれはこの英雄王の手にすら余るものだ」

 

 幼い英雄王は、断言する。

 英雄の中の英雄が、匙を投げる。

 

「“偽りの聖杯”をどうにかするべく召喚された存在が、その理由を否定するというのか」

「召喚された当時と現在とでは事情が異なるってことさ。特にフラットの存在が大きかったね。たまたま拾ったマスターだったけど、これが存外大当たりだ。彼のおかげで、ボクは最も確実でスマートな方法を取ることができる」

 

 既に英雄王は答えを得ている。

 夢世界であの聖櫃を目撃したのは、何もティーネ・椿・ランサーだけではない。フラットだってその天才的な解析能力で直接聖櫃を見ているのだ。あの瞬間、あの男は令呪の構造を見ただけで解析したように、“偽りの聖杯”を見ただけでこの聖杯戦争の真実にあっさりと辿り着いたのである。

 

 冬木の聖杯戦争の正体を言峰綺麗から聞いたように。

 偽りの聖杯戦争の正体をフラットから聞いていた。

 

 “偽りの聖杯”の正確なリスク値。

 “偽りの聖杯戦争”をしかけた者の正体。

 ならば、後は天秤の問題だ。秤にかけて重いのはどちらか。

 

 だから、と幼い英雄王は選択する。

 「勝利条件」を満たすことを選ばず、「敗北条件」を排除することにした。

 

「関係者を皆殺しにすれば、“偽りの聖杯”を手に出す者はいなくなる。世界の危機は回避される。結果は同じことだろう?」

 

 幼い英雄王は、国を滅ぼすと宣言した。

 バビロンの宝物蔵を奪われてなお、幼き英雄王は不遜に君臨する。

 

「本気か、英雄王」

「愚問だね。いかに強大な国であろうと、“偽りの聖杯”を相手にするよりよっぽど楽さ。数多の国を滅ぼしてきたボクが、躊躇するとでも思ってるのかい?」

 

 その言葉を、署長はかみ砕いて飲み込んだ。

 その言葉に、偽りなどあろう筈もない。

 臓腑に落ちた言葉は、確かな熱を持っている。

 

「……残念だ英雄王。だがその台詞を私の前で口にする意味を考えて欲しいな。私が一体誰なのか知らなかったか」

二十八人の怪物(クラン・カラティン)の長? キャスターのマスターってことかい? それともアサシンのパートナー? どれであったとしても敵ってことには違いないよね」

 

 署長の問いにアーチャーは軽く答える。

 確かに、こうなってしまえば敵であることには違いあるまい。

 しかして、署長が一体何者かという問いは間違っている。キャスターのマスターなど、召喚された当時から肩書きとして意識したこともない。

 

「大事なことを忘れてるぞ、英雄王」

 

 二十八人の怪物(クラン・カラティン)の長として、アーチャーは敵である。

 キャスターのマスターとして、アーチャーは敵である。

 アサシンのパートナーとして、アーチャーは敵である。

 だが、署長はアーチャーの敵ではなかったのだ。

 

 だから厳かに署長は自らの存在意義を宣言する。

 この瞬間、アーチャーは署長の明確な敵となる。

 

「私は、このスノーフィールドの街を預かる警察署長だ」

 

 国家の敵を前に、公務員が立ち塞がった。

 

 


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