Fate/strange fake Prototype   作:縦一乙

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day.11-14 隠し事

 

 

「――さて。こんな穴だらけの説明だが与太話としては十分だろう。証拠が欲しいのならそこらへんを漁ってみたまえ。魔術師なら労なくできるだろう」

「ええ、ありがとうございます名探偵」

 

 ホームズの説明にファルデウスは礼を述べ、ティーネは静かに拍手をしてみせる。

 

「それでは、私はそろそろお暇するとしよう――が、その前にファルデウス」

「何でしょう?」

「そこのお嬢さんについては良いのだな?」

 

 ホームズの視線の先に、ティーネの姿があった。何が良いのかを、名探偵が告げることはない。

 だが幾つもある「何か」には露骨な疑問がひとつある。

 この場にいる四名は、それぞれの方法でこの場にいる。

 ファルデウスは、最初から。

 バーサーカーは、霊体化で。

 ホームズは、令呪の召喚で。

 では、生身の身体を持つティーネ・チェルクはこの密室空間にどうやって侵入した?

 

「やめてください、ファルデウス。こんなつまらない真実で稀代の名探偵の手を煩わせるのは恥ずかしすぎます」

 

 ちっとも恥ずかしくなさそうに抗議するティーネ。あえて幾つもある「何か」から意図的に疑問は選択される。

 仮に密室があるとして、そこに侵入する方法は皆無ではない。古今東西扱われてきたトリックの数々がそれを証明している。ティーネのやった方法はそのうちのひとつであるが、これはアンフェアと呼ばれる類いのトリックである。

 

「今更ノックスの十戒やヴァン・ダインの二十則を気にかける必要はないでしょう。我々の魔術はもちろん、ホームズ氏当人だってミステリのルールに抵触した超自然的存在ではないですか」

「……君がそう言うのであれば、私がとやかく言う筋合いもないな」

 

 ファルデウスはティーネがここに侵入した方法を知っている。それを知っているのなら、確かにかの名探偵がわざわざこれ以上助言をくれてやる必要もあるまい。

 これはトリックというほど工夫に満ちたものではない。

 彼女は、ただ単純に、かつて実践したことを繰り返しただけなのだ。

 密室に侵入する方法――そんなもの、マスターキーを使ったに決まっている。

 

「――ッ」

 

 前ぶれもなく、ファルデウスの背後に風が生まれる。いや、風と言うには些か限定的である。風とよく似た音ではあるが、それは刃物が空を裂く音。水に濡れたような銀の糸が、薄い暗闇の中から忍び寄っていた。

 かつてこの基地に穴を掘って(基地の外殻を焼却して)侵入したティーネだ。充填封鎖されようとも、時間さえあれば突破は可能。神霊並の魔力を有しているからこそ可能な力技だ。こうしてこの場にいることが何よりの証拠だろう。

 密室に侵入するには扉を壊せば良いだけなのである。

 ならば、侵入を果たしたのが彼女一人だけという保証はない。

 

 ホームズがファルデウスに声をかけた理由はそこにある。

 彼女がわざわざファルデウスの前に現れたのも、彼女へ意識を傾けさせるため。ホームズの推理を大人しく聞いていたのは、共に侵入した二十八人の怪物(クラン・カラティン)が周囲を捜査し配置に付く時間稼ぎをするため。

 時間稼ぎが終われば、あとは死神の鎌が振るわれるだけだ。

 もっとも、死角からだろうと来ると分かっていればファルデウスであれば避けることは難しくない。名探偵の助言もあるので尚更だった。

 

 右に一歩、後ろに半歩。上半身を後ろに反らし、首を横に捻る。

 端から見れば突如として下手なダンスを見たように思えるかも知れないが、ファルデウスは目にも留まらぬ必殺の三撃をあっさりと回避してみせた。

 最後に射手の姿を見ることなく、サイレンサーより放たれた四撃目の銃弾を、神速で抜き放ったナイフであっさりと弾いてみせた。衝撃に微振動するナイフだけが、ファルデウスの偉業を賞賛していた。

 未来予知めいた動きによって全ての攻撃は凌がれる。五撃目としてティーネが追撃することも考えたが、目的を達成したために必要がなくなった。右手を軽く挙げ、二十八人の怪物(クラン・カラティン)に追撃中止の合図を送る。

 

「やはり、使ってましたか」

「おっと。これは失態でしたか」

 

 言い逃れができぬ証拠を突きつけられ、ファルデウスは悪戯が発覚した子供のような顔をしてみせた。

 ファルデウスは、ティーネがここへやって来た時からずっと腕を組んでいた。それは余裕を見せるためのポーズであるが、実際のところは違う。手と手の間に隙間を見せることで、準戦闘態勢を密かにアピールしているのも、実はフェイク。

 それもこれも全て、衆目から逃れるために、ファルデウスは腕を組んでいた。

 

 令呪の使用を、隠すために。

 

 ウィーバースタイルでの射撃も、右手の甲が見えなくなるという利点があった。バーサーカーを言葉で翻弄したのも、時間稼ぎと同時に令呪に気付かれないようにする意味もあったのである。

 

「もう少し、隠したままにしておきたかったのですが」

 

 抜き放ったナイフをしまいながら、ファルデウスは手の甲をティーネに見せる。うっかりしていたという風体だが、ファルデウスに限ってそんなヘマをするとは思えない。

 つまり、隠す必要はもうないということだろう。

 

「ランサーに何を命じたのですか?」

「それを言ってしまうと興醒めでしょう」

 

 ティーネの追及をファルデウスは突き放す。

 ランサーは、今もこの真上にいる。今もアサシンと激突しているのかは不明だが、おそらくまだ戦闘は継続中なのだろう。ティーネによって八層から九層へと続く大穴が開けられているのである。アサシンが勝利したのならここに来ない理由はないし、ランサーが勝利したとしてもティーネを追いかけない理由はない。

 

 そのランサーの様子を思い返す。

 ジェスターに操られている様子ではあったが、令呪に操られている様子ではなかった。それでもファルデウスにしぶしぶ従っている様子であったのだから、ランサーはファルデウスが令呪を使用した事実を知らない可能性が非常に高かった。

 

 ファルデウスが無駄に令呪を浪費するわけがない。

 そして空間跳躍や地力の底上げといった戦術的なことに使うとも考えにくい。

 なら誰か部下にでも令呪を譲渡してこちらの目を誤魔化すつもりか? いや、レギヲンはヘタイロイの攻勢を抑えるのに手一杯で、こちらにリソースを割く余裕はない。司令室への順路は予め伝えてあるのだ。それこそ、今頃署長やキャスターによって全滅していてもおかしくはない。

 

 いっそ殺してしまえば楽なのだが、そういうわけにはいかぬ事情がある。

 プランAやBでは排除対象の筆頭であるファルデウスも、プランC以下の作戦だと確保対象の筆頭になるのである。捕らえて口を割るとも思えないが、確率をゼロにすることは極力避けねばなるまい。

 

「――お嬢さん、それ以上は時間の無駄と割り切りたまえよ」

 

 思考の迷宮に苦慮するティーネに声をかけたのは、誰であろう名探偵。

 

「おや。あなたはこちらの味方ではなかったのですか?」

「勘違いしてくれるな。私は私の知的欲求を満たすためだけにここにいる。私は私の味方であり、誰の味方でもない。そして誰の味方をするつもりも、ない」

 

 そう言って、ホームズは帽子を目深に被ってその視線を隠す。

 

「答え合わせが終わった以上、私はさっさと帰りたいのだよ。だからこそファルデウス、いらぬことにならぬよう君に忠告もしたというのにこの様だ。あまつさえ下らぬ謎をこれ見よがしに私の目の前で提示もする。これで何も言わずに去ってしまっては、私がこの謎から逃げたようではないか」

「なら答えをお聞かせ願えるのですか?」

「馬鹿な。答え合わせの必要すらないことを喋るなど、烏滸がましいにも程がある。だから、私が言うのはただ一言だけだ」

 

 ホームズの言葉に少しだけ慌てるファルデウス。その顔に余裕が張り付いたままとなっている。

 

「これ以上遊ぶ必要はあるまい。さっさと終わらせたらどうだ?」

「……名探偵の目は誤魔化せませんね」

 

 ホームズの言葉を裏付けるように、ファルデウスは時計で時間を確認した。ファルデウスはバーサーカーに言ったのだ。これは時間稼ぎである、と。だが、名探偵は推理に時間を必要としない。

 真に時間稼ぎを必要としていたのは、別のところにある。

 ファルデウスが目線を上げれば、そこにあるのは漆黒の球体。目に見えるこの球体がかつて世界を滅ぼした大洪水を凌ぎ切ったノアの方舟の原典。そしてその中には“偽りの聖杯”を神代の時代から封じてきた聖櫃が眠っている。

 未練がないかといえば嘘になるが、執着するほどのものではない。

 やれやれ、とナイフをしまった手で代わりに銃を抜いてみる。

 

「ファルデウス! 武器を捨て投降しなさい!」

 

 不穏な空気を感じ取り、ティーネが声を張り上げる。

 即興の部隊編成だというのに、ティーネの意図を汲み取り二十八人の怪物(クラン・カラティン)が闇の中で動き始める気配を感じる。隠密性より迅速性を取るあたり、よく訓練されている。レギヲンも相当訓練してきた自信はファルデウスにもあるが、やはり署長の腕には遠く及ばない。

 ティーネの言葉に何か気の利いた言葉を返そうかとも思ったが、語彙の乏しい自分では思いつかなかった。次があるならジェスターと共に勉強し直すのも良いだろう。

 なのでファルデウスは酷くつまらないジョークを口にする。

 

「それでは皆さん。良い『終末』を」

 

 銃声が、響き渡る。

 

 


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