Fate/strange fake Prototype 作:縦一乙
「実に――興味深い内容ね。よければその真相とやらを私にもお聞かせ願えないかしら?」
突然現れた第三者を驚愕をもって出迎える者は不在だった。
ファルデウスは視線を動かすだけでその態度に変化はなく、同じく名探偵もパイプを口に咥えただけで見向きもしない。正体を暴かれたバーサーカーにそんな余裕はなく、エレベーターの上にいる東洋人については語るまでもない。
なんとも張り合いのない観客ではあるが、突如現れたその少女は特に気にすることなくカラカラと床に転がる鍵剣を拾い上げる。
かつてアーチャーを召喚した魔術師が召喚媒体にと使っていたものだ。原住民が回収し保管していたものを、キャスターが用いてバーサーカーに使わせていたのだろう。無断使用の責を問われるな、と少女は思った。そんな些事にあの英雄王が頓着するとも思えないが。
ティーネ・チェルク。
偽りの聖杯の巫女が、再度この地に降り立っていた。
「随分と早いお着きですね。私の予想より倍以上も早い。一体どんな手を使えばこんなに早く着くことができるのですか?」
「事前にここに至る道を確認しておいただけです。――どうやらその様子では私の宣戦布告は聞いていないようですね。何とも張り合いがありません」
「それは失礼しました。何せ、ずっとここに篭もっていたもので」
事前にこの基地を調査していたという有り得ない告白を、ファルデウスはあっけらかんと返してみせる。せっかく慣れぬ演技で恫喝したというのに、自らの頑張りが無駄であったことに、むしろティーネの方がショックを受けていた。
ファルデウスを出し抜くために夢世界で散々基地を調べ上げたティーネであるが、その成果を悉く気にされぬとなると些か面白くない。
とはいえ、ここで自制が働かぬようでは原住民の長とは言えまい。
「一応確認しておきますが、どこから聞いていたのですか?」
「ついさっき到着したばかりですよ。ですからバーサーカーの正体に驚いているところです。謎解きはもう終わってしまったのですか?」
鍵剣を弄びながら嘆息するティーネと、それを笑顔で出迎えるファルデウス。あたかも予め待ち合わせしてたかのような会話であるが、両者が敵であることは立ち止まった位置からも明白だった。
ティーネ・チェルクの実力をファルデウスは正しく理解している。そしてティーネもファルデウスを舐める真似はしない。実力差は大きいが、経験値の差も大きい二人である。ここに至って油断などする筈もないが、隙を見せれば即座に銃弾や魔術が飛び交うことだろう。
「なら問題はありません。私もホームズ氏から聞いたのはそれだけですから」
「まさか『シャーロック・ホームズ対切り裂きジャック』を現実で見られるなんて思いもしませんでした」
尚も暢気な会話を続けるティーネとファルデウス。ここでようやく名探偵は呆れたように観客を睥睨した。
「……君達はどうやら守秘義務とやらを知らないとみえる。探偵に説明義務があるとは思わないで欲しいな。答えは、そこのバーサーカーが示している。それで十分ではないかな?」
知りたければ
犯人たるバーサーカーは、必死になって身体を変化させようと努力しているようだが、それも無駄なこと。本人が認めようと認めまいと、その身体が誰かに変化することはない。
切り裂きジャックは、その正体を確定させてしまった。
バーサーカーは、その力を失ってしまった。
殺人鬼は、名探偵に屈してしまった。
「まあ待ってくださいよ、名探偵。幸い君の現界時間にはまだまだ余裕があるではありませんか。私も真相を知りたいと思っていたところです。このまま何もせぬまま消えていくのもつまらなくはないですか」
依頼主同然のファルデウスの言葉に、ホームズは眉間に皺を寄せる。
召喚の要請内容は『バーサーカーを無力化する』こと。そしてホームズが召喚に応じたのは『答え合わせをする』ためだ。そのどちらも達成した以上、彼の役割は終わっている。そのまま消え去ろうかとホームズは思ったが、せっかく現界したのだからさっさと消えるのも確かにもったいない。
エレベーターの上にいる東洋人をホームズは仰ぎ見る。令呪に強制命令権がない以上、ホームズが東洋人をマスターと認識することはない。目的を達したのだから依り代としての価値すら東洋人にはない。ましてや、薬漬けのあの状態である。長くないとはいえ、さすがのホームズも早々に『止め』を刺すのは気が咎めた。
小さく嘆息して、ホームズはパイプを口から離す。
「私としては、こんなつまらないことを説明するのは恥ずかしい限りなのだがね」
召喚されたばかりで証拠集めも何もない。ホームズが持つのは召還時に提供された情報のみ。その情報も裏付けがないので全てが推測の域を出ない。これが裁判なら証拠不十分で棄却されるところだ。
もっとも、時間と協力さえあれば確認を取る方法はいくらでもある。
「……この“偽りの聖杯”は、サーヴァント召喚のためのただの餌だ。偽りの情報を召喚されるサーヴァントにインストールするシステムこそがこの“偽りの聖杯戦争”の正体。だからこそ、この戦争に参加する全マスター及び全サーヴァントに求められるのは聖杯を必要としない願い、だ」
そのために聖杯そのものに望みを託そうとする者は排除、もしくはその願いを修正させられる運命にある。実際、アーチャーの召喚者はティーネに殺され、ジェスターはアサシン召喚により心変わりしてしまっている。
「その中にあって、バーサーカーだけが唯一、聖杯を求め続けていた。それなのに、世界から、システムからもバーサーカーには何の排除も修正も行われていない。それも当然だ。バーサーカーが介入を受けなかったのは、単純に――」
未だ蠢き足掻くバーサーカーを見ながら、ホームズはパイプを咥える。すでにその身体は一人の人間へと固定してしまっていた。英霊としての側面は露と消えてなくなり、無理な変身の反動によって、全身は狂うほどの痛みが襲っている筈だった。
「聖杯を必要とせずに、願いが叶う条件が出そろっていたからだ」
バーサーカーの願い。それは、自らの正体を知ること。その願いの答えはバーサーカーの内側にこそある。それこそ聖杯などに頼らずとも、フラットの令呪に頼れば済むほど、その願いはあまりに小さかった。
そのことにフラットが気付かぬのは当然であるが、聡明なバーサーカーが気付かぬのは解せぬ話でもある。それこそが、この“偽りの聖杯戦争”のシステムの妙であろう。
この“偽りの聖杯戦争”には二つの異なるシステムがある。
ひとつは、世界の脅威を取り払おうとする抑止力。
もうひとつが、互いを争わせようとする“偽りの聖杯戦争”のシステム。
この両システムの狭間にあって、もしバーサーカーが願いを叶えてしまえば、他のサーヴァントと戦う動機がなくなる上に、こうして抑止力としての意味を為さなくなるほど無力になってしまう。
両システムは、その意味でバーサーカーにとっての救済措置を執っていた。
真実など知らない方がよっぽど幸せなことがある。あらゆる可能性を内包しているバーサーカーだからこそ、その中にある絶望という可能性を考慮するべきであった。追い求めなければ、希望は希望のままであり続けられたというのに。
「ではその条件とは、何なのですか?」
しばし沈黙するホームズを促すようにティーネが問うてくる。
「知れたこと。そもそも君は、ただのレプリカで伝説の殺人鬼、切り裂きジャックが召喚されると本気で思っているのかね?」
聖杯戦争において狙った英霊を召喚するために必要となるのが、英霊と縁の強い魔術触媒だ。だというのにフラットが用意したのは、偽物と証明されているジャック・ザ・リッパーの銘入りナイフ。
これで狙った通りの英霊が召喚できるなら、戦争参加者は事前準備に金と時間と労力を投入する必要がない。それこそ最初から聖杯のレプリカで聖人でも喚べば良いのだ。それができないからこそ聖杯制作に秀でたアインツベルンは、聖杯戦争を仕掛けたのではなかったか。
しかし、実際にフラットは狙い通りにジャック・ザ・リッパーを召喚してみせた。それこそ、街の広場の中心という祭壇や魔法陣や供物といった補助も必要とせずに、だ。いかに天才であろうとも、物事には限度もあれば限界もある。
「用意された偽物のナイフとバーサーカーはなんの関係もないのだよ。それはただの偶然であり、必然ですらない。こんなものはミスリードですらない。仮にひっかかるとしたら、相当な大馬鹿者だ」
「返す言葉もありませんね。となると、触媒なしに召喚したと言うことですか?」
互いに『聖杯戦争の理念とは最も遠いところにいる存在』であることには違いない。それを見越したように、ファルデウスの疑問にホームズは逆に問いかける。
「では、具体的に何が共通しているのかね?」
「それは――……」
バーサーカーは殺人鬼として人間の倫理観が欠如し、フラット・エスカルドスには魔術師としての合理性が欠如している。これは立派な共通点ではないのか。
「常識がない、理念が遠い、というだけでは浅いのだよ。特にバーサーカーは殺人鬼などと称されていても、殺した数などたかが知れている。
人が人を殺すのに理由など、さほど必要ではない。ファルデウス、君ならよく分かるだろう?」
ホームズの皮肉にファルデウスは苦笑いした。
ファルデウスは何でもない顔をして右足を半歩下げている。胸の前で無造作に腕を組んでいながら、その間には隙間がある。
ボクシングはプロ級、バリツという日本式格闘技の心得があるとされるホームズである。知識だけでなく、戦闘経験からもファルデウスの技量はそうした所作だけで簡単に推し量られていた。殺した人の数だけなら、確かにバーサーカーよりファルデウスの方が多いのである。
「もっと単純に考えてみれば、彼等にはもっと身近で当然の共通点がある」
「それが――
既に正解を知っている二人だ。その共通点に納得もいく。
一般人がその共通点を指摘されれば呆れたことだろう。同じ
だが、それは一般人の考え方だ。
さて、それらを踏まえてこの切り裂きジャックの正体を考えてみれば、ひとつの可能性に辿り着く。
――バーサーカーの正体は、フラットの祖である魔術師だ。
ジャック・ザ・リッパーが何故切り裂き魔と呼ばれているのか。それは犯人が被害者を切り裂き、その臓器を持ち帰っていたからである。
時計塔お膝元の
ついでに言えば、フラットの魔術師らしからぬ思考はジャック・ザ・リッパーの劇場型犯罪とも一致している。協会の極秘会議を簡単にハッキングしてみせ、アナログ・ハイテク問わず見ただけで暗号を解読。そうしたフラットの解析能力が優れている要因も、彼の祖先による研究にあったりするかもしれない。
「だとすれば、バーサーカー召喚の触媒は、」
「そう、フラットの血だ」
ここまで推測ができるのであれば、確認することは難しくない。エスカルドス家の歴史を調べてみるのも良いし、もっと手っ取り早くフラット自身に刻み込まれた記録を覗き見てもいい。
あいにくとホームズの推理ならぬ推測では、フラットの祖である者という以上のことは分からない。仮に五代から七代前までその血筋を遡ったとすれば、切り裂きジャックの候補者は224名にも上る。しかもジャック・ザ・リッパーが起こしたと言われている一連の事件のどれか一つの犯人もしくは共犯者、という程度。これで稀代の殺人鬼を特定したなどと到底言えないだろう。
しかし、それだけ分かれば十分なのである。エスカルドス家が生み出した最高傑作がフラットという人間だ。その礎となった者がその傑作以上である筈がない。
バーサーカーの無力化は果たされた。
今なら弾丸一発で労することなく、ファルデウスでも屠ることもできる。
屠る必要性がないほど、弱っている。
結局、バーサーカーは殺人鬼でありながら、この戦争で一人も殺すことなく汚名を挽回する機会を逸するのだった。