Fate/strange fake Prototype 作:縦一乙
(ライダー、これ。もしかして)
絶え間ない銃弾の嵐をかいくぐり、地形を駆使してライダーと椿は何とかパワードスーツ部隊の動きを抑え込んでいた。そんな忙しい中ではあったが、両者が第九層のバーサーカーの状況を見落とすことはなかった。
「そのようです。バーサーカーがしくじりやがりました」
ライダーにしては珍しく(?)語気を荒げるのも無理からぬこと。
何故なら、このプランBの要たるバーサーカーに莫大な魔力を供給しているのは他ならぬライダーなのだから。
バーサーカーの能力は『誰にでも無条件に変身できること』などという都合の良いものではない。バーサーカーの変身能力の本性は『切り裂きジャックとしての可能性の具現化』である。制限もあれば、条件もあるのである。
バーサーカーは切り裂きジャックとしての『確率の霧』の中から好きなように変身することが可能であり、変身後はその知識と能力も限定的に使用することができる。軍人ならば戦闘能力が上がり、医者ならば医療知識を得られ、昼下がりの団地妻なら欲求不満となる。
当然、そんな確率の中には複数犯という可能性もある。己の存在すら、バーサーカーは分割することができるのだ。
実に反則じみた能力を駆使して、バーサーカーは偽りの聖杯戦争序盤から自らを複数の個体へと分割して活動をしていた。
《イブン=ガズイの粉末》によって強制的に現界させられたのもその内の一体に過ぎず、むしろバーサーカーとしては歓迎すべき事態ですらあった。この一体をライブベイトにすることで敵の動勢をずっとコントロールしていたのである。
つまり第四次聖杯戦争のアサシンでしたことを、バーサーカーは踏襲していた。
第四次聖杯戦争の時と違い、マスターであるフラットにさえ(フラットだからこそ?)バーサーカーはこの事実を告げてはいなかった。キャスター達がこの事実を知ったのでさえ実はかなり後の話である。
唯一バーサーカーが危ない橋を渡ったのも、
そんな抜け目ない策略を駆使するバーサーカーであるが、ただそれだけでこれまでの行動が実現できる筈もない。
バーサーカーの能力の弱点は、切り裂きジャックとして可能性がなければ変身できぬことにある。南部砂漠地帯でキャスターの嘘を本物に偽装するべく英雄王に化けて行動をしていたバーサーカーであるが、それは『英雄王が当時の
こんな無茶を実現させているのがライダーの魔力だ。
ライダーが現在戦闘に使用している魔力を五〇とするならば、バーサーカーに供給している魔力は一〇〇〇に近い。これでただ現界してだけだというのだから、宝物蔵の宝具を全力投射して戦闘するともなれば、一体どれほどの魔力を消費するのか。
市民の大半に感染することで謀らずとも聖杯戦争史上最大の魔力を手にしたライダーであるが、こんな出鱈目な供給量は相当の負担である。
その負担が、つい先ほどなくなった。
バーサーカーに供給していた時間はわずか数分。これで目的を達したのであれば何の問題もないが、いくらなんでも供給時間が短すぎるし、想定よりも少なすぎる。それに、こうなる直前に魔力消費が瞬間的に高まったのも感じ取れた。
戦闘状態に入った可能性は高い。
そして、瞬殺された可能性も高い。
ライダーとしてはこのまま尻尾を巻いてとっとと逃げ出したいところだが、それは最後の手段に取っておく。
(私が代わるから、署長さんに連絡して)
「分かりました」
ライダーの考えを見透かしたような椿の指示に、ライダーはパワードスーツ部隊と一度距離を取って魔力の制御キーだけを椿に委譲する。
少々時間はかかったが、パワードスーツの構造材も解析終了し、周囲に散布し続けた魔力の粒子は部屋中に溢れ飽和状態にある。これだけあれば強固なパワードスーツも時間をかけて腐食させられるし、もっと直接的に関節部分や銃口を魔力で固め拘束することで、その機敏な動きと問答無用の火力をある程度封じることができる。
椿と交代し、ライダーは通信回線が正常に機能するか確認する。つい数分前に
「署長、拙いことになりました」
『どうしたライダー。残念だがスノーホワイトはまだ確保できていないぞ』
ライダーが戦っているパワードスーツ部隊は、スノーホワイトのコントロールによるものらしい。
相性の悪さもあって、時間稼ぎもいつまでできるか保証もできない。
「それも早急に行って欲しいですが、もっと拙い事態です。バーサーカーはどうやら失敗した様子」
『――それは本当か?』
「確かです。魔力の供給量からバーサーカーはまだ生きているようですが、反応が弱すぎます。蔵どころか自身の宝具も使っていないのは間違いないでしょう。となれば、」
『……これは変身能力が裏目に出たようだな』
ライダーの推測に署長も同意してみせる。
切り裂きジャックという箱の中身は、様々な存在確率が平等に存在する霧みたいなものだ。そんな『確率の霧』も箱を開けて観測されれば、ひとつの確率に収斂し確定されてしまう。
自分の正体を知りたい、と参戦したバーサーカーはその願いをどうやら叶えてしまったらしい。
つまり、正体が確定したバーサーカーは誰にも変身することができなくなる。
変身することのできないバーサーカーがプランBを遂行できるとは思えない。それどころか、今後彼が役に立つ機会があるかどうかすら怪しい。
一体誰がそんなことをしたのかは気になるが、バーサーカーを無力化した存在は、少なくとも真っ向から相対する戦闘能力の持ち主ではなかったらしい。それが救いになるかどうかは知らないが。
「プランBは事実上失敗したとみて間違いありません」
情報が収束する司令室であっても第九層の様子をモニターすることはできぬよう回線は切られている。それもファルデウスの策なのだろうが、こうしてライダーが魔力供給をしていたことで図らずもその様子を伺い知ることができた。
先んじて次の手を打つことができれば、まだ最悪は回避できる。
「署長、私はプランDの遂行を進言します」
『……お前はそれでいいのか?』
「ここで何とかできる、などと甘いことを考えてはいないでしょう?」
一体どうやって英雄王の宝具を持ったバーサーカーを撃退したのか不明だが、ファルデウスは確実にこちらの手を潰してきている。プランAですら初手から充填封鎖されなければ余裕を持って完遂できた筈なのである。ここで順当にプランCを選ぶには不安がありすぎる。
作戦プランは“偽りの聖杯”という目標こそ変わりはしないが、その手段とリスクに違いがある。
それぞれを一言で言い表すとすれば、
プランAが『確実性』、
プランBが『保険』、
プランCが『先送り』、
プランDが『他人任せ』。
プランCは、この基地を自爆させることで“偽りの聖杯”を年単位で誰も手出しできぬよう時間稼ぎをするプラン。自爆方法にもよるが、まず間違いなく基地深部にいる者は生き埋めとなるし、脱出途中の市民も巻き込まれる。
プランDは、外部――より正確には“上”である米国政府と連絡を取り、予め用意されている安全装置を起動させようというプラン。勿論、安全装置の起動は米国大統領の判断による。衛星軌道上の《フリズスキャルヴ》を使いピンポイントで“偽りの聖杯”を破壊するのか、それとも熱核攻撃の集中運用でスノーフィールドそのものを焦土とするのか。さすがに後者はあり得ないと思いたいが、それに近いことをされる可能性は大いにある。
どちらを選んでも、リスクはプランAやBの比ではない。
そしてそのリスクは、そのまま椿の生存率と同義でもある。
椿自身を危険に晒してでも“偽りの聖杯”をどうにかしたい……などという自己犠牲めいた考えをライダーはしない。単純に、椿の身と今後を守るための最善と思った手段を口にしているだけだ。最悪、ライダーは単身逃げることだって選択肢に含めている。それだけに、ライダーがいかに現状に危機感を抱いているのか署長にも如実に伝わったことだろう。
『地表付近にいるお前さんより、地下深くの俺の方が死ぬ確率が遙かに高いんだが、それについてはどう思う?』
「か弱い市民を守るのは警察の義務です」
『給料分は十分働いたつもりだがな……』
軽口を叩く署長の声に思案の呼気がひとつあった。
まかりなりにも元軍人。散々部下も殺しておいて、ここで命を惜しむような人間ではない。ひとつ懸念があるとすれば、戦後を踏まえたまとめ役がいなくなることか。いずれのプランにしろ、署長かティーネ・チェルクのどちらかは生きていて貰うことが好ましい。
「この会話は椿には聞こえぬよう処理しています。ティーネ・チェルクに何かありましたか?」
『状況は伝えているが、引き返そうとしない。どうやらやっこさん、最低な手段であるプランEをまだ諦めていないようだ』
椿に聞かれたくない話かと気遣うライダーに、署長は現状を伝える。
ティーネの犠牲をもって最悪を回避するプランEは、有効な手段だからこそ最後の手として残されている。
元から署長の生存は絶望視されていただけあって、ティーネ・チェルクの優先度は高い。それを何より推したのが繰丘椿である。どこにいるのかは知らないが、急ぎ脱出しなければ間に合わなくなる。
「……それでも。いえ、だからこそ、私はプランDを進言します」
『了解した。私も少女の犠牲の上になり立つプランEはやりたくはない。ひとまずオブザーバーとしてライダーの意見は聞こう。しかし幸か不幸か、CとDのどちらを実行するにもまだ時間がかかる』
「どうするおつもりですか?」
『自爆と通信、どちらであってもこの基地にある既存のシステムを利用することには違いない。ファルデウスの手が入っている可能性が高い以上、システムチェックの時間は必要だ。だからその時間を利用してプランCとDの両方を同時進行させる』
それはライダーにとってもティーネの脱出時間が稼げる以上願ってもないことだが、人手を割けば割くほど効率は悪くなる。いくら時間がかかるとはいえ、本来であればプランを絞り戦力を集中させ一分一秒でも時間を短縮するべきところ。
署長とは思えぬ及び腰に、ライダーは違和感を抱いた。
「署長、バーサーカーを仕留めた者や、先に私達を襲った男もこの基地にいるのです。悠長なことをしている場合ではありません」
『……ライダー、だからこそ、俺はプランCとDを同時進行させようというんだ』
ライダーの揺さぶりに、時間の無駄と署長は割り切った。
ライダーの主は椿であり、椿が信頼するのはティーネである。ティーネであれば重ねての進言などすることはなかっただろう。署長にはまだ味方としての信用がない。それが分かっていたからこそ、署長は自らの行動理由を告げてみせる。
『ここには複数の思惑が渦巻いている。確実だったプランAやBが失敗した事実を考えれば、最悪かつ最低の可能性を考える必要がある。両方できるのなら、両方するべきだ。それだって、十分とは言えないが』
「――署長、あなたは何を知っているのですか?」
署長の声に緊張が見られる。話の内容もそうだが、そっちの方がよっぽど気にかかった。
『ライダー、お前は逃げろ。私は
ライダーの疑問に署長は答えない。
署長は常に最善を考える。堅実であり、被害は最小に。しかして、この発言は不確実で、被害は甚大。署長のみならず部下の命も残らず費やすというのだから、事態は深刻だ。少なくとも、署長は深刻と捉えている。
そして、ティーネ・チェルクの生存を署長は諦めている。
「待ってください。他の何を犠牲にしても、状況はあなたが死ぬことを許しません。再考してください」
『それは残念ながらできぬ相談だよ、ライダー』
すでに署長の後ろで何かが動く音がする。おそらくは
ライダーの訴えは
何故、とライダーは問う。
しかしてその答えは合理的なものだった。
『お前を襲ったあの男、私の予想が正しければ抑えることができるのはただ一人――』
一拍間を置いて、戦闘能力的には最弱のキャスターと同格のマスターはその人物を告げる。
片手を失い、一昼夜の拷問に苛まれ、解放と同時に重い職責を背負わされた署長が、口にする。
『この私だけだ』