Fate/strange fake Prototype   作:縦一乙

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day.11-08 英雄の対価

 

 

 同じファルデウス陣営に組みしているランサーとジェスターは立場的に味方ではあるが、ただそれだけの関係でしかなかった。

 

 思惑と立場の違いからファルデウスも含め、この三者に仲間意識があるわけもない。せいぜい、敵ではないという程度。むしろ「敵であって欲しい」というランサーの願いと「利用価値がなくなればすぐに裏切る」というジェスターの考えは明確な敵よりも質が悪いものである。

 そのためランサーに交流の意志は皆無であり、ファルデウスもジェスターをランサーに会わせて両者の仲を取り持つような真似はしない。そのまま没交渉が続けば互いに死ぬまで会わぬ可能性もあった。

 故に、交流を持とうとしたのはジェスターの意志だ。

 

「随分と浮かぬ顔をしているではないか、ランサー」

「そういうあなたは随分と楽しそうですね、ジェスター」

 

 初対面ながら自己紹介はなかった。

 マスターをすげ替えられた間抜けなサーヴァントと、マスター権を早々に放棄した酔狂なマスター。同じ基地内にいれば意識せずとも情報は耳に入ってくる。そして互いに無視できぬ実力者。情報が入らずとも近付けば嫌でも肌で気付く。

 それにジェスターはランサーがこの通路を通ることを予め調べていた。でなければこんな広い基地で偶然出逢うことなどあり得ない。通路の壁に寄りかかり待ち構えているのだ、本人に隠すつもりもないようだった。

 

「……何か御用ですか?」

 

 無視してこの場を立ち去りたい気持ちを殺してランサーはニタニタと笑うジェスターに言葉をぶつける。

 ジェスターの思惑に乗るのは癪だが、ここは乗るしかなかった。乗らざるを得ない状況にされていた。

 

「クハハッ! いやなに、私も似たような立場であるからな。君と銀狼の話を聞いて、いても立ってもいられなくて駆けつけたところだ」

「あなたと同類だと? 冗談も休み休み言って欲しいものです」

「いやいや、相手に死んで欲しくないという点では同じではないかね?」

 

 その言葉を本気で言っているのだから、呆れるより他はなかった。

 ジェスターがアサシンにしていることは周囲に無関心なランサーとて聞き及んでいる。殺さぬように傷つけることと、死なぬように癒やすのとでは、悪魔と天使ほど違うだろう。

 もっとも、悪魔と天使にジェスターは違いを見いださないだろうが。

 

「それでランサー、君の大事な大事な『元』マスターは、まだ生きているのかな? もう死んでしまったかな?」

 

 土足で人の領域を踏みにじるジェスターは、心の底から愉しそうにランサーに問うてくる。

 そう、銀狼は死にかけていた。

 ただでさえ短い合成獣の寿命を更に犠牲にして産まれてきた銀狼だ。ランサー召喚前に受けた銃弾や夢の中での戦闘によって、銀狼の肉体や魔術回路に小さくない罅が無数に刻まれていた。その罅は時間経過と共に大きく歪に拡がっていき、そしてファルデウスに捕まる頃には決定的なものへとなっていた。

 

 通路には分厚いガラスが嵌め込まれている。ガラスの向こうには生命維持装置に身を包まれた銀狼がいる。絶対安静であり、たとえランサーといえども中に入ることは躊躇われた。

 もはや銀狼は戦うどころか、生きることさえ難しい。自力で立ち上がるどころか、息をすることさえ補助なしでは覚束ない。

 

 皮肉なことにファルデウスが令呪を奪わなければ、ランサーへの魔力供給で死んでしまっていてもおかしくはない状況ですらあった。今は夢の中で微睡むことが精一杯な状態である。

 ファルデウスに対しランサーが面と向かって反抗しない理由も、そこにあった。

 

「私も死徒という身の上だ。そういう研究は散々してきたからな。聞きかじっただけでも大方の予想は着く。テロメア領域の最低ループ分は既に使い切っていると聞くが、本当かね?」

「……それをあなたに言ったところで問題解決に繋がるとは思えませんね」

 

 溺れる者は藁をも掴むと言うが、ランサーはそんな真似をしなかった。

 ある意味で数百年の時を生きるジェスターはその筋の専門家ではあるが、それを踏まえても銀狼を助ける手段などあるとは思えない。銀狼の症状は怪我や病気ではなく、寿命なのだ。これを根本的に解決するには、それこそ聖杯が必要となってくる。

 けれど、そんなものはどこにもない。

 

「ほう、その様子だと私の推測も当たりのようだな。となれば、細胞死の促進による新生細胞を活性化するような回復手段は逆効果か。ここの施設では崩壊を止めるのが精一杯……ヘイフリック限界でも操作して冬眠状態にでも保つのが限界だな」

 

 ランサーの答えを聞くまでもなく、勝手に結論を出し納得するジェスター。自らが通ってきた道だけあって、その推測は気持ち悪いくらいに正解だった。

 微かな希望を臭わせる台詞ではあるが、その程度で期待することなどできよう筈もない。

 

「おっと。期待されても困るので予め言っておくが、いくら私でもここまで末期の状態にあってはどうにもできんよ。苦しみを和らげることは可能だが、もう一度立ち上がれるなどと思わない方がいいな。

 もっとも、吸血鬼らしい手段であれば、可能性はあるがね?」

「あなたに何も期待していませんよ」

 

 最後のは冗談だと笑うジェスターに、ランサーは我知らず苛立っていることに気付いた。さすがに創生槍を取り出す真似はしていなかったが、ここでジェスターが少しでも戯れれば、自制できる自信はなかった。

 

「……クハハッ、ようやくマシな顔になったではないか。さっきまでの白けた顔よりずっと良い。人形相手に喋っているつもりはないからなぁ」

 

 表情を変えたつもりはなかったが、ジェスターの眼からは明かな変化であったらしかった。泥人形から人間に近付いていったランサーだ。その振り幅で彼の強さは大きく変わってくる。

 ランサーを苛立たせることで人へと近付かせ力を削ぐ算段か。しかしジェスターがそんなことをする意味が分からない。邪推しすぎだろうか。

 もっとも、挑発しているということは確かであろう。

 

「貴様の逸話はよく知っている。なかなか皮肉の効いた展開ではないか。朋友を残して先に逝った貴様が、今まさに残されようとしている。アーチャーがもういないことが悔やまれてならんな」

「……話は、それだけですか?」

「それだけ、と言うと嘘になるな。確認がしたかったのだよ。果たして、貴様はどうしてここにいる?」

 

 ジェスターの言葉は、確かにランサーの身を貫いた。

 マスターの危機に令呪で呼ばれるまで気付くこともできず、切り札を使いながらライダーを消滅し損ね、無様にもその後も敵の罠にかかり封印され、敵を出し抜いたと思いながらその実手のひらで踊らされていただけ。あまつさえ、朋友と同じ戦場で散ることもできず臆面もなく生き残り、最後の寄る辺すら失おうとする今、英霊としての本分を果たす意志も放棄して文字通りの奴隷(サーヴァント)に身を窶している。

 これのどこが英霊なのかと。

 これのどこが英雄王と肩を並べる存在なのかと。

 なんと無様。滑稽なことこの上ない。

 

「……何を僕にさせたいのです?」

「クハハハッ。その殺気、その怒気。実に結構ではないか。去勢された畜生だったらどうしようかと心配していたぞ」

 

 売り手と買い手があってこその商売だが、ジェスターはランサーの考えなど介することなく、愉しそうに虚空に未来を幻視する。ランサーの返事など必要ない。モノを与えれば、ランサーが何を考えようと無視することなどできないのだから。

 

「対価は戴く。その代わりランサー、貴様に英雄としての場を与えてやろう」

 

 

 

 ――そんなことを思い出しながら、ランサーは今し方ジェスターから送られてきたメールを一読する。

 ランサーは強い無力感に苛まれていた。

 友を失い、主人も奪われた。かといって死ぬわけにもいかず、活躍するにも抵抗がある。それにランサーの相手が務まる者など、英霊の中でさえ数えるほどしかいないのである。今更格下相手に慰められるわけもないし、そもそも戦いの中に安らぎを見出せるような性格でもない。

 いっそ狂うことができればどれだけ楽なことか。しかしバーサーカーならぬランサーではそれも叶わぬ夢。こうして理性を持ってメールの内容を理解できる自分が恨めしくて仕方がない。

 

 諦めを感じさせる呼気をひとつ。掌より創生槍をわざわざ取り出し、軽く振り回して無駄に構える。声を張り上げて名乗ることも考えたが、それはやめておいた。自分の性格ではない。

 本気を出せば二人をノーモーションで殺せるランサーは、分かり易く戦闘態勢を取り、足に力を蓄える。ティーネとアサシンの危機レベルがひとつ上がったのを確認して、その力を開放した。

 

「このタイミング……ッ! ジェスターの話を聞いてはなりません、ランサー!」

 

 叫ぶティーネであるが、ランサーが耳を貸すことはない。

 突然の攻勢に一瞬でファルデウスではなくジェスターの仕業と判断したのはさすがだが、そんな説得をするくらいなら距離をとる方が賢明だろう。

 数十メートルの距離をランサーは一瞬で詰める。尚も説得を諦めることなく続けようとするティーネ・チェルクには申しわけなかったが、ランサーはここで止まるつもりは微塵もなかった。

 

 ファルデウスの味方をするつもりはない。かといって敵対するわけにもいかない。妥協の産物としての役立たずの後詰めを選択し、結果、説得を試みようとするティーネとアサシンをこの場に留めてしまった。

 自らの愚かさに自殺したくなる。

 ファルデウスが指示に従わぬランサーに何も言わなかったのは、こうなることを見越していたからかと邪推する。今ランサーは、確かにファルデウスに利する行為を取っている。戦わずとも敵主力となりうる二人を足止めする行為は立派な戦果となる。しかしそれはそれでまだマシな選択肢だった。

 その選択肢すらも、ジェスターからの一報が全て奪った。

 

 送られてきたのは一通のメール。ただし、その添付ファイルにある画像はランサーを動かすには十分な理由となった。

 画像に映し出されているのは檻の中でぐったりとした姿の銀狼。一見するとペットの犬を鎖に繋ぐ、家庭でも珍しくもない光景だが、銀狼の様子をよく知るランサーはこの状況を看過できない。

 

 銀狼から、生命維持装置が外されていた。

 呼吸一つですら今の銀狼は死に直結する。一刻も早い処置が必要となる。それだけにメールの指示を無視するわけにはいかなかった。

 英雄としての場。

 ジェスターは、主を思いやる従僕に、戦う理由を与えていた。

 

 戦闘は、止められない。

 

 


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