Fate/strange fake Prototype   作:縦一乙

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day.11-03 フラット侵入

 

 

「ええっ! まさかもう始まっちゃったのかな!?」

 

 基地を連続して揺るがす衝撃に足を取られながらも、フラットは慌てながら基地の通路を駆けていた。

 ヘタイロイを形成させた立役者でありながら、その周囲にヘタイロイの護衛はいない。作戦が始まってからある程度過ぎた段階で彼の役目は終わっていたのだ。フラットなどいなくとも後はどうにでもなる。それ故の単独行動だった。

 

 将でも兵でもない今の彼は、一人のマスターとして行動している。つまりは、アサシンの救出にフラットは動いているのである。

 フラットとアサシンの間には魔力供給のパスがある。現在はアサシン側からそのパスを閉じられているようだが、パスそのものがなくなっているわけではない。このスノーフィールドの隔離結界を突破し、時計塔の学部長の下まで連絡をしてみせたフラットである。少々手間取りはしたが、アサシンの大まかな場所くらいならなんとか把握できる。

 近付けば近付くほどその位置は正確に把握できる。

 

「アサシン、聞こえてるなら返事をして!」

 

 声にも出してみるが、反応はない。

 電子欺瞞(ジャミング)は予想通りだが、念話も各層毎に張られた強力な結界によって阻まれている。解析しようにもその時間はないし、単純に破るだけの出力も足りていない。ならばとこうして近付いはみたものの、アサシンから反応が返ってくる様子もない。意思疎通を図るにはもっともっと、近付く必要がある。

 

 駆け抜ける通路は地下墓地(カタコンベ)を彷彿とさせた。あちこちに激しい戦闘の痕がみられ、血塗れの死体が思い出したかのように横たわっている。

 敵味方問わず死体の横を通り抜けるたびにフラットは十字を切った。この責任は全て自分にあると本気でフラットは思っている。ヘタイロイを利用するような形になったことにも、罪悪感を抱いていた。

 ただ、そんな彼であっても嘆き悲しみ足を止める愚だけは犯さなかった。最小の犠牲で最大の成果を得る。避けられぬ争いならば速やかに、最大の効率をもって終わらせる。

 

 ヘタイロイの形成と時計塔との交信、アサシンの距離と方角を特定するという偉業を成し遂げながら、フラットがもっとも心砕いたのが作戦に向けての覚悟である。その下準備はからくも役に立っているようである。

 とはいえ、フラットの目論見が順調に進んでいるわけではない。

 

「ま、たっ!」

 

 荒い息を抑えながら、これで三度目の外れを引く。

 この基地の図面は事前に頭の中に入れてある。問題はその図面の中に隔壁という項目がなかったことだろう。

 隔壁というより防火壁に近い薄さだが、それでも人力で開けられるものではない。ダメ元で傍らの走査端末から隔壁解除を試みようとするが、案の定自壊措置が作動しており中の電子回路は仕込まれた薬品で溶解させられていた。さすがのフラットもこれでは解除のしようがない。

 

「どうしよう……やっぱり無理してでも突破するべきかな……」

 

 こと魔術全般について天才の域に達しているフラットであるが、物理的な破壊は性格的にも苦手な分野にある。

 先日には魔力切れで危うく死にかけたところだ。多少回復したとはいえ無理できるほど回復しているわけでもない。魔力にものをいわせて突破しても、助けるべきアサシンに供給する魔力がなければ意味がない。

 

 脳裏に描いた地図を検討するが、無駄に広いこの基地はどのルートも迂回するのに時間はかかるし、次も隔壁が閉じていた場合には同じように悩むことになる。そしてほぼ確実に隔壁が閉じていることだろう。

 ならば、ここいらで覚悟を決めるべきだ。

 

 フラットの手に武器はない。護身用にと結構な物を渡されもしたが、丁重に辞退した。こんな状況であるが非武装だからこそ平和的解決に繋がるものがある筈だ、とフラットは信じている。その思いが見事に裏目に出た瞬間である。

 呼吸を整え、肉体に魔力を通して強化する。魔術師として身体は多少鍛えてはいるが、フラット自身に武術の心得などはない。なのでやることはシンプルだ。

 隔壁のとっかかりに指をかけ、力任せに強引に開かせる。隔壁の構造や材質、各部強度を読み取る限りではこの方法がもっとも魔力消費が少なく、派手な破壊音から敵を呼び寄せる心配も少ない。

 

 その判断が、フラットの命運を分けることとなった。

 

 悩み時間をかけていれば死んでいただろうし、強化の魔術以外を選択しても死んでいた。窮地に陥りながらも無自覚にピンポイントで回避しているからこそ、フラットは重要危険人物に指定されるのである。

 

 強化完了した瞬間に、それは来た。

 火花が散ったと見粉ったが、それが瞼の裏でない確証はなかった。

 見るより早く、知るより先に、吹き飛ばされたという感覚だけを得る。激痛は後から頼みもしないのについてきた。

 

「――なっ? くっ! かはっ!」

 

 あまりの衝撃に受け身も取れずに固い通路の床に無様に落ちる。

 武器は持たずとも防具は装着している。衝撃は胸部プロテクターが一手に引き受けていた。手榴弾を始めとする破壊を撒き散らすタイプの武器は一定の距離がなければその効果を発揮することはない。その意味ではフラットが助かった一因は距離が近すぎたおかげだった。

 

「――おっと。これはこれは。そこにいるのはもしや、フラット・エスカルドスかな?」

 

 ガラガラと隔壁が崩れる音に混じって、隔壁を潜り抜ける男が一人。

 隔壁の向こう側にもフラットと同じように隔壁を壊そうとした者がいた。ただそれだけの事実。もっとも、このタイミングには悪意が存在している。

 隔壁を爆散させた人物は、隔壁の向こうに誰かがいることは百も承知であったのだから。

 

「そういうあなたは……ジェスターさん、ですよね?」

 

 罅が入った肋骨を治癒しながら、フラットはふらふらと立ち上がる。

 見覚えのある容姿ではない。それでもジェスターと確信したのはフラットの目からその人物が人間に見えなかったからだ。消去法ではあるが、こんな異形がそうそう他にいるわけもない。

 アサシンの正規マスターにして、この聖杯戦争トップクラスの武闘派魔術師。事前に聞かされた情報はどれもこれも警戒するよう促すものばかり。遭遇したら必ず逃げるよう、お節介なヘタイロイメンバーに幾度も念押しされていた危険人物。

 

「ク……クハハハハッ。その見識眼には恐れ入る。そして想定以上の強運の持ち主。始めましてだ、フラット・エスカルドス。この奇襲の首謀者は君だと思っていたのだが、こんなところで何をしている?」

 

 一歩、ジェスターは足を踏み出す。先の一撃で両者の距離は多少開いたが、その気になれば一瞬で詰めることは可能だった。

 それが分からぬフラットでは、ある。

 

「アサシンを助けにいくところです。どうです、俺と一緒に行きませんか?」

 

 敵味方を問うことすらせず、フラットは本心から己の目的を真っ直ぐに告げ、ジェスターに同道を提案してみせた。

 つい数秒前に殺されかけたこともフラットにとっては些事。今まさに殺されようとしている事実ですら、気付いていたとしても意に介すことはなかっただろう。自分の言葉がジェスターに直接届いている、それだけで彼には十分過ぎた。

 

 ジェスターの顔に浮かべた笑みが、静かに消えてなくなる。踏み込もうとしていた足の力が抜けていく。戦闘状態を一時的に解除しながらも、ジェスターは瞳孔を見開いてフラットを射貫いた。

 ジェスターが見いそうとしているのはフラットの身体の動きでも思考ですらない。心の在処、その本性。穴を穿たんとばかりの視線を浴びせながらも、フラットの動きにはまるで変化はない。

 フラットは、別段何かを仕掛けようとしているわけでもない。

 単純に、待っているのだ。フラットの提案に対する、ジェスターの答えを。

 

「……何故、私にそんな提案をする?」

「え? 助けたくないんですか? ジェスターさんはアサシンのマスターと聞いていたんですが、違いましたか?」

 

 質問には疑問で返された。

 フラットにとって、それは不思議なことではない。マスターはサーヴァントを助ける者という図式はフラットにとって不変のものとして刷り込まれている。精度の高い事前情報や真摯な忠告があったとしても、ジェスターを前にこの子供じみた強固な観念をフラットは臆面もなく主張してみせる。

 

 ここは呆れるべき場面だ。話し合いの通じる相手ではなく、そうでなくとも戯れ言と切って捨てられるのが常道。どこかで誰かが走る音をバックに数秒の沈黙があってもそれは誤差の範囲だ。

 案の定、返答を再度待っていたフラットは、一瞬のうちに懐に入り込んだジェスターによって二度、宙を舞うこととなる。

 今度の滞空時間は長かった。

 

「へぷ……っ!!」

 

 雷光一閃。

 彼我の戦力差をよく感じさせる一撃に、間抜けな呼気がひとつ。滞空した後でさえも威力は相殺しきれることなく、ほんの少し前に駆け抜けた通路を球のように回転しながら逆行してく。

 ようやく回転が止まったのは通路の分岐路であるホールの壁にぶつかったからだ。

 三層と二層を繋ぐ階段こそ壊されているが、それだけに天井は高く、そして広い。休憩所もかねていたのか中央には簡易式の机と椅子が無造作に置かれてあった。電源系統が破壊されたのか、光源はなかった。

 一体何十メートル飛ばされたのか判断はつかない。常人なら死んでもおかしくない一撃の筈だが、幸いにもフラットにはまだ命があった。

 

「ごへっ、かは……ッ!」

 

 血反吐を吐き出し気道を確保しながら、荒い呼吸を自覚する。

 あまりに早すぎて何をされたのか分からない。

 両足が分かり易く骨折している。さっき修復したばかりの肋骨が再び折られていた。推測するに、足払いをかけられた直後に胸を殴られたのか。酷いことをするなぁと思うが、言葉にすることはできなかった。

 脇腹が酷く痛んでいた。零れ落ちる血液は鮮やかに赤く、泡混じり。折れた肋骨が片肺を傷つけたのは確実だった。出血量から血圧の高い血管は傷つけられていないと判断するが、安心できるものではない。ひとまず即時に死ぬ可能性は低いが、早急に対処する必要はあった。

 骨折などと違い、内臓系統の修復は難易度が跳ね上がる。それをこの激痛の中で行うのはフラットといえど簡単なことではない。

 

「クハハハハハハッ! さすがはフラット・エスカルドス! 殺すつもりであったのにそれを耐え凌いでみせるとは素晴らしいじゃないか!」

 

 先の深刻な顔つきはどこに行ったのか。カツンカツンとわざとらしく足音を立てながら、ジェスターはフラットに近付いていく。通路の光源は失われていないため、その影法師が長く伸びていた。

 さっき通った時は明るかったような気がした。薄暗い二層部分のテラスに人影を見た気もするが、はっきりしない。

 

「しかしいかんな。敵を前にして説得するなど聖人か愚者のやることだ。聖人気取りも結構だが、失敗すれば愚者の誹りは免れん」

「ぼれ、どっ……いっじょにっ……!」

 

 ジェスターの言葉に条件反射するかのようにフラットが口を開くが、吐血するばかりで言葉にはならない。

 しかしジェスターに何が言いたいかは、よく伝わっていた。

 フラットの意志は、その身体よりもはるかに丈夫にできていた。

 

「成る程、それが君の原動力というわけか。いやはや、ここに至って挫けぬ意志があるとは素晴らしい。クハハッ……この歳になって浮気をしたくなるとは思いもよらなんだ」

「……?」

 

 その言葉が意味するところをフラットは知らない。ジェスターがアサシンに拘泥する理由など思い至ることすらできはしない。ジェスターがアサシンとフラットを重ねて見ているなど、考慮の外だ。

 

「だが君は、もう喋らなくていい。私は、ちゃぁあんと理解しているさ。考えるべきは、いかにスマートに殺されるかだ」

 

 ジェスターの歩みが止まった。

 ホールの入り口で立ち止まるジェスターは、丁度通路からの光を遮る形になる。逆光のためその表情は見えないのに、その赤い瞳だけが炯々と光り輝いていた。

 黒い影は、フラットの足元にかかっている。

 

「君の噂は聞き及んでいる。その脅威も体感している。寄り道をしている暇などないのだが、君という存在は別だ。時間は惜しいだろうが、確実に仕留めなければならない。その首を刎ね、その眼は潰さなくてはならない」

 

 一歩、ジェスターは足を進めた

 通路からホールへと、場所を移動する。

 黒い影が、赤く、紅く、朱く染まり――

 ふと、フラットはそんな状況にあって疑問に感じた。

 光を遮るジェスターがあってこその影。ジェスターの赤い影はそのままだというのに、遮蔽物の形は五体揃っていなかった。

 具体的には、その頭部がない。

 

「―――あ?」

 

 とん、と何かが落ちる音がして、その何かから音が漏れた。

 ほぼ同時に、ジェスターの身体にいくつもの赤い線が走ったのが見える。いつの間にかその両脇には、鞘を迎えるように納刀する老体と、輝く銀糸を五指から放つ女が互いに背を向けて侍っていた。

 最後に頭上から、音もなく降ってくる小さな影が一つ。崩れ落ちようとするジェスターの身体はそれすらも許されず、六連男装をその身に刻まれた一つの魔術結晶は、一瞬赤熱しただけでこの世から塵も残さず消し去られた。

 降って落ちてきた影が赤い影に着地し、その上に転がる頭部の前髪を乱暴に掴み取り、その目線を合わせてみせる。

 

「ええ、全く同意します、ジェスター・カルトゥーレ。ここは確実に、あなたという脅威を排除するべく、全力を持って仕留めましょう」

「……でぃーで、ぢゃん?」

 

 ジェスターに殺されかける瞬間にあって、フラットが回復の手を休めることはない。そんな彼であっても、突然のティーネの登場には思わずその手が止まっていた。

 何故、彼女がこんなところにいる?

 この人達は、何者だ?

 渦巻く疑問の中に彷徨うフラットであってもティーネは一顧だにしない。その視線は鋭く、真っ直ぐ伸ばした手の中にあるジェスターの頭部へと突き刺さっている。ジェスターはこの状態にあっても、まだ完全に死んでいるわけではない。

 てっきりフラットはティーネがジェスターを見ているのかと思いきや、それは違った。

 彼女が見ているのは、正確にはジェスターの耳元にあるカメラ付きの通信機器。その先にいる存在に、ティーネは己の存在を誇示していた。

 

「さよなら、ジェスター。そして次はオマエの番だ、ファルデウス――!」

 

 再会と離別は簡潔に。そして敵への宣誓を行って、首はティーネの手から零れ落ちる。わずか一メートルと少しの高さでありながら、床に落ちる音は小さかった。燃え損ねた金属製の通信機器だけが最後に残っていた。

 

 


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