Fate/strange fake Prototype   作:縦一乙

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day.11-02 基地侵攻

 

 

 魔術師と相対する現場には即時臨機応変な対応が求められる。

 これは魔術師を同じ人間ではなく人間の上位互換として扱い、高い知性による貪欲な探求心と魔術という看過できぬ特殊アビリティがあることを前提とした結論である。彼等独自のテクニックとセオリー、そして豊富なバリエーションは従来の軍隊でそう簡単に相手取れるものではない。

 

 この問題点を一朝一夕に解決することは難しいが、策がないわけではない。

 ファルデウス率いる『レギヲン』ではそのことを重視し、従来のピラミッド構造から並列多重スター構造へとその指揮系統を変えている。現場指揮官は無論、その末端に至るまで多くの情報と大きな裁量権を与えることで、その場凌ぎながらも対応策を打っていた。

 だからだろう。

 こうしたヘタイロイの猛攻に対して、レギヲンは慣れぬ敵にあっても相手を侮ることもなく、よく耐えていた。

 

 スノーホワイトが試算した通常戦力による対魔術師屋内戦闘による予想全滅時間は約三分。これを彼等は三倍以上の時間持ち堪え、更に自軍の数倍に及ぶ魔術師を逆に葬り散っていた。奇襲を受けながらのこの戦果は奇跡にも等しい。

 彼等は自らを犠牲に、貴重な時間を稼いでくれた。

 

「報告します。各メインゲートの充填封鎖終了しました。メインシャフトの完全硬化まで残り一〇分。B2、C3、D5フロアの部隊から通信途絶。これで第二層まで完全制圧されました」

「第八区画の防火扉を閉じてください。残った部隊はその隙にバリケードを再構築。遅滞戦闘をこのまま継続しますよ」

 

 陽が昇ると同時に仕掛けられたこの奇襲によって地上戦力はあっけないほど簡単に全滅していた。

 部隊の三割をものの三〇分で消耗したというのに、ファルデウスの口調は変わらない。上に立つ者の資質とかそういうものではなく、単純にこれくらいの被害は想定済みというだけだ。

 

 奇襲当時、ファルデウスはたまたま仮眠から目覚めており、作戦司令室にいたことが幸いした。直後にファルデウスは基地第五層までの破棄を決定し、“偽りの聖杯”に至るメインシャフトにも充填剤注入による封鎖を指示してある。

 メインシャフトが使えなければ、残すは一般通路を残すのみ。複雑に入り組んだこの基地で最下層に辿り着くには至難の業である。通路を熟知していなければ、とてもではないが間に合うまい。

 

 本来籠城目的の指示であるが、目的はほんの一時間ばかり確実に時間を稼ぐことである。

 いかに強大かつ多勢である魔術師を相手にするとはいえ、この決定はあまりに慎重すぎるとも思えた。これでは誰も――ファルデウス達すらも“偽りの聖杯”を確保することができない。あの大きさであれば、確保するにしても年単位の大掛かりな復旧工事が必要となってくる。

 それでも、これが勇み足だったとは思わない。

 

「皮肉なものですね。まさか我々がここの防衛にあたるとは」

「まったくです。ですが、そのおかげで被害は最小限に留まっています。それに敵司令官はお世辞にも三流にすら届かぬ四流です。わざと手を抜いているのかと勘繰りしてしまいそうです」

 

 椅子に座って頬杖を突くファルデウスの独り言に、隣で直立して指揮を執る口髭副官も同意する。

 上層部を赤く染めた基地の概略図がメインモニターに映し出されている。赤は敵浸透具合を分かり易く示したものだが、その侵攻速度はプロの軍人と比べればあまりに遅い。魔術師の火力と機動力、そして一〇〇名を超える数は恐るべきものだが、残念ながら敵指令官はそれらを生かし切れていなかった。

 

 署長率いる二十八人の怪物(クラン・カラティン)ならば、今頃この司令室か“偽りの聖杯”のどちらかは制圧を完了していることだろう。ファルデウス率いるレギヲンならば、その両方を制圧できている。

 これは別に根拠のない自信によるものなどではない。

 並の軍隊でいきなりこの基地を制圧するのは難しいだろう。専門の特殊部隊だって手こずるに違いない。精鋭揃いの『レギヲン』だって基本条件は同じである。唯一違うことといえば、彼らはこの基地の制圧訓練を数年前から繰り返し行っていた点である。

 

 ファルデウスが根城にしているこの基地は、本来であればこの聖杯戦争中に使用されることのない秘密施設である。しかし大深度地下に“偽りの聖杯”やスノーホワイトといった重要機密が設置されている以上、聖杯戦争の過程で敵に発見され確保される状況は十分に想定されることだった。

 元々ファルデウス達は戦後処理をするための部隊でもある。こうした基地制圧も任務の一環に過ぎない。攻め入ることを検討した以上、この基地の弱点は知り尽くしている。奇襲を受けた段階でどれだけ早くその弱点をカバーできるかが鍵だったのだ。

 彼等は時間をかけすぎたのだ。

 やはり、こちらの勝利は揺るぎない。

 

 ファルデウスの視線が基地内における敵分布を撫でる。赤い領域は徐々にではあるが確実に下に伸びつつあるが、それでも遅い。この調子ならば、第五層に到達する前に時間切れ。“偽りの聖杯”は誰の手に届かぬ場所へと隔離され、スノーホワイトは再起動を完了する。

 時間が経てば、駆逐するのは難しいことではない。

 

「……などと楽観視はできない、か」

「? 何か言われましたか?」

「いえ、なんでもありません。引き続き状況に注意してください」

 

 魔術師を理解せぬ口髭副官にファルデウスの危機感を共有させても何かできるとも思えない。余計な情報を与えるより、ここは混乱を避け手堅く対処することを優先した。部隊の指揮は口髭副官に完全に任せ、自らはこの状況の分析に入る。

 

 敵の正体には当初から気付いている。彼等は序盤で宮本武蔵に蹴散らされた雑魚が寄り集まってできた集団だ。烏合の衆とまではいかないが、即席部隊であることには違いなく、現状のように連携などとれていないのが当然だ。

 だが、それだけにファルデウスは彼等の司令官が恐ろしく思えていた。

 先ほど口髭副官は敵司令官を指して「四流」と笑っていたが、全員が笑う中でファルデウスだけは笑うことはできなかった。

 

 魔術師は己の魔術を秘匿するためにスタンドプレイを好む傾向がある。いかに切羽詰まった状況であっても、一〇〇人以上の魔術師に同じ目的を持たせ、まとめあげることなどそう簡単にできることではない。率直に不可能だと思うし、実行し実現できる人間がいるとも思えなかった。

 ましてや、今までファルデウスは彼等の存在に気づきもしなかったのだ。初日敗退からこの瞬間まで、彼等は一体どこで何をしていたのか。

 誰か一人でも裏切れば致命的、そうでなくとも誰か一人尻尾を出せば、その痕跡をスノーホワイトが見逃す筈がない。ロバの竪琴聴き(オノスリューリラ)ですら彼等の情報は全くなかったのだ。

 

 指揮能力など、問題ではない。

 脅威であるのは、異常なまでの統率力(カリスマ)

 それでありながら、敵の大将は最初から彼等の指揮を放棄している。下手な連携など逆効果、大まかな指示だけを残し後は各人の判断で行動。他部隊の危機をろくにカバーすることもなく無駄が多い動きにも、それならば説明も付く。

 問題は、その大まかな指示が何を目的としているのか分からないことか。

 

「……捕えた者達はどうなっていますか?」

 

 頭を巡らすが、城攻めを行う理由を他に求めるならば、これぐらいしかファルデウスは思いつけなかった。

 傍らにいた基地内管制を担当しているオペレーターに確認を取る。急な質問であってもオペレーターはすぐさまファルデウスの質問の意図を察し、モニターに順に情報を呼び出してくる。

 

「合成獣は第六層で拘束中です。カメラにも異常はなし。署長とアサシンは第四層で拘束中です。カメラと盗聴器の類はジェスター氏に取り外されておりますが、熱源反応から同じく拘束中と思われます。そして――」

「第四層、ですか?」

「はい。第四区画Cブロックです」

 

 引き続き報告しようとするオペレーターの台詞を遮り、ファルデウスは確認する。

 オペレーターの手元で表示される画像には、檻の中で鎖に繋がれた合成中のライブ映像。アサシンと署長らしき二つの熱源も表示されている。続いて操作しようとするオペレーターの行動を手で制し、画面上に表示された位置を確認する。

 第二層までは敵に占拠された。第三層も数分以内に占拠されるだろう。いくら遅滞戦闘を行っても第四層をこのまま守ることはできそうにない。

 

「これは、失念していましたね」

 

 口元を覆って自らのミスに今更ながら気付く。

 署長とアサシンが敵の主目的であるとは考えにくい。彼等の生存は偶然の産物であり、敵はその生死の確認すら取れていない筈。そんな確証のないものに時間を費やすとは思えない。

 しかしジェスターは別だ。ここでアサシンを奪われるようなことがあれば、彼女に固執するジェスターがどう動くか分からない。使い潰すつもりだが、ここで寝返られたらやっかいなことこの上ない。

 

 ひとまずジェスターに二人を安全圏に移動させようと指示を口にしようとした直前、上層部の区画がまた一つ赤く染まったのが目に入った。

 ランサーに破壊された七番格納庫がある区画。元より復旧できる見込みがなかったので、侵入されぬよう天井を厳重に塞いだだけで放棄された区画だ。搬入リフトは生きているが、真下にある区画は充填剤によって硬化してある。ここから下へと侵入するのは不可能――

 

「……、何を言いかけた?」

「はっ?」

「合成獣、署長、アサシン、そしてその次に何を言おうとした?」

「はっ、――捕らえた者の情報をお求めの様子でしたので、」

 

 ファルデウスの突如としたその気迫に圧され、オペレーターは一度唾を飲み込んだ。

 

「スノーフィールド市民の情報を出そうとしておりました」

 

 その言葉に、ファルデスは敵の狙いがこれだと理解した。

 この基地には付属となる避難シェルターが外周部に存在している。基地上層と繋がっているもこの施設には、現在八〇万市民が施設一杯に詰め込まれた状態にある。

 あり得ぬ選択肢ではない。むしろ目的としては真っ当であろう。八〇万もの命はこれを論議するまでもなく、犠牲にしてはならぬもの。この戦争に巻き込まれ死なせるようなことはあってはならない。

 けれどそれは、魔術師としての考え方ではない。

 

「……ハハッ。これは傑作です。公務員たる我々が市民の犠牲を許容し、呼ばれもせぬのに湧き出た蛆虫風情が市民の保護を進んでするとは……」

 

 馬鹿にするのにも程がある。

 挑発するにも分を弁えろ。

 

 普段の柔和な態度でありながらも、ファルデウスの身体から我知らず殺気が漏れ出てくる。得体のしれぬ殺気を敏感に感じ取ったのか、この場にいる全員に緊張が走る。隣で指揮を執る口髭副官ですら素知らぬふりをしながらも、さりげなくファルデウスから距離を取っていた。

 今なら殺人鬼の気持ちが良く分かる。気の向くままに、そのナイフを肉に突き立てたくなる。

 

「副官」

「はっ。なんでありましょう」

「スノーホワイトの準備を急がせろ。システムチェックは省略。オプションは戦闘モードで出撃準備」

「はっ。スノーホワイトのシステムチェックを省略。オプション機は戦闘モードにて全機出撃準備、急げ!」

 

 俯きながら指示を出すファルデウスに口髭副官は疑問を解消することもなく復唱し命令に従った。立場上ファルデウス自らが命令してもいいのだが、今はダメだ。このメンタルで誰かと面と向かうには、些か以上に自制が必要だった。

 小さく深呼吸を二回。頬を叩けば、いつものファルデウスがそこにいる。

 

「……ジェスター氏はどうしていますか?」

「現在第三層エレベーターホールにて防衛中です」

 

 先のファルデウスの殺気に咄嗟に答えることのできぬオペレーターに代わり、口髭副官が答える。

 手塩にかけて育ててきた精鋭が怯えるほどの殺気を出していたことに、ファルデウスは反省する。この程度で怯むのであれば、彼らはきっと、この戦場で命を落とすことになる。

 

「彼に急ぎ七番格納庫の様子を確認してもらうよう連絡してください」

「七番格納庫――お言葉ですが、ジェスター氏が応じるとは思えません」

 

 このままではアサシンが奪われる可能性は高い。それに気付かぬジェスターではない。

 本心では今すぐにでもアサシンの元へ駆けつけたいくらいであろう。実際、あの場が持ち堪えているのはジェスターによるところが大きい。ジェスターがそこから抜ければ戦線はあっけなく瓦解し、第四層まで一気に攻め込まれる可能性がある。

 それに、七番格納庫に行くには敵中央を突破していく必要がある。いかにジェスターといえどもそうそう簡単になせることではない。

 

「なら、一個小隊を援軍に向かわせましょう。ジェスター氏が許可するならアサシンもより安全な場所へ移動させると伝えてください。そう言われて首肯しないわけにもいかないでしょう」

「……よろしいのですか?」

「さすがに敵に奪われるわけにはいきません。二人の元にはランサーを向かわせます。想定外ですが、ここでジェスター氏にはご退場願いましょう」

 

 ジェスターの不運はアサシンの元へ戻る間もなく奇襲に応戦せざるを得ない状況に陥ったことだ。

 アサシンの安全を確保するためにはファルデウスの協力が必要であり、この要請をジェスターは断ることができない。断るようならば、二人の命を保証しないと暗にファルデウスは告げている。

 もちろん、保証どころかジェスターが七番格納庫に行った直後にファルデウスはランサーを用いて二人を始末する腹積もりである。

 

「これから敵は何かを仕掛けてきます。不確定要素を先んじて排除するに越したことはありません」

「何か、と仰いますと?」

「さて。それはまだ何とも言えませんね」

 

 敵の目的は、八〇万市民の脱出だ。七番格納庫を確保したのは搬入リフトを下ではなく上へ動かすためだろう。一〇〇名以上の魔術師を総動員しながら、やることは脱出ルートの確保でしかない。

 これは謂わば前座だ。現状を許容するのであれば、わざわざ八〇万市民を脱出させる必要はない。逆に言えば、これから許容できぬ何かをするから、市民の脱出を試みたのだろう。

 

 敵はファルデウスやスノーホワイトなど眼中にない。

 狙うはただ一つ、“偽りの聖杯”のみ。

 なるほど。大将が指揮を放棄しているのもこのためか。

 本人は単独で“偽りの聖杯”へ向かっている。

 

「彼等は“偽りの聖杯”を――倒すつもりです」

 

 このファルデウスの言葉を裏付けるかのように、その瞬間、激しい衝撃が基地全体を揺るがした。

 

 


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