Fate/strange fake Prototype   作:縦一乙

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day.10-10 二つ名

 

 

 倫敦(ロンドン)、時計塔の一室。

 ネズミ顔と赤髪が騎士団の名を問うていたのと同時刻。

 

 魔術師などと言う自己主張の激しい連中を管理育成していることもあり、時計塔は常に何らかの騒ぎがどこかにある。とはいえ今日の騒ぎは殊更に酷く、「どこか」というより「どこも」と形容した方が正しい。その混乱の大元が学生ではなく事務方というのも、珍しい。

 原因は、あと一時間もしないうちにここで開かれる緊急会議にある。本来ならばその頭に「極秘」の二文字が入る筈なのだが、今回はあまりの緊急ぶりに諦めざるを得なかったのである。

 もっとも、会議出席者の豪華な顔ぶれを考えれば最初から無駄なのかも知れない。

 

「失礼します」

 

 ドアをノックしつつも、返事を聞く間もなく召喚科学部学長室へロード・エルメロイⅡ世は足を踏み入れた。彼もまた緊急招集を受けた身であるが、会議の前にここへ足を運ぶようロッコ・ベルフェバン学部長から要請されていた。

 

 何か事態が動いたことだけは確からしいが、しかしそれにしては様子がおかしい。

 立場的にロード・エルメロイⅡ世はベルフェバンと派遣した魔術師との仲介役を担っている。事態が動くような報告があれば、まず第一に自分の下へ来る筈だ。いくら総責任者であるとはいえ、頭越しに報告がいくことなど通常では考えられない。

 普段のアポでさえ専属秘書か時計塔事務方を通さねば叶わないのである。一体どんな魔法を使えば自分を含めた専属窓口に気付かれることなく学長に直接報告書が届き、かつ多忙な学長がわざわざ時間を割いて得体の知れぬ報告書を読むというのか。

 

 その上、ロード・エルメロイⅡ世はつい先ほど予想外の人物と廊下ですれ違っていた。軽く挨拶くらいしたものの、本来であればこの場に来ることなどあり得ない人物だった。権威主義的な魔術師集団である時計塔において、彼は実績はあれど新参であるエルメロイⅡ世よりも見下されやすい立場にある。

 そんな彼らに頼らざるを得ない状況まで、事態は進行しているということか。会議前だというのに足が重くなる情報ばかりである。何か呪いがかけられているのかと疑いたくなるくらいだ。

 

「来たか」

 

 非礼を責めることなく迎えてくれたベルフェバンではあるが、顔に疲労の色は隠せない。何かがあったのはもはや確定的だった。

 

「先ほど法政学部の幹部とすれ違いましたよ。一体何があったのですか」

 

 魔術師のための研究機関としての側面が強い時計塔において、政治家を目指す法政学部は学部にすらカウントされぬ学部だ。そんな連中と会議前に会うことの意味は、もはや一つしか考えられない。

 

「“偽りの聖杯戦争”の背後組織が明らかになったのだよ。首謀者は、米国だ」

「それは以前から指摘されていたことなのでは?」

 

 米国機関が一枚噛んでいることは空港での検閲体勢と魔術師の動員規模から確実視されていたことだ。魔術など何も知らない一般人が意図せず妨害行為に加担させられており、魔術の通用しにくい機械が行く手を遮っている。調査は遅々として進んではいないが、資金の流れから相当大きな組織であることは伺えていた。

 そんなエルメロイⅡ世の勘違いを、ベルフェバンは首を振って否定した。

 

「違う。違うのだよ、ロード・エルメロイ」

「何が違うんですか」

 

 眉根を顰めながら何が違うか理解できない。以前からⅡ世を付けるよう言っているというのに、ベルフェバンにはその余裕すらもない。

 

「裏で糸を引いているのは米国の一機関などではない。米国そのものだ。陣頭指揮をホワイトハウスがとっている。報告書が本当なら、軍が爆撃もしたそうだ……」

「ちょっと待ってください。話が突飛すぎます」

 

 俄には信じられぬことには違いない。だが、ここまで話が大きくなってくると、逆にどんなに証拠があろうと信じるわけにはいかない。神秘の漏洩防止こそが魔術協会の目的であり、そこに例外などあろう筈がない。

 確かに協会の歴史を紐解けばナチスの祖国遺産協会(ドイチェス・アーネンエルベ)を殲滅対象としたこともあったが、それも国家の一機関としての位置付けだ。第二次世界大戦という世界レベルの混乱があったからこそ可能だったのであり、逆にいえばこれくらいのドサクサがなければできないことある。

 この平時に世界最強国家そのものを殲滅対象とするだけでも到底不可能だ。これを大真面目に実行しようとするなら、第三次世界大戦を引き起こすくらい混沌とした状況が必要となるだろう。

 いかにバラエティ富んだ人材が集まる魔術協会といえ、米国を殲滅しようと主張する馬鹿はいない――少ないと思いたい。

 

「事実なのですか」

「残念ながら事実だよ。それに、米国もそうした我々の思惑をよく理解している。我々が今の今まで情報を仕入れることができなかったのも、米国の完璧な情報統制によるものだ」

 

 神秘の漏洩に敏感な筈の魔術協会が何の情報も得られない。それ自体が米国の切り札だ。本来であれば協会が動くべきところを、自国で協会以上に内々に処理できると暗に伝えて動かぬよう圧力をかける。

 事前に喧伝されたことが状況に拍車をかけている。それもこうなることを見越しての策と考えれば辻褄も合う。ああも露骨な宣伝をして注目を浴びながら、結局スノーフィールドの情報を得た者はいないのである。

 

 情報の遮断と歪曲、そして統制。あの宣戦布告がボディーブローのように魔術協会を苦しめようとしている。

 魔術師同士という極狭い範囲であっても、魔術協会が米国に対して有効な策を持てなかった、などと風聞が立てば面目は丸潰れ。協会の信用は失墜し、教会をはじめそれに乗じて動く者も大勢いることだろう。

 風聞もなにも事実なのだから、尚のこと質が悪い。取り繕うための限界はとっくに超えているのである。

 

 そして最悪、国家としての強大さを利用して神秘そのものが暴露される危険性もある。

 そうなれば魔術協会どころか、魔術基盤そのものが危うくなる。普段通りのセオリーが通じるレベルではもはやない。

 

「協会はこの件を政治決着で片付けるつもりですか」

 

 苦肉の策であることは承知の上で問うてみる。

 そのつもりがなければ、法政学部など呼びはすまい。だが、それだけで済ませるにはあまりに事が大きすぎる。米国が全て内々に処理することで神秘の漏洩は防げたとしても、協会は根幹となる“偽りの聖杯”と呼ばれるシステムを無視することはできない。

 ここで穏便に決着をしたとしても、諸々の問題が解決することはできなくなる。

 

「それが――問題、なのだ」

 

 エルメロイⅡ世の思考を先回りしたベルフェバンが大きくため息をついた。心なし、周囲の空気も重くなったような気がする。

 

「米国はこの計画を実に子細に研究している。我々の動きも、そのための対策も、少なくない年月を費やし挑んでいる。我々も彼等の努力が十全に発揮され、万難を排して貰えれば、政治決着も吝かではなかったのだよ」

「婉曲な物言いですね」

「つまりだよ、事が政治決着ですまなくなった、ということだ」

 

 そのための手段を講じながら、ベルフェバンはその事実から導き出される結果を否定する。

 いかに米国といえども交渉材料にするだけで実際に神秘を暴露する可能性は非常に低い。その上で様々なカードを切り出し、より優位な立場を築こうとするだろう。政治的には険悪となるだろうが、これを機に直通回線でも用意できれば対等な立場で様々な面から交渉しやすくもなる。協会としても米国がこうも強気に出ている以上、政治決着以外の着地点はない筈だ。

 

「米国は致命的なミスをしでかした。我々は、例え基盤を失ってでも動く必要がある。法政学部の連中に動いて貰うのは、ただの時間稼ぎだ」

 

 断言して――ベルフェバンは手元の資料に手を置いた。先の報告書とやらだろうが、遠目に見る限りどうにも体裁が整っているようにも見えない。協会の専属諜報員からの報告ではなかったのだろうか。

 

「ロード・エルメロイⅡ世。君は、英霊を簡単に召喚する方法は知っているかね?」

「そんな方法はありません。それができれば苦労はしないでしょう」

「では、質問を変えよう。英霊が簡単に現れ出てくる状況は知っているだろう?」

 

 その問いの答えは、先の事実よりもよほど深刻だった。

 召喚は、しかるべき手段によって行われる儀式だ。そこには人の意図があり、目的がある。だが人間以上の存在である英霊を召喚するとなると、その難易度は一気に跳ね上がる。

 ましてや、それが簡単に現れ出てくる状況など、一つしか考えられない。

 

「まさか――」

「その通りだ。奴ら、あろうことか抑止力を直接的に利用してサーヴァントを召喚している」

 

 この世界には、破滅を回避するためのシステムが予め備わっている。集合的無意識によって作られた、世界の安全装置。世界が滅びの危機に瀕した時、抑止力として英霊が顕現することがままにある。

 理論的には可能だ。世界を滅びの危機に陥れる『何か』さえあれば英霊は自然に召喚される。そこを上手く介入するシステムを用意すれば、英霊の認識を歪め聖杯戦争と誤認させることもあり得るだろう。

 

「聖杯戦争とは看板だけの存在で、その根幹と目的は全くの別物だ」

「荒唐無稽の絵空事――と切って捨てるのは簡単ですね。学生がそんなことを言い出したら問答無用で殴り飛ばしています」

 

 かつて自らの論文を公衆の面前で貶された身ではあるが、今ならその時の師の気持ちも少しは分かる。

 だが、これを言い出しているのはその道の権威である召喚科学部長である。ここ数時間でいきなり呆けた可能性に賭けたいところだが、そんなことこそあり得ない。こんな急に時計塔の幹部を全員呼び出さねばならぬ程度に、信頼できる情報があるに違いない。

 

「“偽りの聖杯”、米国計画呼称クラス・ビースト。これが世界滅亡の原因だそうだ。現在は封印されているらしいが、いつ目覚めるかは不明ときている」

「各サーヴァントは本来そいつを倒すための抑止の守護者ってことですか。まさか聖杯戦争のシステムで抑止力そのものに干渉するとは。思いついた奴はアホか天才かのどちらかでしょうが、良い度胸しているのは確かですね」

 

 だがこれなら大聖杯などを用意する必要もなく、実現するためのハードルは遙かに低い。それでいてクラス・ビーストとやらの封印を自在に操れるのであれば、何度でもこの“偽りの聖杯戦争”を繰り返すこともできる。

 願望機たる聖杯がないとなれば、教会だって動くことはしないだろう。

 だが、リスクを管理できていると認識している米国に対して、協会はこのリスクを容認することなどできはしない。

 

「これからどうなされるおつもりです?」

「“偽りの聖杯”を確保。可能なら完全破壊、不可能なら厳重封印だ。アトラス院にも打診することになるだろう」

 

 聞いてはみたものの、処置としては当然だろう。

 交渉がただの時間稼ぎなら、すぐにでも大隊規模の戦力を派遣する必要がある。だが、現地は相変わらず完全な隔離状態。結界の確認こそできたものの、その規模と強度は今もって不明。調べようにも結界外周部に展開されている何者かによって少人数の斥候部隊ですら消息を絶つ始末。

 問題は既に開戦から一〇日以上経過したということか。事前に派遣した第二次部隊も、現地へ到着するのは急いで明日以降。もう決着がついていてもおかしくない頃合いだ。

 仮に部隊を派遣したところで到着より早くこの戦争が終わってしまえば、目的の“偽りの聖杯”はどこか手の届かぬところに移送されてしまう可能性がある。そうなってしまえば手遅れだ。

 

 事の推移を思い返し検証するが、もはやどうやったとしても、現地にそんな戦力を送り込み、状況を完遂できる予想図を描くことができない。

 いかにそうした連絡役を他人に押し付けていたとはいえ、そんな無茶なタイムスケジュールを目の前の御仁が組むとも思えない。

 代替案……いや、あるいはすでに誰かが動いていると考えた方が良い。スノーフィールドに今すぐ事態を打開できるような部隊など考えづらいが、それに近い者がいるに違いない。

 

「……質問してもよろしいでしょうか?」

「今更だな。私は今か今かと待っていたくらいだ」

「情報が些か正確過ぎます。その情報が真実であるならば協会が動きかねないことは米国だって承知している筈です。トップシークレットと言い表してもまだ生温い」

「……」

「米国での情報は担当たる私ですらほとんど把握できていない。現地情報なら尚更です。あの情報封鎖の中から一体どうやってその情報を得たのですか?」

 

 エルメロイⅡ世の言葉に、ベルフェバンは今まで手にしていた報告書らしき紙の束を徐に差し出してきた。

 

「これは現地から直接私に届けられたものだ」

「……直接、ですか?」

 

 あの完全情報封鎖された現地から、というのも疑問であるが、わざわざ直接届けられたというのはおかしな話だ。ベルフェバンに直接、ということはメールなどの現代機器の介入はないと思った方が良い。そして魔術による通信は学部長という立場からフィルタリングにより検閲が入る。直接連絡を取ろうとするのなら、事前に決められた手順を踏む必要がある。

 なんだか嫌な予感がしてきた。

 この報告書を提出した魔術師は、スノーフィールドから未だ詳細も不明なあの結界をすり抜けられる程の腕前を持っている。おまけに時計塔の検閲魔術に関しても精通しているようである。

 

「スノーフィールドのシステムを解析。“偽りの聖杯”の本性を見抜き、サーヴァント本来の目的を示唆。背後関係を明らかにしたのもこの報告書によるものだ。さすがに裏は取れてはいないが、九分九厘間違いないと判断した」

「……優秀な調査員がいたようですね」

 

 あのランガル氏でさえ手玉に取られたというのに、よくぞそこまで調査できたと感心――したいところだが、その異常な優秀さには非常に覚えがある。

 

「その上で我々が動くことを危惧までしている。協会が動いて米国と一触即発の状況になるのは好ましくない。であれば、これは向こうの提示したルールに則って、片付けることがもっとも好ましい」

「はは。まるで聖杯戦争に参加し優勝するような物言いですね」

 

 乾いた笑いを自覚する。

 確かに報告者の言うとおり、協会が無理に動くよりもスノーフィールドの聖杯戦争に参加しているマスターが自力で解決するのが最良の策だ。これなら戦力・時間・場所・政治、全ての問題に対処することが可能となる。

 米国と安易に決着をつけるより遙かにマシな方策だろう。夢見がちであることが致命的であるが、可能性はある意味で一番高い。

 全てが露見しておきながらそれでも尚ルールに従い解決しようとする愚直さに、凄く心当たりがあった。

 

「まあ、これから反攻作戦を開始するのであっちこっちから潜り込んでいた諜報員も使います、と正直に書くのはどうかと思うがね。詳細なリスト付きで報告されると確認のために動かないわけにもいかん」

 

 リストにある組織に連絡をとり「お宅の諜報員を使わせていいですか?」と聞いて回る姿を想像する。向こうとしてもこれを馬鹿正直に答えるわけにもいかないが、かといって無碍にすることもできない。両者とも頭を悩ませることになるだろう。

 そして真っ当でない問題で悩む胃の痛さにも心当たりがある。

 

「これから行う緊急会議は政治的な対処策がメインだが、私の目的はそこではない。私の目的は、この報告者が率いる集団を協会正規の部隊として取り扱うことだ。ここに至って戦後処理を見越して動くとは将来有望だな」

 

 もうここまでくると自分の推測が外れて欲しいとすら願う。

 だがしかし、エルメロイⅡ世は聞かねばなるまい。

 その報告者が一体誰なのかを。

 

「……残念ながら、報告者及び作戦遂行部隊に君の教え子であるフラット・エスカルドスの名はなかったよ」

「そう、ですか」

「ただ、部隊名『アイオニオン・ヘタイロイ』、部隊長『絶対領域マジシャン先生の弟子』とある。つかぬ事を聞くが、絶対領域マジシャン先生とは君のことかね?」

 

 酷く気の毒そうに話を振るベルフェバンに、エルメロイⅡ世は瞬間、我を忘れた。

 その後の会議において、協会は部隊名『アイオニオン・ヘタイロイ』、部隊長『絶対領域マジシャン先生の弟子』を正規部隊として認定し、その作戦行動を承認することとなる。これは協会の公式書類として半永久的に保存され、後世の人間に晒され続けることとなる。

 その後、ロード・エルメロイⅡ世を新たな二つ名で呼ぶ者がいたとかいないとか。

 それはまた別の話。

 

 


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