Fate/strange fake Prototype   作:縦一乙

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day.10-09 騎士団

 

 

 スノーフィールドから人影が消え、およそ六〇時間が経過した。

 

 陽が高く昇るにつれ、気温も比例して上がり続けている。そして街のあちこちから腐った匂いがその濃度を高めつつあった。その多くは電気の通わぬ冷蔵冷凍庫からだが、中には戦闘に巻き込まれ死んでいった一般人もいる。運が悪かったとしかいいようがないが、今しばらくはそのまま放置されるままだ。今スノーフィールドを支配している二十八人の怪物(クラン・カラティン)改めレギヲンもそんなことに人員を割くことはできない。人がいない以上、公衆衛生に気を遣う必要もないからである。

 だがそんな物言わぬ彼らだからこそ、役に立つこともある。

 

 市内においてそこは間違いなくもっとも賑やかな場所だった。

 スノーフィールド八〇万市民を操り地下シェルターへ待避させた笛吹き男(ハーメルン)であるが、生きた人間だけをターゲットとしたため畜生は放置されたままだ。故に、この場に野犬や野鳥が餌を求め集まるのも当然だった。

 眼球を失った死者の眼窩にその嘴を突き刺し中身を啜る鳥の傍らを、フードを被った赤髪の男は十字を切りながら通り過ぎていった。そのことにカラスはまるで気付いた様子はない。

 唯一その赤髪に気がついたのは、普段は地下で過ごしている筈のドブネズミ。早い歩調で歩む赤髪の足に器用にしがみつき、するすると肩にまで駆け上がる。

 

「周囲に敵はいないな?」

『確認できる範囲にはいない。念のため後方警戒を密にしている』

 

 赤髪の質問に、肩に乗ったネズミが毛繕いをしながら答える。

 見る者が見れば分かるが、このネズミは使い魔だ。鳥などの使い魔と比べるとその探索範囲ははるかに狭いが、その小さい体躯はわずかな隙間に潜り込み探査や破壊工作に向いている。

 自然界の掟としてより大きな獣に襲われることはままあるが、幸いにもこの辺りの獣は腹を満たしているのであまり問題はない。

 

「ちっ、当てにならんな。鳥型なら上空からすぐに分かるだろうに」

『鳥は把握されているという話だ。無理を言うな』

 

 俄には信じられないことではあるが、この街を現在支配している奴らは鳥の一体一体まで正確に識別し、その上使い魔かどうかもどうしてか判別することができるらしい。迂闊に鳥を飛ばせばせっかくの隠れ家を発見される理屈である。眉唾物であるが、そうした情報があるのだから無視するわけにはいかない。

 木を隠すには森の中とはいうが、その木を全て把握できる能力は率直に言って脅威以外なんでもない。このドブネズミですら生息地から怪しまれぬよう現地調達し即興で使い魔としたものだ。工房で生み出した使い魔でもないので品質は著しく悪い。

 

『四重に確認した。つけられていないようだが、念のため罠を張ってる迂回ルートを通ってくれ』

「罠って、あのネコイラズを撒いた地下道のことか?」

『トリモチも設置してある。俺が見落とすほど小さな使い魔なら飛び越えられないが、人間なら何とかなるだろ。引っかかるなよ』

「もっと魔術師らしい罠を仕掛けようぜ。魔術師として」

 

 悪態をつきながらも、赤髪は指示通りの迂回ルートを取る。周囲にも気を配るが、そこにあるのは破壊の痕跡だけで怪しい気配はない。気配を発しない機械に対して無力ではあるが、そうしたカメラも事前にネズミの使い魔に囓らせて念入りに壊されている。

 ここは少し前に英雄王と黄金王が激突した場所だ。周囲には黄金化の魔力が未だもって漂い、背の高い建造物は悉く上層階が消滅している。それでいて上空からは看板や庇、崩れた建物で遮られ、死角も多い。

 そして赤髪の隠れ家は、そんな戦場跡地にある。

 

 どこにでもある地下のバーへ続く階段の途中に、その入り口はあった。見た目こそただの壁だが、触れれば水面のような波紋を生じさせ抵抗なくすり抜けられる。魔術師にとって決して珍しくない入り口の偽装である。

 だが珍しくないだけで、並の魔術師ではこの入り口を再現するのは難しいだろう。これは桃源郷や竜宮城、鼠の御殿に雀のお宿といった異界への扉だ。入り口の設置は異界の主の自由自在。人がいない今だからこそ固定化しているが、人が戻ればいつでもこの扉は消滅させることもできる。

 入り口という境界を踏み越えれば、世界はまるで異なっていた。位相をずらしただけの結界ではあるが、それを実現させているだけでも魔道の奥深さを思い知らされる。これを突き詰めれば噂に聞く平行世界に辿り着くことだって不可能ではない。

 

「ただいま戻りました……何だ、我らがマスターはまだ寝てるのか?」

 

 報告をしにこの世界の中央に聳える城に登城するが、そこにいたのは外へ使い魔を放ち操作している魔術師が数人いるだけだ。忙しなく手を動かしながらも対応してくれたのは先ほどまでネズミを使って指示をしてくれたネズミ顔の魔術師だった。ペットは飼い主に似るというが、彼の場合は逆らしい。

 

「偵察ご苦労さん。マスターならもうじき起きてくると思うぜ」

「ならここで待たせて貰おうか」

「急がなくていいのか?」

「急いで報告する内容もないんでな。それに怖いくらいマスターの予想通りだ。俺達がやるべきことに変わりはない。時間までゆっくりさせて貰おう」

 

 体力的には全く問題はないが、気を張りっぱなしだったこともあって精神的に疲れていないといえば嘘になる。クシャっと丸まった煙草のソフトパッケージをポケットから取り出し、肺一杯に煙を吸い込んだ。動物を扱う以上そうした煙と匂いを嫌がりそうなものだが、ここにいる魔術師はこの程度で集中を乱すほど三流ではないらしい。

 そうこうしている間に、目の前の通路を次々と他の魔術師達が通っていく。彼らの目的地はこの先にある大広間、集合予定時間より一時間も早い。血気盛んで結構なことだが、些か張り切りすぎではあるまいか。

 

「……俺はてっきり逃げ帰ろうとする奴らも多いと思ったんだがな」

 

 周囲の気配に敏感であり、そうした魔術に秀でているが故に偵察など行っていたのだ。雰囲気だけでもこの場に集まろうとする人数くらい把握できる。

 集まったばかりの時は烏合の衆に過ぎなかったというのに、今やどこの精鋭組織とばかりに誰も彼もキビキビと動いている。その様は神の名の下に集う教会の騎士団を彷彿とさせる。

 魔術師というのはもっと利己的な存在だと思っていたが、どうやら考えを改める必要があるようだ。

 

「恩義に報いようと思うのは当然じゃないか?」

 

 赤髪の独り言にネズミ顔は律儀に答えてくれた。対応こそ雑だが実は良い奴なのかも知れない。

 この結界内にいる魔術師は、そのほとんどが“偽りの聖杯”の相伴にあずかろうとした間抜け共だ。その内実も知らず、情報の真偽すらも確認できずに踊らされた愚か者。しかも武蔵によって出鼻を挫かれた結果、彼等は物語のエキストラにもなれぬ運命を背負わされた。

 その令呪を狙った前科があり、それでいて戦況次第で裏切りかねない風見鶏な彼等を哀れみ保護してくれる陣営などいるわけがない。逃げ帰ることすら困難な状況に、彼等の運命はただ無様に駆逐されるだけの筈だった。

 

 目前にマスターとそのサーヴァントを見た瞬間、死を意識しなかった者は皆無だ。殺されると恐怖し攻撃した者は数知れず、手をさしのべられたことさえ冗談だと自害を試みた者すらいる。あまつさえ、仲間として迎え入れられるなど一体誰が想像しようか。

 時代錯誤にも恩義を感じ、忠誠を誓う者がいても不思議ではない。信じがたいことではあるが、それを納得させるだけの理由がそこにある。

 

「さっき確認もしたが、逃げ出した奴は皆無だぜ」

「……命をかける奴の気が知れないな」

 

 これからのことを思えば命の保証などできはしない。だからマスターからも無理強いはされていない。むしろ逃げ帰ることすら推奨されたくらいだ。

 

「斥候なんて一番危険な任務をこなしている奴がそれを言うのか?」

「……俺はフリーランスで仕事として請け負っているからいいんだよ」

 

 ネズミ顔がニヤニヤしながら斜めに赤髪を見る。

 恩義をうんぬん語るつもりはないが、どうにもあのマスターを見捨てることはできない。令呪を無防備に剥き出しにしたまま休むし、明らかに敵対している者に対しても彼は涙を流して説得しようとする。しかもサーヴァントが傍らにいない状況でそれを実行するのだ。危なっかしくて見ていられない。

 決して一枚岩でない……それどころか敵対関係にすらある彼等があのマスターの下に離反せずまとまっていられる理由は、そういうところにあるのだろう。サーヴァントもサーヴァントなら、マスターもマスターである。

 

「しかしフリーランスの俺ならともかく、協会直属の連中だってこの中にはいる筈だろ。そいつらは一体何考えてんだろうな?」

 

 マスターに保護された者の多くは聖杯戦争に参加しようとした者だ。その場合目的は聖杯だが、協会の諜報員であるならその目的は情報収集にある。この場に留まる必要などどこにもない。むしろさっさとここから出て行くべきだ。

 紫煙を宙に吐き出すことでさりげなく視線をネズミ顔から逸らしながら語ってみる。確認などはしていないが、ネズミ顔は協会諜報員に相違なかった。使い魔を現地調達し見事に使いこなす腕前や諜報員然とした癖から推測した……というわけではない。種を明かせば、以前ランガル氏の諜報活動に協力した際に見かけたことがあっただけだ。

 

「……いや、彼等が動くことはないよ」

「断定的だな。理由を聞いても良いのか?」

 

 これから一戦を交えようという時に余計ないざこざを抱える必要もない。これは個人的な情報収集だ。わざわざ蛇を出そうと藪をつついているわけではない。

 だがそんな赤髪の気遣いは杞憂に終わる。

 

「もう報告済みなんだよ」

「――なんだって?」

 

 冗談だとは思わない。だが現実味のないその話に聞き返さずにはいられなかった。

 この地から脱出できた者は未だいない。逆に潜入できた者もいないことから、硬度の高い情報だ。もちろん一般通信網は使用不可。魔術による伝送も強力なジャミングがかかっている。雄志諸兄がこれを破ろうと四苦八苦していたようだが、突破できたとは聞いていない。

 これで一体どうやって報告できたというのか。

 

「進退窮まって相談した奴がいたんだよ。そしたら、あっさりと送信だけならできた」

 

 誰に相談したのかは敢えて聞くまい。

 どこか遠くを見つめるネズミ顔。彼だってその道のプロであるが、そうした人間を頭数揃えて解決できぬ難問を、あっさりと解決させられると、立つ瀬がない。

 世の中、歴史を変えるのはこういう人間なのだと思い知らされる一瞬である。そして自らが凡人だと思い知らされる。

 

「事後承諾だろうが、今後の行動は協会承認の正規行動扱いになるだろう。俺ら、臨時の騎士団所属らしいぜ」

「マジかよ」

 

 状況が状況だけに、協会がどう動くかは容易に想像が付く。ここで逃げ出すのは勝手だが、もし本当にこの状況が報告されていたとしたら、後々やっかいなことになる。逆に逃げ出さずにマスターの下で戦えば、その後の栄華は約束されたようなもの。

 あのマスターがそこまで考えて動いていたとは到底思えないが、これで俄然旨みが増したのは確実だ。向こう人生一〇回くらい賭けても余裕でお釣りが来る。

 

「――それで、騎士団名はなんだ?」

 

 念のためそこだけは確認しておかねばなるまい。

 旗印にしろ、赤枝騎士団や円卓騎士団とか空気を読まず付けられた日には、その功績よりも赤っ恥をかく可能性もある。あのマスターのことなのでその可能性は否定できない。

 

「ええと、確か――」

 

 赤髪の不安にネズミ顔が答えた名は、彼が知るよしもないことだが、かつての聖杯戦争にもあった名称だった。

 

 


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