Fate/strange fake Prototype 作:縦一乙
最後まで残った敵はやはり別格の戦闘力を持っていた。
敵の宝具は木槌。能力はその大きさを自由自在に操れること。その伸縮性から間合いを測りがたく、距離を取れば直径一〇メートルを超えて巨大化した木槌が上から振り下ろされる。そして木槌を小さくすることで技の後に発生するはずの隙をなくし、異常なまでの連撃が絶え間なく襲い掛かる。
それだけであるのなら、この宝具はランサーの脅威になり得ない。ランサーにとってほとんどすべての打撃は
絶対的な実力差がそこにある、筈だった。
もう何度目になるかわからぬ木槌の一撃が放たれる。度重なる連撃はランサーの動きを完全に縫い、そして何の意外性もなく、木槌はランサーの腕に接触した。同時に、ランサーの腕が爆散したかのように遠くに吹っ飛んでいく。
「……」
さすがに初見こそ驚きはしたものの、それが何度も続けばその正体にも気付く。
敵は単に接触した瞬間に木槌に急制動をかけ、その爆発的な衝撃だけを接触面へと伝達させているのだ。結果として、
明らかに対ランサー戦を想定した技だった。これによりランサーの身体はその約二割を周囲に飛び散らせている。消滅したわけではないので回収すれば元通りだが、ここまで回収を許されたことは一度としてなかった。
それに、わざわざ回収する必要もない。
「――ッ!!」
木槌による衝撃を受けたところでランサー本体の動きに支障はない。そして急制動してしまった以上、その反動のためすぐに敵は動けない。これまではその隙を仲間がカバーしていたわけだが、頼みの仲間は全て地に伏していた。
動きを止めた敵の懐に潜り込み、新たに生やした腕はあっけなく敵の胸板へ辿り着く。ランサーの攻撃を察知したパワードスーツは搭乗者を守るべく、瞬時に内部の磁性流体を硬化させる。鋼鉄以上の強度を誇るそれを、しかしランサーの腕はあっさりと貫いてみせた。
健闘を称えるべきだろう。一人になった時点で敵の敗北は明らかだった。それでも戦法を変えなかったのは、それしか勝算がなかったからだ。
力なく崩れ落ちる敵の顔を、なんとはなしに覗き見る。フルフェイスのバイザーを上げてみれば、若い女の顔がそこにある。口から止めどなく血が零れ出るが、そこに呼吸音はない。虚ろな瞳に映る自分の顔に堪えられず、ランサーはその目蓋を下ろして隠した。
この女の顔とランサーの顔には同一の表情が張り付いていた。
女の死に顔が自らの未来を暗示しているようで、酷く気分が悪かった。
「コングラッチュレーション、ランサー!」
全てを影から除き見ていた黒幕が、お供の部下を大量に引き連れて登場してくる。新たな敵かとうんざりするランサーではあるが、彼らの目標はランサーではなく、ランサーが倒した敵集団にあるようだった。
ひとまず戦闘継続の必要性がないことに安堵しつつも、別の意味で面倒な相手を無視するわけにもいかなかった。
「……一体何がめでたいのですか、ファルデウスさん」
「なんだい、君は
「ああ、そうなんですか」
語られた衝撃の真実、などというほどでもない。実に淡泊なランサーの対応にファルデウスも鼻白む。
「気に入らなかったかな? せっかく君のためにわざわざ用意したというのに」
「彼らの長である署長とキャスターがまだ生きているのに目標達成したというには無理があるでしょう。それに――」
周囲でランサーが倒した敵を嬉々として調べている人間を眺め見る。その様は戦場跡で死体から金品を掠め取ろうとする腐肉漁りを彷彿とさせる。そしてあながちそうした表現は間違っているわけではない。
「それに、この実験は僕のためではなく、彼らの――あなた自身のためでしょう」
ランサーの言葉にファルデウスも笑って否定しなかった。
彼らが漁るのは金品などと分かりやすいではなく、技術という名の見えぬものだ。
パワードスーツという知識ならランサーも知っている。装着者の動作を強化拡張する現代の鎧。繰丘邸や
以前に見たそれはスーツの名にふさわしい大きさと形状であるが、ここにあるそれはスーツと呼ぶよりも鎧に近い。防御力は無論のこと、火力と機動力は比較にならないほど強化され、通常では考えられぬ反応速度まで向上されていた。
熟練者であれば、これ一機でサーヴァントを打倒することも不可能ではないだろう。ましてや、これを八機同時に正面切って相手をするともなれば勝機はないに等しい。
唯一の救いは、このパワードスーツが未完成だということか。
「実用化の目処はつきそうですか?」
「安全基準はクリアできそうにないですね」
安全基準以外はクリアしていると告げていた。
人間である以上、その身体の強度には限界がある。いかに外骨格で強化したところでサーヴァント並の無茶な戦闘機動を行えば人の身で自滅は明白だった。
緩旋回ですら怪しいところを鋭角ターンなどすれば、いかに保護機能があっても内蔵へのダメージは計り知れない。事実、装着者の何名かはランサーが手を下すまでもなく数分で動きが鈍くなっていた。土台、人間が扱えるモノではない。
「まぁ、貴重な実験データが取れましたから問題ありません」
言って、パワードスーツから慎重に運び出される死者に対してファルデウスは笑顔のまま十字を切る。そのわざとらしさにランサーは呆れるが、その死者の中に見覚えのある者がいた。
かつて繰丘邸でその身体を貫き、夢の中でライダーに操られたのを殺した
分かっていたことだが、最初からファルデウスは安全基準を満たすつもりなどはない。処分するために有効利用していただけだ。
「何か?」
言いたげなランサーの視線にファルデウスが問いかける。
「……別に何も。あなたが何を企もうと、僕に何の興味もありませんよ」
その言葉には確かに偽りなどありはしなかった。
例え目の前で無辜の命が失われようとも、どんな悪辣な巧みがあったとしても、ランサーはそれに感知することもない。ましてや、動くことなど考慮の埒外。
その筈だった。
「アーチャーが消滅したとはまだ確定したわけではありませんよ?」
試すような口ぶりのファルデウスに、ランサーは瞬間、我を忘れる。
――一体どの口でそんな言葉を吐いているのか。
気付けば、ランサーは先の戦闘ですら慎重を期して使わなかった創生槍ティアマトを手にしていた。神速の突きがファルデウスの喉元に迫るが、寸でのところで槍が血に濡れることはなかった。
ランサーが無意識に放った殺意に、熱狂していた筈の技術者達ですら本能的に押し黙り手を止めていた。
「ああ、我々のことは気にせず続けてください」
そんな技術者たちを、殺されかけた当の本人が気にすることもなく作業を進めろと命じてくる。やや戸惑いながら、そしてランサーを警戒しながら、技術者達は自らの作業へと戻っていく。
腕をほんの数センチ動かすだけで、ファルデウスは何の抵抗もできず、自らが死んだということを認識する間もなく、簡単に殺すことができる。
知らず、ランサーの腕が震えた。
理性があることを恨まずにはいられない。
このままファルデウスを殺すのは実に容易いが、ここで彼を殺すわけにはいかなかった。
「自制が利いてくれて助かりますよ、ランサー」
未だ余裕の笑みを浮かべるファルデウスに、ランサーは仕方なくその矛を文字通り収めた。
ファルデウスは確定していないというが、実際にはアーチャーの消滅は確定している。
それを確定させたのは皮肉にもランサー自身のスキルである気配感知。デイジーカッターがいかに強力でその後の被害が甚大であろうとも、その程度のノイズでこのスキルを偽ることなどできはしない。
爆発後、ファルデウスが接触してくるほんの一時間足らずではあるが、ランサーはこのスノーフィールド全域をその気配感知スキルで隈無く走査している。
ティーネ・チェルクの生存は確認した。ライダーだって繰丘椿の中で生存していることも確認した。おまけのようにキャスターが生き延びているのも確認できた。他にも確認できた者はいるが、朋友の気配だけはどこに感じることもできはしなかった。
「……」
もはやとりつく島もないランサーの様子に、ファルデウスも肩を竦め嘆息する。
アーチャー消滅は、ランサーにこの戦争での意気込みを失わせるには十分すぎた。本来の目的を達成しようともしないのはファルデウスにとっても僥倖だが、それにしたってこれでは覇気がなさ過ぎる。
「大丈夫ですよ。あなたが約束を守ってくれる限り、僕は約束を守ります」
「実に頼もしいことです」
実に当てにならない保証をして、ランサーはファルデウスに背を向ける。その後ろ姿に頼もしさを感じることはできないが、先のやる気のない戦いですらランサーは強化――狂化した
アーチャーがいなくなった以上、事実上この聖杯戦争でランサーを打倒しうるサーヴァントはいなくなった。ライダーとの戦いで消耗し、デイジーカッターの直撃で焼き尽くされてなお、このサーヴァントは圧倒的だった。
圧倒的に、圧倒していた。
「……ああ、そうそう。二点だけ伝えておくことがあります」
今思い出したかのようなファルデウスのわざとらしい言い草に、ランサーの歩みが止まる。振り返るようなことはしない。
「我々の名前が決まりました。
――その名もレギヲン。格好いいでしょう?」
マルコ傳福音書、第五章九節にある悪霊の名。かつてはローマ軍団を指し示し、今では軍団そのものを意味している。
「……捻りがありませんね」
「これでも、随分と考えたんですけどね」
苦笑いするファルデウスではあるが、実際に意味があるのはその名ではない。発表のタイミングである。
彼らの前身となる筈だった
総じて、ランサーが
それは臆病者の発想だ。そんなことでは免罪符になりはしない。
「それで、ファルデウスさん。もう一つは?」
早くこの場を去りたいと、ランサーは面倒そうにファルデウスを急かした。
「……いい加減、私をマスターと呼んではくれませんかね?」
伝達事項と言いながら、それは依頼だった。命令でないところが、やはり臆病者の発想だとランサーは切って捨てる。
ファルデウスのその手には、令呪の輝きがある。
残り一画限りの絶対命令権。対魔能力に乏しいランサーでは、その一画だけでも抗えはしないだろう。
「ならその令呪で命じれば良いでしょう」
「ハハッ、冗談ですよ」
戯けたようなファルデウスの物言いだが、ランサーが振り返らずともその瞳が笑っていないのは確かだった。
臆病者は恐ろしい。下手に出ながらも、慎重にこちらの出方を伺ってくる。それでいて切り札をもちらつかせても伏せ札は伏せたまま。
「僕のマスターは彼だけです」
「重々承知しています」
それっきり、新たなマスターに対してランサーは振り返ることなくその場を後にする。結局ランサーは背後にある“偽りの聖杯”について何のアクションもとることはなかった。
“偽りの聖杯”は、今、時間の檻の中に封じられている。
封じているのはランサーも捉えられていた
漆黒に封印され内部を覗き見ることはできないが、ランサーがその中身がどういったものか気付いていない筈がない。
大胆にも、ファルデウスは
この空間を実験場として選んだのは単に観測設備が充実し、戦闘するのに適した広さがあるというだけではない。封印され動かすことのできぬ“偽りの聖杯”を前にしてランサーがどう出るのか見極めたかっそのたという狙いがある。
かくして、賭けに勝ったファルデウスは多くの成果を得ることとなった。
しかして、賭けに負けたとしてもその負債をファルデウスが払うわけではない
その時は、単純に世界が滅びただけである。