Fate/strange fake Prototype   作:縦一乙

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day.09-11 “上”

 

 

 その報告が上がってきたのはスノーフィールドにおける三面作戦全てが終了し、数時間経ってのことだった。

 

 署長やファルデウスが“上”と呼ぶ組織の長は、デスクの上に丁寧に置かれた資料を上着を脱ぎながら眺め見る。

 その多忙さから彼に報告が上がってくるのは重要性が特に高いモノだけ。しかもGOサインは数代前の長が出しているので、結局彼が見るのは結果報告のみという読み甲斐のないものだった。

 

 第一次報告とわざわざ銘打たれているが、最終的に何次報告になろうとも添付された画像データが変わるとも思えない。かかったコスト面についても同様だ。頭が痛くなる額なのは確かだが、決してリターンがないわけではない。今後変わるとするなら、そこだけだろうと判断する。

 

 革張りの椅子に身を沈め、斜め読みした一ページ目を捲って次のページへと目を走らせる。デスクの前に用意されているソファーにはその様子を頬杖を付きながら眺め見る“上”の上級幹部が三人。この部屋に入ってから挨拶もしないが、誰の目を気にする状況でもない。逆にさっさと資料に目を通せという催促に違いなかった。

 時間にして数分。簡単ではあるが、概要は掴んだ。再度読み返す気力もなく、白い天井を眺め見る。

 読む前と後とで、結論は結局変わらなかった。

 

「……他に方法はなかったのかね?」

 

 無駄とは思いつつも、ここで問わずにいるわけにもいかない。

 トップの言葉に幹部はさて、と惚けた口ぶりで問い返す。

 

「どちらのことを仰っておられるのですか?」

「改良型の地表殲滅爆弾の使用についてはサブプランの範疇と理解している。だからこそ許可も出したし中止もさせなかった。

 だが、一人年間何万ドルもかけて育てた二十八人の怪物(クラン・カラティン)の処理については承認した覚えはない」

 

 やや語気を強めるが、これで怒っているなどと幹部達は思わないだろう。舌を二枚も三枚も持つのが常識の世界だ。多少のパフォーマンスは無駄であってもしておく必要はある。

 スノーフィールド南部砂漠地帯に形成された茨姫(スリーピングビューティー)、そしてそこに配置された二十八人の怪物(クラン・カラティン)と人質、おびき寄せられたサーヴァントとマスター達。それら全てを処分するために行われたのが本作戦だ。

 全ての役者があの場におびき出され混戦状態になったところへ、グレーム・レイク空軍基地から飛び立った爆撃機(ジョーカー)が現場にいる全てを殲滅するという豪快な作戦。

 

 タイムスケジュールに沿って撮られた衛星写真が全てを物語っている。砂漠と森とキノコ雲と焼け焦げた黒い大地、その座標が全て同じだとは信じがたい事実である。それもわずかに十五分という短時間で変遷していっている。

 米空軍が国際社会に廃棄を通告しながら秘匿していた地表殲滅爆弾、通称デイジーカッターによって、この惨状は引き起こされていた。

 局所的には核をも上回る威力の爆弾である。それだけに扱いが難しかったが、こうしてて秘密裏に使用したことでその帳尻を合わせることができたのは僥倖ともいえた。表沙汰にできぬが魔術という力で予想以上の威力を持たせ、そのデータを採取できたので多方面へ貸しを作ることもできた。

 だが、そのために手塩にかけて育ててきた猟犬達を殺す必要があったとは思えない。

 

 添付されていた作戦参加二十八人の怪物(クラン・カラティン)名簿の殆どがMIA認定を受けている。

 現場の状況と簡易ながら弾き出された威力計算を見る限り、生き残る確率はほぼゼロ。現在、爆心地一帯を捜索しているとのことだが、実際に探しているのは生存者ではなく使用していた宝具の方だ。

 

「リスクコントロールです。彼らのトップが裏切り、新たにトップとなったファルデウスに対しても異を唱え反抗する者も多い。先だって起こった内部分裂の報告書は見られましたかな?」

「……ああ、君達が推すファルデウスが大活躍したようだな」

 

 読んでいることを当然のように話す幹部に、読んだことを告げておく。

 毎日莫大な量の書類と格闘するのがトップの仕事である。優先順位の低い書類ではあるが、無理をして関係書類を読んでいた甲斐があった。これで読んでないと言ってしまえばどんな難癖をつけられるか分からない。

 

「確か、現場の下士官が反旗を翻そうとしていたのだったか」

「はい。辛くも最悪の事態は防ぐことはできたようです」

 

 二十八人の怪物(クラン・カラティン)の頭目代行の任にあった副官に秘書官が反旗を翻した事件。

 英雄王と黄金王の戦いの最中に起こったこともあり、直後にファルデウスが就任していなければ秘書官の目論見は誰にも気付かれることもなかったに違いない。彼を指名した幹部としては鼻が高いのだろう。自慢のペットが上手く芸を披露したのだから、飼い主としては自慢したいのも当然だ。

 もっとも、ファルデウスの実力は認めるが、タイミングが余りに良すぎる。自作自演(マッチポンプ)とまではいかないが、それに近いことをしているのは違いない。逆に曲者という印象が強く残る報告書であった。

 

「だから、処分した、と?」

「各員の繋がりが強いからこその二十八人の怪物(クラン・カラティン)でもあります。一人粛正すれば二人の反乱分子が生まれてくる。丁度良い機会だったのですよ」

 

 それに、と別の幹部は他人事のように呟くのを聞き逃しはしなかった。

 英雄王と共倒れならば彼らも本望でしょう、と。

 添付の資料には、行方不明者・死亡者の他に生存者についての記載もある。皮肉なことに、味方陣営ではなく目標である敵陣営にそれはいた。

 

 生存者、ティーネ・チェルク。

 このデイジーカッターは従来の物よりも効果範囲を狭め、爆心地の威力を高めるよう改良されている。逆に言えば効果範囲の外側にいれば助かる可能性もある。ティーネの場合、彼女の体重も相まって一次衝撃波でその範囲外に吹き飛ばされたことが功を奏していた。

 現在彼女は火傷や骨折による重体で、基地内部の集中治療室で治療中。意識は戻らず生死の境を彷徨っているらしいが、その手にマスターである証の令呪は消えていたと報告書にはある。

 

 デイジーカッター爆発の瞬間にアーチャーが何らかの宝具を使用した形跡はない。不可解であるが、これはアーチャーが防御をしていないことを意味していた。

 スノーフィールド全域をサーチしてもアーチャーの反応は返ってきていない。これはスノーフィールドの地にアーチャーは存在しないことを意味している。

 スノーフィールドに設置されたセンサー群は優秀だ。これら全てを欺くことは事実上不可能に近い。

 

 報告書はこれらの事実からアーチャーは消滅したものと分析している。

 

 こうも断言されると逆に疑わしくあるが、さすがにトップである自分を詐称するようなことは書かないだろう。後々生きていることが分かったのなら、報告者がどう言い訳をするのか見物である。

 

「それで、現場責任者の判断で使い潰した、と? 十分にお釣りがきたのだから、必要な犠牲については容認しろ、と?」

 

 それについて、彼らは否定する言葉を持ってはいなかった。

 処分対象の中には最初から二十八人の怪物(クラン・カラティン)が含まれている。そのため彼らにはデイジーカッターの使用を事前に知らされていない。現場で行われた必要以上の通信妨害も本当のところは集団脱走せぬための措置である。

 

 処分する理由は幾つも資料の中に挙げられているが、確認が取れぬ以上それを鵜呑みにできる筈もない。急いで作られたからか、色々と粗の多い資料だ。意図的に隠した形跡も多いし、注意を逸らすかのように誘導している部分もある。そうせねばならぬほど伏せる項目が多いのだろうと解釈した。

 だがどう解釈しようと疑問は残り、放置されたままであることに違いはない。いくらコスト以上のハイリターンが得られるとはいえ、こんな調子で次から次へと聖杯戦争を開かれてはたまったものではない。

 

「現場責任者と回線は繋げられるか?」

「無理でしょう。スノーフィールドは今や完全に陸の孤島です。ライフラインは物理的に寸断され、衛星を介した通信すら傍受の可能性があるため遮断されています。こうした報告書ですら複数経路から鳥に運ばせるという古典的手段によるものです」

 

 予想された通りの言葉がそこで述べられる。

 一体誰が高度に暗号化された通信を傍受し解読するというのか問い質したかったが、詮無い話である。門外漢である以上、専門家の言うことを無碍にするわけにもいくまい。

 事前報告で復旧に時間がかかることから、事態沈静化後に通信回復を行うと報告があった。無理に通信回復を優先させても、彼らはいかようにも取り繕って妨害してくることだろう。

 

 現状がコントロールできないよう仕組まれていた。トップという立場にあってそう仕向けられてながら、何もできないことにむず痒さを覚える。

 そもそもが、彼らにとってこの場にいることがただのパフォーマンス。形ばかりの神輿に報告したという体裁が欲しいだけなのだ。時に秒刻みで動くこともあるトップにこうした計画に口を出して欲しくないということだろう。

 

 重大な案件は他にもある。暗部に関わるとはいえ、この件ばかりにかかずっているわけにいかないのもまた事実。だからといって、ただの神輿と侮られるのはプライドに関わる。

 元々切るつもりもなかったカードだ。遅すぎるタイミングなのは認めるが、遅きに失するほどでもない。

 

「――そういえば、君は数日前に視察に行ったのだったな?」

 

 不意を突いた言葉に対しても、幹部達は泰然としていた。だが問いかけた幹部に対して残りの幹部が責めるような視線を一瞬向けたことを見逃しはしない。

 大方、他の者にも秘密裏に行動をしていたのだろう。その顔に変化はなくとも己の行動が筒抜けだったことに内心驚いているに違いない。

 

「私は現場からの報告をラスベガスで受けていただけですよ」

 

 戦場に踏み入る度胸などありません、と臆病者を演じてみせるが、それだけである筈がない。

 

「その報告を私は受けていないが?」

「必要でないと判断したまでです」

 

 答えとしては不自然ではなかった。その時はまだ通信回線も生きていたし、内通者としての二十八人の怪物(クラン・カラティン)副官から報告される情報も周囲の幹部達に共有されていた。その気になれば整理されていなくとも情報をネットワーク上で閲覧することも可能だった。末端工作員と直接会ったくらいで一々報告されては面倒この上ない。

 末端、であれば。

 

「裏切った前現場責任者と直接会っていながら、何の報告もなかったのかね?」

 

 その言葉に、明らかに動揺が生まれていた。

 問い質した本人以外の幹部達が、だが。

 

「ならば、御存知でしょう。私が彼と顔を合わせたのは一分に満たない時間ですよ。彼が何をしたかったのかは分かりかねますが、軽く挨拶しただけです。」

 

 確かに、顔を合わせたの時間は数十秒、これでは面会ではなく接触時間と称するべきだろう。しかも会ったのは人の往来があるホテルのロビーでのこと。何かを受け渡したりした様子もなく、会話するにも時間がなさ過ぎる。その状況を見る限り、指摘通り目的は不明としかいいようがない。

 だが前現場責任者は、そのためだけにヘリを飛ばしてスノーフィールドからラスベガスに急行している。そのまま蜻蛉返りしたことから目的はその面会ともいえぬ接触であることは明らか。

 本人に直接理由を問い質そうにも、その翌日には行方不明となり、そして敵となって計画に立ち塞がっている。

 

 今ここで開示していない情報だけでも不自然さは際立っている。口論こそないが、幹部連中の雰囲気は変わった。

 この部屋を出ればさっそく緊急会議を開くことになるだろう。それが査問会となるか裁判となるかは分からないが、これで少しは牽制できたと思いたい。

 

「……ひとまず現場との密接な連絡体制は確実に用意しておきたい。最優先で、だ。スノーフィールドで何が起こっているのか確認できないことには、《フリズスキャルヴ》の使用を許可することはできん」

 

 卑怯だと思いながらも、言い慣れぬこの言葉を盾に要求を突きつける。

 実際にはトップとしてそれを要請されれば断ることは難しいだろう。躊躇するだけの時間も与えられまい。形式として与えられているに過ぎぬ権限だが、彼等とてこれを無視するわけにもいくまい。

 大事なことは用意しておくことであって、使用することではない。だからこそ、上層部に求められるのは準備と責任であり、現場に求めるのはその最悪の事態を防ぐだけの行動力である。

 

「歴史に名を刻めるのですよ?」

 

 計画における最悪のシナリオ、そうした事態に備えて天文学的な予算と時間をかけて用意された最終手段は、全てを無に帰すとされる威力を持つ。なまじその必要性が計画とは別のところで昔から主張されてきただけに、表沙汰になれば大変な事態になる。

 表沙汰にならずとも、気付く者は気付いてくれるだろう。数十年経った後に「実はあの時」と歴史家がコメントするのが容易に想像できる。

 

「功績としてか、罪科としてか。いずれにしろ私は歴史に名を刻みたいがためにここにいるわけではない。そろそろ諸君らも私が穏健派だからこそ、この地位にいるのを忘れないでもらいたい」

「心に留めておきます」

「では、そろそろ時間だ。お引き取り願おうか」

 

 有無を言わせぬその一言で、幹部達はまたも挨拶抜きで部屋を去って行く。その後ろ姿を眺め見るが、どうにも問い質した幹部の落ち着き具合が気になった。直接対談をしたことはないが、最近になってからの付き合いというわけでもない。

 そこまでの自信家という印象などないし、根回しは怠らずともあからさまに暗躍するタイプでもない。魔術師などと交流を持つと、ああも自信家となり落ち着き払って目的に邁進することになるものだろうか。

 あの男の瞳を思います。

 昏い影に鬼火めいた野心が宿っていた。それもまた、あの男には似つかわしくない燻りだ。

 

「……あれが、暗示とかいうやつかね?」

 

 広い執務室。今この場にいる者は彼一人である筈だった。時間は押しているが、彼は自分の言葉に返事をしてくれる存在を半ば確信していた。

 辛抱強く待つつもりではあったが、予想していたよりかは幾分早く、その答えは返ってきた。

 

 


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