Fate/strange fake Prototype   作:縦一乙

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day.09-09 スノーホワイト

 

 

 多次元交信型次世代情報管理装置――通称、スノーホワイト。

 

 キャスター最高傑作の究極宝具――などとこの存在を知る者は賞賛するが、そのことにこれを作った本人は良い顔をしないだろう。

 実を言えばスノーホワイトは正確には宝具などではなく、宝具紛いの逸品に過ぎない。何故ならその元となったものは宝具や魔術などとは対極に位置する科学の申し子、開発途中で予算が尽き放置(あるいは放棄)された次々世代型スーパーコンピュータである。

 

 4フロアをぶち抜いて作られているスノーホワイトは内部に冷却用の液体と小型の魔力炉三基、そして外部に大型発電施設と大型魔力炉を備えた巨大な建造物だ。

 ガラスに隔てられたオペレーター室から全体を見ることはできるが、その様は異世界めいた外観となっていた。

 キャスターの手により生み出された、魔術と科学のハイブリッドであり、その点では真っ当に生まれた現世の産物でないことには違いない。

 

 元ネタとなったのは白雪姫の魔女が世界一の美女を問いただしていた魔法の鏡。

 古今東西に存在する魔力を秘めた鏡を数万単位で集め、鏡の中を飛び交う平行世界の情報を取り出すことでスノーホワイトは世界中のスーパーコンピュータ全てを束ねても相手にならぬ計算処理速度を手に入れていた。

 

 方法的にそれは第二魔法である平行世界の運営ともいえるが、スノーホワイトが扱うのはあくまで情報素子のみ。いかにキャスターといえどそれが限度であり、限界でもある。キャスターが良い顔をしないのもそのあたりに原因がある。

 

 結局機能強化にのみ終始したわけだが、ただそれだけのモノ、と謙遜するにはこの宝具紛いの逸品は性能があまりに際物すぎた。

 電子情報ネットワークが遍く世界に張り巡らされた現代において、スノーホワイトの存在はあまりに大きすぎる。その計算能力によって軍民問わず全ての電子情報に介入可能であり、カードの暗証番号から核ミサイルのセキュリティまでその全てが完全に無意味と化す。

 

 具体的には、このスノーホワイトは世界を誇張なく、支配していた。

 

 爆弾入りの首輪をつけて民を支配するデストピア的光景は、今や時代遅れの産物である。最先端の監視網は、そもそも監視を意識させない。それでいて、人々を完全に支配下へと置いておく。これを人の手で行うのは不可能であるが、人ならぬ機械であるスノーホワイトならば可能である。

 わずか数日足らず、それも試運転でこの計画における天文学的予算を余裕で生み出したのがその証左であろう。

 

 だからこそ、スノーホワイトの天敵となり得るのが魔術師という時代錯誤の連中だ。世界最強の軍隊ですら一瞬で無力化できるスノーホワイトであっても、この英霊同士がぶつかり合う聖杯戦争において役には立たない。

 

 この偽りの聖杯戦争は、謂わば実験場だ。“上”は敢えて二十八人の怪物(クラン・カラティン)にスノーホワイトの機能を制限させて参加させていた。そして余剰処理能力によってスノーフィールド全域を人間・物流・通信に至るまで完璧に支配下に置いてその経過を子細に観察し分析する。

 

 どの陣営がいつどこで何をどうやって行動していったのか、そして一般市民がどのような反応をしたのかを、あらゆる器機を使い把握・分析する。

 既存のシステムで集められる限定的な情報を手にしていた二十八人の怪物(クラン・カラティン)との情報精度差を見比べることで実験は進められていた。そのデータは今後の聖杯戦争、もしくは対英霊戦闘へと活かされることだろう。

 

 現状こそフェイズ5のまま推移しているが、ファルデウスが乗り込んだ段階で“上”はフェイズ6に移行することを決定していた。即ち、主目的が「実験場の観察」から「積極的介入」へと、より危険度が増した状態にある。そのためにスノーホワイトを含めたレベル3の宝具のリミッターは解除されている。

 

 そんな重要かつ危険極まりないスノーホワイトに、安全策が取られていない筈がなかった。

 周囲の電気が一瞬だけ落ちて、復帰する。ただそれだけでスノーホワイトはその能力を活かすことができなくなった。

 

 外部との接続は隔壁に連動して物理的に遮断。供給される電力量と魔力量も一気にカットされる。危険を察知したスノーホワイトはその機能を大幅に限定させ、自己保存を優先し自閉モードへ以降。残った内部電力によってシステムチェックが開始される。

 

 どんなコンピュータでも、その電力供給が止まれば動くことはできなくなる。ファルデウスが行った安全策とは電力・魔力それぞれ独立させておいた供給源をストップさせる荒技である。シンプルなだけにスノーホワイト本体へのダメージが懸念される方法であるが、最も確実な方法ともいえた。

 

「ばれたか」

「そのようですね」

 

 コンソールをたどたどしく操作していく署長に対してアサシンは周囲の様子を窺いながら実に淡泊に答えた。

 アサシンの回想回廊によって署長と二人が侵入してわずかに十分。ほとんど基地中枢に位置するこの場所であるが、限られた人数故に警備は手薄である。

 四人の警備兵と六人の専門スタッフをアサシンは構想神殿で誰一人気付かれることなく消し去られ、署長はキャスターが指示した手順に則って基地内システムに介入する。外部入力であれば接続を拒否されるし、ウイルスであれば防衛システムによって真っ当に弾かれるだけだが、内部からの正規手続きを経ているのであれば、スノーホワイトに拒否権はない。

 

 基地システム機能の一部ダウンさせ、事前に用意していたコマンドを読み込ませただけで、スノーホワイトはモニターや通信をリアルタイムで改竄しはじめる。

 映像を改竄させることでで騙せるのは電子機器だけだ。それを眺める生身の人間はいずれその違和感に気付くことだろう。確認されれば欺き続けることは不可能と割り切っていたが、思っていた以上に対応が早い。

 地上の攻勢を誤魔化せたのはほんの数分だけ。スノーホワイトの援護が基地側にないとはいえ、城攻めをするのに原住民の戦士達だけでできるわけがない。ランサーが作った大穴によって予想より侵攻速度が早いが、細く長く伸びた分だけに分断するのは容易いだろう。

 原住民の全滅は時間の問題だった。

 

「それで、こちらの目的は達成できましたか?」

「無理に決まってるだろ。これだけ特殊過ぎると操作一つにも専門家が必要だ。欺瞞情報を流せただけでも奇跡だと思ってくれ」

「そういうものですか」

 

 あまりに操作が複雑なため専用オペレーティングシステムを開発する話もあったくらいだ。だが開発期間の短さと、キャスターへの依存を嫌った“上”はそれを良しとせず、魔術に頼らず信頼度の高い既存のシステムを流用することで対応をしていた。

 何せ既存の概念が通用するかも分からぬ超々々ウルトラハイスペックモンスターコンピューター(控えめな表現)である。自己アップデートを繰り返すようになれば、いつ技術的特異点(シンギュラリティ)を超えてしまうか分からない。

 日々進化しかねないプログラムの変更作業を今の人類が行うにはあまりに危険すぎた。

 

 既に状況は専門家が複数人必要な段階へと移っている。それでも何とか今できることをしようと署長はダウンしたシステムを介さずに、持ち込んだノートパソコンをスノーホワイト本体へと直接接続し、残されたログから目標となるデータを参照しようと試みる。時間さえあれば可能かもしれないが、この短時間でやるには少々無謀だ。

 

 そんな署長を尻目に、そういえば、とアサシンは思い出す。

 一度だけだがキャスターがこのスノーホワイトを操作しているのを見ていたアサシンである。あのときの印象ではそこまで難しいものだという認識はなかった。ひょっとすると署長がやるよりもよほど上手くできるのではないか、という根拠のない自信がアサシンの中から生まれてきつつあった。

 生前から、こうして一度見たものを理解するのは得意な口である。パズルの一ピースを見ただけで全体の絵を想像することができる。口伝でしか伝わらぬ過去の業を取得できたのも、そうしたアサシンの事情がある。細部こそ異なるだろうが、このスノーホワイトの基本システムを徐々にアサシンは理解しつつあった。

 

 安全装置についても、スノーホワイトを奪取される事態を想定したものではない。頭と手足を切り離すような処置の仕方から、おそらくスノーホワイト自身が暴走した時のためのもの。外部アクセスが閉ざされた状態にあってもシステムを維持できる内部電力と常駐魔力は問題なく循環している。人手さえあれば復旧作業が簡単にできるところからも間違いない。

 

「……なら、もしかして?」

 

 システム面においても、すぐに復旧できるよう処置している可能性が高い。

 幸いにもスノーホワイトは複数人で運用せざるを得ないシステム。空いている席はいくらでもあった。アサシンはおもむろに席に座ってコンソール画面を呼び出してみる。想定通りであれば、自閉モードにあってもバグを見つけ修正するための手段がどこかに用意されている筈である。

 

「おいおいおい! すぐに敵が向かってくるってことを理解しているんだろうな!?」

 

 そんなアサシンの思惑を知るよしもなく、署長は叫ぶ。いや、アサシンの考えを聞いたとしても、署長は叫んだに違いなかった。

 

 ここでの署長とアサシンの役割はハッキリとしている。

 署長は専門知識こそ有していないものの、最低限の操作方法をスノーホワイト始動時にレクチャーされた経験があり、事前にそれを踏まえたキャスターから講習も受けた。だからこそ慣れぬ身でありながら派遣されこの場で四苦八苦しているのだ。

 そしてアサシンの役割はこのスノーホワイト制御室への侵入と署長の護衛。そこにはこうした場合に署長が作業するための時間稼ぎも含まれている。

 本来ならば、アサシンはここで迎撃もしくは時間稼ぎのため出向くことが最も正しい行動である。できるかも知れない、という程度で護衛を放棄しイレギュラーな行動を起こすのは結果の如何に問わず間違いである。

 護衛の意味を果たして理解しているのか小一時間くらい問い詰めたい気分に署長はかられていた。

 

「来たらちゃんと対応します。気にしないでください」

「誰だこいつを召喚した奴は! もっと人の話を聞く奴を呼び出せよ!」

 

 署長の悲痛の叫びはもっともだった。

 アサシンのクラスは基本的にマスターに忠実と聞くが、このアサシンははっきりいって滅茶苦茶である。両者納得の上での同盟関係でありながら自分勝手に動き回るので、一緒に行動をすればこの上なく不安でしかない。せっかく胃薬から解放されたというのに、署長の胃痛は復活しそうである。

 

 そうした署長の叫びを、アサシンは風がそよいだ程度に聞き流す。視線と思考こそモニターへ集中しているが、別に完全に無視するつもりはない。ただ、傾聴するに値しないと判断しただけだ。

 その判断は、合理的思考からすれば正しい。ファルデウスの部下が作戦中私語を慎むのと同じことだ。信頼関係や仲間意識を育てるなら事前にこなしておくべきであり、こうした状況でただ喚くことは別の作業をしながらも耳を澄ませ周囲を探り続けているアサシンの邪魔でしかない。

 

 惜しむらくは、アサシンの経験不足を事前に把握していた署長が、この場で有用で傾聴すべき発言をしなかったことだろう。

 署長が無駄に喚いたのは己の不遇を発することでのストレス発散という意味合いでしかない。そしてこのタイミングでそれを行った理由は、襲撃まで数分の余裕(タイムラグ)があるとみたからだ。

 

 ファルデウスが安全装置を働かせてまだ二分も経っていない。どんなに急いだとしても、二分でこの場に来れるわけもない。

 ここへの通路には簡易ながらもトラップも仕掛けているのだ。その八割はただワイヤーを張っただけのダミーだが、中には指向性対人地雷(クレイモア)を設置している箇所だってある。

 強行突破できたとしても五分、慎重にトラップを解除してくるなら更にその数倍は時間がかかると踏んでいる。仮にそうしたトラップを嫌って点検口を利用したとしても、その狭さから時間はそれ以上にかかるし、まとまった数の投入も見込めない。この署長の常識的判断を、誰が責められようか。

 

 スノーホワイトの稼働音は大きいが単調でもある。そうしたノイズをキャンセルして耳を澄ませば、かなり遠くまで気配を感じることはできる。

 ランサーの気配感知スキルと違い、アサシンのそれは純粋な聴覚によるものだ。壁などの障害物にもよるが、事前に周囲の簡単な間取りはその目で確認してある。物音は聞こえないし、反響音からも変化はない。このことから現時点で安全であるとアサシンも署長同様に判断していた。

 

 強いて上げるなら、この近くで最も近い音の発生源は直上。音も微かであることから、アサシンはネズミなどの小動物を想定しこれを警戒するべき対象としなかった。

 これがアサシンのミスであり、直上にある点検口の存在を教えていなかった署長の非である。

 

 何かが落ちてきたのは、署長の愚痴の直後である。それについてアサシンはモニターから視線をかすかに動かしただけだったし、自らの上に落ちてきた署長に至っては何も気付くことすらできていなかった。

 署長はふと、顔を上げた。そこで視線が合った。

 

「――それはすまなかった。だが、獅子は馬鹿な子には旅をさせるというだろう?」

 

 その言動が、先に署長が愚痴った内容への返答であるなどと、当の署長は気づきもしなかった。

 

 


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