リヴァイアサン・レテ湖の深遠 作:借り暮らしのリビングデッド
・Ⅱ 『かつて創られた神話の少年、これから創られる神話の少女』
彼女は体育座りで、ただ飽きもせずその赤い玉を見続けていた。
特に身体検査もされず、銃だけ返した後、それ以外する事が無かったからだ。
だが一見ビー玉のようなその玉は、どれほど鑑賞しても飽きなかった。
彼女は眺めているうち、ほんの時たまその玉の色や質感が変化する事に気づいた。
まるで、その玉自体が光源であるように時にうっすらと鈍い光を放ったり、少し紫に近い色になったり、逆に、緋色のようになったり。
もちろん、その玉がどう考えても普通のものじゃない事に一目見たときから気づいていた。
本来なら副司令に渡し、マハで精密な検査をしてもらうべきなのかもしれない。
だが、彼女はそれを理解しつつ、そうするつもりなど欠片たりとも無かった。
だって私が貰ったんだもの。
だから彼女はわざわざ手に入れたお守りの中にそれを入れてしっかり封をすると、首から下げて大切に胸に仕舞った。
慣れない独房に流石に寝つきが悪くて睡眠不足だった。
だから少しだけ仮眠をしようとすると、かつ、かつ、と足音。
また副司令が尋問に来たんだろうか。
そう思い、少し緊張を纏って心の準備をすると。
「ふうん、割と居心地の良さそうな牢獄だね」
その声が聞こえた時、彼女も流石にびっくりしてしまったのだった。
「…どうして…」
「いや、昨日丸一日姿が見えなかったからさ。一昨日のあれで風邪でも引いたのかなってね」
彼はそう言いながら、鉄格子から彼女の姿を確認すると口の端で笑った。
相変わらずの服装だったが今日は心持ち皺も無く綺麗だった。
ようやく洗濯でもしたのかもしれない。
「不思議な人ね…」
彼女は心底から吐息まじりに呟いた。
「貴方、本当に何者なの」
「見ての通りの若作りした怪しいおじさんさ。それ以上でもそれ以下でもないよ」
彼は鉄格子に背をもたれさせて座る。
「助けにでも来たの」
「いや、君が寂しくないようにってね。ところで煙草もってる?」
「もってるわけ無いでしょ」
「だよね~。ああ、参った。昨日切れちゃってさ。廃墟中探したんだけど流石にねえ」
「…どうやってここまで来たの。貴方ならマハシステムを知ってるでしょ?」
「マハートマサマートマン・システム?えらい大層な名前つけるよね」
「…私はもちろん正確にあのシステムを理解してるわけじゃない。でも…あれは」
彼女は少し腕をさすって、潜めるように囁いた。
「あれは決して、その名前に負けてるものじゃないわ…」
「…そりゃ人間の変わりにエヴァの脳みそ使ってるんだもんね。
前身のMAGIシステムとは桁がいくつか違うってもっぱらの噂」
「…何一つ、驚いてなんてやらない」
「それ寂しいんだけど」
「一体どうやったの?その情報を知ってたってどうにか出来る物じゃないでしょう?どうやって突破したの?」
「この世に完璧なものは無い。って会った時言ったじゃない。例えマハシステムが神の化身であったとしてもね」
彼はどこかからかうような口調でこう言ってのけた。
「完璧な神様すら、この宇宙には存在しないんだよ」
彼女はその言葉に呆れのような、感嘆のような吐息をもらして。
立ち上がって、柵を間に彼と背中合わせに座った。
少しだけ触れ合った彼の背中から確かに人の熱と呼吸を感じて、何か安堵するように肩から力を抜く。
そして内緒話のように低く呟いた。もちろん声を潜めたって無駄だと承知だったが。
「…でも、ここ、監視されてる」
「ああ、それは大丈夫。何とかなるよ」
彼女は深く深く、さらに深く息を吐いた。
「…もう、何一つだって驚いてやらない」
「だからそれ寂しいんだけどなあ」
「…ここまでマハを欺けるんなら、最終号機も私にたよらず見れるんじゃないの」
「いやあ、流石にセントラルドグマ最下層は無理だよ。この辺りが限界さ、身の程を知らなきゃね。
んで、どうして君捕まっちゃったのさ。組織のNo3が独房入りってただ事じゃないよね」
「それも知ってるんじゃないの」
「いや、流石にわからなかったよ。一昨日帰った後すぐ捕まったみたいだから、僕のせいかと思ったけどね…」
「そうね」
「ああ…つまり、僕の事で尋問された?」
「そういう感じ」
「で、君はまさか…」
「何もしゃべってないわ」
「…それで、君は僕を庇って独房に入れられたって?」
「そうかもね」
「何を考えてるんだ!」
彼は真剣に呆れた声をだした。
「…何を考えてるんだ。僕を庇う必要がどこにある?君は全て話したってよかったんだ」
「それを決めるのは私よ。」
「…なんで君そんな意固地なの?頑固にも…」
彼は本気でため息をついて。
そして肩を震わせると、声を上げて笑った。
「何がおかしいの」
「いや、ごめん…違うんだ、君がこんな性格だなんて知らなかったからさ」
「…悪かったわね。無愛想で、ひねくれ物で、可愛げがなくて」
「いや…」
彼をようやく笑いを抑えると、しみじみと言った。
「君は…本当に、14歳なんだね」
彼女は首を傾げる。
「ええ。そんな嘘つくわけないでしょ」
「そうだね…本当に君は、14年間を人として生きてきたんだね…」
やっぱり首を傾げて、でも閃きがあって、彼女は口を開いた。
「…私が何人目って、どういう意味?」
「…うん」
彼は少し迷うような仕草を見せて。
「物には順序があるから…君にその話はまだ、早いと思う」
「…まだ、という事はいつか話してくれるの?」
「そうだね…良いよ。いつか、ある事ない事全部話してあげる」
「…混乱するから無い事は話さないでくれる?」
「そう?残念」
そんなやり取りをしながら彼女はぼんやり口を開いた。
「…ねえ、そこの若作りした小汚い格好の貧乏くさいおじさん」
「それはまさに僕。呼んだ?」
「…名前だけでも、教えて。本当の名前」
「うん?…お魚さんじゃ、不満?」
「呼びにくいもの」
「そうかな?じゃ好きに呼んで良いよ。信じられないくらい怪しいおじさん、略してしんじとかね」
「どうしても?」
「僕実はその界隈じゃ割りと有名人でね。本名を言ったら何もかもばれちゃう。君にだってね…」
彼女はため息混じりに呟いた。
「どうして…何時もそんな思わせぶりな事言うの」
「もちろん、君に興味もって貰いたいからさ」
「どうして。色々情報を引き出すために?」
「そう思うでしょ?実はそれ口実でね。君があんまり好みの子だからさ、気を惹きたくって」
「貴方ロリコン?」
「実はね。ぶっちゃけ君どストライク」
「それだけのために?」
「そうだよ。何せ僕みたいな怪しいおじさんから怪しさ取ったらただの変なおじさんだからね。
君に興味持ってもらいたくて必死なの」
「本気で言ってるの」
「割とね」
「…ねえ、毎日同じ服着てる怪しいロリコン変態おじさん」
「…あっ僕だ。何?」
「貴方がどこの誰だって何者だって、貴方に興味なくしたりなんてしないわ」
ふと、彼が顔をこちらに向けた気配があった。
「…だから、教えて。貴方の名前」
「…ごめん」
「…そう」
「でも、そうだね」
彼はどこか優しい口調で言葉を重ねた。
「名前と…君の事以外なら、そうだね…話してもいいよ」
「本当?」
「本当。ためしに何か聞いてみたら」
「貴方って幽霊?」
「…面白い事言うね君」
流石の僕も予想外、と彼は面白そうに呟いた。
「どうしてそんな質問なのさ」
「別に。それなら説明つくのにって思っただけ」
「幽霊ならマハにもキャッチされないもんね…いや、どうだろう?
マハなら幽霊とかも感知できかねなくない?あれもうほとんど神の一柱だし」
「…じゃあ、それを欺ける貴方は一体なんなの」
「欺いてなんてないよ。ちょっとした知り合いでね」
「………マハと?」
「うん。で、まあしばらく大目に見てねって頼んだのさ」
「冗談も……本当?」
「さあ?好きに判断しなよ。君が信じようが信じまいが事実は変わらない。」
「この世は無常だから?」
「世知辛くて鼻歌でも歌わなきゃやってらんないよねえ」
ふんふんふんと彼は第九を歌いだした。
何かもう、驚くことに疲れて、彼女はやっぱりため息混じりに口を開く。
「…最終号機の事については?」
「ああ…それの説明は…難しいな」
「…言ってみて。」
「やっぱ気になる?」
「当然でしょ。私、物心ついた時からあれに乗ってるのよ」
「つまり…君にとっては、家族みたいな?」
「…わからない。でも、少なくとも無関係じゃない。あの子は他人じゃないわ」
「そっか」
彼は少し思案してから、そっと口を開いた。
「…15年前の使徒戦はもちろん知ってるよね」
「ええ」
「じゃあ、使徒戦の後はどう教わってる?」
「『エヴァンゲリオン殲滅』の事?」
「そう。君がそれをどこまで知ってるかで話が変わってくる」
「…使徒戦終結後、各国が覇権を求めてエヴァシリーズを開発して戦争が始まった。
紆余曲折あって最終的に特務機関ネルフはこれを撃破、条約でエヴァシリーズの開発を禁止した」
「…続けて」
「…エヴァの研究開発は硬く禁じられた、でも、その条約を守らない国があるかもしれない。
だから法規的措置として特務機関ネルフのみ抑止力として一機だけ所持を許された。
それがエヴァ最終号機。そういう意味で、最後のエヴァと言う意味で最終号機と名づけられた」
「信じられない…」
彼は心底から吐き出した。
「…何を考えてるんだ?マヤさんは…」
その深い吐息に彼女はすっと目を細めた。
「…嘘、なのね?」
「真っ赤なね」
「教えてくれる?」
「良いよ…これはむしろ、君が知ってなくちゃいけない事だからね」
彼は少し身住まいを整えると、落ち着いた声で話し始めた。
「まずね…そもそも、エヴァを各国が開発して、のくだりからしてして嘘だ」
「…どういう事?」
「コドクは知ってる?」
「毒性の虫を閉じ込めて、より強力な害虫を作るという、昔の中国の?」
「そうそれ。つまりね、エヴァ殲滅戦争は最強のエヴァを作るための抗弁だったんだ。
あの戦争で稼動したエヴァの数は知ってるね」
「ネルフ所属含めて全部で12体…」
「そうたった12体。そうして作られたエヴァシリーズには当然それぞれ適正のある子供たちが乗せられた。
故意か偶然か、使徒と同じ12の数のエヴァとチルドレン達は、暗号として12星座の称号が与えられ…そしてバトルロワイヤルが始まった」
「…質問は良い?」
「どうぞ」
「そもそも…最強のエヴァを作るという目的は?それ以前に、そのためにエヴァ同士を戦わせる理由が、わからない」
「戦わせる理由はさっき言った通りだよ。つまり毒と言うのはね、まあ例外はあっても最初から備わってるんじゃなく…摂取するものなんだ。
毒性のあるものを食べたり吸収したりして、それに耐えられる体と体内に毒の袋を持つ個体だけが、毒を宿らせる」
「…つまり」
「うん…まあ、君が想像するようなのでとりあえずは間違ってない。S2機関の数には、限りがあったんだ。」
彼は変わらず落ち着いた低い声で言葉を続けた。
「コピーしたり無限に増やせるものじゃなかったんだよ。つまりその時点で抑止力なんてほぼ嘘だってわかるだろう?
S2機関を宿すエヴァは…もう最終号機しか存在しない。S2搭載型エヴァなんて、もう二度と作れないんだ」
「そこまでして最強のエヴァを作ろうとする理由は何?どうしてそこまで?」
「理由は簡単だ。使徒戦まで戻るけど…そもそも使徒って何だと思う?『使徒』だ」
「…神の…使い?」
「うん…なら、想像、つくでしょ?」
「…つま、り」
彼の、纏う空気が変わった。
「来るよ」
背中越しに感じるその気配に、彼女は何か戦慄するものを覚えて。
「もうすぐ来るよ」
深く、低い、静かな声で。
「『深き、深き、いと深き』」
それゆえその声には真実の響きがあって。
「まつろわぬ深遠の神が、来るよ。」
彼女は思わず鳥肌を立てて。
「エヴァ最終号機はね、人類の毒そのものなんだ。神様だって殺せる凝縮された毒だ。
あれは、もうすぐやってくる神を狩るために作られた…気の狂った、化け物なんだよ」
そして彼は、口をつぐんだ。
数秒間の沈黙。
それから彼女はそっと、口を開いた。
「…神様が、来るの?」
「そう。信じる信じないは自由さ。やっぱり、現実は変わらない…」
「一体、何のために来るの…?」
「それは神様自身に聞くしかないね」
彼は少しだけため息をした。
「わかる?あれは十二機分のS2機関を積んだ正真正銘の化け物なんだ。
その気になれば地球なんて片手間で滅ぼせる。気が、狂ってるだろう」
「よく、わからない…」
彼女は鳥肌が立っていることを自覚しながら、おずおずと口を開く。
「私だってずっとあれに乗ってきたから、最終号機が普通じゃないって知ってる。
でも、それなら最初から一機にS2を全て搭載すれば良いんじゃないの?」
「それはコドクに対して最初から一匹に毒を注入すれば良いっていうのと同じだね。
耐えられる訳がない。言ったろう、毒を宿すには、まずそれに耐えられる体が必要だって。
精神と言い換えたっていいよ」
「つまり、鍛えるため?」
「そう。実際、殲滅戦争の後期はもう生き残りのエヴァが鍛えられまくっちゃっててね。
あまりに強くなりすぎて…それこそもう、まさに神話の、神々の戦いのようだったよ。
正直、サードインパクトよりあの戦いの被害の方が大きかったかもしれないとすら言われてるぐらいさ」
…そう、と彼女は相槌を打って。
ふと、間が出来た。
互いに、口を閉じたまま何もしゃべらなかった。
相手の呼吸の音だけが聞こえた。
あまり心地良いとは言えないような沈黙が流れて、それを破るように、彼が唐突に口を開いた。
「…逃がして、あげようか」
その言葉のニュアンスに何か違和感を覚えて、でも彼女は言葉通りの意味にとって答えた。
「流石の貴方でもここを開けるのは無理でしょ」
「やってみなきゃわからないじゃない?」
彼はくすりと笑った。
「よーしおじさんがお嬢ちゃんに手品見せてあげよう。きっとびっくりするよ」
ちょっとどいてと彼女を立たす。
彼女は言われるとおり牢屋の柵から少し距離をとって、彼がやる事を観察した。
彼はうーんとうなりながらどうにかそのドアを開けようと四苦八苦していた。
「無理よ…マハに管理されてるし、それをどうにかできたって物理的に無理よ。マハの許可と実物の鍵の両方がないと」
「なあに僕は不可能を可能にする中年さ。…と思ったけど流石に無理か…」
彼は自嘲ぎみに笑う。
それに彼女もふ、と心持ち笑いが混じる息を吐いた。
「だから言ったのに」
「だよね~…なんちゃって」
がちゃ、と言う音とともに牢屋の扉が開いて、彼女はずさ、と後ずさりした。
その目は、恐怖が色濃く混じった驚愕に見開かれていた。
だって、彼は。
今。
鍵もなく、『触りもせず』、扉を空けた。
ふんふんふ~んと鼻歌交じりに彼はずかずかと牢屋に入って来た。
彼女の背中に、壁がどんと当たる。
彼はそんな彼女に覆いかぶさるように近づいた。
牢獄の電灯の影になって、彼の顔が良く見えない。
でも、やはり。
そう、やっぱり。
その深海のような瞳だけは、はっきりと、見えていた。
「ね?割とびっくりしたでしょ…」
彼がひどく冷淡な口調で囁く。
彼女は、自身の体が少し震えてるのを自覚しながら、呟いた。
「どう…して…貴方…」
「逃がしてあげようか」
彼はそれに答えず平坦な声で。
「会った時、君言ってたよね。外に行ってみたいって。なら見せてあげるよ、外の世界」
至近距離で彼女を見下ろしながら。
「逃がしてあげるよ、僕が」
「…どうして…」
「僕が君と同い年のときね、僕に選択肢なんてなかったんだ。いや、もしかしたらあったのかもしれない。でも、僕はそれの存在にすら気づけずただ流されて…。
僕はあまりにか弱く、愚かで、当然自分で選択肢を作り上げる気概すらありやしなかった。」
ただ、感情を交えない声で言葉を重ね。
「だから君にはあげたいんだ。本気で言ってるよ。君が望むならおじさんが誘拐してあげる。
二人で南の島にでも逃避行しよう。夏、見たくない?綺麗だよ」
「…夏?」
「うん、夏。君は知らないものね…信じられないくらい綺麗だよ。空の青さも雲も見事でね。
冬とはまるで質の違う気配に満ちてる。何もかも生命力に満ち溢れて、なのに不思議とどこまでも透き通っていてね。
夏は…一度見たら、きっと生涯目に焼きついて、死ぬまで忘れられなくなる…」
「…素敵、ね」
彼女は、少しだけ心を落ち着かせることに成功して、おずおず呟いた。
「でも…神様が、来るんでしょう?」
「うん。約半年後と推測されている」
「何のために?」
「わからない。預言書に記されていたのはそこまでだ。何のためにくるのか、何故くるのか、何もわかっちゃいない。
まあ、それは使徒に関しても同じだけどね。でも、使徒は預言書通り、やってきた。だから来るよ。神は必ず、来る」
「…そのための、最終号機なのね?」
「そう。そのために作られた狂い神が、あれだよ。あれは君にしか動かせない。
君がラストチルドレン…最後のアヤナミレイだから。つまり君は巫女なのさ。」
「じゃあ、私が逃げたら」
「世界は滅ぶかもね。いいんじゃない?滅んでも」
彼はあっけらかんとそんな事を言ってのけた。
「そのために14歳の少女を戦わせようとしてる。犠牲にしようとしてる。
なら潔く滅びなよ。そう思わない?そうまでしなきゃ滅んでしまう、それを大義名分に生命の尊厳を踏みにじるなら…滅べばよろしい。
いくつもの生命が滅びまた誕生し、そうやって宇宙は繰り返されてきたんだ。
なら人だっていつか遅かれ早かれ滅ぶさ」
「…私…」
「君が望むなら僕が叶えてあげよう。南の島で二人で暮らして、世界が終わる瞬間を一緒に見ようか」
「…二人で?」
「そう一緒に。まさに最初で最後の光景だよ。世界が終わる光景なんて文字通り二度と見れない。
その光景を見ながら…一緒に、死のっか」
その言葉には正真正銘の真実の匂いがむせ返るほど込められていて。
彼女は、はっきりと目が泳ぐ自身を感じた。
そしてしばらくの後。
彼女は偽りのない声で、こう言った。
「…素敵、ね」
「でしょ」
「でも…エヴァは」
「…絆、なの?」
「…そうね。きっと逃げたら、私」
「僕は責めないよ」
彼はまるで誘惑するように低く囁いた。
「君が後ろ指さされても僕だけは味方さ。君が世界の人々に石を投げられるなら僕が壁になろう。
君が世界から罵声を浴びせられたら僕が耳元で甘い言葉を囁いてその声を掻き消してあげよう。
誰かが君に危害を加えようとするなら一人残らず僕が殺そう。全世界を敵に回したって僕だけは味方で居るよ」
「…どうして、そこまで?」
「だって」
彼ははっきりとした口調でこう断言してのけた。
「僕は、君のためだけに、生きてるんだからね。」
そしてそっと手を差し出す。
彼女は、手が震えているのを感じた。
彼女の何かが、あるいは琴線がかき鳴らす音が彼女の頭で激しく鳴り響いていた。
だから彼女は逡巡の末、そっと、本当にそっと、手を伸ばし。
そして、けたたましい警報が鳴り響いた。
15/6/25