リヴァイアサン・レテ湖の深遠   作:借り暮らしのリビングデッド

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13-3 ゆえに全てを内包する

 

 

 

「解凍率21,52パーセント、順調です」

 

オペレーターの報告に息吹マヤ副司令は一つうなずいた。

 

広い空洞。

 

赤い海のような水溜りは一瞬血の色にも見える。

まるで別世界のような広い空間、だが見上げると天井。

セントラルドグマ最下層。

 

ここはあの頃とまるでかわらないわね、とマヤは少し目を細めた。

そして面前の窓の先の光景を見つめる。

 

巨大な十字架に固定された赤いエヴァ。

そのエヴァは右手を何かつかむかのような動作のまま、彫刻のように凍り付いていた。

その目前で、修理を終えた最終号機がその六つ指の奇形の右手を向けていた。

 

「レイ、少し出力上がってるわ。もう少し抑えて」

『了解』

 

スピーカーから聞こえる少女の声に目を細める。

 

「それと、これが終わったら司令室に」

『…はい』

 

少女の返事が一瞬遅れた。

一連の出来事で中断されていた尋問が再開されるのだと察したようだった。

 

それに一つうなずいて、画面の解析画像に目を落とす。

可能な限りのスキャンはすませてあるが。

 

「…やはりコア以外に変わったところはない、か」

 

そう、そのただ一つを覗いて。

 

半分にかけたコア。

先の戦闘によってかけたのか、との可能性も考えていたのだが。

 

「マハによる解析がでました」

 

解凍と平行して解析させていたデータを読む。

マハの結果は、断定。

 

やはりか。

 

彼女にはそういうコアに見覚えがあった。

15年前の使徒戦、分裂する使徒。

 

その意味するところはつまり。

 

「もう一機、あるのね…」

 

マヤは、厳しく目を光らせた。

 

 

 

 

 

 

いつも通りの深海の瞳で、彼はただ海に沈む夕日を眺めていた。

 

 

春、というその夏に成りかけの、あるいは冬の終わりかけの黄昏は美しかった。

 

昼間は汗ばむほど暑く、なのに日が暮れると驚くほど冷える。

まるでたった一日で四季を再現しているような。

もっとも美しく寂しい、そのたった数十分で夏から冬へと季節を移すように。

 

タバコに火をつけて、煙を吐き出す。

まだ今のところその白には寒さゆえのそれは混じっていないようだった。

その煙を追うように視線を上げた。

 

見上げれば夜になっていた。

少し視線を下げると、まだ青空だった。

地平線だけ、赤く光っていた。

 

綺麗だった。彼はただそう思った。

三つの空を同時に楽しめるその成りかけの時間は、きっともっとも…

 

ふ、と何かが彼の古びた琴線に触れた。

 

すでに痛んだ弦が鳴る音はあまり美しくは無かったが、それでもその正体を探るように耳を澄ませた。

どうやら、何かを忘れてしまっているのだ、と気づいた。

そう、確かまだ少年だったころの彼にはこの時間は特別だったはずだった。

 

この時間を、あの頃の僕はなんと呼んでいただろうか?

 

うっすらと何か思い出せそうで。

それが合った場所をなんとか探って、でも、ただそこには何かの跡があっただけだった。

 

確かに、そこにかつて何かがあったのだと言う、虚無のような失われた跡地が。

 

ふと、指先が僅かに震えた。

だから彼は、そんな自分をゆるく笑って。

そして、その寂寥感を煙と一緒に吐き出した。

 

 

さくり。

 

 

小さく砂浜が鳴った。

 

どこか乳臭いような子供の匂いが彼の鼻をかすめた。

 

ミサトちゃんは静かに彼のすぐ側に立つと、声をかけるでもなく同じように黄昏を眺めた。

彼もただ沈黙したまま、黄昏を眺めた。

そして夕日が完全に海に飲まれたのを確認してから、彼はそっときりだした。

 

「そういや聞こうと思ってたんだ。君の救助、具体的にいつになりそうなの」

「今日よ」

 

彼はわずかに目を丸めた。

 

「それは…急だね」

「こないだ今日か明日くらいって言ったじゃん。そもそも遅いぐらいでしょ。

 あんたんとこのマハシステム?をくぐってあたしをキャッチするのに時間かかったんだと思う」

「くぐれたってことは、当然同じの持ってるんだね」

「詳しくないけど、そうなんじゃないの」

「MAGIシステムだって当時のゼーレはクローンもってたし、そりゃそうか」

 

さすがに今日なら事前に言ってほしかったなと思いつつ。

彼はごろんと砂浜に横になって、手を枕にぼんやり空を眺めた。

 

「今更だけど確認しておきたい。そっちの第一目的は君?それともレッドラ?」

「多分あたしのはず。もちろんレッドラも一緒に回収する気でしょうけどね」

「あれは凍結されたまま本部に鹵獲されてしまってる。どうやって回収する気なんだろ」

「さあねえ。そこまでは知らないわよ」

「…今日、このタイミングか…」

 

一つ頷く。

 

「ここも戦場になるかな。他にもエヴァがあるんだね…チルドレンも君以外に?」

「そうね」

 

でも、とやはりぼんやりと海を眺めたまま答えた。

 

「あたしは本当に限定的な情報にしか接してないの。興味も無いから別にそれを不満に思ったこともないし。

 つまり、あたしが知らないだけで他に何人チルドレンが居ようが何機エヴァがあろうが驚かないわ」

「なるほどね」

「で、あんたはどうするの」

「君達との接触のこと?」

「そ…一緒に、来るの?」

「それも考えたけどね。まだこっちに用があるから」

「じゃあ連絡は?」

 

彼は懐からそっと小さい封筒を取り出し差し出した。

 

「それを、君の上司に渡して」

 

その言葉にミサトちゃんは受け取った封筒に眼差しを向けた。

大分よれてしまっている。どうやら数日前から用意していたようだった。

ふと裏返して、目を丸めた。

 

右下の隅に、美しい魚の絵。

 

ボールペンで描かれたであろうそれは、まるで生きてるのでは一瞬錯覚するほどの出来だった。

彼女はそれをしばし見つめて、それからもちろん中身を覗いたりせず、しっかりと懐にしまった。

 

「…確かに受け取ったわ。必ず渡す。そういう取引だしね」

「ありがと」

 

そう言いつつ彼は懐からタバコを取り出し、火をつけた。

と、横目に彼女を見上げた。

すぐ横に立っているミサトちゃんは奇妙に儚く思えた。

 

ふと、彼は優しい声で囁いた。

 

「…また、いつか会えるさ」

 

少しの沈黙。

 

すると、ミサトちゃんがすぐ隣で静かに、そっと座る気配がした。

子供の匂いにまじって、でも確かに、確かに彼女の懐かしい香りがした。

だから彼は、その匂いが煙草の匂いで上書きされるように、煙を撒き散らすように吐き出した。

 

「別に、あんたと離れるのが寂しいとかじゃねえわよ」

「あれ、そうなの?なんだ残念」

 

冗談とも本気ともつかない様子で彼は言って、どこか様子が変なミサトちゃんに改めてまなざしを向けた。

いわゆる体育座りでじっと海を眺めてる彼女は、見た目どおり10歳くらいの、とてもとてもか弱い子供にしか見えなかった。

 

その弱々しさにふと感じるものがあって、彼はなんとなく本能的に手を伸ばし。

どこかおずおずと、かつて大人だった彼女がまだ少年だった彼に何度もそうしてくれたように。

 

そっと優しく、彼女の子供らしい頭を撫でた。

 

彼女がゆっくり振り返って彼に眼差しを向けた。

普段の彼女とはまるで違う、幼子のように無垢な、でもどこか暗い眼差しだった。

そこには別段、拒絶も何も無く、むしろその頭蓋を彼の掌に預けてるような気配すらあって。

だから彼は、なぜかその眼差しを直視していられず、そっと視線を外した。

僅かに動揺している自分をいぶかしみながら、でも表面はいたって冷静に、その手を引っ込めた。

 

ミサトちゃんはどこかアンニュイ様子でつぶやいた。

 

「…また会ったって、敵同士でしょ」

「それはわからないよ」

 

彼は直前の動揺を悟られないように、穏やかに答えた。

 

「なんでよ。あんたネルフなんでしょ」

「限りなく中立に近いネルフ派と言ったよ」

 

煙を吐きながら、そもそも、と続ける。

 

「言うまでも無く、ゼーレは神の襲来を知ってる。なのになぜ最終号機を倒そうとするのさ?」

 

ふむ?とミサトちゃん。

 

「半年後の襲来を知ってるからこその最終号機だ。あれを作り上げるためにあの戦いすらしかけて、なのにどうして今になってあれを襲撃するの?」

「そりゃ…」

 

確かにとミサトちゃんも納得しつつ相槌を打った。

 

「…理由が当然あるはずだ。何かしらの思惑が。それを確認しなきゃ何も判断できない。

 何よりそれを知らなきゃいけない義務が僕にはある」

 

彼の義務、という言葉に思い当たることがあって、ミサトちゃんはぽつりとつぶやいた。

 

「…あのサードチルドレンも、大人になれば、てやつなのね」

「そりゃそうさ」

 

彼は笑いの気配をまといながらゆるく言った。

 

「そもそも僕にエヴァ以外の才能は無いからね。大人になったらお払い箱だよ。

 つまり使徒やらが現れなかったら僕は一生凡人で終わったはずなのさ」

「でも、あんたが勝ったんでしょ。ただ一人…あんただけが」

「…図らずもね」

 

彼はそっと彼女に視線を合わせた。

 

「でも僕は、そんなこと望んではいなかった。わかるだろう?僕は今の世界のあり方に無関係じゃない。

 むしろもっとも影響を与えてしまったんだ。その意味も、その重さも何もわからまま。

 僕が勝たなかったら世界はまるで違う形になっていたはずだ。最終号機だってね」

 

彼は静かに囁いた。

 

「きっと、僕が殺されるべきだったんだろう」

 

彼女は静かに眼差しを向けた。

それからゆっくりと砂浜に仰向けに寝転んで、彼の咥えタバコをすっと奪う。

彼は文句も言わずなすがままだった。

だから一口吸って、そっと彼の口元にタバコを戻した。

 

なにもしゃべらず、ぼんやりと夜の侵食を見届けた。

寒かった。でもその分だけ冷えた空気が星々の光を美しく際立たせてくれた。

 

交互に吸い合っていたタバコが短くなって自然と消えた。

 

それが合図のように、すっと、彼女が立ち上がる気配がした。

だから彼は静かに、声をかけた。

 

「まって」

 

すると彼は自身の腰に手を回し、その小さめの銃をミサトちゃんに差し出した。

彼女は少し目を丸くして。

 

「…別に必要ないわよそんなの」

「返すよ」

 

と、その言葉に虚をつかれた。

 

「いつか返そうと思って、ずっと持ってたんだ。いつか会えるんじゃないかって」

 

その意味を了解して、彼女はおずおずと、そっとその銃を受け取った。

小さめのその銃は、でも彼女の幼い手にはまだ大きかった。

 

「…確かに、返したよ」

 

彼女はただその銃を見つめて、そして彼に視線を向けて、また戻して。

何か躊躇するように、でもそっと懐にしまうと、今度こそきびすを返した。

 

でも、一瞬歩みを止めて。

そして小さくつぶやいた。

 

…なんのこっちゃわからないけど、と。

 

「…確かに、返してもらったわ」

 

その言葉に彼は微笑んだ。

そして今度こそ彼女は振り向かずに去っていった。

 

彼女が鳴らす砂浜の音が小さくなっていくのをじっと聞き入った。

軽やかな音だった。確かに子供の足音。

そして、やがて聞こえなくなった。

 

だから彼は少し目をつぶって、そしてうっすらと開けて、そしてただ鈍く光る星々をじっと見上げた。

 

その光景に、ふと、懐かしさを感じて思い出す。

少年時代の、たった三日間だけの親友。

 

君は、今の僕を見たらどう思うだろうか?

 

嫌悪するだろうか。

失望するだろうか。

それとも、やはり微笑んでくれるんだろうか。

 

彼は強く目をつぶった。

 

『今の自分を克服するなら、過去を振り返るのは必須だもの』

 

ミサトちゃんに言ったその言葉に自嘲する。

そう、過去を振り返らなくてはならないのだ。

自分はずっとそれから逃げ続けてきたんだから。

過去を思い出さないように鍵をかけ続けていたのだから。

 

もう、その鍵を外さなくては。

 

すると、ふと気配がした。

ひっそりと足音。

今日は来客が多いなと思い、だがそれが複数だとわかって、ようやくか、と笑った。

 

黒服が彼を囲んでいた。

ミサトちゃん見つかってなければいいけどと思いつつ、彼は立ち上がって手を上げた。

 

「いいわ、下がって」

 

女性の声。

聞き覚えのある懐かしい声だった。

 

黒服たちが逡巡する様子を見せて、だがすっと居なくなる。

それを見届けてから、彼は手を下ろすとゆっくり振り向いた。

彼の青い瞳が僅かに細められた。

 

「…そうじゃないかと、思っていたの」

 

伊吹マヤは、どこか声を潜めるように言った。

 

久しぶりに見るその懐かしい顔は、記憶のそれとあまり変わっていないように思えた。

もう40近いはずだが、やはり彼女は年をとるのを忘れたかのように若々しかった。

 

「今回の一件、マハはありえない動作をした。どれだけチェックしても異常は見当たらない。

 なら人為的な操作、でもどうやって?なら、もしかしたらそれが出来るかもしれない人物は…あなた以外に居ないと思ったの」

 

彼女は彼の青い瞳をまっすぐ見つめ。

そして沈痛に囁いた。

 

「戻ってきたのね、シンジ君…」

「…お久しぶり、マヤさん」

 

彼は、大人になってしまった碇シンジはそう言って、そっと鈍く微笑んだ。

 

シンジはもうエヴァにも乗れなかった。

そして少年でもなかった。

なのに本当は大人ですらもなかった。

そしてきっと恐らく、もう人ですらなかった。

 

彼は未だ何者でもなかった。

ゆえに未だ何者でもありえた。

 

何かの、成り損ない。

あるいは、何かの成りかけ。

 

彼はきっとズレてしまったのだ。

ほんの僅かに色素を失って青くなった瞳ははっきり青と呼ぶには黒すぎた。

当然黒とは呼べなかった。なのに赤くなるほどには色素を失いもしなかった。

 

ほんの少し黒からずれた青。

 

少年からずれて、ほんの少しだけ大人になりかけた男。

人からずれて、多分、ほんの少し人ではなくなった何か。

 

そう、彼は少しだけずれただけだった。

何者かになれるほどにはずれず、でもかつての少年であり続けるにはそのずれは大きすぎた。

何もかもが中途半端だった。

彼は未だ薄汚れてしまった白であり、何かしらの中間色なのだった。

 

まだ彼の中で失われたはずの少年がちろちろと燃えカスのように残っていた。

何も知らず、愚かで弱く、ゆえに無垢であった碇シンジという少年が、まだ彼の心の隅で息を潜めてるのだ。

 

凍えるように身を潜めて、じっと、少年だった自分が今の彼を見つめてる。

 

だから彼はその黒い瞳を見つめ返さなくてはならないのだった。

そらし続けてきたその目を受け止めなくてはならないのだった。

少年の自分と完全に決別するために。

だから彼はこの都市に再び足を踏み入れたのだから。

 

もう一度、ただ一歩。

 

彼はふと振り返り、その寄せ返す海を一瞬だけ眺めた。

そして自分自身にかかっていた過去の扉の鍵を放り投げて。

 

そして、そっと足を踏み出した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

Ⅲ 『ゆえに全てを内包する』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「あっついわああああ」

 

トウジは思わずといった感じでつぶやいた。

 

なんという突き抜けた青い空。

浮かぶ入道雲はあまりに見事で、だが見事すぎるゆえにその姿を維持するには代償を必要とするようだった。

 

「さすがに熱中症でもでそうだなこりゃ」

 

やはりぐったりしつつケンスケが机につっぷしながらうんざりという感じでつぶやいた。

 

「ほんまやで。なんでこんなあっついのに学校こなあかんねん」

「いやまあ、お前の場合はまずジャージ脱げよ…?」

「それはできん相談やねん…」

 

トウジはやはりポリシーをゆずる気はないようだった。

彼は近年まれに見るほど硬い掟を己の魂に刻んでいる男のようだった。

 

シンジ少年はそんなやり取りを隣で聞きつつ、改めて窓から空を見た。

 

青が染みるほどに濃かった。

そのきらびやかな光が窓のふちを暗く照らし、その向こうの真っ白に輝く雲とすさまじいコントラストを作っていた。

痺れるような感動が広がって、でもその痺れはあまり続かなかった。

シンジはそっと目を伏せた。

 

「シンジ、何かおまえ最近元気ないなあ」

 

ケンスケがそんな様子を横目につぶやく。

 

「…そう?」

「具合悪いのか?熱中症気をつけろよ」

「うん…」

 

少年はやはりぼんやりとしつつ。

ケンスケはそんな様子に眉をひそめる。

と、そのおさげを目の端に捕らえて軽く挨拶をした。

 

「おっす委員長。今日は珍しく遅いな」

 

その声に、洞木ヒカリはおはよう、と静かに挨拶すると、そのまま自分の椅子に座った。

そのそっけなさにケンスケは首をかしげてつぶやいた。

 

「…なんか委員長も最近暗いよなあ?」

 

同じくその様子を眺めていたトウジがぼんやり口を開く。

 

「しばらく休んでたしな。まだ本調子じゃないんちゃう?」

「でも復帰してからずっとあんな調子だぜ?」

「まあ…そやなあ」

 

どうやらトウジも気になってるようだった。

シンジはやはりそのやりとりをぼんやり聞きつつ、どこか暗い瞳で委員長の後姿を眺めた。

トウジはふとシンジ少年のその様子に気づいて、ヒカリに視線を合わせ、もう一度シンジに視線を戻し。

 

なんとなく、不安げに眉を下げた。

 

 

 

「シンジ、帰るわよ」

 

アスカが例によって放課後シンジに声をかけた。

最近、二人は当たり前のように一緒に帰っていた。

大抵はアスカから声をかけて。

 

今までも二人は一緒に帰ってることは多かったのだが、こうもはっきりと意思表示を始めたアスカに、最初クラスメートは色々と噂しあったものだった。

でもアスカはそんな周りの視線を一切無視してる。それどころか最近はシンジ以外のクラスメートとほとんど関わろうとしないのだった。

 

そのアスカのはっきりとした態度に浮つくように噂話をしていたクラスメートたちも、次第になりを潜めて。

つまり、この二人はすでにある種の既成事実のようにクラスで受け入れられていたのだった。

 

当然、シンジ少年はそんなことはまったく気づいてないのだが。

 

「うん…」

 

少年はばんやりとした感じでうなずいた。

アスカはそんな様子に少し眉をひそめる。

 

「…なんか、最近あんた変ね?」

「…そう?」

「そうよ。いつもぼへぼへしてるくせに更に3割増しでぼへぼへしてるわよ」

「…そう?」

「そうよ」

「…そうかなあ」

 

その様子にさすがのアスカも少し眉を下げた。

そしていきなりべちっと少年の額に手を当てる。

痛てっと少年がぼへぼへ声を上げた。

 

「…まあ熱は無いわね?」

「…そう?」

 

やはり少年はぼへぼへと。

今度こそアスカははっきり心配げに眉をゆがめた。

 

「…ねえ、あんたほんとどうしたの?」

「うん…」

 

と、少年がどこかを見てると気づいてその視線を追う。

ヒカリが帰り支度もせずぼんやりと窓を眺めていた。

もう一度少年の様子を振り返り、またヒカリに視線を合わせ。

 

ふ、とアスカの瞳が怯えたようにゆれた。

 

「おう惣流、シンジ借りるで」

 

その突然の関西弁にアスカは極めて不機嫌そうに振り返った。

トウジががばっ、とシンジと肩を組んでいた。

その暑苦しい様子に三白眼ぎみの目を光らせる。

 

口を開きかけ、でも、ふむ、と何か思いついたように口を閉ざした。

 

 

 

「なんや、意外やなあ惣流」

「…そう?」

 

予想外にあっけなく引いたアスカにトウジは不思議そうに首をかしげた。

シンジはやはりぼんやりとしつつ。

 

「なんか、洞木さんと帰るみたい」

「ほー。ああ、ほんまや」

 

窓から見下ろすと、アスカがヒカリと歩いていた。

まあ、仲は悪くないみたいやしなあの二人、とトウジはうなずいた。

 

「しかしなんやなあ。惣流の奴、完全におまえにあれやんか」

「あれって?」

 

少年は首をかしげ。

 

「そら当然あれのことやで」

「うん?」

「隅におけんのうシンジ」

 

このこの、と肘でつつかれ、でもやっぱり彼は訳もわからずぼんやりとしただけだった。

 

「まあ、あれや。今日は付き合えや。その、あれや。聞きたいこともあるねん…」

 

その言葉に、何だろうと思いつつ、シンジはこくりとうなずいたのだった。

 

 

 

 

マヤは、実験室でリツコのその言葉に眉を下げた。

 

「あら、不服?」

 

その様子にリツコはそっけなく声をかけ、タバコに火をつけた。

 

「いえ…じゃレイちゃんは」

「そうね。レイは今後も計画を最優先」

 

けだるそうに煙を吐いてそっけなくリツコは言った。

 

「…ちょうどよくコアの素材も手に入ったもの。四号機はレイじゃなくその子に乗ってもらう」

「…よりによってシンジ君のクラスの子なんですね」

 

その素材、と言い方に少しうつむきながら暗くつぶやいた。

その言葉に、もちろん理由を知ってるリツコは、でもしらばっくれて。

 

「シンジ君が心配?そういえばあなた最近よく話してるものね、シンジ君と」

 

そうですね、と静かに返事したマヤを目の端に捕らえて、そっと目をそらす。

 

「…とにかくすでに決定したことよ。いいわね、マヤ」

 

少しの躊躇の後。

はい、とマヤは暗い瞳で目を伏せた。

 

 

 

 

 

 

 

 

18/2/3

21/3/17一部矛盾したセリフ個所を削除、修正


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