疲弊しきったはずの戦場は不思議と戦意が落ちる事は無かった。
既に援軍として3人がここに迫っている事を知っていると同時に、その3人は確実に1人当たりが小隊どころか大隊レベルの戦力を持っている。その場に居た誰もがその事実を知っているからだった。
今戦場で戦っているのは殆どがエイジが教導で鍛えたメンバー。援軍が誰なのかを考えれば、まだ実際には来ていないにも拘わらず、全員の士気は高まっていた。
「今回は無明さんも参戦するみたいだ」
「そうですか。これで少しだけ一息入れる事が出来ますね」
北斗とシエルも本来であればそれなりに戦力としては期待できるはずだった。
しかし、現地でやっているのは指揮と戦力としての自分。どちらか一方にリソースを割けば良いとは思うが、実際には混乱した中での戦場ではまともにそれが発揮できるのかは怪しかった。
事実上の新人部隊を指揮する際には、それなりに自分達を良く知っている人間で無ければ思う様に運営する事は出来ない。しかし、これ程混乱した中で立て直すのは並大抵の事では出来なかった。
戦場が荒れれば荒れる程に自分達の行動範囲が狭まって行く。これがベテランであれば大きな問題に発展する事は無かった。
しかし、この場に居るのは限りなく新人に近いか、若しくはそれに若干経験を積んだ程度の人間だけ。必然的に戦力として期待しているブラッドに意識が向いていた。
苦しくなれば縋りたい人間の意志を2人は無碍には出来ない。それと同時に地下からの見えない攻撃。2人の精神力の摩耗は限界に近かった。
「ここが踏ん張り所だな」
「少しだけ考えるのを止めましょう」
「お前達、油断はするな」
気持ちを切り替え、改めてアラガミに視線を向ける。まさにその時だった。
一言だけ聞こえた声と同時に、鈍く光った様に感じる剣閃はそのままコンゴウの右肩から左脇を一気に斬り裂く。
斬られた事すら理解出来なかったのか、コンゴウは僅かに視線を動かしながらそのまま血飛沫をまき散らしながら絶命していた。鋭い斬撃に見覚えが微かにある。
倒れたコンゴウの向こう側に立っていたのは漆黒の戦闘服を身に纏った無明だった。
「北斗、シエル。お前達は少しだけ体力を回復する事を優先しろ。こちらである程度は間引く。それと同時に、今居る連中の指揮を執れ。このままズルズルと引き摺っても良い結果は生まない」
「了解しました」
無明の言葉に北斗だけでなく、シエルもまた同意すると同時に行動を開始していた。
元々戦力的な意味合いは確かに大きいが、それよりも重視しなければならないのは各チームの部隊編成だった。
新人に毛が生えた程度の部隊の練度は最初から期待できない。かと言って、各個撃破も危ういとなればやる事は一つだけだった。
危険な状況を完全に見極め、それと同時に効率よく反撃をする方が余程マシだった。
改めて2人が陣頭指揮を執りながら周囲の状況を把握している。
数が多ければアラガミの習性を活かして分断すれば良いだけの話。それが決定的だったのか、時間にして数分後にはこれまで大量発生していたコンゴウの一部は完全に分断されていた。
「アリサは地下からの攻撃に集中してほしい。襲ってくるコンゴウはこっちで全部対処するから」
「分かりました」
無明が2人に合流している頃、エイジとアリサもまた現地で正体不明の攻撃をどうにかする為に行動を開始していた。
元々地中からの攻撃そのものは、そんな難しい選択を迫られる事はこれまでに一度も無かった。しかし、時間の経過と共に学び、進化し続けるのがアラガミである以上、油断は禁物だった。
時間と共に飛び出す棘は少しづつ威力を高めている。当初から見て居れば今の攻撃の方が凶悪な仕様になっていた。
しかし、先程加勢に来たエイジとアリサはそんな事を考えるつもりは無いままだった。
既に兆候が出ているからなのか、僅かに地面が振動している。戦闘時の集中も全て地面に奉げているからなのか、アリサに狙いを付けているの事を察知していた。
「ここです!」
先程まで居た場所からアリサは瞬時に移動すると同時に突き出た棘を素早く斬り捨てる。
本来であればコンゴウの攻撃を回避する必要があったが、肝心のコンゴウの攻撃は全てエイジがシャットアウトしていた。
大気を歪め、空気砲の様に出る攻撃を盾で止め、太い腕から繰り出される攻撃は全て一刀の下に斬り捨てられる。一連の行為は、ほぼ流れ作業となっていた。
全ての攻撃がエイジの一刀の下に斬り捨てられるからなのか、コンゴウの攻撃は徐々に収まりを見せ、確実に戦意を削いでいく。戦場に於ける圧倒的強者の前に、コンゴウは本能がそうさせるからなのか、徐々に怯えだしていた。
戦場で止まっているのがアリサだけだったからなのか、完全に囮と同じ結果になっていた。アヴェンジャーから繰り出す斬撃は棘を斬り裂いた瞬間、体液の様な物が飛び散ると同時に悲鳴の様な音が聞こえる。
場所さえ特定出来れば後の対処は早かった。アリサは渾身の力で地面に突き刺す。
元々柔らかい場所だったからなのか、一度も姿を見せなかったそれは痛みを堪えきれなかったのか、蠢く様に地上に躍り出ていた。
「これが今まで苦しめていたアラガミか。シエル!」
「はい!」
まるで痛みにのたうち回るかの様に動くそれはコクーンメイデンに酷似していた。
通常の物よりも大きさは小さいが、地面に潜り続ける習性を持っているからなのか、表面もどこかシンプルだった。
胴体部分とは別に触手の様に棘も蠢く。これ以上は見苦しいと判断したからなのか、近くに居たシエルがそのまま斬り捨てていた。
生命反応が停止したからなのか、そのまま時間と共に霧散している。事実上の厄介な物が消え去ったからなのか、北斗は全員に聞こえるかの様に大きな声を発していた。
「厄介な地面からの攻撃は恐らくは無いはずだ。総員、反撃。ここが勝負所だ!」
北斗の声に、戦場に居た誰もが苦しめていた根源が既に無い事を判断していた。残すはコンゴウのみ。全員が改めて目の前のアラガミに集中していた。
「フェルドマン。済まないが、広域レーダーの画像をこれまでの時間の経過と共に送ってくれないか?」
《時間の経過ですか?》
「そうだ。少なくとも挑発フェロモン程度でこうまでアラガミが寄る事は無いはずだ。少なくとも大規模とまではいかないが、何らかの装置があるはずだ。このまま放置すると際限なくアラガミが来る可能性が高い」
《了解しました。では直ぐに作業にかかります》
移動しながらも無明はこれまでの様子から勘案し、何かしらの要因がある事を察知していた。
幾ら大量発生したとしても、こうまでアラガミが来る事が可能性としてはかなり低い。餌に群がるならまだしも、のべつ幕なしにとなれば明らかに人為的な可能性を否定出来なかった。
墜ちた者の完成体はアラガミを養分としている。だとすれば、周辺地域で望むのは大量のエネルギー。そう考えると全てのピースがカチリと嵌っていた。
《これから画像を転送します》
フェルドマンの声と同時に、時系列の動きが送られていた。時間と共に多量発生するが、ここではなく、どこか一点に向っている。移動の速度や動線から推測されるのは、外部では無く、内部から何かが出ている様な動きだった。
瞬時に状況を推測する。そこからの判断は早かった。
「それと、至急手が空いた者で今から送る場所に人員を派遣させてくれ。恐らくは人為的に起こされた可能性が高い。恐らくは機械的な装置のかもしれない」
《………了解しまいた。直ぐに問題の解決に図ります》
寄って来るコンゴウは瞬時に命を刈り取られ、そのまま絶命していく。刹那の攻撃は反応出来るレベルを通り越していた。
コンゴウはどうやって斬られたのかすら理解出来ない程の斬撃に、瞬く間に周囲を血で染め上げていた。
地面からの攻撃を気にする事無く反転したからなのか、これまでの苦戦が嘘の様になりだしていた。
鬱憤を晴らすかの様に他のメンバーが斬撃を飛ばし、銃弾を次々と撃ち込んでいく。
既に戦場の空気はコンゴウの狩場になりつつあった。
次々と音を立てながらコンゴウが断末魔を上げ倒れていく。次々と霧散する光景は北斗やシエルであっても見た事が無い程だった。
「これで漸く終わりが見えましたね」
「そうだな。このまま殲滅すれば……だな」
北斗とシエルもまた指揮を執る事を止め討伐へと行動を開始していた。
元々極東でもそれ程問題になる事が無かった個体は、ここでは明らかに弱体化している。手慣れた2人にとっては、もはやシミュレーションをやっているのと変わらなかった。
そんな中、視界の端に違和感を感じる。それが何なのかは分からないが、圧倒的な存在感がこれまでと違う事を知らせてくる。可能性はただ一つ。『墜ちた者』の存在だった。
「北斗、シエル。前方の先に居るのは恐らくは『墜ちた者』の可能性が高い。ここはこっちでやるから、直ぐに向かってくれ」
「分かりました。直ぐに向かいます」
エイジの声に2人は直ぐに行動へと移る。時折攻撃をしかけてくるコンゴウは全てが一刀両断され地に伏せる。今回の総決算とも取れる戦いに、2人の意識は自然とその先の戦いに集中していた。
「行かせて良かったんですか?」
「十中八九間違い無いだろうけど、今はここも大事だよ」
2人の姿が消え去った頃、アリサはエイジに訊ねていた。本来であればこの場を任せて自分達が行動するのが一番の方法。しかし、アリサのそんな思惑とは裏腹に支指示したのは北斗達を送り出した事だった。
戦力を考えればどちらが有利なのかは言うまでも無い。決して驕った見方をしている訳ではないが、それでも疑問だけが残っていた。
「実は、今回のこの騒動は内部に誘引装置があったらしいんだ。今は本部の人間が破壊しているから、今後はコンゴウ以外のアラガミが来る可能性が高くなる。少なくとも変異種も出た以上は、こちらも警戒する必要があるからね」
エイジが危惧していたのは、これまでの様に強制的に誘引するのではなく、今後はこの戦闘音と血の臭いを嗅いで新たなアラガミを引き寄せる可能性が高い事を意味していた。
これまでの戦いの鬱憤を晴らすかの様に今は効率よく動いているが、仮にそのテンションが切れた時、確実に大きな疲労感だけが残る事になる。そうなれば改めて動くには明らかに色々な物が不足する可能性が否定出来なかった。
幾ら戦闘能力があっても集団をコントロールするにはそれなりの能力が要求されてくる。だとすれば、チームとしての行動が多かった北斗やシエルよりも、クレイドルとして普段から何かと指揮を執る自分達の方が何倍も効率的だった。
事実、戦場の空気は先程までとは違い、ゆっくりと緩和し始めている。この状態で新たなアラガミの襲撃があれば戦線は何かをキッカケに崩壊する可能性を秘めていた。
「確かに言われればそうですね。他のアラガミが出た事を考えれば、それも視野に入れる必要がありますね」
「だから、ここで一旦手持無沙汰になりそうな部隊から退却させた方が良い。下手に全部出すと何かと厄介だからね」
既に幾つかの部隊はアラガミを討伐しきったからなのか、少しだけ座り込んでいた。
感情が昂ぶった中での戦闘は、確かに自分の普段以上の能力を発揮する可能性を秘めている。しかし、それと同時に多大な消耗をしているのも事実だった。
精神力で支えられているだけならば砂上の楼閣と何ら変わらない。それを聞いたからなのか、アリサもまた撤退の指示を出していた。
「居た。あれが恐らくそうだろう」
「そうみたいですね。見た目はそうでもありませんが、大型種と同等の反応を見せています」
2人に視線の先には一人の少女が丸腰で歩いている様に見えていた。
これ程アラガミが居る中でのそれは明らかに違和感があると同時に、瞬時に捕喰される可能性を持っている。しかし、幾ら周囲にアラガミが居ようともまるで意にも介さないとばかりにただ歩いていた。
獲物を見つけたとばかりに襲い掛かるコンゴウ。これが通常であればどちらが捕喰者なのかは考えるまでも無かった。
「……え。今、何をしたんですか?」
「分からない。だが、何か攻撃したから倒れたのは間違い無いんだけどな」
襲い掛かったのはコンゴウの堕天種だった。腕を振り回し、触れた瞬間、弾け飛ぶかと思われたはずの少女の前に力なく倒れ込んでいく。
まるでスローモーションの様に倒れた光景は異様としか言えなかった。
それを見たからなのか、コンゴウは少女に対し警戒をし始める。獲物を集団で狩るか動物の様に、同心円状に広がった瞬間、一斉に襲い掛かろうとした瞬間だった。
一体のコンゴウの背中から細い棒状の物が突き出ている。
遠目から見た為に、それが何かは分からない。しかし、突き出たのは1本だけではなく、何本も突き出ている。その瞬間、コンゴウは一気に霧散していた。
「シエル。ここで一旦距離をとって、様子を見た方が良い」
「そうですね。ですが、今のが何なのかを理解しないと我々が危険です」
「ああ」
気が付くかどうかのギリギリの距離まで近づくと同時に2人は戦いの様子を見ていた。
明らかに攻撃方法が何も分からないままに突っ込む事は出来ない。特に先程の攻撃は厄介以外の何物でもなかった。
瞬時に突き出た棒状のそれは、明らかに危険な匂いしかしない。未知の敵との戦いは常に情報収集を要求している。自分達も生き残りながらの戦いがどれ程大変なのかは言うまでもなかった。
まるで少女の前に首を垂れるかの様に全てのコンゴウが地に伏した瞬間、一発の銃弾が少女の眉間に放たれていた。
衝撃と同時に少女の頭は粉砕される。本来であればこれで終わるはずだった。
衝撃を受けた少女はそのまま後ろに倒れ込む。狙撃の先に居たのはシエルだった。
「シエル。警戒を解くな」
「了解です」
本来であれば一気に距離を詰めてそこから接近戦に持ち込むが、今回は警戒を強めた為に、それは止めておいた。
一番の要因は先程の攻撃が何なのかの特性を掴み切れなかった点だった。
下手に接近した所で自分が串刺しになる未来だけは回避したい。その為には遠距離からの攻撃をする事によって様子を見るのが一番だった。
狙撃したシエルもまた警戒を解く事無く2発目を狙っている。
それなりの距離があるにも拘わらず、まるで至近距離で対峙している様なプレッシャーはやはりアラガミとは異なる感覚だった。
『直覚』の反応もまた何一つ変わらない。だからなのかシエルだけでなく、北斗もまた銃撃体勢で警戒していた。
「来ます!」
シエルの言葉通り、少女はゆっくりと立ち上がっていた。
眉間を直撃したからなのか、少女の頭部が結合崩壊を起こしたアラガミの様に破裂している。このまま一気に攻めた方が良いのだろうか。そんな判断に迷った瞬間だった。
「これは……」
「思ったより苦戦しそうだな」
時計の針を巻き戻したかの様に少女の眉間の部分が修復を開始していた。
既に白濁した体躯は人間の様だが、決定的に腕が異なっていた。
人間の様に何かを掴んだりするのではなく明らかに先程みせた攻撃を彷彿とさせる腕は至近距離に居る者全てを貫く一本の槍の様だった。
「シエル。援護を頼む!」
「了解しました」
北斗は援護を頼むと同時にここが勝負所だと判断していた。
吹き飛ばした事による補修をしているからなのか、墜ちた者の動きは鈍い物だった。
幾ら人型とは言え、実際にはアラガミと何ら変わらない。こうまで隙を作るのであれば、ここ以外に勝負すべき所は無いと判断していた。
距離を詰めるべく疾駆していく。北斗が近づく事に感付いたからなのか、墜ちた者は腕の槍を数度突き放っていた。
刹那の間に3度の連続した突き。通常であれば如何なゴッドイーターと言えど致命的な攻撃を受ける可能性があった。
しかし、北斗はまるで当然とばかりに身体を僅かに動かすと同時に全てを回避していく。教導の効果がこんな場所で発揮していた。
「まだナオヤさんの突きの方が早くて鋭かったよ」
まるで幻影に向けて放ったかの様に全ての突きが北斗の身体をすり抜けていく。
ナオヤの突きは瞬時に最大で5発放たれる。そう考えれば3発程度であれば北斗にとっては何時もよりも軽い準備運動程度だった。
ギリギリで回避した事によって間合が一気に詰まる。
一度放たれた槍は引き戻さない限り次の攻撃を出す事が出来ない。それが槍にとっての最大の弱点だった。
「北斗!」
シエルの叫びが北斗の耳朶に届いていた。本来であれば槍の様な攻撃は必ず引き寄せる事が大前提となる。実際に教導の際にもナオヤは突く以上に引く動作を重視していた。
本来であれば絶対的な隙。にも拘わらず、シエルの叫びによって北斗は本能的に地面に転がりながら引いていく槍状のそれを見ていた。
返しの様に鋭い刃が先程まで北斗が居た場所を通過していく。シエルの叫びが無ければ北斗の頸は確実に胴体と離れていた。
「随分と面白い事してくれるな」
「……………」
北斗の言葉に堕ちた者は何も話さない。話す事が出来ないからなのか、それとも話す事すら必要ないのかは分からない。お互いの隙を狙う事によって始まった交戦は徐々に厳しさを増していた。