神喰い達の後日譚   作:無為の極

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第92話 見えない襲撃

 情報管理局が依頼した任務の事は北斗とシエルも聞きはしたものの、現状は本部に待機する結果となっていた。

 元々の能力を勘案すればアリサではなく、シエルが同行するのが望ましいものの、今の状況下ではそれは無理だと判断せざるを得ない状況になっていた。

 

 一番の理由は本部に召喚された内容。アリサは元々サテライトの技術発表やその運用に関する内容を種に来ていた為に、実際にはレポートを提出するだけで問題は無かった。

 元々情報管理局が依頼した内容を他の部署が横槍を入れるケースは殆ど無い。仮に入れるのであればそれ相応の対価が常に必要だった。

 

 しかし、ブラッドに関しては聖域に関する内容だった為に、ジュリウスが常時送っているレポートだけでなく、現状がどうなっているのかを公表する必要があった。

 幾ら綺麗事を言おうが、本部の貴族からすれば庶民の安寧を図るサテライトよりも、今後の益が確実に見込める聖域の方が確実に旨味が有る。当時サテライトの件で本音を聞いた際に、北斗とシエルは思わずアリサを横目で見る事しか出来なかった。

 サテイライトの有用性は一般の人間から見れば希望ではあるが、資本を提供する貴族からは良く思われていない事を熟知している。事実、資本の投下の割に旨味が少ないのは事前の計画の段階から既に予測出来る事実だった。

 

 幾らフェンリルと言えど、全ての事を施す事は出来ない。限られた資本は出来る限り自分達に還元されなければ投資する為の対象にはならない。だからこそ、最近までフェンリルとしてもサテライトに関する予算を付ける事を渋っていた。

 北斗とシエルは基本的にサテライトに関する裏事情は何も知らない。だからなのか、怒りのあまりのとばっちりも脳裏を過ったが、当のアリサは意にも介す事無く何時もと同じだった。

 

 

「しかし、聖域の事はまだ手探りにも拘わらず、こうまで食いつくとは……人間不信になりそうだ」

 

「ですが、逆の言い方をすれば今回の件でのプレゼンテーションが良ければ、今後は資金も聖域に流れてきます。そうすれば農業事業は更に良くなると思いますよ」

 

「農業そのものはジュリウスの管轄だからな。正直な所、俺はついて行く事は難しいんだよ」

 

「確かにそれは否めませんね」

 

 休憩時だったからなのか、北斗とシエルは本部のラウンジで一息ついていた。

 元々気軽に話せばい良いと思ったものの、実際にはそんな事は甘い幻想でしかなかった。

 

 事前に詳細が記載された資料が手に渡っていたからなのか、聖域の農業事業には多種多様な質問が投げかけられていた。

 幾ら本部と言えど、情報管理局が依頼した聖域の管理に横槍を入れる様な真似は絶対に出来ない。実際にジュリウスだけではないが、聖域でとれた農作物の行方は榊と無明以外は弥生以外誰も知らない。今の極東に於いては、事実上の技術輸出が殆どだからなのか、逆に他の支部から仕入れる内容は微々たる物だった。

 

 実験農場で作られた野菜類は旧時代の様に1世代だけで終わる様な物ではなく、残った種を上手く活かせば、今後は農作物を転用しながら向上出来る可能性があった。その結果、極東産の物は全てに於いて高品質になっているからなのか、些細な物も本部まで来る頃にはかなりの値段になっていた。

 そんな中で純粋にオラクル細胞の影響を受けない食料は貴族からしても高根の花。

 旧時代では当然の様に口に出来たはずの物が、今では元が何から合成されたのかすら分からない物質で出来た物を口にしている。それであれば多少なりとも無理をしても聖域に関する事業に食い込みたいだけでなく、管理はブラッドが行っている事もあり常に色々な意味で注目されていた。

 しかも、今回の出席者はブラッドの隊長と副隊長。誰もが同じ事を考えた結果、北斗とシエルの下には人が殺到していた。

 

 

「ですが、我々よりもエイジさん達の方が大変ですから」

 

「ああ。でもあの話を初めて聞いた時には流石に驚いた。まさかそんな事があったとはな……」

 

 シエルの言葉に北斗は改めて溜息を吐いていた。

 事実上の暗部の仕事は今に始まった事ではない。無明が色々とやっている事は薄々感付いていたが、まさか直接なやり取りをしていたのは初めて聞いた事実。それは北斗だけでなくシエルもまた同じだった。

 

 

「あの、饗庭さんとアランソンさん。お手数ですが、局長がお呼びしておりますので、至急局長室まで宜しいでしょうか?」

 

「フェルドマン局長が?俺達は何も聞いていないが」

 

 

 2人の背後から声をかけたのは、ここに来て最初に応対をしたカウンターの女性だった。あのアリサとのやりとりをした時にはかなりイメージとのギャップが大きいと感じたが、今目の前に居るのは完全に仕事モードなのか、どこか冷たい感じがしていた。

 

 

「詳しい事は不明ですが、早急にお願いしたいとの事です」

 

 今回の件に至っては完全にフェルドマンが全ての事を仕切っていた。

 お互いが名目の沿う形で割り振られていたからなのか、突発的な話であれば確実にアラガミに関する事実しかない。未だ本部には北斗達と肩を並べる神機使いが居ないからなのか、詳細を聞く前に既に表情は自然と厳しい物へと変化していた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「急に呼び出してすまない。実は少しだけ厄介な事が起こってね。君達にはすまないが、出動要請をかけさせて貰うつもりだ」

 

「それは構いませんが、対象となるアラガミは?」

 

「実はまだ未確認だ。だが、大よその事は既にこちらも掴んでいる。敵はあまりにも強大でね。出来る事なら君達にそれを任せようかと思っている」

 

 フェルドマンの言葉に北斗とシエルは緊張していた。正体不明となれば相手は確実に新種の可能性が高かった。

 新種のアラガミの討伐ともなればデータが何一つ無いままに手探りでの交戦が基本となる。事実、極東ではその任務の大半はクレイドルが請け負っていた。

 もちろん、2人も出来ない訳では無い。ただ純粋にアラガミの能力を引き出す為の術を熟知しているのはクレイドルだからこそ、何度も同じ相手に出撃するのではなく、1回の戦闘で全てを暴く必要があった。

 情報不足による完全討伐は余程の事が無い限りやらない。今後の事を考えればそれはある意味では当然の事。それが今の極東支部のルールだった。

 

 

「あの、お言葉を返すようですが、正体も何も分からないアラガミであれば対策の立てようもありません。せめて相手の大きさなどは教えて頂けませんか?」

 

「確かに何も言わないままに戦場に放り出すのは我々にとっても無益でしかない。だが、今回の件に関してはあくまでも予想されるであろう内容である事を頭に入れておいてほしい」

 

 シエルの言葉に答えるかの様にフェルドマンは極秘である事を前提に今回の内容に関して2人に説明をしていた。

 詳細はまだ話す必要が無いと判断したからなのか、フェルドマンの口からは今後予測されるであろう事態が次々と出てくる。

 当初は全く意味が分からない内容に疑問を持ちながらも、質問は全てを聞かないと判断出来ない。それが功を奏したのかフェルドマンの説明は何一つ淀む事無く2人に伝えられていた。

 

 

「では、今ここにエイジさん達が居ないのもそれが真の目的だからですか?」

 

「そうだ。だが、ここにはまだ詳細は伝えられていない。通信も既に内部に潜入している為に殆ど分からないままだ。だが、一つだけ言えるのは、これまでのアラガミとは全く異なる点だ。それと理解してるとは思うが、この場で見た後は他言無用だ」

 

 口で伝えるのは困難だと判断したからなのか、フェルドマンは2人にだけ端末にあるデータを見せていた。

 そこにあるのはアメリカ支部で起こった事実。それと同時に当事者でもあったアドルフィーネ・ビューラーの脱獄と教団の関係が記されていた。

 それ以外のデータもあったが、それについては見る必要が無いからとそのまま端末は回収されていた。

 

 

 

 

 

 

「しかし、人型のアラガミか………」

 

「確かに、これまでに闘った事は一度もありませんね」

 

 フェルドマンからの話を聞いた後、2人は自室へと戻っていた。

 フェルドマンから聞かされた事実は少なからず動揺を誘っている。これまでに人型のアラガミと対峙した経験が無く、またそれがどれ程厄介なのかを何となく理解していた。

 

 元々見せられたデータはまだアメリカ支部当時のデータ。当然の事ながら今とは状況も違えば、本人の技量も大きく異なる。

 完全に手さぐりであれば、その過程に於いて時間と手間がかかる為に進化の度合いはそう大きくは無い。しかし、今は当時とは完全に異なっている。

 確認出来るだけで既に完成体が2体。その内の1体は教団施設に居るであろう予測だった。

 そんな中、あのプリティヴィ・マータの変異種と戦った当時の事をシエルは不意に思い出していた。

 正体不明の攻撃によって事実上の一撃であの変異種の命を刈り取る。

 強固な個体になればなるほど体力だけでなく、抵抗力もまた格段に大きくなるのは当然の事。ましてや変異種がどれ程強固な個体なのかを考えれば可能性は徐々に現実味を帯び出していた。

 シエルの仮説が仮に実現した場合、この地に居る神機使い程度の実力では逆に屠られてしまう。そんな最悪の未来を考えたからなのか、シエルの表情は僅かに青くなっていた。

 

 

「シエル。どうかしたのか?」

 

「北斗。私の杞憂であれば良いのですが、少しだけ気になった事があります。あの変異種との戦闘の事は覚えていますか?」

 

「当然だ。まさかああまで厳しい戦いになるとは思わなかったからな」

 

 北斗に認識を改めて貰う為に、シエルは先程の自分の仮説を改めて口にしていた。

 元々変異種そのものが希少な事体であると同時に、過度な戦闘力を秘めているのはこれまでに極東で見たデータから容易に推測される内容だった。

 

 強靭な肉体に、苛烈な攻撃。無尽蔵とも取れる特殊な攻撃が歴戦の猛者が集まる極東支部としても安易に闘える相手では無い。実際に中堅やベテランの知恵をフルに使い、肉体を酷使して初めて討伐が可能となる。それが今の極東支部が考える変異種だった。

 

 仮にそれが以前の状態と同等だった場合、事態は大きく変わって行く。あれ程の個体を一撃で仕留める程の技量が有るとなれば、この本部に常駐するゴッドーターは事実上の数合わせに過ぎない。

 1人が攻撃する間に3人が倒される。シミュレーションではなく、実戦で相対したからこそ確率が高いキルレートだった。

 とてもじゃないが、戦力としては当てにすら出来ない。下手に動こうものならば邪魔以外の何物でもなかった。

 

 

「考えすぎとは確かに言えないのも事実か……」

 

「我々は教導でも何とか対人戦をこなしてるので問題になる事は少ないかもしれません。ですが、ここの人達は確実に……」

 

 シエルはそれ以上の言葉を口に出来なかった。

 あのデータが正しければここに所属するゴッドイーターの半数以上は確実に殉職する。口にすればそれが実現しそうな程に明確に予測出来た。

 既にこちらが出来る事など何一つ無い。今出来るのは振られた賽の目の数が小さい事を祈るだけだった。

 そんな中、まるでそれが合図かの様に全館に緊急事態を告げる放送が鳴り響く。既に賽はこれから投げるのではなく、完全に投げられた後だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「こ、これは一体………」

 

 北斗の口から洩れた言葉は眼下に於ける状況を表していた。

 元々本部のアラガミ防壁は他の支部と比べ、かなり強固な仕様となっている。外部居住区が地下にある極東支部とは違い、ここは本部を中心に同心円状に居住区が広がっていた。

 そのせいか、他にくらべ敷地は広く、貴族も住んでいる為に他の支部よりも隔絶している。そうなれば、外部を護るゴッドイーターがやるべき事はただ一つ。その防壁に近づけるまでにアラガミを完全排除する事が基本の任務だった。

 防壁を見れば、これまでに一度も襲撃を受けた事が無いと言わんばかりに傷一つ付いていない。

 元々大型種はおろか、中型種も早々現れないからと言った部分も存在していた。

 そんな中、警報を聞くと同時に北斗とシエルは外部へと走り出す。元々駐留していた部隊がある為に出遅れた感はあるものの、やはり警報がなるのは決して良いとは言えない。

 急いだ結果が杞憂で終われば自分達の労力だけで終わるが、万が一の可能性も否定出来ない。そんな思いを胸に現地へと着いた光景は正に凄惨と言う言葉が似合っていた。

 

 

「シエル。周辺にアラガミの気配は無いか?」

 

「いえ。今の所はそれらしい物は感じません」

 

 『直覚』の能力は周辺だけに限ればフェンリルが持つレーダー以上の能力を持っていた。

 こんな場面でシエルも嘘を吐く必要は何処にも無い。何時もであれば脳内にアラガミの反応が飛び込んでくるが、幾ら集中してもその反応はどこにも無かった。

 

 

「だが、こうまで酷いとなればアラガミの反応は出るはずなんだが……」

 

 北斗はそう言いながらも眼下の光景から少しだけ目を背けたいと思う程に酷い有様だった。

 本来ゴッドイーターは対アラガミの為に神機を用いて撃退もしきは討伐を可能としている。勿論、極東とここを比べるのは余りにも酷かもしれないが、それでも駐留部隊が弱く無い事だけは間違い無かった。

 しかし、周囲にあるのはゴッドイーターだった物が夥しい血液と共に散乱している。腕だけや足だけ。

 まるで餌を食い散らかした様な光景は確実に大型種のアラガミが存在していた証拠だった。

 

 

「すみません。幾ら集中してもアラガミの反応は感じる事が出来ません」

 

「シエルが気にする必要は無い。だが、この光景は余りにも違和感しかない。幾ら捕喰したとしてもそう時間は掛かっていないんだ。周囲に潜んでいると考えるのが自然なんだが……」

 

 落ち込むをシエルを宥めながら、北斗は自身が考えていた事を口にしていた。

 仮に本部の敷地が広大としても、移動時間を考えればそれ程ロスしているとは思えなかった。

 幾らアラガミとは言え、捕喰している時間と移動時間を考えれば、最悪は感知できる端の部分でも引っかかるはず。にも拘わらす姿が見えないのは最早異様としか言えなかった。

 事実、アラガミの姿は無いが、この現状は未だ戦場の真っただ中に居る様にも思える。常に悪意にさらされ、奇襲を受けるかの様な雰囲気は2人の警戒を下がる程では無かった。

 

 

「……シエル。さっき何か聞こえなかったか?」

 

「いえ。私は特に何も……」

 

 周囲を警戒していた時だった。不意に北斗の耳朶に何かが聞こえた様な気がしていた。

 戦闘中による集中力の恩恵なのか、それとも幻聴なのかは分からない。しかし、音だけでなく自身の勘もまた警鐘を鳴らしている様にも感じていた。

 

 

 

 

 

「そうか……気のせい……か。違う、そこのお前!すぐにその場から退避しろ!」

 

「誰に物を言って……ぐぁああああ」

 

 時間にして僅かとしか言えない瞬間だった。突如として地面から巨大な棘の様な物が幾重にも打ち出される。巨大な棘はまるで罠の様に周囲に段階を踏んでい広がっていた。

 北斗の声に反応した人間だけでなく、周辺を探索していた全ての人間がその棘の餌食になっていく。足を貫き、時には大腿や胴体、腕をも貫くからなのか、その場にいたゴッドイーターは次々と負傷し、時には命を散らしていた。

 突き出た棘は再び地面に消え去って行く。あまりの光景に北斗だけでなくシエルもまた僅かに動揺を見せていた。

 

 

「まさかとは思うが、地下からなのか?」

 

「そうみたいですね。流石に地下は盲点でした。ですが、地下では『直覚』で捉える事は出来ません。一度対策を練る必要があります」

 

「そうだな。だが、そうも言えないみたいだぞ」

 

 先程まで地中から突き出た棘は完全に消え去っていた。同心円状に広がったからなのか、周囲の地面は僅かに崩れる。その瞬間、地面から出没したのは純白の躯体を持ったアラガミ。プリティヴィ・マータだった。

 

 

「このままだと拙い。シエル、援護を頼む」

 

「了解しました」

 

 北斗は直ぐに行動に出ていた。プリティヴィマータがどれ程の力を持っているのかは分からないが、このまま見殺しにしようとは思ってもいなかった。

 事実、あの戦いに於いて変異種とは言え、苦戦を強いられ挙句の果てには命の危険にまで追い込まれた事実を否定する事は出来ない。

 幾ら周囲に強がった所でアラガミからすれば、どうでも良い事実。そんな経験を持っていたからなのか、北斗だけでなくシエルもまた侮った感情は一切無くなっていた。

 行動した北斗を見ながらシエルもまた狙いを定める。既に火炎特化型のバレットに変更したからなのか、その銃口がブレる事は一切無かった。

 

 

「間に合え!」

 

 既に倒れたゴッドイーターはアラガミとっては単なる餌でしかなかった。

 事実、先程の攻撃で持っているはずの神機は遠くに飛ばされ、今は丸腰。何の手だても無いからなのか、プリティヴィマータに迫られたゴッドイーターは思わず目を閉じた瞬間だった。

 突風の様な一陣の風はそのまま迫るプリティヴィマータへと飛んでいく。その直後に聞こえたのは紛れもなく人間ではなくアラガミの悲鳴だった。

 

 

 


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