神喰い達の後日譚   作:無為の極

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第91話 動き出した悪意

 廃墟の様な建物の中は予想通り人の気配を感じる様な事は無かった。

 時間は既に日付が変わろうとしているからなのか、時折聞こえるのは哨戒の為に動く人間の出す音だけだった。

 元々宗教施設にも拘わらず、銃火器を持った人間が周囲を監視するかの様に歩いている。これまでに見た記憶が一度も無いが、来ている服装から信者ではなく幹部かそれに属する人間の様にも見えていた。

 気配を殺しながら3つの影がゆるりと動く。それぞれが黒装束を身に纏うと同時に、音も無く只ひたすら目的地まで移動していた。

 

 

「そろそろだ。十分に気を付けるんだ」

 

「了解です」

 

 無明の言葉にエイジもまた小さく返事をする。

 教団の調査が完了したと同時に、行動に移すまではかなり早かった。

 事前に調べた結果、実験は既に次の段階へと移行しているからなのか、知らされた情報を見た感想は迅速な対策の必要性。元々手順を考えた訳では無かったからなのか、準備から実行までの行動に澱みは一切無かった。

 影から影へと移動する。時折哨戒の人間に出くわすも、やはり感付かれる事は無かった。

 事前情報が正しければこの先に目的の場所があるはず。気が付けば哨戒に立っている誰もが今まで以上に警戒していた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「あの、今回の件ですが、私も同行させて下さい」

 

「ダメだ、それは出来ない。アリサ、今回の任務は裏の仕事であると同時に、ある程度の技量が必要になってくる。今でのお前では完全に足手まといだ」

 

「ですが、私だけがこのまま待機だなんて、納得できません」

 

 教団の情報が次々と浮かび上がる頃、一つの事実が公表されていた。

 以前に実験したデータから分かったのは、墜ちた者は異常な程に攻撃能力が高く、また最悪は自分が返り討ちに合う可能性だった。

 如何にゴッドイーターと言えど、自分の肉体の限界を超えてまで対峙した相手を討とうとすれば、その反動は決して小さい物ではない。

 肉体の限界値を超えた攻撃はアラガミ以上に厄介でしか無かった。

 

 通常であればアラガミの場合、これまでの経験から無意識に力が入る為に防御すれば事故は起こらない。

 通常種だろうが変異種だろうが一定の割合での攻撃のパターンに多少の変化はあれど、その躯体から繰り出す攻撃には一定の法則が存在している。その為に防御による対処は少なからず命を守る可能性を高めている。しかし、これが人型であれば話は変わる。

 どれ程の戦闘技量を有しているのか分からない状態での交戦は余りにも危険過ぎていた。

 

 アラガミの様に躯体の大きさによる攻撃は確かに厄介かもしれない。しかし、それと同時に大きな隙も必ず生まれる。幾ら強靭とは言え、極東で生き残った技量からすれば難しい話ではない。しかし、人型の場合、攻撃の方法が多彩になると同時に、肉体の限界を超えた一撃は事実上のアラガミの一撃に匹敵する。無明やエイジ程ではないが、アリサも以前よりも技量は高いが、それでもエイジと同等かと言えば首を横に振るしか無かった。

 無明とてアリサの気持ちは分からないでもない。しかし、以前とは違い、身内になった今、無駄な血を流してほしくはない。そんな考えが前面に出ていた。

 

 

「アリサ。何をそんなに焦る?」

 

「焦ってる訳ではありません。私も……私も屋敷の人間として、同じ様に歩みたいんです」 

 

 無明の言葉にアリサは身の丈の思いを吐き出すかの様に打ち明けていた。

 元々今回の任務の内容はエイジも完全に知っている訳では無かった。

 知っているのは情報管理局から来た依頼内容だけ。その詳細に関しては現地入りしない事には判断出来ないとの思惑があったからだった。

 事実、オーバードースさせる事によって作られた物を自身の野望の為に使うとなれば、既に結末は決まっている。

 ましてや一度は法の裁きを受けたにも拘わらず、その過程で今に至った以上、その末路は言うまでも無かった。実際にアリサとて裏仕事が何なのかは理解している。

 それはエイジからではなく自分よりも先に屋敷に住まう事になったツバキからだった。

 初めて聞いた際には衝撃の内容ではあったものの、それを聞いてからアリサは漸く本当の意味で理解していた。

 屋敷は決して個人だけで回る物では無い。先人の犠牲と今に至る結果である。まだ初めて来た当初は何となく理解した事実を今になって理解する事になっていた。

 

 

「手にかけるのがアラガミでなくても良いのか?」

 

「………ですが、エイジだって」

 

「エイジは既に己の使命を理解している。アリサ、お前の救出の際には既にそれを手にかけている」

 

 無明の言葉に、アリサは内心では薄々感じていた事を再確認させられていた。

 あの当時、アラガミ以外の人間の方が圧倒的に多い事は何となくでも感覚で理解していた。

 ゴッドイーターの力は人類を護る為にあり、いかなる理由があろうと人に向けて振るって良い力では無い。それは誰もがゴッドイーターになった際に一番最初に言われた言葉。

 幾ら何を言われようが、それは紛れもない事実だった。

 驚異的な力の代償がフェンリルの鎖に繋がれる当然の結果。仮に破れば自身のオラクル細胞はやがてアラガミへと変貌させる力を持ち人から人でならざる者へと変貌する。

 最終的にはこれまで味方だった者から刃を向けられる事になる。それが本当の意味でどれ程危険な事なのかを解っているのであれば、その言葉が出るはずがない。無明は暗にそれを伝えていた。

 

 

「薄々は感づいていました。エイジは多分、私には何も言うつもりは無いと思います。ですが、言い方を変えれば、そうさせたのは私の責任でもあります。仮に行先がどこになろうが、私はエイジの手を離すつもりはありません」  

 

 無明に対し、アリサは言い訳や口当たりの良い言葉を発するつもりは一切無かった。

 何も知らない人間が聞けば暴論だと言えるのかもしれない。しかし、一緒になってから自分が貰ったのはそんな口当たりの良い物ではなかった。

 常に戦場の最前線に立ち、周囲を鼓舞し自己犠牲など微塵にも思わない。だからこそクレイドルの皆が一丸となっている。

 もちろんその中にはアリサ自身も含まれている。しかし、幾らエイジと言えど人間である以上はいつかどこかで立ち止まる日が来る。その時にはそっと寄り添えるそんな存在になりたい。そんな想いがあるからこそアリサの視線が外れる事は無かった。

 

 

「そうか……エイジ、聞いてただろ」

 

「え……」

 

 無明の言葉に影から出てきたのはエイジだった。アリサの本音を確認する為なのか、それとも無明の指示で居たのかは分からない。しかし、先程話した言葉は間違い無く本心からだった。

 一方のエイジは既に気持ちはこの後に向っているからなのか、何時もとはどこか雰囲気が違う。止められるかもしれない。でも、アリサはそれでも着いて行きたいと考えていた。

 

 

「兄様。今回の件にはアリサも同行させて下さい」

 

「そうか……それがお前の下した判断なんだな」

 

「はい。異論はありませんので」

 

「アリサ、これに着替えて直ぐに準備するんだ」

 

「……分かりました」

 

 元々用意してあったからなのか、黒装束はアリサの寸法に合わせた物になっていた。

 これから始まるのは通常のミッションではなく、完全なる極秘任務扱い。自分で啖呵を切ったまでは良かったが、今になって僅かにてが震えている。

 本当に自分でも出来るのだろうか。自制心で震える手を止め、アリサはゆっくりと合流の場所へと歩き出していた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 見張りなど役に立たないと言わんばかりに影は静かに移動を続けていた。

 以前の様に監視カメラがある訳では無い。事前に調べた情報からは純粋に教団としての活動をしている部分もあるからなのか、違和感は何も感じなかった。

 勿論、絶対というのは存在しない。だからなのか、監視の目だけでなく、常に周囲を確認しながら目的の場所まで一気に進んでいた。

 

 

「エイジ、気配は感じるな?」

 

「はい。ですが、何だか嫌な予感がします」

 

 無明の言葉にエイジは思った事をそのまま口にしていた。

 部屋の中では何かをしているのは気配でも分かるが、問題なのはその内容だった。

 鼻につく様な匂いと同時に何か物音が聞こえる。詳しい事は分からなくても、それがまともな事では無い事だけは間違い無かった。

 僅かに漏れ出る音が何なのかが分からない。適当に行動するのではなく、その様子をまずは確認する必要があった。

 

 

 

 

 

「さて、新たな実験体が漸く揃ったか。まずは手始めにここからするとしよう」

 

「顔に大きな火傷の痕が残った女性は、囚われた新たな実験体に何かを投与しているからなのか、画面の数値を確認しながら手元の端末を操作していた。

 目の前には囚われたばかりなのか幾つものチューブが腕に刺さっている。端末を叩くと同時に何かの液体がチューブを辿り、体内へと入っていく。

 まるで抵抗するかの様に囚われた女性は小刻みに身体が震えていた。

 

 

「ふむ。思ったよりも良い数値を出している様だな。これなら新たな神を作り出せるかもしれん」

 

「どうかね。実験の方は順調に進んでいる様だな」

 

「当然だ。私を誰だと思っている。だが、この結果はそちらの力があっての話。もう暫く待つと良い」

 

 ビューラーに話かけたのはこの教団の責任者なのか、白いスーダンと肩にかけたアルバが地位の高さを示していた。

 元々教団はアラガミを祭る事によってそれを鎮めると言った、半ば自然の成り行きで出来た様な物だった。当初は心の拠り所としての役割をもっていたのかもしれない。そんな雰囲気が服装に現れていた。

 しかし、純粋な願いは何時しか歪みを生み出したのか、気が付けば人を攫って贄とする、どこかカルト的な物へと変わりつつあった。本来有るべき神への供物。それが無ければ自身の肉体を捧げるのが当然とばかりに、教団とは名ばかりになっていた。

 

 勿論、ビューラーはその事実を知った上で厄介になっている。それは偏に実験をしやすい環境を持っていたからに過ぎなかった。

 そんな中、神を食い荒らす神機使いを駆逐する為に神が墜ちた者として今に至っていた。

 実験は既に成功しているからなのか、アラガミの偏食因子を取得する為に2人の墜ちた者が活動を繰り返す。あの時北斗とシエルに襲い掛かったプリティヴィ・マータもその仕業だった。

 変異種の様にオラクル細胞の働きが強ければ更なる強固な個体を作り上げる事も可能となる。そんな思いだけがそこに存在していた。

 

 

 

 

 

「兄様。あれはやはり……」

 

「そうだ。ここで作っている。それと先に言っておくが、あれはもう助からない。既に容認出来る摂取量は遥かに越えている」

 

「ですが、このまま放置する訳には」

 

 様子を見たものの、既にかなりの量を投与しているからなのか、女性は少しづつ元々の色を失いつつあった。

 自然界にはあり得ないはずの存在。それと同時に、無明を除く2人は少しだけ何かを感じ取っていた。まるでシオの様に真っ白なそれ。まさかの可能性に思わず無明を見ていた。

 

 

「墜ちた者は元々特異点となる物に近い。だからこそ、全ての生命力を力に転換する為に、余計な物は削ぎ落ちていく。その結果として色素が完全に抜け落ちている。まだ自我があるかは分からんが、あれは既に人間ではない」

 

「だとすればシオもまさか……」

 

「あれはこいつらのそれとは全く違う。榊博士が提唱した進化の袋小路に入った存在であるのは今でも否定しない。だが、見えるあれはその擬きだ。何が起こるのかは誰も予測出来ない。

 特異点の力を昇華させた今は終末捕喰の可能性は無い。幾ら聖域があるとは言え、万が一の芽は早急に積むのが先決だ」

 

 まさかの言葉にアリサが驚愕の表情を浮かべると同時に安堵もあった。

 元々聖域は極東支部と一部の本部の人間しか知り得ない事実ではなるが、その最たる物がゆっくりと終末捕喰が進んでいる事実だった。

 地球の意志として今現在も継続している為に、新たなそれが起こる可能性は無い。しかし、アリサだけでなく、エイジもまたそれとは違う意味での感情を持っていた。

 自分達やブラッドが命を懸けた戦いの末を見事に穢している。そんな気持ちが湧き出ていた。

 しかし、それと同時に、ここからどうするのかはアリサには想像出来なかった。ここから移動しよう物ならばかなりの距離になる。幾ら隠密に行動した所で、近づく頃には確実に気が付かれるのは当然だった。手段を思案するも、無明とエイジにそんな感情が感じられない。だからなのか、アリサはそれ以上考える事を放棄し、今は様子を伺う事を優先していた。

 

 

 

 

 

「博士。そろそろ実験の成果はどうです?今回の素体は我々も随分と苦労しました。以前に聞いた話の通りであればこの素体は我々の管理下でと記憶していますが、どうでしょう」

 

「実験はそう簡単にはいかん。今回の実験にはまだまだ時間が必要だ。言いたい事は分かるが、制御できなければ次に襲われるのは貴殿達だ。それでも尚、急がせると言うのか?」

 

「本当に完成させるつもりがお有りで?」

 

 ビューラーに近づいた教団の責任者らしき人物はどこか苛立ちを隠す事無く自分の都合だけを伝えていた。

 教団としては神を制御する為の手段として考えているが、実際にビューラーが実験している墜ちた者はそんな生優しい物ではなかった。

 

 これまでのゴッドイーターを遥かに越えた能力をもち、その力は幾ら優秀なゴッドイーターと言えど、瞬時に屠るだけの力量があった。本部やアメリカ支部のゴッドイーターのデータをベースに作られたそれは、確実にこの地に血の雨を降らせる事も簡単だった。

 既存のデータを収集し、それ以上の力を与える事によって、当時の自分が提唱した究極の存在。

 あの時は邪魔が入ったのと、想定外の意志によって阻まれたが、今の研究の成果は完全にその不合理な判断を排除している。言葉が片言なのは感情を完全い失わせた結果だった。

 自我を持たせれば当時の二の舞になるかもしれない。そんなビューラーの中にあった反省を完全に活かしていた。

 また、自身の腕や足にはこれまでに無いアラガミの部位を持って攻撃に転じる事も可能となっている。事実、あのプリティヴィマータの息の根を止めたのはビューラーが造りし者がやった事だった。

 気配を消しながら、死を誘う一撃を加える。究極の神機使いを作るその一点だけしかビューラーの頭の中にはなかった。一度捕縛され法の裁きを受けている以上、何が起こっても犯罪者である事に変わりはない。

 ただでさえ、極東発の事件はどれもこれもが既存の技術を一瞬にして過去の物へと葬り去るだけの技術を発表している。

 今のビューラーにとって教団の人間など自分にとって都合の良い存在でしかなかった。

 下手に能力があり、世間が考える以上の技術を持つ研究者にとって自分の上を軽く超える存在は到底容認できない。そんな狂気の様な感情が今のビューラーを支えていた。

 

 

「当然だ。貴様等の様に攫ってきたり洗脳している訳では無い。適当な者では完成しない事はこれまでに何度も伝えたはずだが?」

 

「だが、当初の予定からは大幅に過ぎている、当然だが、契約は守る為にあるのはご存じかな?」

 

「……これだから素人は困る。良いか、一度しか言わない。貴様等の様に簡単に出来る物では無い。只でさえ実験の素体の入手が困難になりつつある中から厳選してやっている。細かい事など言う前に、自分達のやれる事をやったらどうなんだ?」

 

 教団の人間に一瞥する事も無くビューラーは端末から視線が動く事はなかった。決められた情報は自分の頭脳の中にしか無いからなのか、動くその手に澱みは無かった。

 

 

 

 

 

「……何ですかあれ?人を何だと思てるんです?」

 

 遠目から確認したからなのかこちらの気配を感じる事は無いままに終わっていた。

 漏れ聞こえる内容は人間の尊厳など最初から無いに等しい会話。あまりにも醜悪過ぎたからなのか、アリサは本当にこれらは人間の所業なのかと考えていた。

 

 

「落ち着け。ここで感情を爆発させた所で何も事態は好転しない。それとこちらを勘付く可能性を高めるな」

 

「……そうですね」

 

 無明の言葉にアリサは落ち着きを取り戻していた。そんな光景を見て少しだけ会話を思い出していた。『今回の』と言うのであれば、他の個体があるのかもしれない。しかし、自分達が見える範囲にはそれらしい者は一切見えない。嫌な予感だけが胸中を走る。その疑問は瞬時に解決していた。

 

 

 

 

 

「き、貴様……私はこの教団のトップ……だぞ。こんな事をして……許されると思ってる…のか……」

 

「知れた事だ。貴様が言う教団とは自分の事を持ち上げるだけの存在。そして、アラガミを神とあがめるのであれば、私が造りし者はその神を従え、消滅させる者。そもそも格が違うのだよ。

 言っておくが私は貴様の事など最初から当てにするつもりは無い………ああ、それでもこの施設を提供してくれた事だけは感謝してやろう。さぁ、貴様が言う神の下へと旅立つが良い」

          

 先程まで話をしていたはずの教団の責任者の背中からは太い針の様な物が生えたかの様に出ていた。白いスーダンは針の周りからゆっくりと赤い染みを作って行く。まるでゴミでも棄てるかの様に動かなくなった身体をそのまま放り出していた。

 

 

「…コレ、ジャマ」

 

「良くやった。事前に伝えた物は用意できたか?」

 

「……マダ。シカシ、ホンブニハ…スデニ……ムカッテル」

 

「そうか。ならば待とう。ほら、もうすぐお前達の妹が完成するぞ」

 

 先程まで話をしていたそれは最初から無かったかの様に話を続ける。既に実験は終わりと告げようとしているのか、気が付けば目の前にあるのは色素が抜けたそれ。兄妹とは言うものの、元々のつながりは何も無い。それ以上は何を言うのかすら必要は無かった。

 

 

 


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