神喰い達の後日譚   作:無為の極

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第9話 それぞれの結果

「何であんなに嬉々としてやるかな」

 

「本来の任務だしね。仕方ないよ」

 

 未だ会議室でぐったりしているメンバーをそのままに、ナオヤとエイジはラウンジへと足を運んでいた。一番の目的は水を飲む事。

 エイジとナオヤの嫌な予感は飲み物に口を含んだ瞬間だった。コーヒーで味は隠されているが、明らかに何かしらの薬物である事に間違いなかった。何も気が付かなければ確実に飲むであろうそれが罠である事を見抜けた人間は限られている。

 ブラッドでは唯一そんな状況に慣れているのか、それとも幼少の頃より耐性があるからなのか、ジュリウスは飲み物に口を付ける事が殆ど無かった為に影響は少なかった。

 

 思考を僅かに濁らす事が出来れば後は赤子の手をひねるよりも簡単に事が運ぶ。心の隙間を縫うように忍び込む声はゆっくりと警戒心を崩壊させ、更に懐の奥へと静かに侵入していく。当初は何も分からなかったが、直接の行動を知っても既に後の祭りでしか無かった。

 一旦取っ掛かりさえ出来れば後は少し押すだけで簡単に崩壊する。屋敷でやり口を知っていたからこそ回避出来た手段で今回の件を上手く逃れていた。ラウンジの扉をゆっくりと開く。それには既に今回の結果を聞きたいと考えていたからなのか、アリサだけでなく他の女性陣も待っている様に見えていた。

 

 

「お疲れ様です……」

 

 どんよりと出迎えたのはアリサだった。マルグリットからも大よその事を聞かされはしたものの、やはり弥生が絡む以上、油断するとか以前の話に浮かない表情をしていた。内容に関しては基本的に極秘扱いの為に誰もが口にはしていない。あまりにも濃い内容のそれに3人以外は未だ立ち直る事すら困難な状態だった。

 

 

「ただいま。流石に今回の件は冷や汗かいたよ。まさか本気で来るとは思わなかった」

 

 エイジの何気ない言葉にアリサの表情は更に落ち込んでいく。その姿が余りにも気の毒だと判断したのか、マルグリットが助け船を出していた。

 

 

「本気って事は、何かあったんですか?」

 

「ああまでやられるとと思わなかったってのが正解かもね。ジュリウスはそうでも無かったけど、他とコウタは多分時間がかかるだろうね」

 

 そう言いながらエイジは手慣れた手つきでカウンターの中からミネラルウォーターを取り出していた。ナオヤにも渡すと同時に一気に飲み干す。まるで解毒でもするかの様な行為に、マルグリットだけが気が付いていた。

 

 

「ひょっとして何か盛られたんですか?」

 

「正解」

 

「え……そこまでしたんですか……」

 

 その言葉にマルグリットの顔色は僅かに悪くなっていた。少しだけ屋敷で聞いた諜報活動の中に薬物を使った物があると聞かされた記憶があった。

 毒殺と言った物騒な話ではない。僅かに意識を狂わせる程の物ではあるが、それと併用したやり方は確実に対象とした人間から情報を引き出す為の手段である事を聞かされていた。2人が確実に抵抗出来る事を知っているマルグリットからすれば、内容はともかく心配の種になる事だけは間違い無かった。

 

 

「教導だから微量だよ。でも、あれは流石に厳しいだろうね」

 

 エイジの言葉の内容とマルグリットの表情が変わる事に何か気が付いたのか、アリサは先程までの浮かない表情から一転し、任務に赴く様な空気を醸し出す。徐々に何時もと同じ様に戻りつつあった。

 

 

「何があったんですか?」

 

「ここではちょっと……ね」

 

 アリサの言葉に2人は一瞬困った表情を浮かべていた。基本的には今後の事もあるので、対策を立てる事が出来ない様に秘匿するケースが多い。しかし、今回の件に関してはそんなことは言われた記憶はどこにも無い。しかし、内容が内容なだけに流石に公表しても良い物なのかを考えあぐねていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「でも、その話は本当なんですか?」

 

「実際に見てたからね。まさかあんなやり方で来るとは思わなかったから油断したよ」

 

 ラウンジではやはり言えないとの判断により、結果的には各々が確認する事にすると言った事で話をはぐらかしていた。一部の人間に関しては不満があった様にも見えるが、内容が内容なだけに公言出来る物ではなかった。そんな中で自室に戻ったからとアリサは確認の為にエイジに直接聞く事にしていた。

 ラウンジでのエイジの言葉にアリサも少しだけ疑問があった。ハニートラップである以上、一定以上の容姿の人間が女を活かして近づく事は理解しているが、やり方が他にあるのかと疑問を持っていた。事実、あの後サクヤからもやんわりと今回の件に関して弥生に話した事を聞かされていた為に何となく想像は出来る。

 言葉そのものに安堵すれば今度は自分の興味が湧いてくる。それが何を示すのかを確認したいと考えた結果だった。

 

 

「流石にクレイドルはここが長いから完全に攻略されてるよ。まさか対象者事に全部を変えてくるのは想定外だった。コウタなんてマルグリットそっくりの人だからね。あれは幾らなんでも反則だよ」

 

「それって?」

 

「中身は完全に別人だけど、仕草やふとした動作がよく似てるんだよ。傍から見ても直ぐに分かる位だから、コウタの目にはまた違って見えているかもしれない」

 

 エイジの言葉にアリサは完全に言葉を失っていた。気が無い他人が寄って来ても然程関心を持たなければ近づく事は困難でしかない。しかし、自分の最愛の人間に近いか、若しくはそんな雰囲気を持った人間であれば無意識でも視界に入る可能性があった。

 個人を完全に調べ尽くして懐に入られれば、残すは本人の自制だけが頼りとなる。弥生は完全に対象者の嗜好性を把握して行動に移していた。

 

 

「因みに、ナオヤはリッカそっくりだったよ。多分コウタは気が付いてないけどね」

 

 屋敷での一コマを思い出しのか、アリサはこれまでの様な沈んだ表情を一転し、何かを思いついたかの様な表情に変化していた。実際にナオヤにその事は話していないが、明らかに当人にそっくりの状態で近づけばすぐに理解出来る。直接聞いた訳では無かった為に事実上の暴露に等しい結果でしか無かった。

 

 

「って事はエイジは……」

 

「アリサだった。幾ら違うとは言え、薬物まで使うからね。まさかああなるとは思ってもなかった」

 

 そう言いながらエイジは思い出していた。服装だけでなく普段から着る様な浴衣をあしらった服装を身に纏い、仕草や話し方のアクセントが本人そっくりとなっている。それだけなら問題無いが、確信したのは僅かに口に付けた飲み物だった。

 僅かに含んだ味に雑味を感じる。コウタは当時かなりの量を飲んだ為に効果が一気に出たが、エイジとナオヤは僅かに含んだだけの為に薬が効く前に終了していた。

 まるで見たのかと言わんばかりの自室でのやりとりを彷彿させるやり方にエイジも思考に迷いが出たが、僅かに感じたそれに現実を取り戻していた。

 

 

「まさかとは思うんですけど……」

 

「アリサが気になる様な事は無いよ。結局は感覚が違うから気が付いたからね」

 

「感覚……ですか?」

 

 言っている意味が分からないからなのか、アリサの表情には疑問符が浮かんでいる様にも見えていた。感覚とは何を意味しているのかは分からないが、明らかに自分とは違う何かに気が付いた事は間違い無い。しかし、それが何を意味しているのかまでは理解が及ばなかった。

 

 

「匂いだよ。何時もローズウォーターを付けてるよね?その匂いの違いだよ」

 

 エイジの言葉に未だ理解が及ばないのか疑問符が消える事は無かった。ここ最近、アリサが好んで付けているのは割とあっさりとした匂いが抑えられた物だった。にも関わらずそれが決めてとなれば益々意味が分からない。そんな表情を見たのか、エイジは改めてアリサに説明をしていた。

 

 

「匂いは時間と共に変化するんだよ。本人の体臭と混ざり合うから、結局は世界で一つだけの物になる。それが今回違っていたから気が付いたんだよ」

 

「なるほど……と言う事はそれ位接近していたって事ですよね?」

 

「まぁ、それ用の教導だからね」

 

 何気なく言ったはずの言葉にエイジは後悔していた。ハニートラップであるが故に密着するのは必要ではあるが、態々口に出すまでも無い事実。しかし一度出た言葉は戻る事は無い。

 視線を僅かに動かせば、既にアリサの目は先ほどとは違っている様にも見えている。それが何を意味するのかが容易に想像できていた。

 

 

「へぇ~そんなに接近してたんですか……」

 

 どこか半目になりながらエイジを見るアリサの目は冷たかった。自業自得とは言え、これも立派な任務の一つ。しかし、今のアリサにそんな弁明が通じるとは思っても居なかった。となれば出来る事はただ一つ。このまま一気になし崩しにする事だけだった。

 

 

「……そうだ。だったらアリサもやってみる?」

 

「やるって何をですか?」

 

「同じ事だよ。体験すれば多少は考えも違うんじゃない?同じ事をやるからどうだろう?」

 

 エイジに取っては賭けに等しかった。今回の件でアリサの機嫌が悪い事はサクヤを通じて知っている。ある意味では仕方ないと考える部分もあるが、その一方では自分が好かれている愛情の裏返しでもある。無理矢理するのではなく、半ばそれに持って行く様に誘導するやり方をした方が良いだろうと判断した結果だった。

 

 

「……じゃあ、1回だけですよ」

 

「そう。じゃあ、やってみようか」

 

 その言葉にエイジは内心、賭けに勝ったと判断していた。既に何かを考えているのか、アリサは大人しく付き合ってくれる素振りを見せている。今出来る事を最大限にやる事でこの場をなし崩し的に終わらせる手段を取っていた。

 ゆっくりとアリサとの距離を近づけていく。そこから先の事を知る人間は本人達以外に誰も居なかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「まさかああまで厳しいとは思わなかったが、良い経験をさせてもらった」

 

「なんでジュリウスは平気なんだよ」

 

 再起動に成功したブラッドはラウンジで寛いでいた。当初ジュリウスを見た際には侮る部分が多分にあったが、自分の番になった瞬間、一気に挙動不審に陥っていた。

 ロミオ自身は色んな女子に声を掛ける事はあるが、それが本当に本気かと言われれば考えざるを得ない部分が多々あった。声をかける=女好きではないが、その見た目と行動にギャップがあるからなのか、けんもほろろに手痛い返しをされる事はなかった。

 しかし、目の前に居る女性はまるで自分に気があるかの様に振舞い、やや無防備気味に迫ってくる。時折身体に触れてくる気軽さに何時もの冷静さが無くなっていた。

 喉の渇きを癒す為に飲み物に口を付けてからの行動は記憶が怪しい。唯一覚えているのは弥生が手を叩いて止めた事だけだった。

 

 

「俺の場合はそこにのめり込む様な事はしなかった点だな。ロミオはもう少し精神面を鍛えるか、それに対する耐性を付けた方が良さそうだな」

 

「確かに。あの時のロミオは以前の様にも見えたからな。ジュリウスの言う事も尤もだな」

 

「ギルだって同じじゃんか。ギルの好みがああ言った系統だとは思わなかったぞ。やっぱりヤエさんみたいな人が好きなのかよ!」

 

「だからどうしていつもそっち方面につなげるんだ!」

 

 ロミオとギルの何時ものじゃれ合いが始まったのを見ていたメンバーの中で、唯一シエルだけが疑問に覆う事があった。先程の内容を聞いていると、全員が対象となるべき人物像に違いがある。ジュリウスの時には気が付かなかったが、ギルとロミオではキャラクターが明らかに異なっている。

 何かを閃いたからなのか、その回答とばかりに北斗に確認をしていた。

 

 

「あの、先程の話からすると、全員の女性が違う様にも聞こえたんですが、そんなに大人数だったんですか?」

 

「いや。クレイドルとブラッドだけだったから2人に来て貰ったと聞いている。恐らくは対象者の好みを確認して近づく様に仕向けたのかもしれない」

 

 まさかの回答にシエルは驚いていた。まだブラッドに加入する前に暗殺術の講義の際にもそんな話が微かにあった。当時は自分には関係無いと考えたからなのか、それとも教官も然程重要だとは思わなかったからなのか、内容そのものについては流している様にも聞こえていた。しかし、その効果を目の当たりにした今、当時どうして詳しく聞かなかったのかを悔やまれていた。

 

 対象者の視界に入る為にはその人物の嗜好を把握する必要が出てくる。恐らく今回の件ではジュリウスの嗜好性がハッキリとしなかった事が要因なのではと考えていた。話には聞いていたが、人物像を確実に把握して近づかれた際に回避出来るのかと言えばシエルも判断に迷いが出る。そして、確実に自分の事を意識させる術があると言う事は、対象者の好みを理解している事になる。何かを考えていたからなのか、僅かに頬が赤くなっていた。

 

 

「シエルちゃん。どうかしたの?」

 

「い、いえ。何でもありません。ただ、今回の件でどんな事をしたのかと少し考えただけですので……」

 

 ハルオミが居れば随分と踏み込んだ発言だと突っ込まれる可能性はあったが、今聞いて来たのはナナ。シエルが何を想像していたのかは分からない為に、それ以上の言葉は無かった。

 未だ口喧嘩に近いじゃれ合いをしている2人を眺めながらも、何事も無く終わって良かったと人知れず安堵していた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「本当にゴメン!」

 

「別に謝らくても良いけど……」

 

 コウタはマルグリットの部屋で謝っていた。あの後、弥生から聞かされた事実に当初は驚いたものの、コウタの話を聞くにつれ、一つの可能性を思い出していた。

 意識が怪しいとは言え、コウタの目の前に今居る女性と酷似した女性が迫ってきたのは、ある意味では仕方ないと思われていた。弥生から聞かされたのは、当事者に尤も近い人物を似せて迫るやり方と聞いた際に、何とも言いようの無い感情がマルグリットの中にあった。

 ネタばらしを聞いていなかったら自分はきっとコウタを責めたのだろうか?そんな取り止めの無い考えが次々とマルグリットの中に浮かんでは消えて行く。コウタがひたすら謝るのも偏に自分に似た人間が迫った事実でしかない為に、どうしてそれが自分に依頼されなかったのかと、見当違いの事を考えていた。

 

 

「幾ら似てるって言っても別人なんだし、俺が同じ立場だったら絶対に嫌になる。だから謝るしかないんだ」

 

 赦すも何も任務だから仕方ないとマルグリットは考えていた。確かに最初はムッとした部分があったのは嘘ではない。しかし、自分も内容を知っていたからこそ騒ぐ事が無かったが、何も知らなければ確実にアリサと同じ行動をしているのは間違い無かった。

 

 結局は全ての内容をコウタから聞きだしたが、実際に自分が同じ事をやれるかと言えば答えはNOとしか言えない。その道のプロからこそギリギリの部分を狙う事が可能だが、自分にはそんな技量は持ち合わせてない。

 何かに付けてヘタレな部分があるからなのか、実際にアクションを起こすのはマルグリットからの方が圧倒的に多かった。だからこそ、今回の件に関しても綺麗に術中に嵌ったのは容易に想像出来ていた。自分としてはもう少し積極的に来て欲しい願望が無い訳ではない。恐らくそんな考えすら今のコウタに言っても仕方ないと考えていた。

 

 

「赦してほしい?」

 

「もちろん」

 

「じゃあ………」

 

 ここまで平謝りされると今後気まずくなるのは間違い無かった。だからこそ、ここで一旦幕引きをした方が良いと考え、一つの案が浮かんでいた。視線を下に向ければ以前指にあった場所にはまだ何も付けていない。アリサをうらやましがる訳では無かったが、何かしら欲しいと考えていたのも事実だった。

 丁度明日は非番の予定。コウタが実家に行くのは事前に聞いているので、一緒に付いて行った際に何かをねだろうと考えていていた。厳しいミッションが続けば続く程、今度は使う暇すら無くなっていく。偶にはコウタに我儘の一つ位は良いだろうとマルグリットは一人目論んでいた。

 

 

 


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